元婚約者は戻らない

基本二度寝

文字の大きさ
2 / 3

彼女は知らない男と居た

しおりを挟む
明らかに貴族という装いで飛び込んだカルバンに、ギルド内はざわめいた。
不用意に視線を集めたお陰で、カルバンは久しぶりに彼女の声を聞いた。

「あら、カ…侯爵令息様。此方にはどういったご用件で?」

ギルドの受付にたどり着く前に、探し人に出会った。

長い髪を一つに括り、動きやすそうな格好でカルバンに声をかけてきたのは、ナユリーナだった。

「な、そのようなっ格好」

首から覆う黒いインナーを着用してはいるが、ピタリと身体のラインを型どっている。
ショートパンツの下にはレギンスとロングブーツで足を守っているつもりかもしれないが、令嬢の時には想像もつかなかった生々しい肢体を、簡単に頭に描けた。

「格好…?」

ナユリーナは自分の身体に視線を落とした後、周りを見た。
釣られて周囲に目をやる。
ギルド内には似たような格好をしている者がいる。
どこを防護しているのかわからないような、彼女よりもきわどい服装の者もいる。

そんな者たちに囲まれた中、一番この場で浮いた恰好をしているのはあからさまに高価な衣装を身に纏っているカルバンの方だった。

「態々お貴族様が来るような場所ではありませんよ」
「師匠」

ナユリーナの横に並んだのは、平凡な顔の男。
背が高いわけでもない。ナユリーナと同じ程度の背丈で、ギルド内にいる男の誰よりも小さかった。

そんな男が、当たり前のように其処に立つ事に苛立った。

「そうだな、帰るぞナユリーナ!」
「は…?えっ?帰る…?」

ナユリーナの手首を掴むと同時に世界が反転した。

「っっ!!」

叩きつけられた背中の衝撃で息が止まった。

「あ、ごめんなさい。侯爵令息様。つい条件反射で」

上から見下ろすナユリーナの顔があった。
心配そうに眉を下げているが、近づいては来ない。

隣の平凡顔の男にしっかりと腰を抱かれているからだろう。

「だらしねぇな」と周囲がゲラゲラと笑う。
「アンタだって同じ目に合ったくせに」と突っ込まれて、「だってよぉ」と言い訳を始める男の姿にまた笑いが生まれている。

カルバンは羞恥にいそいそと立ち上がるが、ナユリーナはもう此方を見ていない。

彼女が『師匠』と呼んだ平凡顔の男に何かを見せて、彼女は頭を撫でられていた。

「じゃあ行きましょうか」男がそう言ったのが聞こえた。

「待って!ナユリーナ!」

その声に此方を振り返り首を傾げる。

「侯爵令息様、何のご用か存じませんが、警護の者をつけて帰られたほうがよろしいですよ?」

本来このような場所に貴族が訪れることはない。
要件があれば代わりの者がやってくるのだ。

高価な衣服や装飾を身につけている貴族カモを、見逃してくれるほど治安が良い場所ではない。
行きは良くても帰りは怖いと、地元の子供でも知っている。

「な、なら、お前が、お前が警護をしてくれ」

ナユリーナの破廉恥とも言える格好と、腰に下げられている使い込まれた短剣。それに指輪と耳飾り、腕輪などにあしらわれているのは魔石。
冒険者が能力向上のために、装備している装飾品を身につけているということは、彼女は今、ギルドに所属している一員なのだろう。

カルバンを容易くいなしたあの技をみても、彼女はカルバンよりも強く、そして城下に詳しいようだった。


ナユリーナは『師匠』に問うように目を向ける。
しかし、その男は首を横に振った。

「今、自分のランクを理解していますか?依頼クエストにもランクが存在します。
先程B級に上がった貴女が下級の仕事を取る事は同ランクの者の名誉にも関わります。下級ギルド員の為にも認められませんね」

男の言葉をナユリーナは真面目な顔をして聞く。
気の強い印象しかなかったナユリーナは、男の言葉をちゃんと聞いて頷いている。
カルバンが望む、彼女の姿がそこにあった。

「知り合いだからと、安請け合いするのもだめですよ」
「はい」

ナユリーナは素直な返事をして、申し訳なさそうな顔をカルバンに向けた。

「そんなわけで、侯爵子息様の依頼は受けられません」

貴族の警護依頼はギルド員にとっては比較的安全で、報酬の高い人気の依頼だ。
B級ギルド員が出るまでもないし、稼ぎの少ない下級ギルド員がこぞって希望を出す。


「違う、私はお前と話がしたいだけで!」

カルバンの叫びは、周囲にいた下級のギルド員が彼を取り囲んで届かなかった。
ギルド員達はカルバンを受付まで引きずっていき、「さぁ依頼を出せ」と言わんばかりに圧力をかける。


カルバンが依頼したかった事はもう為せた。

探そうとしていた彼女に会えた。
ナユリーナは平民になって不憫な思いはしていないように見えた。
カルバンが救いの手を差し伸べた所で、戻ってくるようには思えない。

婚約関係だったカルバンは見たこともなかったのに、『師匠』と呼ばれた平凡顔の男にナユリーナは笑顔を見せていたのだ。

追いかけたかったのに、ナユリーナはカルバンを振り返らずに男とギルドを出ていった。

彼女がしていたの指輪には意味などないと思いたかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

[完結]愛していたのは過去の事

シマ
恋愛
「婚約破棄ですか?もう、一年前に済んでおります」 私には婚約者がいました。政略的な親が決めた婚約でしたが、彼の事を愛していました。 そう、あの時までは 腐った心根の女の話は聞かないと言われて人を突き飛ばしておいて今更、結婚式の話とは 貴方、馬鹿ですか? 流行りの婚約破棄に乗ってみた。 短いです。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。

まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」 そう言われたので、その通りにしたまでですが何か? 自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。 ☆★ 感想を下さった方ありがとうございますm(__)m とても、嬉しいです。

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔

しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。 彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。 そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。 なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。 その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

処理中です...