牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈

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 大国ブランデスが新興国カラタユートに攻め入られたのは五年前のこと。その一年後にディルクの父である当時のハルフォーフ将軍が戦死した。その時ディルクはまだ十九歳。苦境の戦いの中、若きハルフォーフ将軍が誕生した。
 それからは兵を率いて戦いの日々。
 幼少時より父と母から受ける激しい訓練に耐え、十八歳で戦場に赴いたディルクに恋をする機会などあるはずもない。
 昨年、二十二歳の時に出会ったリーゼがディルクの初恋の人であった。
 しかし、美しいリーゼは既に他国の第二王子の婚約者。初めて経験した恋は叶わぬ想いとなった。

 恋愛経験の少ないディルクから見ても、第二王子とリーゼの間にあるのは家族に向けるような親愛で、恋愛感情は読み取れなかった。それがとてももどかしかった。
 美しいリーゼの手を取りながら、なぜあのように義務的なエスコートが出来るのか、第二王子の気持ちがディルクには理解できない。

 ディルクが結婚を望んだら、おそらく国のためにリーゼは了承するのではないかと思った。それほどリーゼは国を愛していた。だからこそ、ディルクはリーゼを諦めた。心無き彼女を手に入れても、お互い辛いだけだと考えたのだ。
 一年が過ぎてもディルクに恋心は去らなかったが、いつしか母の薦める女性と結婚するぐらいには彼女を忘れることが出来ると思っていた。

 しかし、リーゼは第二王子に裏切られ牢に囚われたという報告を諜報部から受けて、もう我慢しなくてもいいと、単身で救出することに決めた。
 リーゼがまだあの王が治める国を愛しているのならば、そのままリーゼだけを連れ去るつもりだったのだ。もし、リーゼが王政を倒すことを望むならば兵を挙げる予定にしていた。
 愚かな王のせいで平民が貧困にあえいでいることはディルクも把握していた。このまま現体制を続けるのと、戦争に巻き込まれるのと、どちらが犠牲が少ないかリーゼに決めさせてやりたいとディルクは思ったのだ。

 リーゼに国を捨てさせるのならば、新たな身分を作ってやらなければと母と調整していたため、ディルクはリーゼの救出が間に合わなかった。貴族女性用の牢だと聞いていたので、緊急に救出しなければならないとは思っていなかったのだ。本当に悔やんでも悔やみきれない。


 リーゼの死の真相を知りたいとディルクが調べたところ、リーゼは愛していた王子に裏切られて、心痛の余りに食事が喉を通らなくなり餓死したとの情報を複数から入手した。ディルクには愛情が読み取れなかったが、裏切られて食欲が失せるぐらいにリーゼは第二王子を愛していたのかと思うと、ディルクは心が痛い。
 リーゼが命を落とすほど裏切った男を愛していたと、ディルクは認めたくはなかった。それでも、第二王子が書類上だけでも結婚すると言った時、リーゼが望んだことかもしれないと思うと反対することが出来なかった。


「ディルク、大丈夫?」
 馬上でぼんやりとしていたディルクは、心配そうに見上げるリーゼの声に我に返った。
「ごめん。馬上で気を緩めるなんて危ない真似をした」
「彼女のことを考えていたの?」
 そうリーゼが訊くと、ディルクは悲痛な面持ちで頷く。リーゼもまた泣きそうになった。
「ごめんなさい」
 彼女を助けることができなかったディルクは深く傷付いている。それを知っていながら傷口をえぐるような真似をしたとリーゼは後悔した。そして、ディルクの悲痛な顔はリーゼの胸をもえぐっていた。


 リーゼは馬車を用意すると言うディルクに断りを入れ、馬での旅を希望した。
 馬車は街道を行かなければならないので時間がかかり、馬車や御者を用意するお金もかかる。馬車にはお金持ちが乗っていることが多いので盗賊の襲撃に遭遇する危険性も高く、護衛を雇わなければならない。その分宿代がかさむ。リーゼはこれ以上ディルクの負担になりたくなかった。
 しかし、弱っているリーゼに馬を操ることは無理だと判断したディルクは、二人乗りの鞍を用意して前にリーゼを乗せている。

 リーゼの体を気遣い、速度をかなり落としているので危険は少ないが、それでも馬上で気を緩めるとは、ディルクにとってあってなならない失態だった。

 先程の会話でお互い気を使ってしまい、二人は無言になっていた。
 王都を縦断するようにゆっくりと馬は進む。


 王都の端にある貧民の住まう地区を通りかかった時、広場で騎士が炊き出しを行っているのが見えた。痩せた人たちが長蛇の列を作っているが量は十分に用意されているらしく、
「急がなくても大量にあるから安心しろ。ゆっくり食べよ」
 騎士が声を張り上げている。
「この国は変わろうとしているのだな」
 ディルクの言葉に、リーゼは涙を流した。

「リーナ、ブランデスに行きたくなくなったか?」
 涙を流すリーゼを心配してディルクが問う。
「いいえ、安心しただけ」
 リーゼがディルクを安心させようと後ろを見上げて微笑んだ。
 その微笑みに見覚えがあると、ディルクは思ってしまった。
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