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ポカホンタスの章
出会い
しおりを挟むパスパーエが白い人々を襲撃して以来、ポカホンタスは父から「白き者達に近づいてはならない」と言われて来た。だが、彼女はその後もジェームズタウンの様子を森の茂みや岩の陰から見続けていた。それは、ポウハタンの地と人々を守る為に自分が何をするべきか、進むべき道は何処にあるのかを見定める為に必要なことだと自分に言い聞かせていたが、実際は彼女の中で無意識の内に湧き出て来る好奇心の方が勝っていた。
ポカホンタスが潜む茂みから少し離れた木の枝には、アリーヤが立っていた。二人はお互いの存在に気付いていない。どちらも白き者達の様子を見に来たと言う点は共通しているが、その目的は違っていた。
(さて……あのヒョロい野郎はどこにいんのかな……)
アリーヤが探していた「ヒョロい野郎」と言うのは、勿論ビリーのことだ。
彼女は前日、ポカホンタスから「白き者達に近づいて彼らのことをよく知る」ことを勧められていた。最初は当然反対したが、「本当に彼らが邪悪な侵略者かどうかは実際に接触して見ないと分からない」と何度もしつこく迫られ、仕方なく彼らの内の一人と接触を図ることにしたのだ。その相手として、彼女は以前から目をつけていたビリーを選んだ。
ジェームズタウンの様相は、スミスが加入してから短期間で様変わりしていた。
まず、彼らはスミスの指示で森の木を切り倒して丸太を何本も作り、それを組み合わせて家や塀を建てた。それはポカホンタス達が今までに見たことのない外観の家であった。
「凄い……あっと言う間に立派な家と柵が出来ちゃった……」
ポカホンタスは白き者達の持つ建築技術にただただ感心していた。細い小枝で作った前の柵とは違って、今ならパスパーエの戦士達が総出で攻めて来ても、そう簡単に破られることはないだろう。最早、砦と言っても過言ではない外観だった。
そして、その中でも一つだけ何の目的で建てられたのか分からないものがあった。
それは他の家とは違って壁がなく、屋根は骨組みの上に白い布を被せただけの簡素な造りだった。
そこには白き者達が毎日朝と晩の二回集まり、丸太で作った椅子に座って一人の男の話を真面目に聞いていた。男の服装は全身黒ずくめで、胸には十字架の首飾りをしている。
「……?」
ポカホンタスは彼らが何をしてるのか、気になって仕方がなかった。と言うのも、彼女が幾ら考えても分からないのは至極当然な話で、男達の前に立って何かを説いていたのは、イギリス国教会の牧師であるロバート・ハントと言う男だった。彼は聖書を片手に「インディアンは邪教を崇拝する野蛮な集団、そんな哀れで愚かな者達をキリスト教に改宗させて真道へ導こうではないか」と繰り返し言い続けていた。
そう……男達が集まっていた簡単な造りをした建物の正体は、ジェームズタウンで唯一の教会だったのだ。
教会だけではない……鉄製の斧やナイフ、マスケット銃、とにかく男達が持っている物全てがポカホンタスに取っては珍しく、そして好奇心を注がれた。アリーヤもポウハタンの洞窟でのみ採れる特別な石を刃状に削って作った蛇腹剣を持っているが、男達の持つ刃物は彼女のそれとはまた異なる物を刃にしていた。
更に男達は、自分達の領土としている場所……つまり、ジェームズタウンを少しでも離れる時は必ずと言っていい程、鉄製の衣類を纏っていて、ポカホンタスにはそれがどうしても不思議でならなかった。それは戦闘で使う鎧で、彼らはパスパーエ族の襲撃以来、何時何処から矢が飛んで来るか分からない恐怖に駆られていた。鎧はそんな恐怖をほんの僅かでも和らげるのに役立っており、彼らはそれを付けずにはいられずにいた。
そして、ジェームズタウン内で身体を動かして切った木を運んだり、家を建てたりしている男達……つまり下っ端の労働者達は質素な革製の服を着ていた。
一方で、労働者達を顎で使いながら自分達は碌に仕事をせず、時間を持て余しているようにも見える男達は、そこそこ上等で小綺麗な服を着ていた。言うまでもなく、その男達とは上流階級の男達のことだった。
(あの人達、働いてないクセに何であんなに偉そうにしてるんだろう……?)
ポカホンタスにして見れば、働いていない男達の方が上等な服を着ていて、且つあんなに威張り散らしているのかが不思議で、その理由が分からなかった。
「何なんだ……アイツら。仕事を手伝うどころか、真面目に働いてる奴らにちょっかい出してやがる。アタシらの所で同じことやったら、即追放モンだぞ」
アリーヤは上流階級の男達に対して「世間舐めてんのか」と嫌悪感を露わにしていた。更に、男達は七日に一回……つまり日曜日には上流階級も職人も果ては普通の労働者も関係なく、全員が働かずに休んでいたことにも不思議に感じられた。
ポカホンタスは、ポウハタンの人間とは全く違う生活を送っている白き者達の様子を飽きることなく、いつまでも見続けていた。
★
他の男達とは大きく遅れる形になったが、スミスは新世界への上陸を果たした。スミスは高くそびえ立つ木々や美しい新緑の森に目を奪われた。そこにはあらゆる生命の気配がそこかしこに感じられ、立ち入る者の五感全てを癒した。土地もこの上なく恵まれていて、これ程自然豊かな場所は世界中を回ってもそうそう出会えるものではないだろう。
「美しい場所だ、バージニア。こんな素晴らしい場所が他にあるかな……まるでピクニックに来てる気分だ。それに比べて……」
スミスは見比べるようにジェームズタウンの方へ目を向けた。バージニアと名付けられたこの周辺一帯でも、最も人間が生きて行くに相応しくない場所にある。潮が差す湿地帯は農耕に全くと言っていい程不向きな上に、生きる為に必要な真水の補給も期待出来ない。極めつけは病原菌の媒体となっている蚊がウジャウジャいることだ。
「何なんだよ、コレは……もしかして誰かのツッコミ待ち?それとも、新手の自殺かな?」
「残念だけど、議長達は大真面目だよ。真面目に選んだ場所がここと言う訳さ」
スミスの後ろで、ビリーが溜め息混じりに言った。顔色はやや青く、片腕には包帯を巻いている。パスパーエとのいざこざでラトクリフに付けられた傷だ。スミスはビリーを気遣うように尋ねる。
「大丈夫か?病み上がりなんだから、無理はしないようにな」
「ありがとう。ようやく熱も下がって来たところだし、僕もそろそろバージニアの地質調査に戻らないとね。でも、君の言う通り無理はしないよ」
ビリーはラトクリフに腕を斬られてから、傷口が化膿しかけていた。それが原因で熱を出してしまい、寝込んでいたのだ。幸い、一緒に乗船していた医師の看病もあって大事には至らなかったが、運が悪ければ命に関わっていたとのこと。
ビリーの口から、この土地を植民地に選んだのが議長のウィングフィールドだと聞かされたスミスは、彼がインディアンの襲撃を恐れてこの場所を離れられないのだろうと察した。スミスの考えはズバリ的中しており、彼が上陸して早速ウィングフィールドに意見したが、
「議長。土地周辺を一通り調査してみましたが、流石にあの場所を植民地とするには無理があります。今からでも遅くはありません、植民地の移転を検討してはいかがでしょうか」
「うむ、そのことは評議員のバーソロミュー・ゴズノルドと地質学者のビリー・ストラトスからも既に聞いたよ」
「では……!」
「だが、先日の襲撃を見ても分かるように、砦の外は我々を狙う野蛮なインディアンでいっぱいなのだ。それに猛獣を見たと言う報告もある。それらのリスクを考えても今から新しい土地を探して危険な森を当てもなく歩き回るより、既にある程度建設が進行しているこのジェームズタウンを発展させて行った方が良いと私は思う」
「インディアンの攻撃を凌げたところで、ここに居続けては飢えと病でいずれ全滅します!全てが手遅れになる前に、新しい植民地を探すべきです!」
「分かってくれ……これはバージニア統治評議会全体の同意も得ての決断だ……!」
そう言って、移転の意思は一切ないと宣言した(当然、ゴズノルドはこれを了承していなかった)。
意見を突っぱねられたスミスは現状を嘆きながら、ジェームズタウン内を歩く。
(何で俺の意見を聞き入れてくれないんだ!?ちゃんとした土地を見つけて、そこを開拓するだけでも大きく変わるんだぞ。環境を整えれば病人が出るのを防げるし、金の発掘にも専念出来るんだ……皆もそれぐらい分かる筈じゃないか!!)
スミスを驚かせたのは、植民地の劣悪な立地条件だけに留まらなかった。
職人や労働者の上に立ち、全体の半分近くを占める上流階級の人間達が、殆ど働こうと言う意思も意欲も持っていなかったのだ。彼らは道具を手に自ら金や銀を探しに山へ入ろうとはせず、下っ端の労働者達がそれを発見するのをただひたすら待っていた。これを見かねたスミスはすぐに上流階級の男達の件もウィングフィールドに報告し、彼らにも生きる為に必要な一定の労働を課すべきだと主張した(これが後に農業を奨励する「働かざる者、食うべからず」と言う諺になる)……が、自身も貴族の出身であるウィングフィールドは耳を傾けようともしなかった。
更に追い打ちをかけるように、スミスを呆然とさせたことがある。あの長い船旅の中で食糧が殆ど底を突いていたにも拘わらず、このジェームズタウンで畑を耕したり何かを植えようと言うことが全くされていなかったのである。
スミスが船の中にいる間も出来ることはいっぱいあった筈なのに、男達がやったことと言えば精々近くの森で木の実を集め、川で貝等を拾うことぐらいである。
インディアンを恐れる臆病な指揮官同様、誰も塀に囲まれた砦を離れて遠くへ行こうとはしなかった。しかも森や川で猟をしても、ジェームズタウンに住む男達全員を満足に食べさせる程の獲物を捕まえる者はいなかった。過去に新大陸を探検したことがあるゴズノルドと豊富な知識でお手製の罠を作れるビリーが、たまに獲物を抱えて帰って来るぐらいだった。
「僕とゴズノルド議員がたまに鹿やウサギを捕まえて来るけど、それでも全員分の食糧としては足りないよ。他の人も銃を手に頑張ってはいるけど……」
ビリーはそれ以上、何も言わなかった。スミスも察したように黙ったままだった。
スミスは今まで一人で世界中を冒険しながら生きて来た。だが、今回は彼の周りに百人以上の仲間がいる。自分一人ならともかく、他の男達の面倒を見ながら生き残ることなんて出来るのか……?スミスはそう思いながら、光が消えかけた瞳で空を見上げた。
(想像以上に切迫した状況だ……)
★
翌日。
ポカホンタスはアリーヤと一緒に森の茂みからジェームズタウンを見ていた。
「……!オイ、ポカホンタス!アレ!」
「え、何?アリーヤ、何か見つけたの?」
アリーヤは川に停泊していた大きな船から小さな舟が一隻、川の奥深くへと進んで行くのを見かけた。舟に乗っているのは二人……一人は金髪に蒼眼、もう一人は黒髪に眼鏡をかけた若い男達だった。ポカホンタスは金髪の男に、アリーヤは黒髪の男に注目していた。
今まで漫然と白き者達を眺めていたポカホンタスだが、今日になって初めて姿を見せた金髪の男から、何故か目を離せなくなっていた。理由は分からないが、彼女はその男の声を聞いてみたいと思うようになっていた。
それまでポカホンタスがそのような気持ちになったことは一度もなかった。と言うのも、彼女の好奇心の対象は「白き者達」と「白き者達の生活」にのみ限定されていた。彼らが何を考えて、何の為にこの地へ来たのか……そんなことばかり漠然と考えていて、特定の個人に興味を持ったことはなかった。そんなポカホンタスが、あの白い人に興味を抱いてしまった。
彼の声を聞きたい、彼と話がしたいと思っていたのだ。
あの白い人とは、勿論ジョン・スミスのことである。
(何だろう、この気持ち……あの人を見ると、胸の奥がドキドキする……)
不思議な感覚に戸惑いを覚えながら、ポカホンタスはスミスを見続けた。
スミスは、死に行く砦の中でじっとしているような男ではなかった。ビリーと一緒に小さなボートで川を探検し、意気揚々と森の中へ入って行った。
「ポカホンタス……アイツらの後を追うぞ!」
「うん……!」
ポカホンタスとアリーヤは、スミス達に気付かれぬよう、そっと後を追った。ボートが川を遡ると、ポカホンタス達は川沿いの森を走った。彼らがボートを岸につけて森に入ると、樹木の陰に身を隠しながら追った。
「それじゃあ、僕はあっちを調べてみるよ。ジョン、君はどうする?」
「なら、俺はこっちだな。何かあったらここで落ち合おう。じゃ、気を付けてな!」
スミスは近くの木にナイフで✕印を付けると、ビリーと別れた。
それを見ていたアリーヤは、すかさず行動に移す。
「アイツら、二手に分かれたぞ!アタシは黒い髪の方を追うからな!」
「じゃあ、私は金色の髪をした人を追うわ!何だかワクワクするわね♪」
ポカホンタスの能天気な言葉に、アリーヤは「少しは緊迫感持て」とツッコミを入れて走り去って行った。ポカホンタスも前を向いて駆け出した。
鼻歌を歌いながら、スミスはどこにでも一人で入って行った。花が咲いていると、かがんでその香りを嗅いだ。木苺を見つけると、躊躇いなく口に運んだ。そんな彼の行動が自分のそれと重なることに、ポカホンタスは気付いた。
ポカホンタスは何度もスミスに声をかけようとしていた。だが、一体どう声をかければ良いのか……何と言えば良いのか……声をかけたら、一体彼はどんな反応をするのか……声をかけた後はどうするべきなのか……「正解」とも言える答えが見つからない。木陰に身を潜めながら、何も言わずにスミスを追い続けた。
そして、ポカホンタスがスミスと話をする機会は、突然訪れた……!
ポウハタンの人々によって、獲物を追う為に踏み慣らされた小道……そこを歩くスミスの周囲には小鳥やリスが自然と近寄って来た。スミスはその中に見慣れない動物を見つける。
灰褐色の体毛を持ち、眼の周りから頬にかけて黒い斑紋があり、フサフサとした尾には黒い横縞があった。それは当時のイギリスには生息しなかった動物、アライグマだった。
「アレ?変わった動物だなぁ。そうだ、さっきそこでいいものを見つけたんだ。食べるかい?」
スミスはさっき見つけた木苺をアライグマや他の動物達にあげた。自分以外の人間には滅多に懐かない動物達が、ポウハタンの人間ですらない彼と仲良くしている……その光景を木陰から目の当たりにして、ポカホンタスは非常に驚いていた。
食い入るようにスミスの様子を見ていたポカホンタスは、動物と戯れる彼の姿に夢中になるあまり、足元への注意が疎かになっていた。そして、うっかり小枝を踏んでしまった。
「ん?」
スミスは、何やら細い枝のようなものが折れる音が聞こえた気がした。はて……聞き間違いだろうか?スミスは音のしたと思われる方向へ目をやる。そして、傭兵時代に研ぎ澄まされた全神経を集中させる。すると、一本の木の後ろに「何か」がいる気配がした。
鹿、それとも熊かな?イヤ、どちらでもない!周辺に生えている木の陰に隠れるには、ウサギやリスのような小動物でないと無理だ。だが、小動物以外に身を隠せる者がいる……それはジェームズタウンを襲撃した黒い肌の男達。
「マズい……!」
スミスは慌てて立ち上がった。もし、インディアンが潜んでいたとしたら、そこらの猛獣以上に危険だ。ここで仲間を呼ばれたら、まず逃げ切れないだろう。スミスは叫んだ。
「そこにいるのは分かってる!誰だ!?」
同時に、木の後ろから勢い良く人影が飛び出した。敵かと思って、スミスは所持していたマスケット銃を構えるが、その後ろ姿を見て思わず引き金から指を放す。
「えっ!?女の子!?」
ポカホンタスは、気付けば思わず走り出していた。スミスが警戒していることを察していたのもあるが、胸の奥で高鳴っている不思議な感覚が強まっているのを感じていたことが最も大きかった。初めて聞くスミスの言葉は、彼女に取って透き通った風のようだった。
「君!ちょっと待って!!」
スミスは、子鹿のようにその場から逃げ出した褐色肌の少女を追った。だが、木々が入り組んだ森の中を走るのは、決して容易なことではない。生い茂る草が行く手を阻み、次第に少女との距離は縮まるどころか、逆に開いて行った。数々の冒険を重ねて来た若き探検家も、幼き頃から森を良く知る少女には手も足も出なかった。
(全速力で追いかけたのに……差が縮まらない……!それどころか見失ってしまった)
スミスは少女を追いはしたものの、とうとう追いつけず……遂には完全に振り切られて存在を見失ってしまった。気付けば、スミスは巨大な滝の前に来ていた。
少女を追いかけて随分走ったせいか、額に汗が光る。少し顔を洗おうと滝に近づくと、そこに人影が見えた。滝のカーテンを背に立っていたのは、先程見た少女……。
スミスは少女の持つ黄金の瞳に吸い込まれそうな、不思議な感覚に陥った。
「こんにちは」
少女……ポカホンタスはポウハタンの言葉で挨拶をした。
「こんにちは」
スミスはイギリスの言葉で挨拶をした。
この時、二人は奇妙な感覚を覚える。
(アレ?何でか分からないけど、相手の言葉が……分かるぞ!?)
スミスもポカホンタスも、お互いの言葉が分かったような気がした。
スミスは恐る恐る訊く。
「あの……君の名前は?」
ポカホンタスは、スミスの話す言葉の一つ一つが、まるで風の歌のようにも聞こえた。スミスは改めて尋ねる。
「君の名は?」
「……ポカホンタス」
ポカホンタスは自分の名を告げた。勿論、彼女がスミスの言葉を理解した訳ではない。ただ、目の前の青年が自分の名前を聞いて来たのだと、感じ取ったのだ。
「ポカホンタス……か。良い名前だね。俺は……僕の名はジョン・スミス。スミスって呼んでくれ」
「僕の名はジョン・スミス……?」
ポカホンタスは片言で繰り返した。
スミスは慌てて、
「あぁ、イヤ……そうじゃなくて。スミス、スミスだよ」
「スミス……」
「そう!スミス」
取り敢えず、お互いの名前を知ることが出来た……これだけでも大きな進歩だ。
スミスはそう思いながらホッとしたものの、その後の言葉が出て来なかった。と言うのも、インディアンとまともに相対するのもこれが初めてな上、そもそも女の子の扱いに慣れていなかった彼には、どう会話を続ければ良いか分からなかったのだ。
ずっと世界を冒険し続けて、多くの戦場を駆け抜けて来たスミスだが、日常的に一緒にいたのは男性ばかりだったので、女性とのコミュニケーションが乏しかった。
(ヤ、ヤバい……会話が続かない!こんな時、女の子って何したら喜ぶんだ!?誰か、俺に正解を教えてくれ!!)
気まずい空気がその場に流れる。ポカホンタスもオドオドしていた。
頭の中であれこれ考えていると、スミスは「ピン!」と閃いた。
「そうだ!これをあげよう」
スミスは懐から透明なガラス玉を取り出した。新大陸ではガラス玉が金貨より価値があるとビリーやニューポート船長から聞いていた。スミスは二人の言葉を信じて、常に持ち歩いていたのだ。それを手の上に乗せて、そっとポカホンタスに渡した。
「綺麗……」
ポカホンタスはそう呟き、ガラス玉がスミスからの贈り物だと理解した。
贈り物を受け取って空にかざすと、陽の光がガラス玉の内部で乱反射を繰り返して通り抜けた。ポカホンタスはしばらくの間、黙ってガラス玉を眺め続けた。
スミスは、そんなポカホンタスの姿をじっと見ていた。
★
スミスがポカホンタスと出会っていた頃、ビリーは地面や岩石を調べていた。
「やっぱり、こんな所に金や銀なんてないよ。皆がこれを理解しないと、無駄な労力を使い続けるだけだ。どうにかして分かってもらえないと……」
どうやったら、ジェームズタウンの男達は話を聞いてくれるのか……ビリーは必死に考えていた。そんな彼の様子を高い木の枝からアリーヤは見下ろすように監視していた。ビリーの行動に、彼女はずっと疑問を抱いていた。
「アイツ……さっきから、何地面や石を見てるんだ?もしかして、あの辺りには何か凄いものが埋まっていたりすんのか?」
金や銀と言うものを知らないポウハタンの人間にして見れば、地面や岩を調べるビリーの姿は奇行のようにすら見えた。声をかけたいところだが、どうもそんな空気ではない。
幼馴染から接触してみろと言われて一応近づいてみたものの、どう接触するかまでは考えてなかった。考えるのが苦手なアリーヤは、頭を掻きながら苛立ちを見せる。
(あ~、もう!何でアタシが白き者達の為にウジウジ考えなきゃならねーんだ!?もういい、こうなったらアタシなりのやり方で接触を図るまでだ!!)
幾ら考えたところで、答えなど出る筈がない。こちらから先制で仕掛けて、後は出たとこ勝負!アリーヤは背中の蛇腹剣に手をかけた。
「確か、あっちは崖があったな。丁度調べてみたいと思ってたところだし、ちょっと行ってみるか。バージニアの地層を研究出来る良い機会だしな…………ん?」
ビリーが移動しようとした時、後方から殺気のようなものを感じた。
何か来る!咄嗟に身をかがめると、自身の真上を光る何かが蛇のようにうねりながら通り抜けて行った。それは周辺にある木々を切り倒し、地面を抉りながら引っ込んで行く。よく見ると、その正体は三日月型をした刃が何枚も重ねられた剣で、刃同士の特殊な開きによるうねりで蛇のような動きを可能としていた。未知の攻撃を目にして、ビリーは驚きを隠せない。
「なっ……剣!?」
驚嘆するビリーをよそに、剣が戻って行った所から人が一人飛び降りて来た。襲撃者の正体を目の当たりにして、ビリーは啞然とする。そこにいたのは、赤い髪の少女だった。
「へぇ~……今のを避けるのかい。本気じゃなかったとは言え、やるねぇ」
「君は一体……?」
こちらに近づいて来る少女……アリーヤに対して、ビリーは後退りした。この時、二人は互いの言葉に違和感を覚える。
(何だ?この子は知らない言語で話してるのに、何を言ってるのか分かるぞ!?)
(どうなってんだ……アタシはコイツの言葉を知らない筈なのに、何で分かるんだ?)
ビリーとアリーヤは、この不思議な現象に戸惑っていた。
理由は分からないが、お互いの言葉が分かる状態にある……ビリーはアリーヤに対し、試しに幾つか質問してみることにした。
「君の名前を、良ければ聞かせてもらえるかな……?」
「……」
アリーヤは困惑した表情のまま黙っていた。攻撃をして来ないところを見ると、一応こちらの言葉は伝わったと見ていいのか……ビリーは改めて尋ねる。
「君の名前は何て言うの?」
「アリーヤ……」
アリーヤは小さな声で答えた。それが彼女の名前だと理解したビリーは、心の中で少しだけホッとする。名前を教えてくれる辺り、敵意は薄れたようだ……そう思いながら、今度は自分の名前を名乗った。
「僕はビリー。ビリー・ストラトスだ」
「ビリー……?」
「そう、ビリーだ」
どうやら、お互いに自己紹介は出来たようだ。
ビリーがそう思うと、今度はアリーヤが質問をする。
「お前……このポウハタンの地に何の用だ?何の目的があって、ここに住み着く?」
「ポウハタン……この大陸はポウハタンって言うのか!」
ビリーは自分達が植民地として滞在していたバージニアと言う地……その真の名前を聞かされた。睨みながら剣を向けるアリーヤに対して、ビリーは答える。
「僕達は国王ジェームズ一世とバージニア会社の命令で、この大陸に金やダイヤモンドを探しに来たんだ」
「金……?ダイヤモンド……?それは何だ?」
「ダイヤは今、手元にないけど……金って言うのは、こんな感じのものだよ」
ビリーは懐から金貨を一枚取り出して、アリーヤに見せた。彼女は自分の顔が映る程の美しい金貨をしばらく眺めていたが、首を横に振って、
「悪いけど、私は見たことないな……」
そう答えた。その言動は、嘘をついてるようには見えない。
アリーヤの言葉を聞いたビリーは「やっぱりな」と思いながら、礼を言う。
「そうか……ありがとう。良かったら、それは君にあげるよ」
ビリーはアリーヤに金貨を渡した。バージニアにいる間は通貨なんて使わないし、何よりお金をあんなに珍しそうに見つめる彼女の顔に惹かれていたのだ。
「お前、面白い奴だな。敵かも知れないアタシを前に丸腰な上、贈り物までするなんて」
「少なくとも、僕自身は戦いに来たんじゃない。争いごとは嫌いなんだ」
剣を向けられて尚、非武装と非暴力を一貫するビリーの度胸にアリーヤは改めて感心させられた。
他の白き者達はともかく、コイツだけは話し合う価値があるだろう……そう思い、蛇腹剣を納めた。
★
あの日以来、スミスは毎日のように森でポカホンタスと、そしてビリーはアリーヤと会った。当然、ジェームズタウンの男達には黙って森に出かけた。
スミスとビリーは彼女達から花や木のような植物、鳥や魚や獣のような動物の名前を教えてもらった。風に色があり、そして歌があることを知った。
「春の風は桃色……夏は青色、秋は橙色、そして冬の風は白。全ての風には色があって、風の色を見れば季節が分かるわ」
ポカホンタスはスミスにそう言った。
スミスは色の意味を訊こうと思ったが、疑問を抱くことよりもポカホンタスやポウハタンの人々がそう感じているのだと理解することにした。
「お前達は自分が踏みしめた土地は何でも自分の物だって考えてんだろ?この地球はただの死んだ物で、自分達の所有物に過ぎねぇって。でも、アタシ達は知ってる……全ての岩や木や生き物が、命や名前を持ってることをさ……」
アリーヤはビリーにそう言った。
ビリーは自分達白人の行いを恥ずかしく思う一方で、アリーヤやポウハタンの人々が大地の慈しみを受け、それに感謝しながら生きていることを知った。
ポカホンタスもアリーヤもポウハタンの森と共に生きていた。スミスとビリーはポウハタンの森で生きて行く為に必要なことを二人から教わった。
森で原生している様々な木の実の内、どれが食用か否かをポカホンタスは知っていた。そして、ジェームズタウン付近の沼のほとりで育った木苺を熊が狙うこともあると聞いた。自然が恵んでくれる幸をいかに感謝して譲り受けるかをスミスは学んだ。
木の枝を使って鹿を捕まえる罠を作る方法、丸太を並べて熊を捕まえる方法、植物の茎を編み込んで魚を捕まえる仕掛けを作る方法をアリーヤは熟知していた。ポウハタンの人々は白人が思いつかないような知恵を持っていることをビリーは学んだ。
そうしている内にスミスとビリーはポウハタンの言葉を、ポカホンタスとアリーヤはイギリスの言葉を少しずつ覚えて行った。
(ポウハタンの人々も同じ人間なんだ……野蛮なのは、白人の方なのかも知れないな)
スミスはポカホンタスと言葉を交わす内に、ポウハタンの人々は自然を愛する心優しい者達で、自分達が思うような野蛮人では決してないと思った。だからこそ、ポウハタンの言葉を学べたことは非常に良かったと心の底から実感していた。
ジェームズタウンは既に抱いていた誤った認識や、実際に接触した際の要らぬ誤解からポウハタンの人々と敵対してしまった。もし、自分と同じように彼らと対話が出来れば、恐らく違う道もあっただろうにと、スミスはウィングフィールド達のことを残念に思った。
(だが、まだ今からでも遅くはない……もう一度、議長にかけ合ってみよう)
ジェームズタウンの未来を案じて、「一刻も早くポウハタンの人々と話し合い、理解してもらわなければならない」と、スミスは考えていた。ポカホンタスは、その為の『教師』とも言える存在だった。ジェームズタウンを救済する最後の『希望』とも言える女性だった。
だが、スミスに取って、ポカホンタスは異なる言葉や文化を教えてくれるだけの存在に留まらなくなっていた。スミスの心にはいつもポカホンタスがいた。そして、ポカホンタスの瞳にはいつもスミスが映っていた。
ビリーも同じだ。彼の中には常にアリーヤがいた。アリーヤも、ビリーのことが頭から離れなくなっていた……。
★
ある日、スミスとビリーが何気なく砦の外を眺めていると、森の茂み……その一角が動くのを目撃した。目を凝らしてよく見ると、そこにいたのはポカホンタスであった。事情を知っていたビリーは、スミスの肩を軽く叩いて言う。
「ここは僕に任せて、早く彼女の所へ行ってあげて」
「ビリー。君は……」
「アリーヤから聞いてるよ。彼女がポカホンタスだろ?」
ビリーはアリーヤから友人のポカホンタスのこと、そしてポカホンタスが白人の青年と接触していることを聞いていた。他の誰か……特にラトクリフに見つかれば、銃撃沙汰になるのは目に見えている。そうなる前に早く行くよう、ビリーは友人に言った。
スミスは「済まん、ありがとう」と言い残して、砦を出て走って行った。ビリーはその後ろ姿を見送りながら「頑張れ」と、心の中で二人のことを応援していた。
スミスはポカホンタスの後を追った。そこから、どれぐらい走っただろう……彼女と共にポウハタンの森を抜けると、眼前に小高い山が姿を見せた。ポカホンタスは、その山の頂に勢い良く駆け登った。
山の頂には、人一人が上に乗れる程の小さな岩が椅子のように突き出していた。周囲には視界を遮るものなど何もなく、そこに立てばポウハタンの大地全てを見渡すことが出来るような気がした。
ポカホンタスは岩の上に立つと、軽く息を吸い込んだ。そして、後ろに立っているスミスの方へ振り向くと、褐色の手を優しく差し伸べ、
「さぁ、ここへ……」
静かにそう言った。
スミスは黙って頷きながら、ポカホンタスの立つ岩の上に立った。岩は人一人が乗れる程度の大きさしかない為、かなり窮屈な感じだ。半裸状態の女の子の肌が密着する今の状況にスミスは顔を赤らめる……が、ポカホンタスの方は彼のそんな様子に気付いていなかった。
「スミス……よく見て」
スミスがポカホンタスに言われるがまま遠くを見ると、眼下には柔らかな緑に覆われた森が広がり、その間を蛇のように曲がりくねった川が見えた。川の先にはジェームズタウンが豆粒のように小さく見えた。更にその先には自分達が渡って来た海が見えた。そこに見えたのは、これから開拓しようとしていたバージニアの全てだった。
「凄い……これが、バージニア……」
「違うわ。ここはバージニアではなく、ポウハタンよ。今、目の前に見えるのはポウハタンの森、ポウハタンの川、ポウハタンの海……私も、私の父も母も、皆そう呼んで来たわ。私達はこのポウハタンの大地と共に育って来たのよ」
スミスの言葉に対して、ポカホンタスは首を横に振りながら言った。彼女の柔らかな褐色の身体は、山の裾から吹き上げて来る風に包まれていた。スミスは呟く。
「これだけ豊かな広い土地があれば、色んなことが出来る。家や教会を建てるのは勿論、道路を敷いて、町……イヤ、国だって創れるだろう」
「家はポウハタンの皆が建てた家があるわ。道はポウハタンの戦士達が拓いた道がある。そして森の至る所にはポウハタンの村がある。そして、目の前に広がるポウハタンの森こそが私達の『国』なのよ。スミス……あなたはこれ以上、ここに何を作ろうと言うの?」
「ポカホンタス……イヤ、ここには何もないよ。あるのは森だけだ。俺の国にあるような建物も道路も何もない……君にも見せてあげたいよ、イギリスの街を……俺の故郷を」
生まれ故郷であるイギリスのことを笑顔で語るスミスの横顔を見ながら、ポカホンタスは何処か物悲しそうな表情をしていた。
確かにポカホンタスは、スミスが生まれ育った海の向こうにあるイギリスと言う所に興味を抱いてはいた。だが、その前に彼女はスミスにポウハタンの森をしっかりと見て、そしてポウハタンと言うものを知って欲しかった。
「スミス、あなたには風の歌が聴こえる?」
ポカホンタスは尋ねた。
「風の歌?」
「ええ。目を閉じて、そして耳を澄ませて……」
スミスはポカホンタスの言葉に従って、しばらく黙って風の音に耳を澄ました。
すぐ隣にいるポカホンタスの長い黒髪が風になびき、スミスの頬に微かに触れた。
(ヤ、ヤバい……全然集中出来ん!腕の辺りに二つの膨らみがっ!しかも結構ある!)
スミスはポカホンタスの言う『風の歌』を聴こうとするが、雑念が邪魔してそれどころではなかった。ポカホンタスが覗き込むように尋ねて来る。
「どう?」
「ゴメン……聴こえない」
女性慣れしてない自分自身に嫌悪しながら、スミスはポカホンタスに謝罪した。
そんな彼に対して、ポカホンタスは少し考えた後に、
「じゃあ、これを……」
髪飾りのように付けていた羽根を取り、それをスミスに渡した。
「その羽根はポウハタンに伝わる大いなる精霊、マニトウの贈り物」
「マニトウ……?」
「マニトウは空や大地、水や火、そして月や太陽、果ては宇宙と言った万物に宿っているわ。森に生きる動物達、岩や木、そしてその羽根にも例外なく……だから、今度はその白い羽根を手に耳を澄ませてみて。風の歌はきっと聴こえるわ」
そう言って、ポカホンタスはスミスの手を握った。
重ね合わせた二人の手の中には白い羽根があった。スミスは瞳に映るポウハタンの景色を改めて眺める。すると、二人の背後から鹿の姿を象った七色の風が幾つも通り抜けて行くのが見えた。今まで感じたことのない不思議な感覚だった。
スミスは風の歌声を聴いた、風の色を見た。そして、風のマニトウが彼の中に宿るマニトウと共鳴し、今まで感じなかったものを心と身体で感じることが出来たのだ!
「あぁ、俺にも聴こえる……見えるよ!!」
暗闇に一筋の光が差したように、スミスの目が「パァッ」と輝いた。それを見たポカホンタスは優しく微笑み、そのまま彼の手を引っ張って岩から跳んだ。岩の先は急な坂になっているが、風が二人を優しく抱き止め、地面にフワリと着地した。
二人は森のトンネルを駆け抜けた。
広大な花畑の真ん中で寝転がった。
大きな川を魚達と共に泳いだ。
大空を羽ばたく番いの鷹に心を奪われた。
満月に咆哮する狼の勇姿を目に焼き付けた。
風と共にポカホンタスは『歌』でポウハタンの全てをスミスに伝えた。
精妙で美しい音色が幾重にも絡み合い、やがてそれは一つとなって大きな輪のようになっていた。スミスは、その輪の中でポカホンタスの歌声に聞き惚れていた。その優しくも壮大な調べは、スミスに今まで経験したことのない至福の時を与えた。
★
ポカホンタスの父親であるポウハタンは、ポカホンタスをロングハウスに呼び出した。たった二人のロングハウスの中、沈黙が続く。ポカホンタスは首を傾げながら、火を点けたパイプを咥えたまま目を閉じている父の顔を窺いながら考える。
(私、何かしたのかな……今日のお父様、いつもと違う……)
別に自分は悪いことなどしてないし、心当たりもない。そうポカホンタスが考えていると、答えを教えてくれるようにポウハタンが静かに言う。
「……もう、彼とは会うな」
「!?」
ポカホンタスは大層驚いた。白き者達と戦う道を選ぼうとしていた父にはスミスのことを黙っておこうと思ったが、彼は既にポカホンタスがスミスと毎日のように会っていることを知っていた。
ポカホンタスだけではない、アリーヤがビリーと会っていることも知っていた。彼女も丁度別の所で父親から同じことを言われている最中であると言う……。
「ポカホンタスよ、己が進むべき道を忘れるでないぞ」
そう言い終えると、ポウハタンはその話を終わらせようとした。
だが、その場を後にしようとゆっくり立ち上がった父にポカホンタスは、
「待って下さい、お父様!」
「何だ……?」
「進むべき道とは、即ち心の道……そして、その心を愛で満たす者こそが、勇気ある者。私は神樹様や妖精達からそう教わりました」
「……」
ポウハタンは、何も言わずにポカホンタスの言うことをただ聞いていた。
彼に限らず、ポウハタンの人々は他人が話している時にそれを遮ることはない。言葉の持つ不思議な力の存在を信じていた彼らは、それがどんな小さなことでも素直に耳を傾けた。
「お父様……私は今こそ心の道を進もうと思います。それが何処へ向かう道なのか、まだ私には分かりませんが……どうしても誤った道だとは思えないのです」
「そうは言っても、白き者達は何をしにこのポウハタンの森へやって来た?砦を築いて、こちらに攻撃を仕掛けているではないか。仮にこの地を侵略しに来たのでないならば、何故我々の所へやって来て挨拶の一つもしない?何故いつも武器を持ち歩いている?何故意味のない戦いを繰り返す?これまでの状況を思い出して、まだ彼らが侵略者でないと言えるだろうか」
ポウハタンは、白き者達が上陸してからやってきたことの全てを同胞達から連日報告で受けていた。彼らは上陸した地に家を建て、丸太で砦を築き、そして生活を始めた。更に、戦いまで仕掛けて来た。それはどう見ても、たまたまそこで休んでいるだけの旅人が起こす行動ではない。その上でポウハタンが彼らに総攻撃を仕掛けないのは、白き者達の持つ火を吹く杖や鉄で出来た刃物に対する有効な対処法が分からないからだった。
そして、彼らがいずれポウハタンの地から出て行くならば、その時が来るのを堪えて待とうと思っていたからだ。故に戦うべきかどうか迷っていた。
そんな思い悩む父に対して、ポカホンタスは言う。
「お父様は以前、私にこう教えてくれました。怖れは自分の中にあった愛が失われたことを意味する、と。お父様は一度も会ったことがない白き者達に対して、この上ないまでの怖れを抱いてます。白き者達に対して愛を持てば、怖れを抱かずに済むのではありませんか?」
ポウハタンは、娘の言い分は理解していた。そして、それが正しいことであると言うことも知っていた。ポカホンタスとアリーヤに接触していたスミスとビリーが対話を望んでいることも分かっていた。だが、全ての白き者達がスミス達のようにポウハタンの愛を受け入れるとは限らないことも知っていた……。
「もう一度だけ言おう。己が進むべき道を誤るでない。今の私がお前に言えるのは、ただそれだけだ……」
ポウハタンは自分が出すべき答えを、進むべき道を迷っていた。それはポカホンタスも同じだった。故に彼はポカホンタスに「待て」と言った。
だが、ポカホンタスは自分の中でうずいている果てのない好奇心を止められないことに気付いていた。
★
ある日、ポカホンタスはスミスを連れて森の奥へ入って行った。
二人で森の中を歩くのはこれが初めてではないが、今日はいつもと違う道を歩いている。スミスは、ポカホンタスに尋ねる。
「ポカホンタス、今日は何処へ行くんだい?」
「私のとっておきの場所!そして、あなたに紹介したい人達がいるの」
「へぇ~、それは楽しみだな」
スミスはポカホンタスの言う「とっておき」の言葉を聞いて、胸をときめかせていた。
以前聴いた風の歌も凄く感動したが、あれ以上の「何か」が見れるのだろうか……彼の心は純真な少年のようにポカホンタスの案内する場所に強い興味を抱いていた。
二人はどんどん森の奥へと進んで行く。だが、それに反して森の中は木々の間から差し込む太陽の光が緑の葉や草に反射して、とても明るかった。
(凄いな……まるで、森の神殿だ)
周囲にそびえ立つ樹木の柱に、深緑の背景が神秘的な雰囲気を醸し出しており、スミスの心を一瞬にして奪った。
そんな時、森の奥から光る何かがこちらに向かって飛んで来るのが見えた。スミスが身構えると、ポカホンタスはゆっくりと光るものに近づいて行く。
「あら、ポカホンタスじゃない!お散歩かしら?」
「フィリアンノ!丁度良かった、探してたのよ!」
ポカホンタスは光の正体……フィリアンノに話しかけた。
大きさ二十センチ程度の小さな人に透き通った羽が生えたような姿の少女、フィリアンノはポカホンタスの「探してた」と言う言葉に首を傾げる。
「えっ、私に何か用があったの?……って言うか、後ろにいるの誰?」
フィリアンノは、スミスを見ながらポカホンタスに尋ねた。
ポカホンタスはフィリアンノにスミスを紹介する。
「この人はジョン・スミス。以前話した白き者達の一人で、私の友達なの」
「は、初めまして……ジョン・スミスです。えと……フィリアンノさん」
スミスは妖精と言うものを初めて目の当たりにして、驚嘆しながらもフィリアンノに自己紹介をした。フィリアンノは強気な口調で答える。
「こんなのが、あの噂の白き者達!?何か頼りなさそうな感じね。男のクセして病人みたいに肌は白いし、ポウハタンの戦士と比べてガタイも……って、アンタ今何言ったのよ!?」
フィリアンノは話の途中でとんでもないことに気付いた。この男……今、自分の顔を見て挨拶した!?ポウハタンの地に住む人間ですら、神様や精霊の姿を視認出来る者は極僅かだ。
それをこのスミスと言う男、ポカホンタスと同様にこちらを見て、声まで聞いた。
フィリアンノは驚きのあまり、思わずスミスに尋ねた。
「え……君に挨拶しただけなんだけど、何かマズかったかな?」
「そうじゃなくて!アンタ、何で私の姿が見えるのよ!?」
「そんなこと言われても……だって、こんなにハッキリ見えるのに」
スミスの言葉に、フィリアンノは絶句してしまった。
もしかして、このスミスと言う男……マニトウの声を聞き、姿を見ることが出来るのか?
ポカホンタスや一部の呪術師のような特別な人間はマニトウの存在を感じ取ることが出来るが、もしかして彼も何か特別な力が?フィリアンノは少し考えた後に、彼を神樹の元へ案内することにした。
フィリアンノに連れられて巨大な樹木の前までやって来たスミスは、感心する。
「うわぁ……凄いな!まるで神様が宿ってるようだ」
「神様が宿ってる……か。ちょっと違うわね」
フィリアンノがそう言うと、樹木の幹が少しずつ形を変えて顔のように変化した。
巨大な樹木は三人を見ながら、ゆっくり喋り始める。
「おぉ!フィリアンノにポカホンタスか……ん?そちらの若者はお友達かの?」
「ハイ……この人はジョン・スミス。以前お話しした白き者達の一人ではありますけど、悪い人ではありません。そして彼にはマニトウが見えます」
ポカホンタスは神樹にスミスのことを紹介した。神樹は「ほぉ」と言いつつも特段驚く様子を見せず、スミスに優しく挨拶する。
「ジョン・スミスと言ったかのぉ。ようこそ、精霊の森へ」
神樹に話しかけられ、スミスは驚きを隠せずにいた。そして、ポツリと呟く。
「木が……挨拶している」
妖精の次は喋る樹木……まるでファンタジーの世界にでも迷い込んだような感覚に陥ったスミスは、開いた口が塞がらずにいた。ポカホンタスは彼の隣に歩み寄り、小声で言う。
「大丈夫。神樹様は大昔からポウハタンの森を見守ってる優しい神様なの。あなたも挨拶してみたら?」
「う、うん……初めまして、ジョン・スミスです。この森の妖精や神様とお会いすることが出来、とても嬉しく思います」
スミスは丁寧な口調で挨拶をした。神樹が神様と言われるだけあって、若干萎縮しているようだ。それを察した神樹は笑いながら、
「ホッホッホ!そう固くならんでも良い。ここに来て、こうして話した時点で、お前さんも歓迎すべき客人の一人じゃ。それに……」
「それに?」
「お前さんはとても優しい心を持っておる。今のポカホンタスを見れば、よく分かるわい」
「……アハハ、優しい心か……気に入ったよ!」
スミスは照れくさそうに言った。そして、神樹ともすぐに親しくなった。そんな彼らのやり取りを見ていたフィリアンノは、会話に割って入るように神樹へ質問する。
「……で、何でコイツにはマニトウが見えるんですか?私はずっとそれが気になってたんですけど……」
「ふむ……それは恐らく、彼がポカホンタスと同じ『大きな使命』を天から受けて来たからかも知れんのぉ……」
「大きな使命?」
「そう……これから、この地で起こるであろう大いなる災いを食い止める為、天が彼を送り込んだんじゃ。そして、自分の中に眠っていた力を目覚めさせた……天命じゃよ」
ポカホンタスとスミスが、大いなる災いからポウハタンの地を守る……フィリアンノは半信半疑で二人の様子を見ていた。
(あの二人が大きな使命を受けて……?ポカホンタスはまだ分かるとして、スミスも!?そんなまさか……まさかねぇ)
★
バージニアへの上陸から一ヶ月、結局ジェームズタウンの男達は生きる為に充分な食糧の確保に尽力することはなかった。スミスやビリー、ゴズノルド等は仲間を救う為にあちこちを奔走していたが、既に彼らの手だけではどうすることも出来ない段階まで来ていた。
植民地では飢えと病が猛威を振るっており、地獄のような光景と化していた。
食糧も残り僅かとなり、何と小さな缶詰一個を五人で分け合う有様であった。
飲料水は近くの川から調達していたが、ジェームズタウンに面している川はチェサピーク湾から僅かに離れた所にある為、潮の影響で満潮時は水に含まれる塩分が濃過ぎ、逆に干潮時は水自体の確保が不可能と言う状況だった。森の中へ入れば幾らでも湧き水を見つけることが出来るが、やはり男達は外に出ることを恐れて植民地から一歩も動くことはなかった。
その状況を打開すべく、ニューポート船長は労働力となる新たな人員や生活物資、そして食糧の補給を行う為に本国へ戻ることにした。これを機に、植民地での生活に失望していた一部の男達はニューポート船長と共に帰りたいと次々に申し出たが、議長のウィングフィールドは各自がバージニア会社と交わした契約書を盾に帰国を許さなかった。
ニューポート船長は五ヶ月程で戻ると告げて出航したが、それまで残された食糧が持たないであろうことは誰の目から見ても分かり切っていることだった。
その間にも、ジェームズタウンの統制はガタガタの状態にまで落ち込んでおり、この頃には統治評議会内部で争いまで起きてる程であった。ニューポート船長の出航と同時に、ウィングフィールド議長の不信任決議が行われたのであった。
立場が議長であるのをいいことに、他の者達よりも質の良い食事をしていた彼は、既に飢餓による死者が多数出ているにも拘らず、その解決に向けて動き出そうとはしなかった。
それどころか、男達が敵の襲撃を恐れて猟に出られずにいると言うのに、
「腹が空いたのなら近くの川で魚を獲れば良いではないか。それに森へ行けば、幾らでも食べられる動物がいる。周りに食糧は山程あるんだ。それでも飢えて死ぬのであれば、それは本人の問題だ」
と、彼は開き直ったのだ。
(何て無茶苦茶な……アレが上に立つ者の言葉か……!)
ビリーはウィングフィールドに対して、怒りを通り越して呆れ果てていた。スミスとゴズノルドも既に早い段階でウィングフィールドに見切りをつけていた。程なくして、評議会議員にも餓死者が出始め、その穴を埋める為に新たな議員が選ばれることになった。空いた枠にはスミスとゴズノルドの推薦により、ビリーが選ばれた。
指導力が決定的に欠けていたウィングフィールドを支持する者は徐々に、しかし確実に減って行った。
そして、ウィングフィールドの解任が決定的となった一つの出来事が起こった。それは、ニューポート船長が出航前に置いて行った水の入った樽を独り占めしたことであった。
水は命に関わる貴重な物だ。それを絶たれたことで、死期を早めてしまった者が出たことにより、とうとうウィングフィールドを支持する者は誰もいなくなってしまった。彼はスミスと新たに議会入りしたビリーを含めた評議会のメンバーによる投票で遂にその職を追われることとなった。
ウィングフィールドの後任には、評議会の次席だったジョン・ラトクリフが二代目評議会議長となった。彼はウィングフィールドと共にスミスの議会入りに反対した男で、ジェームズタウンとポウハタンが対立関係になったキッカケを作った男でもあった。スミスが正式に評議会に参入した後でも、好戦的な彼は事あるごとにスミスやビリーと衝突していた。
ジェームズタウンに取っては不幸なことに、ウィングフィールド解任後も事態は何一つ好転しそうになかった……。
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