壺の中にはご馳走を

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海に入ってはいけない②

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「それは白人のお婆さんでした。

 お婆さんは私たちにも分かりやすいシンプルな英語とジェスチャーで、部屋の中に入ろうとしました。

 少し驚きましたが、悪い人には見えない普通のお婆さんです。

 もしかしたら、認知症で徘徊しているかもしれません。

 保護する目的もあって、部屋に入れました。


 部屋に入るとお婆さんは、私をじっと見ました。

 話によると、昼間にビーチで私を見かけたようです。

 そこで1つのお願いをされました。

 髪の毛を2、3本くれと言うのです。


 見知らぬ人に髪の毛をあげるのは抵抗がありますよね。

 私は何度も頭を下げてお断りしました。

 そもそも理由も教えてくれないのは変ですよね。


 するとお婆さんは1000ドルと髪の毛を交換して欲しいと交渉を始めました。

 大雑把に計算しても10万円、円安の今なら超お得です。

 ますます気味が悪くなり断ろうとしましたが、彼はお金に目がくらんだようで

『いいっすよ! ベッドとかブラシとかに付いてるんで持ってってください』

 と了承してしまいました。


 お婆さんは言われた通り髪の毛を集めると、頭を下げて自室へ帰りました。

『変なババアだったけど良かったな! これでお土産たくさん買えるぞ』

 次の日は上機嫌な彼とショッピングを楽しみ、いよいよ帰国の日。


 私たちは体調を崩したり飛行機が墜落したり、そんな嫌な体験を一度もしないで帰国しました。

 自宅で両親が出迎えてくれましたが、海に入ったこともバレませんでした。

 本当に、本当に何もなかったんです。

 ただどうしても気になってしまいます。

 
 最近になって彼氏がこんなことを言いました。

『あの時さー、萌がずっと潜ってるから死んだと思っちゃったよ。デカイ魚? イルカ? みたいなのもいたし』

 私が潜っていたのは息が続く短い間だけ。

 それに何度も潜ったけど、大きな魚やイルカは見ませんでした。

 彼氏は海の上から何を見てたのでしょう」


 石原萌は話してスッキリしたようで

「あまり考えすぎるのは良くありませんね。彼、目が悪いから見間違えたのかも」

 と言って店を後にした。


 真也は腕を組み、ブツブツと独り言を唱えながら考え込んでいる。

「石原さんのお婆さんは、どうして海に入るなって言ったんだ? でも結局迷信だったってことか。白人のお婆さんも気になるなぁ……」

「迷信じゃないさ」


「萌の一族は人魚だ。時々現れるんだよ、人間と恋に落ちる人魚が。大体は叶わぬ恋で終わるが、中には成就させる者もいる。その際、男を海に引きずり込むか、自らが陸に上がるかの選択に迫られるわけだ。海に引きずり込まれた男は溺死するわけだが。

 萌の先祖にあたる人魚は、住み慣れた海を捨て、陸で人間のように生活することを決めた。一族には女しか産まれず、婿を迎えて少しずつ人間の血を取り入れてきたんだ。

 人魚は世界各地に存在する。萌がハワイで見た白いフワフワとした物体は人魚だ。日本では人魚がクラゲの形をして人間を惑わすといわれるが、ハワイに同じ手法の人魚がいるとは興味深い。

 無数の目も見間違いではないだろう。陸に上がった人魚を裏切り者として恨めしく思う者もいる。男が見たのは、萌を本来あるべき姿に戻そうとした人魚だ。本人は自覚していないようだが、『危ない』と言ったのは本能が人ならざる存在を忌避したんだ。

 わずかでも萌には人魚の血が流れている。海に強い憧れを持つのも、長時間海中に潜り続けられたのも当然だ。
それに目を付けたのが老婆。人魚は不吉の象徴だからねぇ。人魚の髪の毛で呪物でも作る気だったんのだろう。大方ヨーロッパの呪術者が、旅行中に偶然人魚を見つけてラッキーといったところか。

 先祖から代々伝わる『海に入ってはいけない』という禁忌は、人魚たちの報復を受けないように。そして人間として暮らしていけるようにという、願いが込められているのさ」


 ゴチソウサマ、ゴチソウサマ。
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