離した手の温もり

橘 凛子

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始動

ep.21

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『あ!
そういえば、彗くん』
「ん?」

しんみりしたその場の雰囲気を払拭するため、明るく振る舞って私は彗くんの名を呼び止めた。

その穏やかな表情で私を見つめる。

すれ違う度、女性が彗くんをチラ見しているのにこの男はそれに気づいてない。

『菜乃に言ったでしょ、私のこと』
「ああ…
同窓会の件で連絡きたとき話した」
『なんで言うの。私のタイミングで言いたかったのに…』
「そう言って美愛、先延ばしにするだろ」
『う…』
「別に椎名に言ったところで蒼に知れる筈ないよ。
関わりほぼないんだから」

『それはまぁ…
そうなんだけど…』
「……そんな嫌?
蒼に会うの」
『嫌というか…
会ったら私、ずるずる流されちゃうもん」
「?
別に流されたって…」
『よくないよ。また蒼ちゃん傷つけちゃう
あんな顔もう見たくない』

今でも覚えてる。

指輪を返した時の蒼ちゃんの傷ついた顔。

胸が傷んだ。

そんなことを思う資格すらないのに。

あんな顔をさせたのは私だ。

「あんまり自分を責めるなよ。
仕事じゃしょうがない」
『でも私は…』
「結婚ってさ」
『?』
「タイミングだとは俺は思う。
蒼と美愛が結婚出来なかったのはまだその時じゃなかったから…そうは思えない?」 
『……ありがと。
彗くん』

彗くんなりの励ましの言葉を言ってくれてるのだと思う。

結婚はタイミング。

それはそうだと思う。

でもそのタイミングを壊したのはやっぱり私だ。

彗くんの問いかけに私は答えず、ただ笑うことしか出来なかった。

それ以上彼は何も言ってこない。

引き際をちゃんと理解していた。

「もう行く?」
『うん。
レジ行こ』

話をしながらも買い物カゴに食材を入れていったが、ある程度欲しいものは確保できた。

私達はレジへ赴いて会計をすませる。

もちろん、別会計。

払おうとする彗くんを全力で阻止出来た。

『彗くん、先行ってて。
私食材、家に置いてから行く』
「付き合うよ」

会計を済ませた食材を袋に詰め、スーパーを出た私は彗くんとは逆方向に足先を向ける。

冷やさなければいけない食材もあるので、一旦帰りたい。

彼の実家は何度もお邪魔したことはある。

一人でもなんら問題はなかった。

だが、それを彗くんは許さない。

私の意見も聞かずに手に持っていたスーパーの袋をひょい、と持って先を行く。

勝手なんだから。

『ありがと』
「一人で帰ったら母さんにドヤされる」
『おばさん、元気?』
「それだけが取り柄だからね」
『そっか…
よかった』

スーパーから私のマンションまで歩いて十分くらい。

道路の車道側を歩きながら、彗くんは私の横をゆっくり歩く。

歩幅を合わせてくれている。
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