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始動
ep.32
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『え……
なん…で…』
会社の近くのカフェに立ち寄った私は紅茶と軽食を注文して席に着いた。
窓際の陽当たりのいい席。
そこまではいい。
私の少し離れた正面の席に彼がいた。
三年前に別れたっきりの蒼ちゃん、月島 蒼が。
少しやつれたようにも見える。
黒髪のパーマがかった髪をワックスで濡れ髪風にしている姿はあの時となんら変わりない。
この場をすぐに移動しなければ存在に気づかれてしまう。
そんなのはわかっている。
だけど金縛りに遭ったかのように身体が動かない。
目を逸らせなかった。
「美…愛…?」
案の定、気づかれた。
私の座ってる席まで近づいてきて、切れ長の瞳を見開いてこちらを見ている。
私も見つめ返した。
『蒼…ちゃん…』
「なん…で…」
『蒼ちゃんこそ…』
「俺は店がこの近くで…」
店というのは美容院のこと。
蒼ちゃんは自分の店を持つ美容師だ。
私の知ってる限り、彼の店はこの近辺にはないはず。
不思議に思い、私は首を傾げる。
「店舗増やしたたんだ。二店舗目」
『そう…なんだ』
「……座っていい?」
『あ……うん』
私の疑問に答えるかのように蒼ちゃんは言った。
そういえば、彗くんが言ってたな。
彼が忙しい、と。
そういうことか。
自分の店を二店舗持っているのならばそりゃ、忙しくもなる。
蒼ちゃんは元の席から飲みかけのグラスを手に持って、私に同席を求めてきた。
そんな聞かれ方したら断れない。
「美愛も職場、この近く?」
『うん。本社勤務になったから』
「戻ってきてたんだね…」
『うん。つい最近』
私は蒼ちゃんの話に耳を傾けながら右手首に嵌めている腕時計に一瞬、視線を落とした。
あんまり彼と話している余裕はなさそう。
早く手元にある食事を済ませなければ。
「時間ない?」
『え?』
「いや、チラチラ時計見てるからさ」
『ああ…うん』
私は曖昧な返事をしながら、食事に集中した。
時間が惜しい。
食べたら戻ろう。
蒼ちゃんとはこれっきりだ。
正面から熱い視線を感じるが、私は気づかないふりをした。
『私、行くね。時間ないから』
「ぇ……」
『ごめんね?』
急ピッチで食事を終え、紙ナプキンで汚れた口元を拭った私は席を立った。
一刻も早くこの場から去りたい。
蒼ちゃんと長い時間、共に過ごすときっと欲が出てしまうだろう。
それは避けたい。
私は逃げるように彼の横を通り過ぎようとした。
「待って」
『え…』
パシッと手首を掴まれ、進行を妨げられた。
当然、私の足は止まる。
「仕事、何時に終わる?」
『え…わかんない。
定時なら18時くらいには終わるけど…』
「待ってる」
『へ?』
「ここで待ってる」
『……定時に終わるかわかんないよ。残業かもしれないし』
「それでも待ってる。
今日逃したら美愛、会ってくれないじゃん」
『………。
仕事だからもう行くね』
私は蒼ちゃんの言葉に答えなかった。
彗くんほどではないが、彼ともそれなりに長い付き合いがある。
だからだろう。
私の考えを熟知していた。
蒼ちゃんを残して足早に会社へ急いだ。
もうじき、一時間の休憩が終わる。
なん…で…』
会社の近くのカフェに立ち寄った私は紅茶と軽食を注文して席に着いた。
窓際の陽当たりのいい席。
そこまではいい。
私の少し離れた正面の席に彼がいた。
三年前に別れたっきりの蒼ちゃん、月島 蒼が。
少しやつれたようにも見える。
黒髪のパーマがかった髪をワックスで濡れ髪風にしている姿はあの時となんら変わりない。
この場をすぐに移動しなければ存在に気づかれてしまう。
そんなのはわかっている。
だけど金縛りに遭ったかのように身体が動かない。
目を逸らせなかった。
「美…愛…?」
案の定、気づかれた。
私の座ってる席まで近づいてきて、切れ長の瞳を見開いてこちらを見ている。
私も見つめ返した。
『蒼…ちゃん…』
「なん…で…」
『蒼ちゃんこそ…』
「俺は店がこの近くで…」
店というのは美容院のこと。
蒼ちゃんは自分の店を持つ美容師だ。
私の知ってる限り、彼の店はこの近辺にはないはず。
不思議に思い、私は首を傾げる。
「店舗増やしたたんだ。二店舗目」
『そう…なんだ』
「……座っていい?」
『あ……うん』
私の疑問に答えるかのように蒼ちゃんは言った。
そういえば、彗くんが言ってたな。
彼が忙しい、と。
そういうことか。
自分の店を二店舗持っているのならばそりゃ、忙しくもなる。
蒼ちゃんは元の席から飲みかけのグラスを手に持って、私に同席を求めてきた。
そんな聞かれ方したら断れない。
「美愛も職場、この近く?」
『うん。本社勤務になったから』
「戻ってきてたんだね…」
『うん。つい最近』
私は蒼ちゃんの話に耳を傾けながら右手首に嵌めている腕時計に一瞬、視線を落とした。
あんまり彼と話している余裕はなさそう。
早く手元にある食事を済ませなければ。
「時間ない?」
『え?』
「いや、チラチラ時計見てるからさ」
『ああ…うん』
私は曖昧な返事をしながら、食事に集中した。
時間が惜しい。
食べたら戻ろう。
蒼ちゃんとはこれっきりだ。
正面から熱い視線を感じるが、私は気づかないふりをした。
『私、行くね。時間ないから』
「ぇ……」
『ごめんね?』
急ピッチで食事を終え、紙ナプキンで汚れた口元を拭った私は席を立った。
一刻も早くこの場から去りたい。
蒼ちゃんと長い時間、共に過ごすときっと欲が出てしまうだろう。
それは避けたい。
私は逃げるように彼の横を通り過ぎようとした。
「待って」
『え…』
パシッと手首を掴まれ、進行を妨げられた。
当然、私の足は止まる。
「仕事、何時に終わる?」
『え…わかんない。
定時なら18時くらいには終わるけど…』
「待ってる」
『へ?』
「ここで待ってる」
『……定時に終わるかわかんないよ。残業かもしれないし』
「それでも待ってる。
今日逃したら美愛、会ってくれないじゃん」
『………。
仕事だからもう行くね』
私は蒼ちゃんの言葉に答えなかった。
彗くんほどではないが、彼ともそれなりに長い付き合いがある。
だからだろう。
私の考えを熟知していた。
蒼ちゃんを残して足早に会社へ急いだ。
もうじき、一時間の休憩が終わる。
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