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リーゼが生きていた喜びに浸っていたディルクだが、リーナは結婚が辛くて泣いていたというマリオンの言葉を思い出し、リーナを抱きしめる腕を外して距離を取った。
「リーナ、ごめん。君がリーゼだと知っていたら、僕はブランデスへ連れてきたりしなかった。偽りの花嫁役なんか頼んで本当に悪かった」
ディルクはリーナを泣かせることになったとしても自分のものにしたいと思う。しかし、初めて好きになった女性に嫌われることも耐え難い。
リーナは自分がディルクの想い人だったのかと思い、天にも昇る嬉しさを感じていたが、その喜びはディルクの胸の暖かさと共に消えていった。
リーナはたまたま押し付けられただけの彼女にもあれほど優しかったディルクのことを思う。そして、彼の言った『助けに行くべきだった』はリーゼの不幸な境遇に同情して出た言葉だと感じた。
優しすぎるディルクは、身寄りもない餓死しそうなほど貧しいリーナだから、放り出すことができずに仮初の花嫁としてブランデスへ伴ったのだとリーナは考えた。名誉が回復して帰る場所ができたリーゼならば、その必要はない。
「リーナの国へは僕が送っていく。もちろん馬車を用意するから」
未練だとディルクは思う。それでも、自分の手が離れるその時まで側にいたい。例え、リーナを憎い第二王子に託すことになっても。リーナが裏切られて死のうとするほど慕っていた男。そして、現在は書類上の夫である男に。
「国には帰りたくはありません」
リーナは小さく首を振った。
国には父と兄、そして、友がいる。それでも国に帰れば第二王子の妻になってしまうと思うと、リーナは耐え難かった。思い出すのはリーナを断罪する冷たい目。そして、緩やかな死を選んでしまった彼女を追い詰めるように投げかけられた言葉。
国を守るべき王族が女の色香に惑わされ、餓死しそうなほど貧しい民のことも考慮せず高価な品を買い与えていた。諌めようとしたリーナを蔑むように嫉妬しているのかと訊いた。あの愚かな男の妻となるぐらいなら、この国で生きていきたいとリーナは思う。
しかし、ディルクの仮の花嫁という役目を解かれたリーナは、彼にとって必要ない存在だった。
「だが、リーナは第二王子を愛しているのではないか? 国へ帰れば妻として迎えてくれると思う」
ディルクが顔をしかめながらそう訊く。ディルクはリーナに愛されながら彼女を罪人に仕立てて投獄した第二王子が憎い。あの男だけには彼女をを渡したくはないと思う。しかし、リーナは第二王子を愛していたからこそ、自ら餓死を選んでしまったのだとかの国では噂されていた。
「女に誑かされて婚約者を断罪するような男を愛するはずありません。あんな男大嫌いです。あの男のところへ戻すというのならば、今すぐその剣で私を殺してください」
牢番と生きる努力をすると約束したけれど、ディルクに必要ないと言われて、あの男のところへ連れて行かれるぐらいならここで命果てたいとリーナは思ってしまう。
「それではなぜ、そんに細くなってしまったんだ? あいつが食事を与えなかったのか?」
ディルクはリーナが第二王子を好きではなかったことを喜んだが、それならば、なぜ彼女が餓死寸前までに追い込まれたのか疑問に思う。もし第二王子のせいならば今度こそ命をもらうと考えていた。
「牢に入れられてもう何もできないと思うと、食事をとることに罪悪感を覚えたの。貧しい人たちが餓死するほど食べ物に困っているのに、一生牢にいるだけの私が長生きしても仕方がないと感じた。食事は一日一回だったけれど、量は十分だったので食べていれば餓死なんてしなかった」
リーナは少しでも貧しい人の助けになりたかった。結婚後臣籍降下することが決まっていてた第二王子を支えて少しづつでも国を変えたいと思っていた。その想いが破れた時、彼女の生きる支えもなくなってしまっていた。
「リーナは生きているだけで僕にとっては価値があるよ。嫌ならもちろんなんな奴のところに行かせない。でも、リーナは僕と結婚するのは嫌なんだよね」
そう問うディルクに、リーナは大き首を振った。
「私と結婚したくないのはディルクでしょう? 助けることができなかった囚われの姫君のことをずっと想っているから」
「そ、それはリーナだよ。君が幽閉されたと聞いて助けようとしたんだけれど、牢へ行ってみるともぬけの殻だった」
あの時の喪失感は言葉にできないほどだったとディルクは思う。
「本当に私なの? だって、会話を交わしたことだってわずかよ」
「君の国を想う気持ちに惹かれた。真摯に職業訓練校を見て回る君は本当に素敵だった」
「ちょっと待った! 兄上がリーナ嬢を助け出したのではないのか?」
泣き笑いしながら見つめ合っているディルクとリーナに焦れて、次男のツェーザルが話に割って入った。
「違う。知らない男にリーナを押し付けられた」
月の明るい晩だった。ディルクが月を見上げてリーゼのことを想っていると、リーナを連れた男がやってきて無理やり彼に押し付けて足早に去っていった。
「それは牢番さんよ。死のうとしていた私に賭けを持ちかけたの。牢番が選んだのが酷い男ならば死ねばいい。しかし、いい男だったら生きる努力をしろと。そのために餓死した女性を連れてきて入れ替わったの」
牢番がディルクを選んだ。彼はリーナを勝たせたかったに違いないと彼女は思う。
「ちょっと待って。ディルクはリーゼ様と出会ったのにも拘らず、気が付かなかったというのですか? その上仮の花嫁になれとたのんだと。それは嫌われても仕方がないわね。私はすぐにリーゼ様だと気が付きましたのに」
母は心底呆れていた。あれほど恋い焦がれていたのに気が付かないとは情けないにも程がある。
ディルクは可愛そうなほど打ちひしがれていた。
「馬鹿じゃないのか?」
ぼそっと次男のツェーザルが呟く。益々落ち込むディルク。
「馬鹿ですね」
三男のヴァルターも同意する。
「ディルク兄様は馬鹿かもしれないけど、いい人だよ」
四男のマリオンがとどめを刺した。
***
二千十八年四月二十四日 鈴元 香奈 著
「リーナ、ごめん。君がリーゼだと知っていたら、僕はブランデスへ連れてきたりしなかった。偽りの花嫁役なんか頼んで本当に悪かった」
ディルクはリーナを泣かせることになったとしても自分のものにしたいと思う。しかし、初めて好きになった女性に嫌われることも耐え難い。
リーナは自分がディルクの想い人だったのかと思い、天にも昇る嬉しさを感じていたが、その喜びはディルクの胸の暖かさと共に消えていった。
リーナはたまたま押し付けられただけの彼女にもあれほど優しかったディルクのことを思う。そして、彼の言った『助けに行くべきだった』はリーゼの不幸な境遇に同情して出た言葉だと感じた。
優しすぎるディルクは、身寄りもない餓死しそうなほど貧しいリーナだから、放り出すことができずに仮初の花嫁としてブランデスへ伴ったのだとリーナは考えた。名誉が回復して帰る場所ができたリーゼならば、その必要はない。
「リーナの国へは僕が送っていく。もちろん馬車を用意するから」
未練だとディルクは思う。それでも、自分の手が離れるその時まで側にいたい。例え、リーナを憎い第二王子に託すことになっても。リーナが裏切られて死のうとするほど慕っていた男。そして、現在は書類上の夫である男に。
「国には帰りたくはありません」
リーナは小さく首を振った。
国には父と兄、そして、友がいる。それでも国に帰れば第二王子の妻になってしまうと思うと、リーナは耐え難かった。思い出すのはリーナを断罪する冷たい目。そして、緩やかな死を選んでしまった彼女を追い詰めるように投げかけられた言葉。
国を守るべき王族が女の色香に惑わされ、餓死しそうなほど貧しい民のことも考慮せず高価な品を買い与えていた。諌めようとしたリーナを蔑むように嫉妬しているのかと訊いた。あの愚かな男の妻となるぐらいなら、この国で生きていきたいとリーナは思う。
しかし、ディルクの仮の花嫁という役目を解かれたリーナは、彼にとって必要ない存在だった。
「だが、リーナは第二王子を愛しているのではないか? 国へ帰れば妻として迎えてくれると思う」
ディルクが顔をしかめながらそう訊く。ディルクはリーナに愛されながら彼女を罪人に仕立てて投獄した第二王子が憎い。あの男だけには彼女をを渡したくはないと思う。しかし、リーナは第二王子を愛していたからこそ、自ら餓死を選んでしまったのだとかの国では噂されていた。
「女に誑かされて婚約者を断罪するような男を愛するはずありません。あんな男大嫌いです。あの男のところへ戻すというのならば、今すぐその剣で私を殺してください」
牢番と生きる努力をすると約束したけれど、ディルクに必要ないと言われて、あの男のところへ連れて行かれるぐらいならここで命果てたいとリーナは思ってしまう。
「それではなぜ、そんに細くなってしまったんだ? あいつが食事を与えなかったのか?」
ディルクはリーナが第二王子を好きではなかったことを喜んだが、それならば、なぜ彼女が餓死寸前までに追い込まれたのか疑問に思う。もし第二王子のせいならば今度こそ命をもらうと考えていた。
「牢に入れられてもう何もできないと思うと、食事をとることに罪悪感を覚えたの。貧しい人たちが餓死するほど食べ物に困っているのに、一生牢にいるだけの私が長生きしても仕方がないと感じた。食事は一日一回だったけれど、量は十分だったので食べていれば餓死なんてしなかった」
リーナは少しでも貧しい人の助けになりたかった。結婚後臣籍降下することが決まっていてた第二王子を支えて少しづつでも国を変えたいと思っていた。その想いが破れた時、彼女の生きる支えもなくなってしまっていた。
「リーナは生きているだけで僕にとっては価値があるよ。嫌ならもちろんなんな奴のところに行かせない。でも、リーナは僕と結婚するのは嫌なんだよね」
そう問うディルクに、リーナは大き首を振った。
「私と結婚したくないのはディルクでしょう? 助けることができなかった囚われの姫君のことをずっと想っているから」
「そ、それはリーナだよ。君が幽閉されたと聞いて助けようとしたんだけれど、牢へ行ってみるともぬけの殻だった」
あの時の喪失感は言葉にできないほどだったとディルクは思う。
「本当に私なの? だって、会話を交わしたことだってわずかよ」
「君の国を想う気持ちに惹かれた。真摯に職業訓練校を見て回る君は本当に素敵だった」
「ちょっと待った! 兄上がリーナ嬢を助け出したのではないのか?」
泣き笑いしながら見つめ合っているディルクとリーナに焦れて、次男のツェーザルが話に割って入った。
「違う。知らない男にリーナを押し付けられた」
月の明るい晩だった。ディルクが月を見上げてリーゼのことを想っていると、リーナを連れた男がやってきて無理やり彼に押し付けて足早に去っていった。
「それは牢番さんよ。死のうとしていた私に賭けを持ちかけたの。牢番が選んだのが酷い男ならば死ねばいい。しかし、いい男だったら生きる努力をしろと。そのために餓死した女性を連れてきて入れ替わったの」
牢番がディルクを選んだ。彼はリーナを勝たせたかったに違いないと彼女は思う。
「ちょっと待って。ディルクはリーゼ様と出会ったのにも拘らず、気が付かなかったというのですか? その上仮の花嫁になれとたのんだと。それは嫌われても仕方がないわね。私はすぐにリーゼ様だと気が付きましたのに」
母は心底呆れていた。あれほど恋い焦がれていたのに気が付かないとは情けないにも程がある。
ディルクは可愛そうなほど打ちひしがれていた。
「馬鹿じゃないのか?」
ぼそっと次男のツェーザルが呟く。益々落ち込むディルク。
「馬鹿ですね」
三男のヴァルターも同意する。
「ディルク兄様は馬鹿かもしれないけど、いい人だよ」
四男のマリオンがとどめを刺した。
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二千十八年四月二十四日 鈴元 香奈 著
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