おばさん冒険者、職場復帰する

神田柊子

文字の大きさ
9 / 24
第二話 おばさん冒険者、特命依頼を受ける

1

しおりを挟む
 アリス・カルスは、ギルドマスターのドム・キャリッジやA級パーティ『籠目』のリーダーとともに、領主邸に招かれていた。
 領主邸はファーラドの隣の領都にあり、アリスたちは迎えの馬車に乗ってやってきた。
「アリス様!」
 屋敷に入ると、玄関ホールで領主夫人が出迎えてくれる。
「ディア! 久しぶりね!」
「はい。またお会いできてうれしいですわ!」
 ディアことクローディア・ソシレ伯爵夫人は三十五歳。昔馴染みのアリスの前で、ディアは少女のようにはにかんで笑った。
「ディアは相変わらずかわいいわねー。元気にしてた? 一番下のクリスティーナももう大きくなったんでしょ。時間があったらまた一緒にダンジョンに潜りましょ?」
 アリスはお茶会に誘うような気軽さで冒険に誘う。
 ディアもお忍び冒険者をやっていたことがあり、風属性魔法が使えるのだ。
「アリス様、僕と再会したときと全然態度が違いませんか?」
 ディアの横からアーサー・ソシレが口を挟んだ。
「あら、アーサーとディアならディアのほうがかわいいもの。当たり前じゃない?」
 エトール王国の南部の一角、ファーラドを含む地域を治めるのがこのアーサー・ソシレ伯爵だった。
「ふふ、アリス様ったら。ダンジョン、ぜひご一緒させてくださいませ」
 そう言って、ディアは微笑んだ。
(三人の子持ちとは思えないわね)
 このふわふわした貴族夫人は、二十年前、婚約者だったアーサーと一緒にお忍び冒険者になるためにファーラドにやってきた。
 アーサーの父である当時の伯爵が困って、『完全防御の魔女』と呼ばれ名を上げ始めたアリスに護衛の指名依頼を出したのが出会いだ。
「将来治める土地のことは知らないと! 冒険者をやってみないとファーラドのことはわからないはず!」
 と主張するアーサーに、ディアは巻き込まれただけだと二人の家族は思っていたようだけれど、彼女自身も乗り気だったとアリスは知っている。
 興味の向くままに行動する二人を、アリスは何度助けたことか。そうして、依頼が終わるころには二人から慕われていたのだった。
「ディアがダンジョンに行くのはいいけれど、この件が片付いてからだよ。危ないからね」
「わかっていますわ」
 領主夫妻は笑顔でうなずきあう。
(何年たっても仲がいいわね)
「アリス様、待っていてくださいね」
「僕も絶対に参加しますからね!」
 夫妻は同時にくるりとアリスを振り向いて、身を乗り出す。
(息ぴったりね……)
「はいはい。そしたら、さっさと事件を片づけてしまいましょう」
 アリスはパンパンっと手を打つと、アーサーを促した。
 いつまでも玄関ホールにいたため、控えていた執事が苦笑している。
 アリスと一緒に来たドムと『籠目』のリック・メンファは居心地悪そうにしていた。
「領主様と夫人がお忍びで冒険者やってたとき、俺も顔を合わせたけどさ、アリスみたいに遠慮なしにはできねぇわ」
「まぁ、アリスはなぁ……」
 リックに囁かれたドムは言葉を濁して頬をかく。――領主夫妻と出会ったときのアリスは元公爵令嬢だが立場は一冒険者だった。それなのに最初から遠慮なしだったから、素性に関係なくアリスの性格だろう。
 リックが軽口を叩いたりどついたりするアリスは王妃だし、『王子』とあだ名をつけてからかっていたウィルは国王だから、伯爵なんて目ではない。
 知らねぇって強ぇな、とドムは思うのだった。

「あのときに捕縛した者たちは、犯罪組織の中の違法薬物製造班だった」
 アーサーは重々しく口を開いた。
 アリスに向ける態度はともかく、普段はきっちり領主をやっているようだ。
 アリスたちは場所を応接室に移し、リーナたちがさらわれた事件のその後を聞いていた。
「製造班ってぇことは、販売班だとか開発班だとか他にもいるってことですか?」
 代表して尋ねたのはドムだ。
「そのようだな。こちらが考えていた以上に『組織』だったようだ」
「ようだ、って、取り調べたんじゃないの?」
「アリス様も尽力してくださったのに、申し訳ありません」
 アリスが話しかけるとアーサーは途端に情けない顔をする。
「捕まえたのは末端の者で、指示を出してくるいわば班長のような存在としか会ったことがない、と供述していました。製造班もチーム分けされていて、横の繋がりはない、と」
「班長の所在は?」
「向こうから来るだけで、こちらから会いに行くことはできなかったらしいです。隣領の宿に手紙を預けて連絡を取っていたと聞き出して、その宿に行ってみたらもうもぬけの殻でしたよ」
「まあ!」
 アリスが声を上げると、ドムも唸り、
「それじゃあ、組織自体の情報はほとんど得られてないんですか?」
「そうなんだ。しかも、西に移送中に全員殺されてしまったんだよ」
「えっ!」
 これには皆が驚きの声を上げた。
「この件は元々、西部の複数の領地が合同で追っていたんだ。だから、ある程度こちらで取り調べたあとは西部に引き渡すことになっていた。引き取りにきたのは、ダヤリー子爵の警備兵だが、道中で襲われて犯人たちだけ死んだそうだ」
 ダヤリー子爵は南部との境目に位置する領地の領主だ。ソシレ伯爵領から西部に抜ける街道はダヤリー子爵領を通っている。
「口封じですか?」
「だろうね。明らかに移送馬車を狙っていたそうだから」
「無能ね」
 アリスが吐き捨てると、アーサーは、
「ノワイス公爵がこの件の指揮をとってらっしゃるのですが、公爵も大変お怒りのようですよ」
「でしょうね」
 と、アリスは旧知の顔を思い浮かべる。
 ベンジャミン・ノワイスは、西部の港湾都市マダラスク市を含む領地を治める公爵だ。西部で最も発言力があり、エトール王国全体で見ても重鎮である。
 アリスの異母兄クリストファー・カルセンス公爵と友人で、公爵令嬢アリスティーナ時代に面識があった。実家を出てファーラドに来たアリスを尋ねてきたこともある。
(お兄様が教えたんでしょうけど)
 エディの修行の旅の途中で、マダラスク市に滞在したときにも、ベンジャミンは極秘で会いに来た。エディと話したかったのだろう。
(エディはベンジャミン様に気に入られたみたいだから、心強い味方になってくれるでしょ)
 アリスはベンジャミンの仏頂面を思い浮かべた。
 真面目で融通がきかない男だ。犯人をみすみす殺させてしまったなんて聞いたら、烈火のごとく怒るだろう。
(烈火というよりは吹雪かしらね)
 アリスはダヤリー子爵の無事を祈った。
「あちらのことは公爵に任せるとして、こちらはこちらで調べることがある」
 アーサーがそう言うと、ずっと黙って座っていたディアが、アーサーに書類を手渡した。人払いをしているため、ディアがアーサーの側近のようなことをしている。
 書類を受け取ったアーサーはそれをそのままドムに渡した。
「特命依頼ですか? アリスと『籠目』に?」
「えっ?」
 アリスもリックも驚くが、だからこの場に呼ばれたのか、と納得もした。
「今回捕まえた製造班が過去に拠点にしていたダンジョンがわかった。捜査員の案内と護衛を頼みたい」
 アーサーはアリスたち三人を順に見た。
 アリスもリックも姿勢を正す。
「承知いたしました」
「もちろんよ」

 この場で決められることを決め、場はお開きになった。
「アリス様、少しだけお付き合いくださいませんか?」
 ディアに誘われて、アリスに断る選択肢はない。
 先に帰るドムとリックを見送り、アリスは伯爵邸に残った。
 中庭を臨む大きな窓がある明るいサロンに通される。
「アーサーも一緒だと思っていたわ」
「ふふっ。ずいぶんごねられましたけれど、今回は諦めてもらいましたの」
 伯爵家で出されるものはどれも一級品だ。紅茶とケーキを堪能しながら、アリスは尋ねた。
「あたしに何か話があるの?」
「ええ。私たちは先日王都に行ってきたので、そのお土産をお渡ししたくて」
 ディアはそう答えると、侍女に文箱を持ってこさせて、それから皆を退室させた。
「王都って、もしかして立太子の式典?」
「はい。アリス様のお子様の晴れ舞台に駆けつけないわけにはいかないでしょう?」
 ディアもアーサーも、アリスの素性を知っている。
 出会ったばかりのころは知らなかった二人だけれど、親しくなってからアリスが話したのだ。
「我が家の息子二人はエディアルド殿下の学友に選ばれましたのよ」
「まあ、本当!? それはうれしいわ。フレデリックもルーカスも、昔からエディと仲良くしてくれてたものね」
 ソシレ伯爵家の長男フレデリックは十四歳。次男のルーカスはエディと同じ十二歳だ。アリスが何度か伯爵邸にエディを連れてきたことがあり、そのときに三人で一緒に遊んでいた。
(エディの味方はウィルとお兄様くらいだと思っていたけれど、そんなことなかったわね)
「でも、学友ってことは二人はずっと王都の屋敷にいるの? ディアは離れて暮らすのは寂しくない?」
「アーサーだけ領地に住むって案も出ていたんですけど、離れたくないと泣きつかれましたわ。私は王都と領地を行ったり来たりするつもりですの」
「アーサーったら……」
 呆れたアリスだったけれど、自分もウィルに縋られた経験があるため、複雑な心境だ。
「お互い苦労するわね」
「うれしい苦労ですわよ」
「ええ? うっとおしくならない?」
「ふふっ」
 かわいらしい笑顔を返されて、アリスは「ごちそうさま」と肩をすくめた。
「ああ、それで、お土産でしたわね」
 はっと思い出したディアは、アリスに文箱を差し出す。
「こちらをどうぞ」
「ありがとう!」
 アリスは礼を言って受け取り、蓋を開ける。
「これは……!」
 街中で売っている姿絵だった。
「印刷物で申し訳ありません。でも、きっとそのうちきちんとした肖像画が届くのではないかと思いまして、取り急ぎ王都の街で人気のものを買い集めてきましたの」
 アリスはディアの言葉を聞きながら、視線は箱の中身から逸らせない。
 立太子式の様子を描いたものだった。
 大聖堂の祭壇を背景に、礼服にマントのエディとウィルがいる。跪いたエディに、ウィルが王太子の証の首飾りをかけていた。
 線画に淡く彩色されており、モノクロで粗い印刷の新聞の写真よりも綺麗だった。
 似ているとは言い切れないため、画家は実際に大聖堂で見たわけじゃないのだろう。しかし、荘厳な雰囲気が表現されていて、王と王太子が神々しく見える。
 二枚目、三枚目は別の場面が描かれていた。
 バルコニーから手を振るエディの絵に、アリスは指を滑らせる。
「立派になって……」
 少し前まで泥だらけになって森を駆け回っていたのに。
「ええ。さすがアリス様のお子様ですわ! この国は次代も安泰ですわね」
 太鼓判を押すディアに、アリスは笑顔を向ける。
「ソシレ伯爵家の令息が学友なんですもの、当然よ」
 二人の母親は顔を見合わせて笑ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す

名無し
ファンタジー
 パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい

あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。 誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。 それが私の最後の記憶。 ※わかっている、これはご都合主義! ※設定はゆるんゆるん ※実在しない ※全五話

母は何処? 父はだぁれ?

穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。 産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。 妹も、実妹なのか不明だ。 そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。 父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。 母は、どこへ行ってしまったんだろう! というところからスタートする、 さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。 変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、 家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。 意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。 前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。 もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。 単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。 また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。 「小説家になろう」で連載していたものです。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

薬師だからってポイ捨てされました!2 ~俺って実は付与も出来るんだよね~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト=グリモワール=シルベスタは偉大な師匠(神様)とその脇侍の教えを胸に自領を治める為の経済学を学ぶ為に隣国に留学。逸れを終えて国(自領)に戻ろうとした所、異世界の『勇者召喚』に巻き込まれ、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。 『異世界勇者巻き込まれ召喚』から数年、帰る事違わず、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居るようだが、倒されているのかいないのか、解らずとも世界はあいも変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様とその脇侍に薬師の業と、魔術とその他諸々とを仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話のパート2、ここに開幕! 【ご注意】 ・このお話はロベルトの一人称で進行していきますので、セリフよりト書きと言う名のロベルトの呟きと、突っ込みだけで進行します。文字がびっしりなので、スカスカな文字列を期待している方は、回れ右を推奨します。 なるべく読みやすいようには致しますが。 ・この物語には短編の1が存在します。出来れば其方を読んで頂き、作風が大丈夫でしたら此方へ来ていただければ幸いです。 勿論、此方だけでも読むに当たっての不都合は御座いません。 ・所々挿し絵画像が入ります。 大丈夫でしたらそのままお進みください。

親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが日常に溶け込んだ世界――。 平凡な会社員の風間は、身に覚えのない情報流出の責任を押しつけられ、会社をクビにされてしまう。さらに、親友だと思っていた男に婚約者を奪われ、婚約も破棄。すべてが嫌になった風間は自暴自棄のまま山へ向かい、そこで人々に見捨てられた“放置ダンジョン”を見つける。 どこか自分と重なるものを感じた風間は、そのダンジョンに住み着くことを決意。ところが奥には、愛らしいモンスターたちがひっそり暮らしていた――。思いがけず彼らに懐かれた風間は、さまざまなモンスターと共にダンジョンでのスローライフを満喫していくことになる。

処理中です...