壺の中にはご馳走を

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雨が降っている

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「急に雨が降り出しましたね~。最近ゲリラ豪雨が多いなぁ」

 ザーザーという雨の音で、いつも静かなティサは少し騒がしくなった。


 ゆっくりと扉が開く。

 びしょ濡れの中年男性だ。


「いらっしゃいませ。今タオルをお持ちしますね」

 男は真也を引き止めて椅子に腰掛けた。

 茉美は床や椅子が濡れるのを凝視しているが、男はお構いなしに話し始めた。


「えーと、最初は名前を言えば良いのかな? 高田文明、49歳。

 僕がここへ来たのはね、をどうにかして欲しいんですよ。

 分かります?

 今も降り続いている……、この――雨ですよ。


 1週間くらい前ですかね。

 もうずっと雨が降っている。

 僕がいるところだけね。

 カンカン照りだった場所も、僕が歩くだけでご覧の通り。

 
 こんなに雨が降っちゃあ、地盤が緩んで災害のリスクも跳ね上がるってもんです。

 2日前には近くの山が土砂崩れを起こしましてね、ニュース見ました?

 そりゃもう、大変で。

 いや、僕の家は大丈夫だったんですがね、ご高齢の方が2人ほど巻き込まれたじゃないですか。

 僕のせいかなって責任も感じちゃうわけですよ」

 
 高田は真也が出した緑茶を飲んで体を温めた。


「それにね、雨の音を聞くと思い出すんですよ。

 僕にはお付き合いしている女性がいましてね、名前は由美っていったかなぁ。

 何分ずっと昔のことでして……。


 彼女は少し精神が不安定な女性でしてね、手首は傷だらけ、爪の先はかじってギザギザ。

 自傷行為で生を実感していたんでしょうね。


 でもいくら僕のことを好きだからって、そんなものを見せられたら愛情は長く続かないもんですよ。


 だから僕は…………彼女を殺すことにしたんです――」
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