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彼女は知らない男と居た
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明らかに貴族という装いで飛び込んだカルバンに、ギルド内はざわめいた。
不用意に視線を集めたお陰で、カルバンは久しぶりに彼女の声を聞いた。
「あら、カ…侯爵令息様。此方にはどういったご用件で?」
ギルドの受付にたどり着く前に、探し人に出会った。
長い髪を一つに括り、動きやすそうな格好でカルバンに声をかけてきたのは、ナユリーナだった。
「な、そのようなっ格好」
首から覆う黒いインナーを着用してはいるが、ピタリと身体のラインを型どっている。
ショートパンツの下にはレギンスとロングブーツで足を守っているつもりかもしれないが、令嬢の時には想像もつかなかった生々しい肢体を、簡単に頭に描けた。
「格好…?」
ナユリーナは自分の身体に視線を落とした後、周りを見た。
釣られて周囲に目をやる。
ギルド内には似たような格好をしている者がいる。
どこを防護しているのかわからないような、彼女よりもきわどい服装の者もいる。
そんな者たちに囲まれた中、一番この場で浮いた恰好をしているのはあからさまに高価な衣装を身に纏っているカルバンの方だった。
「態々お貴族様が来るような場所ではありませんよ」
「師匠」
ナユリーナの横に並んだのは、平凡な顔の男。
背が高いわけでもない。ナユリーナと同じ程度の背丈で、ギルド内にいる男の誰よりも小さかった。
そんな男が、当たり前のように其処に立つ事に苛立った。
「そうだな、帰るぞナユリーナ!」
「は…?えっ?帰る…?」
ナユリーナの手首を掴むと同時に世界が反転した。
「っっ!!」
叩きつけられた背中の衝撃で息が止まった。
「あ、ごめんなさい。侯爵令息様。つい条件反射で」
上から見下ろすナユリーナの顔があった。
心配そうに眉を下げているが、近づいては来ない。
隣の平凡顔の男にしっかりと腰を抱かれているからだろう。
「だらしねぇな」と周囲がゲラゲラと笑う。
「アンタだって同じ目に合ったくせに」と突っ込まれて、「だってよぉ」と言い訳を始める男の姿にまた笑いが生まれている。
カルバンは羞恥にいそいそと立ち上がるが、ナユリーナはもう此方を見ていない。
彼女が『師匠』と呼んだ平凡顔の男に何かを見せて、彼女は頭を撫でられていた。
「じゃあ行きましょうか」男がそう言ったのが聞こえた。
「待って!ナユリーナ!」
その声に此方を振り返り首を傾げる。
「侯爵令息様、何のご用か存じませんが、警護の者をつけて帰られたほうがよろしいですよ?」
本来このような場所に貴族が訪れることはない。
要件があれば代わりの者がやってくるのだ。
高価な衣服や装飾を身につけている貴族を、見逃してくれるほど治安が良い場所ではない。
行きは良くても帰りは怖いと、地元の子供でも知っている。
「な、なら、お前が、お前が警護をしてくれ」
ナユリーナの破廉恥とも言える格好と、腰に下げられている使い込まれた短剣。それに指輪と耳飾り、腕輪などにあしらわれているのは魔石。
冒険者が能力向上のために、装備している装飾品を身につけているということは、彼女は今、ギルドに所属している一員なのだろう。
カルバンを容易くいなしたあの技をみても、彼女はカルバンよりも強く、そして城下に詳しいようだった。
ナユリーナは『師匠』に問うように目を向ける。
しかし、その男は首を横に振った。
「今、自分のランクを理解していますか?依頼にもランクが存在します。
先程B級に上がった貴女が下級の仕事を取る事は同ランクの者の名誉にも関わります。下級ギルド員の為にも認められませんね」
男の言葉をナユリーナは真面目な顔をして聞く。
気の強い印象しかなかったナユリーナは、男の言葉をちゃんと聞いて頷いている。
カルバンが望む、彼女の姿がそこにあった。
「知り合いだからと、安請け合いするのもだめですよ」
「はい」
ナユリーナは素直な返事をして、申し訳なさそうな顔をカルバンに向けた。
「そんなわけで、侯爵子息様の依頼は受けられません」
貴族の警護依頼はギルド員にとっては比較的安全で、報酬の高い人気の依頼だ。
B級ギルド員が出るまでもないし、稼ぎの少ない下級ギルド員がこぞって希望を出す。
「違う、私はお前と話がしたいだけで!」
カルバンの叫びは、周囲にいた下級のギルド員が彼を取り囲んで届かなかった。
ギルド員達はカルバンを受付まで引きずっていき、「さぁ依頼を出せ」と言わんばかりに圧力をかける。
カルバンが依頼したかった事はもう為せた。
探そうとしていた彼女に会えた。
ナユリーナは平民になって不憫な思いはしていないように見えた。
カルバンが救いの手を差し伸べた所で、戻ってくるようには思えない。
婚約関係だったカルバンは見たこともなかったのに、『師匠』と呼ばれた平凡顔の男にナユリーナは笑顔を見せていたのだ。
追いかけたかったのに、ナユリーナはカルバンを振り返らずに男とギルドを出ていった。
彼女がしていた左手の指輪には意味などないと思いたかった。
不用意に視線を集めたお陰で、カルバンは久しぶりに彼女の声を聞いた。
「あら、カ…侯爵令息様。此方にはどういったご用件で?」
ギルドの受付にたどり着く前に、探し人に出会った。
長い髪を一つに括り、動きやすそうな格好でカルバンに声をかけてきたのは、ナユリーナだった。
「な、そのようなっ格好」
首から覆う黒いインナーを着用してはいるが、ピタリと身体のラインを型どっている。
ショートパンツの下にはレギンスとロングブーツで足を守っているつもりかもしれないが、令嬢の時には想像もつかなかった生々しい肢体を、簡単に頭に描けた。
「格好…?」
ナユリーナは自分の身体に視線を落とした後、周りを見た。
釣られて周囲に目をやる。
ギルド内には似たような格好をしている者がいる。
どこを防護しているのかわからないような、彼女よりもきわどい服装の者もいる。
そんな者たちに囲まれた中、一番この場で浮いた恰好をしているのはあからさまに高価な衣装を身に纏っているカルバンの方だった。
「態々お貴族様が来るような場所ではありませんよ」
「師匠」
ナユリーナの横に並んだのは、平凡な顔の男。
背が高いわけでもない。ナユリーナと同じ程度の背丈で、ギルド内にいる男の誰よりも小さかった。
そんな男が、当たり前のように其処に立つ事に苛立った。
「そうだな、帰るぞナユリーナ!」
「は…?えっ?帰る…?」
ナユリーナの手首を掴むと同時に世界が反転した。
「っっ!!」
叩きつけられた背中の衝撃で息が止まった。
「あ、ごめんなさい。侯爵令息様。つい条件反射で」
上から見下ろすナユリーナの顔があった。
心配そうに眉を下げているが、近づいては来ない。
隣の平凡顔の男にしっかりと腰を抱かれているからだろう。
「だらしねぇな」と周囲がゲラゲラと笑う。
「アンタだって同じ目に合ったくせに」と突っ込まれて、「だってよぉ」と言い訳を始める男の姿にまた笑いが生まれている。
カルバンは羞恥にいそいそと立ち上がるが、ナユリーナはもう此方を見ていない。
彼女が『師匠』と呼んだ平凡顔の男に何かを見せて、彼女は頭を撫でられていた。
「じゃあ行きましょうか」男がそう言ったのが聞こえた。
「待って!ナユリーナ!」
その声に此方を振り返り首を傾げる。
「侯爵令息様、何のご用か存じませんが、警護の者をつけて帰られたほうがよろしいですよ?」
本来このような場所に貴族が訪れることはない。
要件があれば代わりの者がやってくるのだ。
高価な衣服や装飾を身につけている貴族を、見逃してくれるほど治安が良い場所ではない。
行きは良くても帰りは怖いと、地元の子供でも知っている。
「な、なら、お前が、お前が警護をしてくれ」
ナユリーナの破廉恥とも言える格好と、腰に下げられている使い込まれた短剣。それに指輪と耳飾り、腕輪などにあしらわれているのは魔石。
冒険者が能力向上のために、装備している装飾品を身につけているということは、彼女は今、ギルドに所属している一員なのだろう。
カルバンを容易くいなしたあの技をみても、彼女はカルバンよりも強く、そして城下に詳しいようだった。
ナユリーナは『師匠』に問うように目を向ける。
しかし、その男は首を横に振った。
「今、自分のランクを理解していますか?依頼にもランクが存在します。
先程B級に上がった貴女が下級の仕事を取る事は同ランクの者の名誉にも関わります。下級ギルド員の為にも認められませんね」
男の言葉をナユリーナは真面目な顔をして聞く。
気の強い印象しかなかったナユリーナは、男の言葉をちゃんと聞いて頷いている。
カルバンが望む、彼女の姿がそこにあった。
「知り合いだからと、安請け合いするのもだめですよ」
「はい」
ナユリーナは素直な返事をして、申し訳なさそうな顔をカルバンに向けた。
「そんなわけで、侯爵子息様の依頼は受けられません」
貴族の警護依頼はギルド員にとっては比較的安全で、報酬の高い人気の依頼だ。
B級ギルド員が出るまでもないし、稼ぎの少ない下級ギルド員がこぞって希望を出す。
「違う、私はお前と話がしたいだけで!」
カルバンの叫びは、周囲にいた下級のギルド員が彼を取り囲んで届かなかった。
ギルド員達はカルバンを受付まで引きずっていき、「さぁ依頼を出せ」と言わんばかりに圧力をかける。
カルバンが依頼したかった事はもう為せた。
探そうとしていた彼女に会えた。
ナユリーナは平民になって不憫な思いはしていないように見えた。
カルバンが救いの手を差し伸べた所で、戻ってくるようには思えない。
婚約関係だったカルバンは見たこともなかったのに、『師匠』と呼ばれた平凡顔の男にナユリーナは笑顔を見せていたのだ。
追いかけたかったのに、ナユリーナはカルバンを振り返らずに男とギルドを出ていった。
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