離した手の温もり

橘 凛子

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始動

ep.20

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「……美愛?」

近所のスーパーに立ち寄り、夕飯の食材を物色していると聞き慣れた声が私を呼び止めた。

視線を上げると、彗くんだった。

バーテン姿のスーツではなく、ラフなジーンズを履いている。

休日なのだろうか。

『彗くん…
どうしたの。こんなとこで…』
「母さんに頼まれて買い物」
『ああ…
彗くんの実家、近くだったね。ここ』
「美愛は夕飯の買い出し?」
『うん。材料すっからかんで…』
「うちで食う?」
『え…?』
「まだ母さんたちに会ってないだろ。帰ってきてから」
『それは……うん』

急な夕飯のお誘い。

いいのだろうか。

そんな突然訪ねても。

困らせてしまうだけな気がする。

「今更、遠慮しなくていいよ。
美愛なら母さん大喜びだから」
『でも急に訪ねたら迷惑…』
「……わかったわかった。
母さんに連絡するよ」

私の言わんとしていることを理解したのだろう。

彗くんはスマホを取り出しておばさんに連絡してくれた。

夕飯時にいきなりお邪魔するのは気が引ける。

私はそこまで図々しくない。

「あ、母さん?
今スーパーにいるんだけどさ、美愛に会って…」

彗くんは騒がしいこのスーパーでスマホを耳に当てて、おばさんと会話している。

店内アナウンスが流れているせいでその内容までは聞こえなかった。

私は手持ち無沙汰になり、辺りを見渡す。

時間帯のせいだろう。

子連れの買い物客が多く見えた。

小さな子供が母親にお菓子をねだっている姿、今日の夕飯のメニューを母親に尋ねる子供、と様々な姿が窺える。

なんだか微笑ましい。

あんな風に母親とスーパーへ買い物に行くという経験が私にはない。

一体どんな気分なのだろう。

気になる。

「美愛?」
『ぁ…
ごめん。おばさん、いいって?』
「ああ。連れてこいって」
『じゃあ、お邪魔しようかな。せっかくだし』
「了解。
さっさと買い物済ませようか」
『うん』

私達は買い物を再開した。

各自、手に持った買い物カゴに食材を入れながら雑談を混える。

『彗くんよく実家、帰るの?』
「まぁ、そこそこにね。
近いし」
『ふーん…』
「……美愛は帰ってる?」
『ううん。こっちに帰って来たのは一応知らせたけど…
………』

私は言葉を濁した。

一応、あの人達は私の両親なのでこっちに帰ってきたことを知らせてはある。

だけど私が県外に出ていたことを二人は忘れていたよう。

呆れる。

もう私に関心なんてあの人達にはないんだろうな。

産まれてからずっと関心を持たれたことなど一度もないが。

「……悪い」
『いいの。慣れたよ』

バツが悪そうに彗くんは視線を私から逸らした。

私は成人してから自分には親がいない、と思うことにしている。

そのほうが変に期待しなくていい。

それでも事後報告をあの人達にするのはまだどこかで淡い期待を抱いているからなのかな。

わからない。
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