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#43 宮廷舞踏会
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皇女の謝罪と、アルフレッドの爆弾発言が残した余韻を引きずったまま、控室にはしばし重い沈黙が流れていた。
だが、そんな空気を断ち切るように、扉の外から整然とした足音が近づく。
「陛下、ご準備が整いました。式典の刻限にございます」
使用人の声に皇帝は小さく頷き、アルフレッドの方を振り返った。
「……さぁ、そろそろ始めようか。君の名は、今日から帝国の歴史に刻まれる」
そして皇帝は微笑み、クラリッサを連れて控室を後にした。
「なんであんな余計なことを言ったんだよ」
公衆の面前、とまではいかないが、わざわざ皇女に言う必要があったのかと言えば、絶対にない。
「皇女に俺の気持ちを伝える、最後の機会だと思ったから」
「……へえ」
普通ならば嬉しい! と思うのかもしれないが、皇帝の前だったこともあり釈然としなかった。
皇宮の大広間――白亜の柱が並び、天井には帝国の歴史を描いた壮麗なフレスコ画。
赤い絨毯が玉座へと続く中、すでに招かれた貴族たちと軍関係者が整列していた。目立ちすぎるのが苦手な彼は緊張を隠しきれず、歩幅が妙に硬い。
「大丈夫。堂々としてろよ」
そう言って俺はアルフレッドの背中を押す。それでも硬い表情は解れず、遂に噴き出してしまう。誤魔化すようにせき込んでから俺は前を見た。
やがて、式典の開始を告げる号砲が鳴り響く。
皇帝が玉座に座ると、式官が朗々と開式を宣言する。
「これより、帝国を救いし勇者アルフレッド・リース殿の表彰式を執り行う!」
周囲から一斉に拍手が湧き起こる。アルフレッドは玉座の前に進み出て、ゆっくりと膝をついた。大広間は水を打ったように静まり、それを見ていた俺までもアルフレッドの緊張がうつったようで掌にじんわりと汗をかいた。
「アルフレッド・リース。そなたの行動は帝国の存続を救い、幾万の民を絶望から解き放った。ゆえに、ここに帝国最高位の勲章《暁光の星章》を授与する」
従者が捧げ持った金の勲章が皇帝の手に渡る。皇帝は立ち上がり、自らアルフレッドの胸元にそれを付けた。
「……もったいないお言葉、心に刻みます」
そう答えるアルフレッドの声は震えていたが、はっきりと広間に響いていた。
わあ、と歓声が上がって拍手が自然と沸き上がる。本来であれば、アルフレッドを名誉貴族とする案もあったようだが本人が固辞した。俺からすれば平民から貴族になるなんて滅多にないことだから断るなんてあり得ないと思っていたけれど、どうやらそこには思惑もあるようだ。父さんは、
「あまりいいこととは言えないよね。弱冠十六歳である彼が貴族になったところで後ろ盾があるわけでもない」
と苦々しい顔をしていた。そして公爵家が後ろ盾になってやるほどメリットがあるわけでもない、というところらしい。
「まあ、彼が皇女と結婚する、とか言うなら、話は別なんだけど」
そんな付け足しをされて、俺は不貞腐れた顔をした。
こうして授与式は滞りなく終わりを迎えた。
式典が終わったその夜、皇宮の大広間は再び別の顔を見せていた。
今度は、絢爛たる宮廷舞踏会の会場として。
煌びやかなシャンデリアが灯り、金と白で彩られた大広間には、音楽が優雅に流れる。男たちは盛装に身を包み、女たちは宝石のようなドレスを翻していた。香の香りとワインの芳醇な匂いが混ざり合い、まさに夢のような空間だった。
そんな中、アルフレッドは壁際で立ち尽くしていた。胸元には《暁光の星章》が輝いている。それが、彼がもはやただの平民ではないことを示していた。
だが彼に向けられる視線は鋭い。
貴族たちの微笑は作られたもので、その目には距離と戸惑いがにじんでいる。近づこうとする者もいるが、隣に俺がいることが牽制となって微妙な距離を取りつつある。アルフレッドが平民としての道を歩むつもりならば、下手に貴族と関わらせないほうがいいだろう。
舞踏会の音楽が一曲終わり、次の舞が始まろうとしたその瞬間だった。
重々しい扉が、乱暴に開かれた。
場に不似合いな強引さで現れたのは、銀の刺繍が施された濃紺の礼服を着た男。その顔に刻まれた年輪と傲慢な笑みは、舞踏会の誰にも無視できない“何か”を漂わせていた。
「これはまた盛大な舞踏会だ。さすがは帝国の栄光を称える夜だ!」
周囲の貴族たちがざわつく。そして誰かが小声で名前を漏らした。
「……センター男爵だ。辺境の……いや、元男爵ではなかったか?」
その名前に聞き覚えはあった。俺が眉を顰めると、隣で「どうして」と不安そうな声が聞こえてくる。そうだ。センター男爵と言えば、アルフレッドの父親だ。アルフレッドは自分の出自を知っていたのか。こちらの動揺などものともせず、男はまるで舞台役者のように大広間の中央へと歩み出た。
「失礼を承知で申し上げます、陛下」
玉座の下まで来ると男は膝を付いて頭を下げる。そして、おもむろに顔を上げるとアルフレッドを指さした。
「その青年、アルフレッド・リース。彼こそ、我がレオン・センターの実子でございます!」
一瞬、時が止まったような沈黙が訪れた。
音楽も、足音も、息遣いさえも、すべてが消えたように感じられた。
だが、そんな空気を断ち切るように、扉の外から整然とした足音が近づく。
「陛下、ご準備が整いました。式典の刻限にございます」
使用人の声に皇帝は小さく頷き、アルフレッドの方を振り返った。
「……さぁ、そろそろ始めようか。君の名は、今日から帝国の歴史に刻まれる」
そして皇帝は微笑み、クラリッサを連れて控室を後にした。
「なんであんな余計なことを言ったんだよ」
公衆の面前、とまではいかないが、わざわざ皇女に言う必要があったのかと言えば、絶対にない。
「皇女に俺の気持ちを伝える、最後の機会だと思ったから」
「……へえ」
普通ならば嬉しい! と思うのかもしれないが、皇帝の前だったこともあり釈然としなかった。
皇宮の大広間――白亜の柱が並び、天井には帝国の歴史を描いた壮麗なフレスコ画。
赤い絨毯が玉座へと続く中、すでに招かれた貴族たちと軍関係者が整列していた。目立ちすぎるのが苦手な彼は緊張を隠しきれず、歩幅が妙に硬い。
「大丈夫。堂々としてろよ」
そう言って俺はアルフレッドの背中を押す。それでも硬い表情は解れず、遂に噴き出してしまう。誤魔化すようにせき込んでから俺は前を見た。
やがて、式典の開始を告げる号砲が鳴り響く。
皇帝が玉座に座ると、式官が朗々と開式を宣言する。
「これより、帝国を救いし勇者アルフレッド・リース殿の表彰式を執り行う!」
周囲から一斉に拍手が湧き起こる。アルフレッドは玉座の前に進み出て、ゆっくりと膝をついた。大広間は水を打ったように静まり、それを見ていた俺までもアルフレッドの緊張がうつったようで掌にじんわりと汗をかいた。
「アルフレッド・リース。そなたの行動は帝国の存続を救い、幾万の民を絶望から解き放った。ゆえに、ここに帝国最高位の勲章《暁光の星章》を授与する」
従者が捧げ持った金の勲章が皇帝の手に渡る。皇帝は立ち上がり、自らアルフレッドの胸元にそれを付けた。
「……もったいないお言葉、心に刻みます」
そう答えるアルフレッドの声は震えていたが、はっきりと広間に響いていた。
わあ、と歓声が上がって拍手が自然と沸き上がる。本来であれば、アルフレッドを名誉貴族とする案もあったようだが本人が固辞した。俺からすれば平民から貴族になるなんて滅多にないことだから断るなんてあり得ないと思っていたけれど、どうやらそこには思惑もあるようだ。父さんは、
「あまりいいこととは言えないよね。弱冠十六歳である彼が貴族になったところで後ろ盾があるわけでもない」
と苦々しい顔をしていた。そして公爵家が後ろ盾になってやるほどメリットがあるわけでもない、というところらしい。
「まあ、彼が皇女と結婚する、とか言うなら、話は別なんだけど」
そんな付け足しをされて、俺は不貞腐れた顔をした。
こうして授与式は滞りなく終わりを迎えた。
式典が終わったその夜、皇宮の大広間は再び別の顔を見せていた。
今度は、絢爛たる宮廷舞踏会の会場として。
煌びやかなシャンデリアが灯り、金と白で彩られた大広間には、音楽が優雅に流れる。男たちは盛装に身を包み、女たちは宝石のようなドレスを翻していた。香の香りとワインの芳醇な匂いが混ざり合い、まさに夢のような空間だった。
そんな中、アルフレッドは壁際で立ち尽くしていた。胸元には《暁光の星章》が輝いている。それが、彼がもはやただの平民ではないことを示していた。
だが彼に向けられる視線は鋭い。
貴族たちの微笑は作られたもので、その目には距離と戸惑いがにじんでいる。近づこうとする者もいるが、隣に俺がいることが牽制となって微妙な距離を取りつつある。アルフレッドが平民としての道を歩むつもりならば、下手に貴族と関わらせないほうがいいだろう。
舞踏会の音楽が一曲終わり、次の舞が始まろうとしたその瞬間だった。
重々しい扉が、乱暴に開かれた。
場に不似合いな強引さで現れたのは、銀の刺繍が施された濃紺の礼服を着た男。その顔に刻まれた年輪と傲慢な笑みは、舞踏会の誰にも無視できない“何か”を漂わせていた。
「これはまた盛大な舞踏会だ。さすがは帝国の栄光を称える夜だ!」
周囲の貴族たちがざわつく。そして誰かが小声で名前を漏らした。
「……センター男爵だ。辺境の……いや、元男爵ではなかったか?」
その名前に聞き覚えはあった。俺が眉を顰めると、隣で「どうして」と不安そうな声が聞こえてくる。そうだ。センター男爵と言えば、アルフレッドの父親だ。アルフレッドは自分の出自を知っていたのか。こちらの動揺などものともせず、男はまるで舞台役者のように大広間の中央へと歩み出た。
「失礼を承知で申し上げます、陛下」
玉座の下まで来ると男は膝を付いて頭を下げる。そして、おもむろに顔を上げるとアルフレッドを指さした。
「その青年、アルフレッド・リース。彼こそ、我がレオン・センターの実子でございます!」
一瞬、時が止まったような沈黙が訪れた。
音楽も、足音も、息遣いさえも、すべてが消えたように感じられた。
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