銀色の魔物

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75話

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 たまたま夜に目が覚めたリゼは手洗いへ向かった。そこから戻ってくる時に、ルーカスの両親が話しているのを耳にしてしまったらしい。盗み聞きをするつもりはなかったが、聞こえてきた言葉の中に両親の名前があり、矢も盾もたまらずに飛び込んでいたのだという。
 最初は驚き、誤魔化していたルーカスの両親だが、隠せないと分かると「なら知らないほうが苦しいねぇ」「上手く隠しきれずごめんね」と教えてくれたらしい。

「魔物にやられたって聞いて、私はもっと怖くなった。でも、それを目の当たりにしてしまったサファルからお母さんが命をかけて記憶を奪い、そのせいもあってサファルは数日目が覚めなかったんだって分かったらね、怖がってばかりいられないなぁって思ったんだ」

 いくら魔法でも、人の感情などを左右することは簡単ではない。カジャックもエレメント系の魔法は得意だが精神を操るような魔法は苦手だ。アルゴほどの使い手ならそれも容易く使いこなすのかもしれないが、それでも魔法を使われた者は多少の副作用が発生する可能性があるだろう。
 それはリゼも承知らしい。

「お父さんとお母さんが魔物に殺されたってことはサファルも結局聞かされたんだよ。私が知っちゃったから、私の口から不用意に漏れるよりはって思ったんだろうなぁ。もちろんサファルもショックは受けたみたいなんだけど……」

 見てしまった記憶を奪われたせいか、その事に関する感情がどうにも上手く働かない様子だったらしい。子どもの反応にしてはあまりにも淡々としていたと、ずいぶん経ってからだがこれも教えてもらったのだと言う。
 実際、今でもサファルは両親の死に関しては悲しみつつも普段の感情豊かなサファルに比べると、どこかさらっとしているのだとリゼは語った。それに関しては本人もたまに違和感を持ってはいるようだが、むしろリゼに心配をかけないようにか気にしないようにしているみたいだ。
 もしかしたら魔法の副作用だけではないのかもしれない。サファルの中で無意識に防衛本能も働いているのかもしれない。また、いくら魔法で記憶を消されているとはいえ、心の傷だけはわずかながらにでも残っているのではないだろうかとカジャックはなんとなく思った。だから魔物に襲われていた時も、動くことすら出来ずその後に気を失っていたのかもしれない。今思えば出会った時のサファルは、弓が上手くて力がない分器用に体術をこなすにしてはあっけなさ過ぎた。そしてそれもリゼは分かっているのだろう。

「両親の死に関しての重要な事実を隠しているんじゃない。だったら多少の副作用くらいなら、お母さんが最後の力を振り絞って守ってくれたサファルの感情を、私もせめて守りたい。だからこの記憶に関する事実はルーカスやルーカスの両親と一緒に、墓まで持っていくつもりなんだ。と言ってもね、どうしてもつい、サファルのこと、すごく心配はしちゃうの。必要以上に」

 えへへ、とリゼは笑った。

「楽しい話じゃないのに長々とごめんね」
「……そうか。……リゼ」
「うん?」
「お前も辛かったな」
「……あ、えっ、そ、そんなことないよ? ううん、もちろん両親のことは辛かったけど、えっと、ほんと、そんなこと、ないんだ、ほんと。サファルのが絶対辛かったよ。私は大丈夫、うん、大丈夫」

 やはりリゼはサファルに似ている、などと今の状況では少し不謹慎かもしれないことを思いながら、カジャックはついリゼの頭を撫でそうになる自分を抑えた。

「……俺にそんな大事なことを話してくれてありがとう」
「うん……。本人のサファルだけ仲間外れになっちゃうけど、これだけは仕方ないよね」

 あはは、と今度はいくぶんか明るくリゼは笑った。
 大抵事実は知ったほうがいいにしても、確かにこれは思い出す必要のない事実だ。

「俺も、墓まで持っていくよ」
「……ありがとう、カジャック」

 会えてよかった、とリゼは微笑んだ。
 魔物に殺される人間は決して少なくはないだろう。親を殺された子もたくさん、とは言わないがそれなりにいるだろうとカジャックは思う。あと、カジャックにとって肉親に対して抱く感情に関しては少々複雑だ。
 それでも、両親を亡くしたことを乗り越え兄をひたすら大切に思っているリゼは優しいし強いということは分かる。記憶を強制的に無くしているとはいえ、そういったことを全く感じさせない明るさを持ち、そして同じように妹をひたすら大切に思っているサファルも強い。
 後日、サファルが家へやって来た時に、カジャックは顔を見たとたんつい、サファルを軽く抱きしめ背中をぽんぽんと撫でていた。

「あの、こ、これはどういうご褒……いえ、心境で?」

 すぐに離すもサファルは既に顔を真っ赤にして動揺している。

「……愛情表現、かな?」
「あ、愛……っ? えっと、もっと……もう少し表現、し、してくださって、も俺としては……」
「そうだな」
「え、ほんとに?」
「今度はじゃあお前からして欲しい」
「は、ひ」

 サファルの口から変な音が漏れた。カジャックはつい笑ってしまう。
 明るくてどこかお調子者なところがあって、その上純粋で真っ直ぐなサファルを見ていると、十四歳という多感な時に両親の凄絶な最期を目の当たりにした上でその記憶を消されているようには思えない。
 憐憫の情は湧かない。同情をするつもりもない。だが、カジャックの胸に湧き上がるものはあった。気持ちを自覚するきかっけとなった「愛しさ」をカジャックは改めて実感する。

「でも、とりあえず俺からもう一度、表現しておく」

 小さく微笑むと、カジャックはサファルを今度はぎゅっと抱きしめた。
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