離した手の温もり

橘 凛子

文字の大きさ
19 / 130
始動

ep.19

しおりを挟む
「相変わらず仲悪いの?」
『え?』
「おじさんとおばさん」
『多分?
仲良いとこなんて見たことないし』
「よくグレずに育ったよね、その環境で」
『彗くんの両親のおかげだよ』

両親が不仲状態で育ったら普通、グレて暗黒の道へ辿っていただろう。

幸い、私には近所に彗くんの家族がいた。

哀れに思ったのだろう。

彼の両親が私を気にかけくれていた。

一緒に彗くんとお出かけに連れていってくれたり、夕飯をご馳走になったり。

あの家族と一緒にいる時だけが、心の休まる時だった。

「そっか。
一宮くんには感謝だね」
『まぁ…ね』
「……で?」
『ん?』
「月島さんと会ったの?」

チキンを食べ終え、口元を紙ナプキンで拭いながら菜乃は聞いてきた。

なんとも直球な質問。

『………。
会ってないよ。連絡もしてない』
「なんで?」
『会えるわけないじゃん。あんな別れ方したのに』
「それは…」
『蒼ちゃんは私との未来を夢見てプロポーズしてくれたんだよ。
私はそれを踏み躙った』
「………」
『会えるわけないでしょ』

県外の異動辞令が出る少し前、私は蒼ちゃんにプロポーズされた。

もちろんその場で頷いて指輪を受け取った。

彼との幸せな未来を夢見て。

だけどその数日後に県外の異動辞令が下ってしまう。

悩みに悩んだ。

この選択はきっと彼を傷つける。

それはわかっていた。

それでも私は仕事を選んだ。

結婚という幸せな道を捨てて。

彼に会う資格なんてあるわけないだろう。

「……まだ好き?
月島さんのこと」
『……すき。
好きだよ』
「そっか。辛いね」
『平気。
仕事に生きるって決めたから』
「………」

菜乃はそれ以上何も言わなかった。

こっち戻ってくる時、私はもう誰とも恋愛はしないと決めていた。

もう誰かを傷つけたり、傷つきたくない。

もうあんな思いをするのは嫌だ。

「今度さ…」
『?』
「夜、呑み行こうよ。
一宮くんとこに」
『いいけど…』

菜乃は急に話題を変えて明るく振る舞った。

しんみりした雰囲気を払拭しようとしてくれているのだろう。

人の感情に敏感な彼女らしい。

「それでさ…」
『ん?』
「お泊まりしようよ、うちに!」
『いいよ』
「約束ね!」
『うん』

油っこい食事を終え、私達は三年分のガールズトークを交わした。

お互いの近況報告、菜乃の恋愛事情、過去の思い出話、などなど。

クッキーをつまみながら話を弾ませた。

「あれ…
もうこんな時間。話し込んじゃった」
『仕事?』
「うん。夜から打ち合わせあるんだ」
『じゃあ、もう行かなきゃね』
「うん。まだ話足りないけど」

時刻は十六時半。

そろそろ日が沈みかける頃。

菜乃はこの後予定が詰まっているのか、挨拶もそこそこに帰っていった。

嵐のように。

『……買い出し行かなきゃ』

飲み食いして散らかったテーブルの上を片付け、冷蔵庫の中を見てため息が漏れた。

食材がない。

買い出しに出なければ夕飯は作れなかった。

面倒だが、仕方ない。

私も外に出よう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕の姉的存在の幼馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜

柿 心刃
恋愛
僕の幼馴染で姉的な存在である西田香奈は、眉目秀麗・品行方正・成績優秀と三拍子揃った女の子だ。彼女は、この辺りじゃ有名な女子校に通っている。僕とは何の接点もないように思える香奈姉ちゃんが、ある日、急に僕に急接近してきた。 僕の名は、周防楓。 女子校とは反対側にある男子校に通う、ごく普通の男子だ。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

半年間、俺の妻になれ〜幼馴染CEOのありえない求婚から始まる仮初の溺愛新婚生活〜 崖っぷち元社畜、会社が倒産したら玉の輿に乗りました!?

とろみ
恋愛
出勤したら会社が無くなっていた。 高瀬由衣(たかせゆい)二十七歳。金ナシ、職ナシ、彼氏ナシ。ついでに結婚願望も丸でナシ。 明日までに家賃を用意できなければ更に家も無くなってしまう。でも絶対田舎の実家には帰りたくない!! そんな崖っぷちの由衣に救いの手を差し伸べたのは、幼なじみで大企業CEOの宮坂直人(みやさかなおと)。 「なぁ、俺と結婚しないか?」 直人は縁談よけのため、由衣に仮初の花嫁役を打診する。その代わりその間の生活費は全て直人が持つという。 便利な仮初の妻が欲しい直人と、金は無いけど東京に居続けたい由衣。 利害の一致から始まった愛のない結婚生活のはずが、気付けばいつの間にか世話焼きで独占欲強めな幼なじみCEOに囲い込まれていて――。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の低田悠真のクラスには『高嶺の花』と呼ばれるほどの人気がある高嶺結衣という女子生徒がいる。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正な高嶺さんは男女問わずに告白されているが全て振っていた。彼女には好きな人がいるらしい。  ゴールデンウィーク明け。放課後にハンカチを落としたことに気付いた悠真は教室に戻ると、自分のハンカチの匂いを嗅いで悶える高嶺さんを見つける。その場で、悠真は高嶺さんに好きだと告白されるが、付き合いたいと思うほど好きではないという理由で振る。  しかし、高嶺さんも諦めない。悠真に恋人も好きな人もいないと知り、 「絶対、私に惚れさせてみせるからね!」  と高らかに宣言したのだ。この告白をきっかけに、悠真は高嶺さんと友達になり、高校生活が変化し始めていく。  大好きなおかずを作ってきてくれたり、バイト先に来てくれたり、放課後デートをしたり、朝起きたら笑顔で見つめられていたり。高嶺の花の高嶺さんとの甘くてドキドキな青春学園ラブコメディ!  ※2学期編4が完結しました!(2025.8.4)  ※お気に入り登録や感想、いいねなどお待ちしております。

いつから恋人?

ざっく
恋愛
告白して、オーケーをしてくれたはずの相手が、詩織と付き合ってないと言っているのを聞いてしまった。彼は、幼馴染の女の子を気遣って、断れなかっただけなのだ。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

処理中です...