離した手の温もり

橘 凛子

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始動

ep.28

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『変わらないね、ここは』

坂上に登りつめた私は下界の景色を眺めた。

煌びやかな光が目の前に広がる。

百万ドルの景色とまではいかないが、それなりに目を奪われる景色だ。

「懐かしいな」
『うん。夜景なんて久々に見た』

ずっと仕事づくしで夜景を観に行く余裕などなかった。

余裕があったとしても一緒に行く相手はいないのだが。

同性と行く場所ではない。

「今度観に行く?」
『え?』
「夜景。もっと凄いとこ」
『そういうのは彼女と行きなよ。私じゃなくて』
「いないって言ったろ」
『いや、うん。だから彼女作って行けばいいじゃん』
「……俺とが嫌?」
『そうじゃないよ。でも夜景って普通、恋人同士で行かない?
幼馴染と行っても…』
「じゃあなる?」
『は?』
「恋人に」
『………』

何を言いだすんだ。

この男は。

揶揄われているのだろうか。

私は彗くんの顔を見上げた。

その表情は思いの外、真剣で私は面食らいそうになる。

『えっと…』
「冗談」
『へ?』
「でも美愛と行きたいのは本当。
夜景観に行こうよ。帰ってからどこも一緒に出掛けてないし」
『…いいけど』

気がつけば私は首を縦に頷いていた。

さっきの真剣な表情とは一転して彗くんはいつもの見慣れた顔をしている。

さっきの表情はなんだったのだろう。

私は疑問に思いながらも彼に深くは追求しなかった。

今の穏やかな空気を壊したくない。

「決まりな」
『わかったってば。
もう帰ろ』
「はいはい」

私と彗くんは大した時間、そこに滞在せずに坂上の公園を後にした。

マンションまでの道中、彼と他愛ない話を交わす。

主に思い出話に花を咲かせた。

その日から彗くんはほぼ毎日、私に連絡してくるようになった。

電話だったり、チャットだったり日によってバラバラだったが、連絡は途絶えない。

こんなこと初めてだ。

彼の意図が全く読めなかった。


—————
—————

「原田」
『はい』

週明け。

いつも通りに通勤ラッシュに揉まれて出勤すると如月さんに呼ばれた。

週末一緒に呑んだ時の表情とは一転して、キリッと凛々しい顔をしている。

仕事モード全開だ。

「原田のエリア決まったぞ」
『……どこですか?』

如月さんは私の言葉に返答せず、手元の資料を手渡してきた。

活字がぎっしり白い紙に埋められた資料に目を通す。

エリアというのは私が担当する店舗エリアのこと。

人員の配置、隔週の店舗ごとの戦略立てなど主に店舗が円滑に運営出来るようにサポートや指示を出すのが主な仕事。

今までは異動して間もない為、自分のエリアが決まっていなかった。

ようやく決まったようだ。

『あれ…これって…
千葉さんのエリアじゃ…』
「ああ…
元々あの人のエリア、他の人の倍あったからな。負担減らす為に分けさせてもらった」
『そうだったんですか…』
「引き継ぎは千葉さんに聞いてくれ」
『わかりました』

私は如月さんのデスクから立ち去って、自分のデスクに戻る。

デスクワークは変わらないが、これで巡回日は現場に戻れることになった。

少し嬉しい。

結局、店舗に入ってもパソコン業務には変わりないのだが。
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