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ポカホンタスの章

スミスのピンチ

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 日差しが容赦なく照りつける快晴の空……バージニアは夏に突入していた。
 スミスとビリーが危惧していた通り、事態は更に悪化の一途を辿った。ある者は飢えで、ある者は病で、そしてある者はインディアンの襲撃で受けた傷が原因で死んで行った。
 死んだ者は砦の一角に逐一埋葬されたが、生き残った男達も次第に仲間の死体を埋める体力さえない程に衰弱して行った。
 バージニアと言う広大な檻に閉じ込められたと言っても良い、彼らのように惨めな状況下に置かれた者は恐らくイギリスの長い歴史の中でも、そういないだろう。彼らは飢えと病と外敵の恐怖に怯え、死んで行く仲間を横目に「明日は我が身」と自身の心配をしていた。
 三日、酷い時は二日に一人と言う頻度で死者が出た。ロンドンを出航する時に百人を優に超えていた男達はバージニアに上陸した時点で三分の二、そして夏に突入した頃には人数が半分を切っていた……。
 そして、死んで行った男達の中には、あのゴズノルドもいた。ジェームズタウンの男達の中で唯一新大陸を探検した経験があり、スミスとビリーの良き理解者であり、二人と共にポウハタンの森へ繰り出しては獲物を手土産に持って帰って来た男だ。
 彼が死んだ時、それを最も悲しんだのはビリーだった。ポウハタンの人々と話し合い、協力し合うことを提唱していたゴズノルドがいなくなったことで、ビリーの意見に賛同する者はスミス以外皆無となった。

                  ★

 夏も終わり、九月に入った頃。
 スミスはポカホンタスと会うなり、小さな声で一言漏らす。
「助けて欲しい……」
 ポカホンタスはスミスからジェームズタウンの現況を聞いた。そして、死んだ男達の多くが飢餓によって亡くなっていることを聞いて彼女は大変驚いた。確かにジェームズタウンがある場所は嘗てポウハタンが見棄てた土地だが、すぐ傍には豊かな森がある。目の前には魚が泳ぐ川もあるし、川を下れば海もある。スミスに森で生きて行く為の知恵も教えた。なのに彼らが砦の外へ出て猟をしないのは、ポウハタンの襲撃を恐れていることもあるが、それ以上に自分達の食糧を充分に確保しているからだろうと思っていた。
「まさか、そんなことになっていたなんて……」
「俺やビリー、ゴズノルド議員も君達の知恵を借りて食糧を確保する為に走り回ったが、誰も俺達の姿を見て動く者はいなかった。そしてゴズノルド議員も先月……」
 スミスはそれ以上何も言わなかった。
 彼の話を黙って聞いて行く内に、ポカホンタスはジェームズタウンの男達が置かれている状況が次第に分かって来た。まさか、自分が今まで見たことない鉄の道具を用いて次々と立派な家を建てていた白き者達が、食糧に困っていたなんて……。
「一刻も早く、何処かで食糧を調達したい……」
 ポカホンタスはスミスにそう頼まれはしたものの、ポウハタンの酋長である父親をはじめ他の部族の族長達も白き者達に食糧を送ることに反対していたことを分かっていた。特に酋長は白き者達が出て行くか自然に滅びるかを待っていたのだ。
 別の所でアリーヤも同じことをビリーから聞いていた。弱々しい口調でただアリーヤに頭を下げ続けるビリーの姿は、彼女にして見ればかなり情けない姿で、とても直視出来るものではなかった。
「こんなことを頼める立場でないことは分かってる。でも僕は……」
「あ゛~、もうっ!分かったからウジウジすんのやめろ!見てて痛々しいんだよ!」
 アリーヤは頭を掻きながらビリーを叱咤した。
 ポカホンタスもアリーヤも何とかしてスミスとビリーを救いたいと思っていた。ポカホンタスとアリーヤは、彼らが笑う顔をしばらく見ていなかった。とにかく、二人は現状を何とかしようと心当たりがある所を幾つか当たってみた。
 だが、道行く誰もが、
「すみません、我々の族長は協力出来ないと……あなたのお父上であるポウハタン酋長は、そのことをご承知なのですか?」
「部族連合のどの戦士よりも勇猛果敢で知られるお前の口から、まさかそんな言葉が出るとは……戦いの手助けなら我々も喜んで引き受けたのだが……」
 と、やんわり二人の頼みを断った。
 ポカホンタスとアリーヤは、救いを求めていたスミスとビリーを助けられないことがもどかしかった。二人は急いで合流して、何か解決策はないか必死に考えた。
 一方、スミスとビリーはジェームズタウンの状況を再確認して、最早食糧の自給は不可能だと判断し、ジェームズタウン周辺に交易を希望する部族がいないか、もしくは食糧を分けてくれる部族はいないか探索して接触しようとしていたが、一向に成果は上げられずにいた。ポカホンタスとアリーヤが初めて彼らと会った時と比べるとかなりやつれ、そしてその表情は別人のように険しくなっていた。

                  ★

 そんな時、ポカホンタスとアリーヤの話に興味を示した族長がいた。それは、ポカホンタスの異母兄妹であり、彼女と最も親しいとされるポーチンスと言う男だった。
 彼はそれまでに白き者達と接したこともなく、彼らに対して特に悪意も敵意も抱いてはいなかった。ポカホンタスとアリーヤはポーチンスの住むケクータン村に足を運び、訳を話した。
「ふ~ん、なるほどね……いいよ!条件付きだけど、その話乗った!」
 ポーチンスは彼女達の話を聞いて、白き者達が持つ鉄の道具に興味を示した。それと引き換えなら食糧の提供に応じてもいいと、二人に約束した。このポーチンスと言う男、常に対峙する者の心を見透かすように不敵な笑みを浮かべており、その顔つきも二十代半ばぐらいの女性のようだった。アリーヤは彼の掴みどころのなさを内心で苦手としていた。
 翌日、ポーチンスは数人の男を従えてジェームズタウンを訪れた。丸太で囲われた立派な砦を目の当たりにして、ポーチンスは感心している。ポカホンタスとアリーヤは彼らに同行はせず、森の茂みから様子を伺っていた。
 心身共に疲弊し切っていたジェームズタウンの男達は、最早戦う気力すら持ち合わせていなかった。ポーチンス一行が砦の出入口まで近づくと、彼らを自然に招き入れた。ポーチンス達は最初にジェームズタウンを訪れたパスパーエ族同様、その手に武器ではなく数羽の野鳥とトウモロコシを山のように入れた籠を抱えていた。それを見たジェームズタウンの男達は、喜んで彼らを迎え入れた。
「歓迎してくれてありがとう。ところで、ジョン・スミスとビリー・ストラトスと言う人を探しているんだが……」
 ポーチンスはスミスとビリーを探していた。二人はすぐに名乗り出て、ポーチンスの前まで歩み寄った。ポーチンスは二人に、自分達が持って来た食糧は贈り物だと説明した。スミスとビリーに取っても、ジェームズタウンに取っても、その申し出は正に天の恵み以外の何物でもなかった。彼らが最後の力を振り絞り、何処かの部族を襲撃して食糧を略奪しようかと考えていた所に、その相手がわざわざ贈り物として食糧を抱えて来たのだから、そう思うのも無理はないだろう。スミスとビリー以外の男達はポーチンスではなく、神の恩恵に感謝した。
 スミスは大量の食糧と交換に何でも好きな物を贈ろうと申し出た。それに対して、ポーチンス達は鉄の斧や鋸、そして真鍮の鍋等を望んだ。勿論、スミスはその希望を叶えた。
 ポーチンスの取引は、イギリス人であるスミスやビリーが想像していた想像していたものとは少しばかり趣が違っていた。二人は当初、ポーチンスとの物のやり取りは単純な商取引なのだとばかり考えていた。だが、ポーチンスをはじめとするポウハタンの人々の考え方はそれとは違っていた。彼らは物のやり取り以上に、それをやり取りする人の心のやり取りを望んだのだ。物をやり取りすると言うことは、大いなる精霊より授かった贈り物を交換すると言うことでもあったのだ。
「これは取引が成立した証……そして、僕達の間に友好関係が結ばれた証だ」
 ポーチンスはそう言って手にしたパイプに火を点けると、白き者達との間に成立した取引を感謝し、そして初めの一吹きと二吹きをマニトウに捧げ、パイプをスミスに回した。
 ポーチンスに取って、その儀式が行われて初めて取引が成立したことになる。彼らは贈り物を授かったことに感謝し、それを交換出来ることにまた感謝した。スミスとビリーの顔に僅かだが、笑顔が戻った。
 確実に滅びへ向かっていたジェームズタウンの危機的状況に、ポーチンス……そしてポカホンタスとアリーヤの援助で一抹の希望が見えて来た。
「ヘッ……アイツら、笑ってるぜ」
「でも良かった……これでスミス達は死なずに済んだんだから」
 離れた所からアリーヤもポカホンタスも、ホッとしたように様子を眺めていた。
 その後もポーチンス達はトウモロコシや野鳥、そして魚介類を持って何度もジェームズタウンを訪問し、他の部族もポカホンタスとアリーヤの勧めで山で採れる野菜や果物等を持って現れるようになった。
 スミスもビリーも、ポーチンスが持って来た「マニトウの贈り物」が、実はポカホンタスとアリーヤの尽力によるものだと言うことに気が付いていた。だが、自分達の為に食糧を援助してくれたポーチンスへの感謝も込めて、敢えて気付かないフリをしていた。

                  ★

 そして、十二月。とうとう恐れていた冬がやって来た。
 ジェームズタウンは近隣の友好的な部族、つまりポーチンスや他の部族の好意で何とか飢えを凌ぐ程度の食糧を得て、壊滅を免れていた。
 だが、スミスもビリーも間もなく訪れるであろう本格的な冬に突入すれば、彼らもそれ程頻繁に贈り物を持ってやって来なくなるだろうと予想していた。手遅れになる前に確実な食糧を調達出来るルートを確保するべきだと考えていた。
 それはバージニア統治評議会も同じで、満場一致でスミスとビリーに食糧確保の為の新たな取引相手及びそれに相当する食糧確保の手段を確保する探検に出ることを要請した。
 二人以外にそれが出来る男はいなかったので、当然の人選だった。スミスはポカホンタスから、ビリーはアリーヤからポウハタンの言葉を学んでいる。彼らならやってくれるだろうと言う期待があった。だが、これには別の意図もあった。
「ククク……これであの生意気な青二才共を纏めて厄介払い出来る。あわよくば奴らが探索中に死ねば、ジェームズタウンで私に手向かう者は一人もいなくなる……」
 そう、この探検には議長のラトクリフによる隠れた意図があった。常日頃から議長である自分に口出しし、仲間から離れて行動することが多かった二人のことを鬱陶しく思っていた彼はこの機会を利用して、ジェームズタウンを完全に我が物としようとしていたのだ。
 いずれにせよ、ジェームズタウンの命運は二人の男に託されることとなっていた。
 スミスは同行者を二人連れて、ボートで川を遡りポウハタンの森の奥地へと向かった。一方でビリーは同行者を連れず、徒歩でポウハタンの森の奥へと入って行った。
 スミスが向かった先は彼自身がまだ踏み入れたことのない未踏の地であり、いつ襲撃されてもおかしくない危険地帯だった。同行者達は例によって鉄の鎧を着込んで、マスケット銃や剣で武装していた。それがポウハタンの人間を余計に刺激することになるのだが、男達はいつまで経ってもそのことに気付かなかった。
 しばらく川を遡って行くと、川幅が急激に狭くなり、更に川が凍りついていた。一応、水面を覆う氷は人が上に乗って歩ける程度には分厚く、スミスはボートを凍った岸に付けると同行者の二人をボートに待機させて、一人で森の奥へ入って行った。
(ん!?周辺に人の気配……数は七、八人ぐらいか。しかも、かなり殺気立ってるな……俺達と友好関係にある部族とは違う所の者達か……)
 森に入って早々、スミスは周囲に人がいることを感じ取った。だがスミスは少しも呼吸を乱さず、懐に忍ばせていた短銃を姿が見えない敵に向かって構えた。当然、殺すことを目的としている訳ではない。あくまで牽制の為だ。
(頼むから、何もして来ないでくれよ……引き金に指をかけさせないでくれよ……!)
 当時の短銃……つまり、拳銃はスナップハンスロック式やドッグロック式の物が多く採用され、最新式の銃でも命中精度をはじめとする各性能があまり高いとは言えなかった。スミスがゆっくりとその場から後退りをしつつ立ち去ろうとすると、
「ウッ!?グゥッ!!」
 突然、片膝に激痛が走った。すぐに膝を見ると、矢が見事に命中していたのだ。
 このままではマズい……スミスはボートに戻ろうと、怪我の痛みに耐えながらも必死に足を引き摺って逃げた。だが、後方から矢が雨あられのように彼を追撃する。やむなくスミスも銃で応戦することにした。矢の飛んで来た方向へ五発撃つ。乾いた発砲音と共に茂みの中から三人の男がゆらりと姿を現し、呻き声を出しながらその場で息絶えた。当然、それはスミスの本意ではなかった。ポウハタンの言葉を覚え、武器を必要としない交流を望んでいたのに、逆に三人もの命を奪ってしまった……だが、感傷に浸っている場合ではない。
 スミスはボートを停めていた川岸に戻るが、そこでも安心など出来なかった。
 何と、同行していた二人の男は既に殺されていた。頭部や鎧を纏っていない部位には無数の矢が刺さっており、見るに堪えない惨状であった……。
 膝の激痛に耐え、命からがら何とかボートに乗り込んだスミスがボートを漕ごうとした時、彼は周囲の状況に気付いて啞然とする。
「ハハ……マジかよ。こりゃ、冗談キツいぜ……」
 逃げるのに無我夢中で気付かなかったが、彼は大勢の男達に囲まれていた。その数はおよそ五十人……手負いのスミスではどうすることも出来ない状況だった。
 文字通りのチェックメイト。スミスは無抵抗のまま、囚われの身となった。

                  ★

 スミスを捕縛したのは、ポウハタンの異母兄弟であるオペチャンカナウを族長とするオラパクス村の者達であった。スミスは先の一件で三人を殺めている。囚われの身となった以上、何らかの形で処刑されても文句は言えないと覚悟を抱いていた。
(だが……まだ死ぬことが確定した訳ではない。僅かだが、望みはある)
 スミスは連行される中でも、決して諦めてはいなかった。村に到着すると、スミスはポカホンタスから学んだポウハタンの言葉を片っ端から引き出して、彼らの族長に会わせてもらえるよう必死に懇願した。
 スミスを連行した男達はそれを聞くと暫しの間、彼を置いて話し合い始めた。程なくしてスミスは族長であるオペチャンカナウの前まで連れて来られた。
(この男が、村の族長……!俺の話は一応通じたのか……)
 村の長である族長と対面したことで、スミスに一筋の希望が見えて来た。
 この時、スミスは死んだゴズノルドが生前スミスに語ったとある話を思い出していた。実はゴズノルドも最初に新大陸を探検した時、現地の人間に捕まっていたことがあったのだ。その時、彼は所持していたコンパスを見せたところ、現地の男達は驚いて釈放したと言う。
 スミスは当初、ゴズノルドの話を冗談だと笑って聞き流していたが、今の自分が彼と同じような状況に置かれて、初めて彼の話を信じてみようと賭けに出てみた。
 スミスは懐から美しい装飾の成されたコンパスを取り出して、恐る恐るオペチャンカナウに贈呈した。
「ムッ!?直接触れないにも拘らず、中の針は常に同じ方向を向き続けている……!?」
 コンパスを受け取ったオペチャンカナウの反応は、驚くことにゴズノルドが言っていたものと同じものであった。彼は、ガラスがはめ込まれていて触ることが出来ないにも拘らず、中の針が常に冬がやって来る北の方角を指して揺れ動いていることに驚嘆していた。
 オペチャンカナウは「透明な氷の下に不思議な針がある」と言った。彼はスミスが不思議な力を持つ呪術師の類だと解釈した。
「以前聞いた『火を吹く杖』もそうだが、この男は未知なる道具を持っている……部族連合に属する族長全員に伝えてくれ。この者の処遇を決める会議を行うとな」
 オペチャンカナウは足の速い男達に言伝を頼むと、族長及び酋長を集めて緊急会議を行うことにした。それは、スミスがポカホンタスの父であり、酋長であるポウハタンとの邂逅を果たすこと言うことでもあった。

                  ★

 スミスはオペチャンカナウの村からポウハタンの本拠地があるウェロウォコモコに連行されることとなった。その間に幾つもの村を経由した。それは、より多くの人々に海を越えて来た白き者達と呼ばれる者達の一人を間近で見てもらい情報の共有をしようと言う、酋長や族長達の狙いも含まれていた。
 その間にもスミスは自身の知識や持ち物を披露してポウハタンの人々を驚かせ、生き残る為にあらゆる可能性を試してみた。例えば、彼は行く先々で地面に文字を書いたり、ガラス玉を取り出してはポウハタンの人々を驚かせた。
 ポウハタンの人々は文字と言う概念を持たず、その知識等は全て口で伝えられた。
 スミスはそれをポカホンタスから知らされていた。彼らは言葉に魔力があると信じており、それを絵や文字にして地面等に召喚することが出来るスミスは、ポウハタンの人々に取って呪術師のような存在に感じられた。それだけ、呪術師と言うのは強い影響力を持っていたのだ。
 だが、彼が酋長や族長達が待つウェロウォコモコへ連れて行かれる直前、スミスは更なるピンチに遭遇することとなった。それはラパハノック族の元へ連れて行かれた時、村の人々から数年前に起きた白き者達によるラパハノック襲撃事件の犯人ではないかと言う嫌疑をかけられたのだ。
「俺が襲撃事件の犯人?しかも誘拐だって?ちょっと待ってくれ、俺は……」
 スミスは慌てて身の潔白を主張しようとするも、それが聞き入れられる前に取調べが行われることとなった。もしスミスが犯人なら、その場で直ちに処刑すると言う。
 あの襲撃事件が起こった数年前、スミスはおろかイギリスはまだ新大陸への進出を果たしていなかった。
 当然、スミスには全く身に覚えのないことだが、ラパハノック側も白き者達の見分けがつくかどうかは分からない。スミスは己の命を天に預けることにした。
 ラパハノック襲撃事件……今のジェームズタウンと呼ばれる場所にスミス達が上陸する数年前に起きた、凄惨な事件だ。事件当時、ラパハノック族は川を遡ってやって来た白き者達を手厚くもてなしたが、白き者達は歓迎の宴の最中に銃を撃ち鳴らしてラパハノック族の人間を次々と殺し、更に当時の族長の息子を含む数人の男女を連れ去ってしまったのだ。
 この事件が部族連合の酋長であるポウハタンの中に、白き者達に対する憎しみや恐怖を抱かせるキッカケになり、そして後に新世界へ上陸を果たしたスミスをはじめとする白き者達への絶え間ない疑念の原因となっていた。
 スミスはラパハノック族を襲撃した白き者達に対して、憤りを抱く。
(クッ!一体、どこの国の誰がそんな非道ひどいことをやったんだ!?俺まで巻き込んで!)
 スミスは、ラパハノック襲撃事件の現場に居合わせた人々の前に立たされた。そこには老若男女様々な人間がいた。彼らはあの事件を今でも鮮明に覚えていたが、それが幸運にもスミスを助けることとなった。心からのもてなしを平気で踏みにじり、今なお心に深い傷を残した白き者達のことを忘れたくても忘れられない様子であった。
 一人一人順番にスミスに近寄り、上から下まで舐めるように見た。スミスもあまり表情には出さないよう努めているが、顔が引きつっている。そして、
「この男ではない。奴らはこの男よりもずっと大きかった」
 人々が口々にそう証言するのを聞いて、スミスは心の奥底でホッとした。
 かくして、スミスはあらぬ嫌疑を晴らし、ラパハノック族からの処刑を免れることが出来た。だが、それで自由の身になった訳ではない。あちこちの部族の村や集落を連れ回されたスミスは、遂に酋長であるポウハタンをはじめとする各部族の族長達が一堂に集結するウェロウォコモコへ送られることとなった。
 同じ頃、スミスとビリーが不在のジェームズタウンは厳しい冬を迎えていた。容赦ない大自然の脅威に、男達は寒さと飢えに苦しみ続け、死の恐怖と向き合っていた。

                  ★

「えぇっ!?ジョンが!?」
「あぁ……先日、用事で知り合いの集落へ行った時に聞いたよ。そっちにアタシ達の言葉を話せる奴は、お前以外に一人しかいねぇだろ?」
 ビリーはアリーヤと合流して、スミスが捕らえられたことを聞いた。
 まさか、そんなことになっていたなんて……ビリーは友人を助ける為にウェロウォコモコへ向かおうとしたが、アリーヤはそれを制する。
「言っとくけど、助けに行こうだなんて思うなよ?友達ダチの所へ辿り着く前に、矢で全身穴だらけにされんのがオチだ」
「でも……!」
「安心しろ。お前の友達はウェロウォコモコに連行された。恐らく酋長や族長達が友達の処遇を決める筈だ。それにポウハタンの族長達は冷静な判断力を持ってるから、そう簡単に処刑なんざ考えねぇよ」
「そうなのかい……?」
「あぁ……とにかくお前も一旦帰れ。あまりウロウロしてたら、お前まで捕まるぞ」
 アリーヤはそう言うと、足早に去って行った。ビリーも彼女の言葉を信じて、探検を一時中断することにした。
(ジョン……無事でいてくれ)
 ビリーはスミスの無事を祈りつつ、何処か安全な場所を探し始めた。
 その頃、ラパハノックから解放されたスミスはウェロウォコモコに到着していた。
 空は星が輝き、月も大きく見える真夜中だった。
「族長達が到着する明朝まで、ここで待て」
 男達にそう言われると、スミスは砦の一角にある小屋へ入れられて族長達が来るのを待つこととなった。小屋の中心には太い丸太の柱があり、スミスはそこに縛り付けられた。更に扉は中から開けられないように作られていた。
(ここは牢か……)
 スミスは小屋の正体が何なのかすぐに悟った。
 もしかすると、これが最後になるかも知れない……スミスはそう思いながら、ゆっくりと目を閉じて眠りにつこうとしていた。そんな時、何処からともなく聴き覚えのある歌が聴こえて来た。とても優しく、しかし壮大な調べ……それはポカホンタスが風の精霊と共に歌ったあの歌だった。今となっては懐かしいあの歌を、スミスは思い出していた。あの頃は本当に楽しかった、もう一度ポカホンタスに会いたい……そう思っていた時、
「……ミス……スミス……」
 誰かが牢の外で自分の名前を呼んでいることに気付いた。こんな夜更けに一体何者だろうか……スミスは「そこにいるのは誰だ」と尋ねる。声の主はほんの少し黙った後、ゆっくり扉を開ける。
「!君は……」
 スミスはその正体に驚いた。声の主はポカホンタスだった。
 ポカホンタスは柱に縛られたスミスの元へ駆け寄る。
「スミス、会いたかった……」
「ポカホンタス、俺もだ。済まないが、この縄を解いてここから出してくれないか」
「ごめんなさい……それは出来ないの」
 ポカホンタスは俯きながら、そう答えた。スミスは「何故?」と訊き返そうとしたが、その寸前で理由を察する。恐らく彼女も酋長である父や他の族長達からも自分を助けるなと厳しく言いつけられているのだろう……もし、その言いつけを破れば、彼女自身も危なくなるかも知れない……スミスは、そう考えた。
 ポカホンタスと言う最後の希望も失ったスミスは、一つだけ彼女に尋ねる。
「俺は……日の出と同時に死ぬのか?」
「いえ、まだそうと決まった訳では……」
「大丈夫、気を遣わなくていいよ……俺も覚悟は決めてる」
 スミスは真っ直ぐな瞳でポカホンタスを見つめながら言った。そんな彼に対して、ポカホンタスは何も答えることが出来ず黙り込んでしまった。口に出さなくとも、スミスにはその反応だけで充分だった。
「……そうか」
「スミス、全ての命は精霊が見守る聖なる輪の中でめぐる……あなたもその一人。どうかそれだけは忘れないで」
「ポカホンタス……俺はこれまで傭兵として色んな国を渡り歩いて来た。国王陛下の命を受けてこのバージニア……ポウハタンの森へやって来た時も、自分の思い通りに切り拓いて行けると思っていた。でも、それはきっと間違いだったんだ。この森で神樹様やフィリアンノと出会って、そして風の歌を聴いて、全てのものに大いなる精霊が宿っていることを知ることが出来た。あの時……そして君といる時は、ジェームズタウンをどうにかしようと言うことなんて忘れていられた。君がこうして傍にいてくれる今も……俺は安らかな気持ちだよ」
「スミス……」
「もしかしたら俺がここに来たのは、運命の導きだったのかも知れない。そして、ポカホンタス……君と出会えたこともきっと……」
「もし、あなたと違う形で会えたら……私達は……」
「そんな顔をするな。たとえ殺されようとも、俺はポウハタンの人々を決して恨んだりはしないよ。これもまた、運命だ。命は廻る……だから、また会えるさ。必ずな」
 生まれ変わったら、また会いたい……そう思いながらスミスは、ポカホンタスの持つ黄金の瞳を見つめていた。違う時代の違う場所で再会した時に彼女のことがすぐに分かるよう、その輝く瞳をしっかりと記憶したのだった。
 優し気な表情で、スミスは言う。
「ポカホンタス……君を愛してる」
「スミス……私もよ」
 開いた扉の隙間から、風が優しい音色を乗せて入って来た。
 二人は寄り添って風の歌を聴きながら、一夜を過ごした。

                  ★

 朝日が牢の中にも僅かに射し込んで来た。夜が明けたことを告げる光だった。
 スミスはポウハタンの酋長、そして族長が集う巨大な建物へ連行された。流石に各部族の偉い人間が集まる場所なだけあって、その外観はまるで王宮だった。
(ここがポウハタンの本拠地……俺の運命を決める場所……)
 スミスは建物を見上げて、思わず息を呑んだ。
 男達に誘導されて建物内に入ると、既にそこには百人を優に超える人間が集まっていた。中に入ると同時に、スミスは全員の視線が自分に集中するのを感じ取った。
 部屋の中央には、大きな火が焚かれていた。『会議の火』と呼ばれる部族民が会議を行う際に点けられる聖なる火だ。その火の向こう側には酋長であるポウハタンをはじめ、各部族の族長達がいた。彼らの周りには屈強な男達が取り囲むように立っていた。外見や立ち位置からして恐らく護衛の者だろうと、スミスは推測する。
 酋長や族長達の後ろには、若い女性が大勢いた。
(ポカホンタスは……いないか)
 スミスは女性達の中にポカホンタスがいないことを確認すると、火の向こう側にいるポウハタンを見た。年齢は六十歳前後……護衛の男達にも劣らない強靭な身体は対峙する者を圧倒する程、威厳に満ちていた。まるで人ではない、巨大な何か・・に命を掴まれている感覚……スミスの背中を冷たい汗が伝った。
 先ず、全ての始まりを意味する儀式が行われた。部族民達が火の周りで楽し気に踊り、歌い、そして祈りを捧げた。それはイギリスをはじめとするヨーロッパ諸国で行われている宗教的な儀式と同等以上の荘厳な雰囲気の下で行われ、それでいて歓喜に溢れていた。
 一通りの儀式が終わると、スミスの前に料理が運ばれて来た。鹿や七面鳥の肉、木の実を粉にして練られたパン、トウモロコシを使ったスープ等、多種多様な料理が並べられた。ポウハタンの人間は基本的に相手が誰だろうと最大限のもてなしをするとスミスはポカホンタスから聞いていた。果たして、これが最後の食事となるのか……スミスの頭の中は、目の前の料理どころではなかった。
 スミスはこの状況を乗り切る為に、頭をフル回転させて必死に策を考える……が、駄目!何一つ良いアイデアが浮かばない!オペチャンカナウの時と同様、何か贈り物をするにも取引材料となる物は手元にない。コンパスは既にオペチャンカナウに渡している。手元に残っていたのはポカホンタスからもらった白い羽根のみ。だが、それは彼女との固い絆の証……スミスに手放せる訳などなかった。
 食事が終わると、途端に室内はシンと静まり返った。明らかに空気が変わった。スミスが族長達の方へ目をやると、彼らはスミスの処遇を巡って議論を始めた。
「さて、この者をどうするかだが……聞くところによると、この男は三週間程前に森で偵察に出ていた戦士三名を殺害したと言う。我々に対し明確な敵意を持っていたのは明らかだ。私としては生かして帰すのは得策ではないと思うが……」
「確かにこちらの戦士達を殺したのは許し難いことだ。しかし、オラパクス村のオペチャンカナウは、この男から不思議な針を受け取ったらしい。もし、この者が呪術師の類ならすぐに処刑と言う判断を下すのは尚早かと……」
「それに白き者達の中には、この地を侵略し我々と争うことを望まない者もいると聞く。この男はオラパクスの者達に捕まった時、我々の言葉を用いて話したそうだ。ただ侵略することだけを目的とした者が果たしてそこまでするだろうか……私の意見では、彼ともう少し話してみるのが良いと思う」
 彼らは一人ずつ意見を述べたが、誰かが話している時に横から口を挟む者は誰一人としていなかった。
 終始一貫して、全員が黙って人の話を聞いていた。そして、男女関係なく意見を述べた。議論は長く続いた。スミスに取っては、それが一月にも一年にも感じられた。
(それにしても、あのポウハタンと言う男……ポカホンタスの父上だと聞いたが……)
 議論の間、スミスは酋長であるポウハタンのことを観察していた。スミスは当初、彼をインディアンの『王』だと思っていた。だが、議論を進めて行く彼の姿は多数の配下を従える『王』と言うよりも、その場にいる者達の間を取り持つ『調停者』のようであった。
 やがて全員の意見が出終わると、ポウハタンはその場からゆっくりと立ち上がり、議論の中心となって動いていた族長達、そして他の男や女達を前にして言う。
「皆の意見が出揃った。この男は我々と戦うことを望んではいない可能性が高い……だが、ここまで多くの命が白き者達に奪われた。そして、この男も我々の知る限り三人を手にかけている……状況がどうであれ、この男を生かして帰せば後々まで禍根を残しかねない。故に厳正な合議の下、我々はこの者を祈りと共に大いなる精霊へ捧げるものとする」
 ポウハタンの民の総意による、事実上の死刑宣告だった。
 その言葉と共に、棍棒を持った頑強な男が建物の中に入って来た。部屋の中央で焚かれていた火は取りけられ、代わりにスミスが中央に連れて行かれた。対象者に戦闘で使われる棍棒を幾度となく振り下ろして全身の骨や内臓を完膚なきまでに潰す百叩きの刑……これがスミスに対して行われる刑だった。
 事の成り行きを見守るポウハタンは、険しい表情でスミスを見つめる。
(ここまでは全て、呪術師に言われた通りに事が進んでいる……だが、この感覚は何だ!?何かが胸の奥から訴えて来るような、妙な感覚……)
 ポウハタンは、全てが順調に行き過ぎていることに違和感を覚えていた。あらゆる儀式や行事を執り行う呪術師の言うことは絶対だ。間違っている筈はない。だが、彼はこの儀式が遂行されることはないと言う予感を抱いていた。そして、あることに気付く。
(そう言えば、ポカホンタスは!?この儀式には呼んでないとは言え、日の出から一度も姿を見ていない……一体どこへ?)
 そう、スミスが殺されることに最も反対するであろう筈のポカホンタスが一度も自分の前に現れていないのだ。ポウハタンは、それが気が気でならなかった。
 ポウハタンが考えている間に、スミスは床に頭を押し付けられた。スミスは両腕を縛られていて、立ち上がることもままならない。
「ここまでか……」
 そう小さく呟くと、スミスは静かに目を閉じて観念した。
 棍棒を持った男の両腕が大きく振り上げられる。だが、
「ちょっと待ちな!!」
 燃え盛る炎のように豪快な声が外から響き渡った。全員の視線が出入口の大きな扉の方へ集中する。すると、分厚い木の扉が一瞬にして無数の小さな木片と化した。強固な扉をバラバラに分割したのは、鋭く光る蛇……それが声の主の手元へ戻って行った。その正体はポカホンタスの友人、アリーヤだった。彼女の背後から、更に人影が飛び出す。
「やめて下さい!!」
 スミスとポウハタンは聞き覚えのある声に、驚きを隠せない。まるで春風のような優しく美しい声……人影の正体はポカホンタスだった。
 二人の少女の登場に、棍棒を持った男もすんでのところで手を止めた。
 あまりにも突然のことに、ポウハタンは思わず尋ねる。
「ポカホンタス、一体何事だ!?」
 父の言葉に、ポカホンタスは一度呼吸を整えて、自分の想いを伝えた。
「お父様。スミスを私に……私に下さい!!」
「えっ!?」
 今、正に殺されようとしていたスミスは、ポカホンタスの言葉を聞いて思わず動揺した。彼だけではない。父であるポウハタンをはじめ、その場に居合わせた多くの人間が彼女の思いがけない言葉に絶句した。同時にポウハタンは、儀式が始まった時から治まらなかった胸騒ぎの正体を察する。
 だが、ポウハタンもすんなりと聞き入れる訳には行かなかった。白き者達をこの地に留まらせては、ポウハタンの大地が侵略され、部族民全ての滅亡も決定付けられてしまう。実質的な指導者の一人であろうスミスの処刑は他の白き者達に警告を与え、早々に立ち去ってもらう為に必要なことだ。実際、これを絶好の機会だと考える者は大多数を占めていた。
「ポカホンタス、何を言ってるのだ。アリーヤと共に下がりたまえ」
「いいえ、下がりません!もう決めたのです!」
 ポカホンタスの方も、父をはじめ皆が自分の要望を簡単に受け入れられないことは想定していた。そして、彼女は脇目も振らずにスミスの所へ駆け寄った。ポカホンタスは我が身を盾にするようにスミスの頭に覆い被さる。彼女に完全に遮られる形となり、棍棒を持った男は動きを止めた。
 その様子を見ていた呪術師は困惑しながら言う。
「し、しかし……これは大いなる精霊の意思によるもの。今更取り消す訳には……」
「だったら、その決定……私が取り消すことを認めるわ!」
 呪術師の言葉を遮って、何処からともなく可愛らしい声が響いて来た。呪術師が声のする方を見ると、そこには小さな光が薄暗い空間を飛び回っていた。フィリアンノだ。彼女の姿を見た呪術師は驚愕した。
「な、何と!まさか大いなる精霊の一人である、あなたが直々に来られるとは……ですが、本当によろしいのですか?」
「構わーん!私が許す!!」
 フィリアンノは大声でその場を締めてしまった。彼女の姿が見える呪術師は、言われるがままスミスを精霊に捧げる儀式の取り止めに入る。建物内がどよめいた。
 今一つ状況が読めない他の人々は、ただただザワついている。
 呪術師から話を聞いたポウハタンと族長達は呆気にとられつつも、祭事や儀式の全てを受け持つ呪術師の言葉には従う他なかった。スミスの処刑が事実上頓挫し、最早娘を止めることが出来ないと判断したポウハタンはポカホンタスの元へ歩み寄り、静かに告げる。
「良かろう。その男はお前のものとするが良い……それがお前の意思ならば」
 その言葉と同時に、スミスを後ろ手に縛っていた縄は解かれた。
 自由を得たスミスは、ポカホンタスと抱擁を交わす。もうお互いに顔を合わせることはないと思った。でも、またこうして会えた……。
「ったく、世話の焼ける奴らだな。ま、いいけどよ」
「朝っぱらから私に何の用かと思ったら……見せつけてくれるわねぇ」
 アリーヤとフィリアンノは、一歩離れた位置からポカホンタスとスミスの二人を見ていた。
(でも、ビリーの奴が同じ目に遭ったら、アタシもきっと……)
 アリーヤは事態が何とか収まったことをホッとする一方で、向かい合う二人の姿に自分とビリーを重ね合わせた。

                  ★

 混乱していた皆が静まり返り、事態が鎮静化されると、ポウハタンはスミスに以前から抱いていた疑問を尋ねる。
「君をはじめとする白き者達は海の向こうからこの地へやって来た。私が信頼し尊敬するここにいる呪術師によると、それはこの地を奪う為だと言う。私は君の口から直接その答えを聞きたい。何故このポウハタンの地に留まって、砦まで築いているのかな?」
「……!」
 スミスは、彼の質問に対して即答出来なかった。もし、ここで正直に全てを話してしまえば、ジェームズタウンとポウハタンの全面戦争は避けられないものとなる。そうなれば、飢えに苦しんでいるジェームズタウンの男達はあっと言う間に滅ぼされてしまうだろう。
 スミスはポカホンタスをチラッと見る。
(ポカホンタスと分かり合えたんだ。他の部族民とだって……!)
 スミスはウィングフィールドやラトクリフのようにではなく、ポウハタンの森に住む全ての人々ともう一度初めからやり直したいと考えていた。その為にも、彼らを刺激するようなことは言わないよう意識した。もう、これ以上無駄な争いを起こさないと誓って……。
「ハイ。実は、私達の乗って来た船が航海の途中で嵐に遭い、その内一隻が破損してしまいました。その為、一時的にこの地へ留まらざるを得なかったのです。現在は本国から新たな船が届くのをひたすら待っている状態です」
「ほう……しかし、それならば砦を築く必要性はないように思えるのだが。何故あのような砦を築き、武装までしてるのだ?」
「私達は今、スペインと言う国と戦っております。私達は彼らから追われの身となっているのです。砦を築いたのは、スペイン人の攻撃から身を守る為なのです」
 その場に同席している族長達が「なるほど」と納得する一方で、ポウハタンはスミスの返答をすぐには信用しなかった。念の為、彼は更に質問を投げかける。
「では、訊こう。先程の答えの中に出た新たな船……それが来たら、君達は一体何処へ行くつもりなのか教えてもらいたい」
「川を上り、森と山の先にある海を目指すつもりです。私達の目的は東洋への近道を見つけることなのです。東洋には『黄金の国』と呼ばれる場所があります。その黄金こそが私達の航海における主な目的なのです」
 スミスはハッキリと答えた。勿論、この言葉は嘘ではない。ただし、それはスミス達開拓団の目的の中の一部に過ぎなかった。スミスは頭の中で何度も自分に言い聞かせる。
(嘘はついてない……嘘はついてないんだ……)
 アリーヤはビリーからもらった金貨を見ながら、無言で頷いていた。ビリーも以前に「金を探しに来た」と言っていたし、スミスの発言も全て辻褄が合っている。
 ポウハタンはスミスの答えを改めて確認した。
「つまり、君達が待っている船が来れば、再び航海の旅へ出る……そう言うことなのだな?」
「ええ、その通りです」
 ポウハタンは「そうか」と言い、スミスに対する形式的な質問を終えた。だが、その表情は非常に険しく、彼自身も内面では困惑していた。スミスの発言に嘘は感じられない。だが、あの砦を見る限り、彼の言葉を容易に信じることは出来なかった。
 ポウハタンはそれまで自分の前で嘘をついた者を見たことがなかった。否、そもそも嘘をつくことなど、あってはならないことであった。しかし、愛する娘のポカホンタスが身を呈して救おうとした男だ、ここは娘を信じてスミスの言葉を聞き入れるしかない……そう自分に強く言い聞かせた。
 そんな中、群衆の中から手が上がる。
「ちょっと、いいかな」
 挙手したのは、ジェームズタウンと友好関係を築いていた村の族長、ポーチンスであった。スミスは、ポーチンスとの再会に驚きを見せる。
「あなたは……!」
「やぁやぁ、久し振りだね!君が捕まったと聞いて急いで駆けつけたけど、凄いものを見させてもらったよ!……とまぁ、それはそれとして」
 相変わらず不敵な笑みを浮かべたまま、ポーチンスは軽い挨拶をした。どうやらポカホンタスとアリーヤの乱入も群衆の中で見ていたらしい。彼はスミスに一つの提案をする。
「君はもう僕達の友であり、兄弟だ。だからその証拠として、我々に贈り物をして頂けないだろうか。君と話している酋長の娘、ポカホンタスは君に新たな命を贈ったのだから」
「私共に用意出来る物であれば。ポウハタンの人々は何をお望みですか?」
「そうだね。先ず、石臼を一つ頂きたい」
「それなら、お安い御用です」
 スミスはポーチンスの要求を快諾した。石臼ぐらいならすぐに用意出来る……スミスは心の中で安心したが、ポーチンスの要求はまだ続いた。
「それと……」
「それと?」
「火を吹く杖を二本分けて頂けるかな」
 ポーチンスは火を吹く杖……つまり、マスケット銃を二丁所望した。彼はポウハタンが警戒心を抱いていることに唯一気付いており、それを考慮してスミスに話を持ち掛けた。
 口には直接出さずとも、白き者達への疑念を払拭出来ない彼の為に、ポーチンスは友好関係にあるジェームズタウン(厳密にはスミスとビリー)からポウハタンの人々を脅かす火を吹く杖を譲り受け、その解析をしようと考えた。つまり、白き者達が明確な侵略の意思を持っていたとしても、それに対抗出来る準備を行おうと考えたのだ。
 これはポウハタンとジェームズタウン、その双方がギリギリ納得出来るであろう要求だった。
「この二つの要求を呑んで頂けるなら、君は僕のケクータン村だけでなくポウハタンの民全てと友でいられる。ポウハタン酋長も、きっと息子として接してくれる筈だ。火を吹く杖自体はいっぱいあると思うし、その内の二本ぐらい譲ってくれたっていいだろ?」
 ポーチンスは表情を乱すことなく、笑みはそのままにスミスの返答を待った。
 スミスは彼の意図を見抜いていた。否、見抜かされた・・・・・・と言った方が良いだろう。彼はわざと自分の考えを教えたのだ。要求を拒んで破滅へ向かうか、受け入れて生き残るか……その二つの選択肢を暗にスミスに突き付けた。
 スミスの方も、たった今ポカホンタスに命を救われた手前で彼の要求を否定することは出来なかった。ラトクリフをはじめとする評議会の反対は予想出来たが、取り敢えずポーチンスの要求を聞き入れることにした。
「分かりました。議長に掛け合って、何とかしてみます」
「話が早くて助かるよ。では呪術師も同席してることだし、このまま和平の儀式に移るとしようじゃないか」

                  ★

 何度も死の危機に瀕し、そしてポカホンタスの愛に救われたスミスが解放されたのは、年が明けた一六〇八年のことだった。彼は森の中をポカホンタス、アリーヤ、そしてフィリアンノと歩きながら、久々の談笑をする。
「しかし、驚いたな。まさか君達まで助けに来てくれるなんて」
「別に。アタシは幼馴染の頼みだから来ただけだ。それにお前が死んだら、ビリーの奴が悲しむだろ?つか、『達』って何だよ」
 フィリアンノが見えないアリーヤは、スミスの言葉にツッコミを入れた。フィリアンノも欠伸をしながらボヤく。
「ホント、大変だったわよ。日も昇らない内からポカホンタスに大声で呼び出された上に、このクソ寒い中ウェロウォコモコあそこまで連れて来られたんだから……」
「アハハ……ゴメンね、俺の為にさ」
「もういいわよ……あ、一応言っとくけど、別にアンタの為なんかじゃなくて、ポカホンタスがどうしてもって言うから仕方なく助けただけなんだからね。勘違いしないでよね」
 フィリアンノの口調はいつも通り辛辣だが、何となく彼女との距離も縮まった……ようにスミスは感じた。本当に何となくだが。
「アリーヤ……フィリアンノ……私の我儘を聞いてくれて、ありがとう!」
 ポカホンタスは笑顔で二人の友人に礼を言った。アリーヤもフィリアンノも彼女の無垢な表情に照れくさそうにする。何だかんだで、二人もポカホンタスのことが好きだった。
 ウェロウォコモコから出発して、ようやく歩き慣れた地点まで戻って来た。ジェームズタウンはもうすぐそこだ。木々の隙間から朝日が昇るのを四人は目にする。スミスは意を決してポカホンタスに言う。
「ポカホンタス……実はさ、君にどうしても話したいことがあるんだ」
「え、何?」
「そ、それは……」
 スミスはアリーヤとフィリアンノの方をチラッと見て、言葉を詰まらせてしまう。
 それを察した二人はポカホンタスに対して、
「おぉ、そうだ!ここから少し先に朝日がスゲェ綺麗に見えるトコがあんだ!話しついでに折角だから見に行って来いよ!」
「じゃあ、私もこの辺で帰らせてもらおうかしら!先日からバタバタして、疲れが今一つ取れ切ってないのよね~」
 そう言うとアリーヤは木陰に身を隠し、フィリアンノは精霊の森へ帰って行った。
 スミスは二人が気を遣ってくれたのだと気付いていた。そのままポカホンタスの手を優しく引き、少しばかり寄り道をする。
 アリーヤの言う通り、スミス達が向かった先は見晴らしの良い崖で、その先には美しい日の出が現れようとしていた。
 ポカホンタスは夜明けの空に思わず見とれてしまう。
「本当に綺麗……そして、風が心地良い……」
 暁の空に良く映える褐色の肌に黄金の瞳……スミスはポカホンタスの姿に改めてドキドキしていた。あの時・・・と同じ……静かな風の音が歌のように聴こえる。ずっとお守りとして持っていたマニトウの羽根を取り出し握り締めた。そして胸の高鳴りを抑え込み、スミスは口を開く。
「ポカホンタス……君がこの羽根をくれた時、俺はポウハタンの森に吹く風の歌声を聴き、そして色を知ることが出来た。これまで色んな国を冒険して大概のことは知ったつもりだったけど、世の中は俺の知らないことがまだまだ沢山あった……君が気付かせてくれたんだ」
「スミス……」
「今のこの眼ならもっと違う形で世界が見える……そんな気がするんだ。だからさ、その……」
「?」
「いつか……一緒に世界を旅してみないか?俺……他の国に吹く風の歌声や色も、その身で感じてみたいんだ。君と一緒に……」
「!……ええ!」
 告白とも言えるスミスの言葉に、ポカホンタスは目に涙を浮かべた。勿論、それは悲しみ等から来るものではない。彼女の頬を伝う嬉し涙を指でそっと拭き取ると、スミスは彼女の艶やかな唇に自分の唇を重ね合わせた。空に煌めく星々が朝日と共に消えようとする空の下、二人の男女はファーストキスを交わした。
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