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#39 サラリスに棲む竜
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よくよく考えると竜に俺を紹介するというのはなんだか可笑しい気がした。アルフレッドは普通に話しているが、俺には竜の言葉は分からない。きっと、うわぁ、って思っているのが顔に出ていたかもしれない。けれどこれが常人の反応だ。
「サラリスは火を嫌っているので出来る限り使いたくはないんですが、さすがにこのままだと俺たちも凍死してしまいますからね。許可をもらっておきました」
「……へえ」
こういう返答しかできないのは仕方ないだろう! そうなの? としか言いようがない。俺が鉄製のカップに雪を掬い、アルフレッドが熾した火にかけると不思議そうな顔をされた。
「ヴィンセント様は野宿の経験でもあるんですか?」
「言葉遣い」
「あ」
まだ慣れなくて、とアルフレッドは笑いながら頭を掻く。
「手慣れてるね」
溶けて湯になったカップに食材と粉末の調味料を入れる。これで何とか食することはできるだろう。アルフレッドを見つけた以上、登山する必要もない。
さて、アルフレッドの問いかけにどう答えようか。俺はこれまで野宿した経験なんてない。もちろん、誰かからサバイバルについての教育を受けたわけでもない。狩猟だって管理された山の中で行っていたし、仕留めた後は使用人に任せていた。
普通の貴族令息ならば、こんなこと出来るはずがない。
「ヴィンス……?」
顔を覗き込まれてドキリとする。火に照らされたアルフレッドの顔を見ているとあの夜を思い出して顔が熱くなる。熱を冷ます様にぶんぶんと首を振ってアルフレッドに向き直った。
こいつに隠し事はしたくない。
「俺には前世の記憶があるんだ」
突拍子もないことを言い出したにも関わらず、アルフレドの表情は変わらない。「続けて」と促されて俺は再び話し出す。
「前世と言ってもこれは太古の記憶とかではなくて、むしろ、未来視に近いんだが、ここよりももっと文明が発展した世界で生きていたんだ」
実際のところ、ここが現実なのかどうかも俺には分からない。そして前世と言われている世界が本物なのかどうかも。
「そこでの俺はここでいう平民だった。一人で暮らしたりもしていたから、簡単な家事なら出来る」
「そうだったんですね」
アルフレッドはうんうん、と頷いて「納得しました」と答えた。
「納得?」
「ええ、こういってはとても失礼になるけど、ヴィンスは時折、貴族っぽくないというか……」
ああ、と腑に落ちる。バゲットにかぶりついたりしたとき、アルフレッドは驚いていた。俺の気にしていないところでもちょくちょく一般人っぽさが出ていたのだろう。
「それと俺が噂に聞いていた皇女の婚約者、シェラード公爵令息とは、全然違ったから」
やはりアルフレッドも俺の噂を知っていたようだ。その上で偏見なく接してくれていたのは、こいつが人の噂話を信じたりしないからだろう。
「初めて会った日、名前を聞いてすごく驚いた」
「はは、だろうな」
「いや、本当に。悪辣で傲慢、身分を笠に着てやりたい放題の皇女の婚約者に目を付けられたら、学校ではやっていけないと思っていたし」
「俺に目を付けられなくても酷い目に遭ってたじゃないか」
「確かに」
アルフレッドはあはは、と声を上げて笑う。
「俺ね、貴族が嫌いだった」
ぽつりと呟く。
「皇女から言い寄られて、人の意見を聞かないあの態度にうんざりしてた。皇族があんなだから貴族はもっと酷い。……母さんのことだって」
これまで色々な思いを抱えてきたのだろう。俺は口を挟むのをやめてアルフレッドを見た。
「学園長が評価してくれたのは嬉しかったけど、平民の俺が貴族ばかりいる国立学校へ行ったってうまく行くはずがない。俺がこんな顔で生まれたばかりに女絡みではろくなことがなかったし、国立学校へ行っても問題ばかり起こるって……。そう思ってたんですけどね」
「実際に問題だらけだったじゃねーか」
「でもあなたが、ヴィンスがいてくれたから、俺は我慢できた」
そっとアルフレッドの手が俺の頬に触れる。
「ありがとう」
ちゅ、と唇が触れ合い、離れると同時にアルフレッドを見上げる。
「これからもずっと一緒にいてほしい」
至極真面目な顔をしてそんなことを言うので、気恥ずかしさからついからかいたくなる。
「なんだよ、プロポーズかよ」
「そのつもりだけど。俺の初めてを奪った責任、取ってよね」
「俺も初めてだよ!」
どんと胸を叩くとアルフレッドは「あはは」と笑って、俺を見つめる。
「ちゃんと、責任取るよ」
「当たり前だ」
それこそ俺を捨てて他へ行くなんてことがあれば、地獄まで追いかけてやる。
「サラリスは火を嫌っているので出来る限り使いたくはないんですが、さすがにこのままだと俺たちも凍死してしまいますからね。許可をもらっておきました」
「……へえ」
こういう返答しかできないのは仕方ないだろう! そうなの? としか言いようがない。俺が鉄製のカップに雪を掬い、アルフレッドが熾した火にかけると不思議そうな顔をされた。
「ヴィンセント様は野宿の経験でもあるんですか?」
「言葉遣い」
「あ」
まだ慣れなくて、とアルフレッドは笑いながら頭を掻く。
「手慣れてるね」
溶けて湯になったカップに食材と粉末の調味料を入れる。これで何とか食することはできるだろう。アルフレッドを見つけた以上、登山する必要もない。
さて、アルフレッドの問いかけにどう答えようか。俺はこれまで野宿した経験なんてない。もちろん、誰かからサバイバルについての教育を受けたわけでもない。狩猟だって管理された山の中で行っていたし、仕留めた後は使用人に任せていた。
普通の貴族令息ならば、こんなこと出来るはずがない。
「ヴィンス……?」
顔を覗き込まれてドキリとする。火に照らされたアルフレッドの顔を見ているとあの夜を思い出して顔が熱くなる。熱を冷ます様にぶんぶんと首を振ってアルフレッドに向き直った。
こいつに隠し事はしたくない。
「俺には前世の記憶があるんだ」
突拍子もないことを言い出したにも関わらず、アルフレドの表情は変わらない。「続けて」と促されて俺は再び話し出す。
「前世と言ってもこれは太古の記憶とかではなくて、むしろ、未来視に近いんだが、ここよりももっと文明が発展した世界で生きていたんだ」
実際のところ、ここが現実なのかどうかも俺には分からない。そして前世と言われている世界が本物なのかどうかも。
「そこでの俺はここでいう平民だった。一人で暮らしたりもしていたから、簡単な家事なら出来る」
「そうだったんですね」
アルフレッドはうんうん、と頷いて「納得しました」と答えた。
「納得?」
「ええ、こういってはとても失礼になるけど、ヴィンスは時折、貴族っぽくないというか……」
ああ、と腑に落ちる。バゲットにかぶりついたりしたとき、アルフレッドは驚いていた。俺の気にしていないところでもちょくちょく一般人っぽさが出ていたのだろう。
「それと俺が噂に聞いていた皇女の婚約者、シェラード公爵令息とは、全然違ったから」
やはりアルフレッドも俺の噂を知っていたようだ。その上で偏見なく接してくれていたのは、こいつが人の噂話を信じたりしないからだろう。
「初めて会った日、名前を聞いてすごく驚いた」
「はは、だろうな」
「いや、本当に。悪辣で傲慢、身分を笠に着てやりたい放題の皇女の婚約者に目を付けられたら、学校ではやっていけないと思っていたし」
「俺に目を付けられなくても酷い目に遭ってたじゃないか」
「確かに」
アルフレッドはあはは、と声を上げて笑う。
「俺ね、貴族が嫌いだった」
ぽつりと呟く。
「皇女から言い寄られて、人の意見を聞かないあの態度にうんざりしてた。皇族があんなだから貴族はもっと酷い。……母さんのことだって」
これまで色々な思いを抱えてきたのだろう。俺は口を挟むのをやめてアルフレッドを見た。
「学園長が評価してくれたのは嬉しかったけど、平民の俺が貴族ばかりいる国立学校へ行ったってうまく行くはずがない。俺がこんな顔で生まれたばかりに女絡みではろくなことがなかったし、国立学校へ行っても問題ばかり起こるって……。そう思ってたんですけどね」
「実際に問題だらけだったじゃねーか」
「でもあなたが、ヴィンスがいてくれたから、俺は我慢できた」
そっとアルフレッドの手が俺の頬に触れる。
「ありがとう」
ちゅ、と唇が触れ合い、離れると同時にアルフレッドを見上げる。
「これからもずっと一緒にいてほしい」
至極真面目な顔をしてそんなことを言うので、気恥ずかしさからついからかいたくなる。
「なんだよ、プロポーズかよ」
「そのつもりだけど。俺の初めてを奪った責任、取ってよね」
「俺も初めてだよ!」
どんと胸を叩くとアルフレッドは「あはは」と笑って、俺を見つめる。
「ちゃんと、責任取るよ」
「当たり前だ」
それこそ俺を捨てて他へ行くなんてことがあれば、地獄まで追いかけてやる。
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