離した手の温もり

橘 凛子

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始動

ep.31

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「ここ、いいすか?」
『え…
あ、どうぞ』

私が一人でのんびり食事をしていると見知らぬ男性が席を求めてきた。

焦茶色に染まった髪にパーマをあてている今風の男性で見たことあるような気もするが、名前は出てこない。

気まずい空気が一瞬、流れた。

「原田さんすよね?」
『……そうですけど』
「覚えてない?白河です」
『白河……
あ!』
「思い出した?」
『えっと…同期の…』
「そう。久しぶり」

彼は同期の白河 要さん。

入社研修の際、席が隣だった人。

ただそれだけ。

特別親しかったわけでもない。

研修以来言葉を交わした記憶は私にはなかった。

『お久しぶりです』
「本社勤務になったんだって?
凄いじゃん」
『ありがとうございます。白河さんは…』
「俺は人事」
『へぇ…』

白河さんは馴れ馴れしく、タメ口で会話をしてくる。

同期とはいえ、距離が近すぎる。

私の最も苦手なタイプだ。

貴重な休憩時間が苦痛と化しそう。

困った。

どうしたものか。

「原田さんってさ、同期会まだ一度も参加してないよね?」
『ああ…』

同期会。

そういえば、そんな会合があった。

同期だけで集まる飲み会。

定期的にグループチャットで参加の有無を尋ねられて、毎回断っている。

参加人数は総勢二十人。

そんな大勢の飲み会に好んで私が参加するわけがない。

歓迎会ですら参加に渋っているというのに。

「来週さ、またやるんだけど…
参加する気ない?」
『えっと…』

困った。

非常に困った。

断りづらい雰囲気に持っていかれている。

絶対に参加したくない。

「原田さん!」
『え…相澤さん…?』
「如月さんが呼んでたよ」
『え、今ですか…?』
「うん。そう」
『…わかりました。今行きます。
白河さん、すいません。呼ばれたので失礼します』

私がどうやって白河さんの誘いを断ろうかと思案していると、たまたま通りかかったであろう相澤さんが助けてくれた。

休憩時間に如月さんが誰かを呼びつけることはない。

ということは彼女がこの場を抜け出せるための逃げ道を作ってくれたよう。

私はこの絶好の機会を見逃さず、その場を抜け出した。

トレーの上に乗ってる昼食はほぼ手をつけていないが、仕方ない。

『はぁ…
えらい目に遭った』

私は一階ロビーまで逃げてきていた。

レストラン街で食事を済ませようと思い、足をそちらに向かわせていたが、ふと思い止まる。

また白河さんと鉢合わせしたら面倒だ。

社外で昼食をとろう。

幸いまだ時間はある。

近くのカフェで食事をとるくらいの余裕は残っていた。

踵をかえし、私は社外へ出る。

この時、もし社内のカフェで食事をしていたら蒼ちゃんに会うことはなかったのかな。

ううん、きっとどこかで巡り会っていただろう。
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