牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈

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「マリオン! 何を言うんだ」
 ディルクは可愛がっていた末の弟の暴挙に戸惑っていた。慕われていると思っていただけに驚きは大きい。
 リーナは目を伏せる。マリオンの澄んだ青い目がリーナの嘘を暴いているように感じていた。

「マリオンはドレスを着る覚悟ができたのか? リーナ嬢が着ているドレスはもう小さすぎるから、新たに作らなければならないな」
 三男のヴァルターは馬鹿にしたように弟のマリオンを見た。
「誰がっ! ドレスなんか着るか!」
 真っすぐの金髪をなびかせながらヴァルターの方を見たマリオンは、天使のような可愛い顔に憤怒の表情を浮かべた。

「しかし、リーナ嬢は母上好みの可愛い女性だぞ。あのドレスも似合っているだろう? そのリーナ嬢を追い出せば、母はどうすると思う。兄上も怒るだろうから、今回は助けてくれないぞ」
 ヴァルターの言葉にマリオンの顔が一気に青くなった。
 可愛い女の子が欲しいという母親の願いを半分だけ叶えてマリオンは産まれてきた。まるで天使のように可愛い容姿だったのだ。しかし、残念なことに男の子である。
 諦めきれない母親は可愛いマリオンにドレスを着せようとした。それを止めてくれたのが長男のディルクだった。
 マリオンはそんな優しいディルクが大好きで、見知らぬ女に取られてしまうのが我慢できなかったのだ。
 しかし、慕っている兄に嫌われるのも嫌だった。何より、母が笑いながら自分を見ている。これ以上反対すると身の危険すらあるとマリオンは震え上がった。
 マリオンは諦めて大きな音を立てて椅子に座っる。
「僕だってすぐに大きくなって、ツェーザル兄様のように厳つい男になってみせる。ドレスなど金輪際着ないからな!」 

「あ、あの」
 事態が飲み込めず戸惑うリーナ。
「マリオンのことは気にしないでね。反抗期だから」
 母がにっこりと笑った。


 それからは何事もなく晩餐が進んでいく。
 リーナの優雅な振る舞いは侯爵家の花嫁として十分な作法を身に着けていると、使用人も含めたハルフォーフ家の面々は認めていた。
「無理して食べなくていいから。ゆっくりとね」
「これはこのようにして食べるんだ」
 甲斐甲斐しくリーナの面倒を見るディルクのことは、皆少し呆れながらも微笑ましいと思っていた。
 リーナはディルクの優しさが心苦しかった。



「リーナ、食後に私の部屋に来てもらえるかしら。見せたいものがあるのよ」
 母がリーナを誘うと、
「それなら、僕も一緒に行きます」
 すかさずディルクが同行を申し出た。
「いいえ、リーナと二人きりで話したいから、ついてこないでね」
 母は即座に断った。
「しかし……」
 可愛いリーナを母が虐めるとは思えないが、やはりディルクは不安だった。
「私一人で大丈夫ですから」
 リーナが長身の母にエスコートされるようにして食事室を後にするのを、ディルクは心配そうに見送っていた。



「ところで、マリオンは僕のことが嫌いなのか?」
 慕われていると思っていたマリオンが結婚を反対したことに動揺を隠せないディルクだった。
「僕はディルク兄様のことが大好きだよ」
 天使の微笑みをディルクに向けるマリオン。
「それならば、なぜリーナにあんなことを」
「それは、リーナが兄様との結婚が辛くて泣いていたと侍女が言っていたから。ディルク兄様ほど素晴らしい人はいないのに、兄様との結婚が辛いと言う女なんて認めないから。僕がドレスの似合わない容姿になったら追い出してやる」
 マリオンの後半の言葉をディルクは聞いていなかった。リーナが結婚が辛くて泣いていたと言う言葉だけが耳に残る。
 マリオンの言葉は正確ではなかった。侍女は母に『リーナ様は辛そうに泣いていた』と報告しただけだ。

「まさか、リーナ嬢の同意なしに連れてきたのですか?」
 ヴァルターが呆れたようにディルクにそう聞いた。
「いや、同意はもらっている」
 ディルクの声は自信なさげに小さい。
「助け出したことを恩に着せ、断れないようにして無理やり連れてきたのではないでしょうね」
 強面のツェーザルは父とよく似て不正なことが大嫌いだった。そう問われたディルクは否定できない。あの状況でリーナに拒否できたか疑問だった。

「おのれ。それではまるっきりの悪役ではないか。兄上とは言え、そんなやつは私が成敗してやる。そして、リーナ嬢は私の花嫁になるのだ」
 ツェーザルは既に剣の柄に手をかけている。ディルクとツェーザルは度々母の襲撃を受けていたので、家の中でも剣を常に身に付けていた。
「ツェーザルこそ、どさくさに紛れてリーナと結婚しようとは、何という姑息なやつ。返り討ちにしてやるわ」
 ディルクも剣を抜こうとしている。一発触発の雰囲気だ。

「馬鹿な真似は止めてくださいね。剣を持って兄弟喧嘩するような物騒な人たちは、必ず女性に嫌われますからね。そうなれば、僕がリーナを娶ってもいいですが。兄上たちと違って僕は女性になれていますから、嫌われるようなことはしないですしね」
 無骨な兄二人に代わって社交をこなしているヴァルターは、社交界で評判の貴公子だった。

 ディルクとツェーザルは歯ぎしりをしながら睨み合っていた。


***
 二千十八年四月二十二日 鈴元 香奈 著
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