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ある日の午後、国王陛下の護衛騎士タルヴィティエ卿が再び我が家を訪れた。今回はリクハルド様も一緒に王宮に召されるとのこと。もちろんリクハルド様は出勤していて留守にしている。衛兵隊へ使いを出そうと思ったが、タルヴィティエ卿に断られてしまった。
「リクハルド殿は別の者が迎えに参ります。エルナ婦人は用意した馬車にお乗りください」
どうせ護衛の同行は断られると思い、侍女を一人連れて馬車に乗る。
半時間もすると無事王宮へと着いた。案内されたのは以前陛下とお会いした時とは違う部屋だった。そこは会議に使われる部屋のようで、中央に長方形の大きなテーブルあり、周りに椅子が二十脚ほど置かれている。
驚くことに、領地へ帰っていたはずの父が座っていた。
「エルナ、元気そうで何よりだ。少し会わないうちに奇麗になったな。リクハルド君のお陰かな?」
父は片手を上げて笑顔を見せている。
「お父様、なぜここに?」
「私も先ほど王宮に着いたばかりで、詳しいことは聞いていないんだ。ただ、リクハルド君に関することだろうな」
父はそう言うと、対面に座っている男女の方を見る。その二人はシーカヴィルタ公爵夫妻だった。父がいることに驚いてしまって今まで気が付かなかった。
リクハルド様を虐待していたとはいえ義父母に違いない。何とか笑顔になって膝折礼をした。
「リクハルド・コイヴィストの妻エルナでございます。シーカヴィルタ公爵ご夫妻にお会いできて光栄です」
不承不承ながら立ち上がった公爵夫妻は、無言で簡略な礼を返してすぐに座る。かなり失礼な態度だけれど、今更馴れ馴れしくされても困るのでこれで良かったとも思う。
すると、父の隣に座っていた男性が立ち上がった。
「私はリクハルドの叔父、カレルヴォ・サロライネンです。どうぞお見知りおきを」
サロライネン子爵? プルム様の恋人だった方?
「リクハルドの妻エルナでございます。どうぞよろしくお願いいたします」
なぜここにいるのか疑問に思いながらも、膝折礼をする。
「こちらにお掛けください」
ここまで案内してくれたタルヴィティエ卿が椅子を引いてくれたのでそこに腰掛ける。父の隣にサロライネン子爵。一つ空けて私の席だった。おそらく隣の空いた席にはリクハルド様が座るのだろう。向かいには公爵夫妻のみ。何となく均衡がとれていない気がする。なぜ、サロライネン子爵はこちら側なのだろうか?
それにしても、シーカヴィルタ公爵とサロライネン子爵は兄弟のはずなのに目も合わせない。もちろん会話などない。場は気まずい雰囲気に包まれていた。
しばらく待っていると、リクハルド様がやってきた。私と目が合うと嬉しそうに笑う。結婚当初はあれほど無表情だったと思うと感慨深い。
公爵が気まずそうに顔を上げる。リクハルド様はそんな侯爵と目が合った途端に無表情になってしまった。侯爵夫人はずっと俯いたままだ。
タルヴィティエ卿に促されて、リクハルド様は私の隣に座った。公爵と目を合わせたくないのか、リクハルド様はずっと目を伏せている。そんな彼の手をそっと握った。小さくこちらを向くリクハルド様の目に光が戻ったような気がした。そして、耳が赤く染まっている。
話好きの父でさえ無言の中しばらく待っていると、不機嫌そうな国王陛下が現れた。皆一斉に席を立ち、礼をする。
「皆、楽にしてくれ」
国王はそう言いながら、テーブルの短辺の側に一つだけ置かれた椅子に座った。
これで全員らしい。国王陛下の後ろにはタルヴィティエ卿ともう一人の近衛騎士。そして、侯爵の後ろにも騎士が立っている。私たちの側には誰もいない。
「ブルムの日記が見つかった。私の甥であり、王位継承権を持つリクハルドをシーカヴィルタ公爵夫妻が虐待していたこと。婚約者の弟に裸をさらして誘惑しながら一顧だにされなかった下劣な女のこと。そして、それは公爵の策略であったことを公表する。これは決定事項だ」
「違います! 私は夫のために。それに裸にはなっておりませんでした」
公爵夫人が慌てて否定する。しかし、発言の許可も得ず国王に反論するとは、とても公爵女性とは思えない。
「お前は黙っていろ」
公爵もそう思ったのか、夫人を睨みつけている。
「陛下。よろしいでしょうか」
そう願い出たのはサロライネン子爵だった。
「ああ、自由に発言してくれ」
「その女性は確かに全裸ではありませんでした。ただ、私の住む離れに押しかけてきて、半裸の状態で私に抱き着いてきたのです。そこをプルム様に見られてしまいました。私は何度もプルム様に関係ないと言いましたが、信じてもらうことができませんでした。その女性の行動は普通の貴族女性ではありえないことでしょうから、私から誘ったと思われたのです」
兄の妻なのに、子爵は公爵夫人の名前すら呼ばない。まるで無関係の人物のように話している。
さすがに当事者の告白には反論できならしく、侯爵夫人は唇を噛みながら黙っている。
「プルム様が兄上と結婚すると聞いて、もう、公爵家と関わりたくないと思い、子爵位を受け継いでずっと領地に籠っていました。まさかリクハルドが兄上たちに虐待されているなんて、思ってもみなかったのです。プルム様が亡くなってすぐに兄上が再婚したとき、君のことをもっと気にかけるべきだった。本当に済まない」
サロライネン子爵は隣に座っているリクハルド様に謝罪をした。リクハルド様は、返す言葉が見つからなかったのか、小さく頷いただけだった。
「公爵、それに夫人。なぜ私の甥を虐待した?」
国王に声が響く。ほとんど怒声に近い。
「プルムは思った以上に優しい女性だった。ずっと婚約者に裏切られたと思われていた私を慰めてくれていた。婚約当初は弟のことを想って涙を流すこともあったが、結婚後は裏切られたもの同士、幸せになりましょうと言ってくれた。プルムが妊娠したときは本当に嬉しかった。しかし、そんな幸せは私に許されなかった。この女が私を脅しに来て、すべてをプルムに知られてしまった。結局プルムは公爵邸を出て離宮で出産し、そのまま亡くなってしまった」
公爵の目には涙が浮かんでいる。この告白は本当のことなのだろうか? それとも罪を逃れるための方便?
「嘘をつくな! プルムの妊娠を望んでいたというのならば、なぜ、リクハルドを虐待したんだ」
国王は方便だと思ったらしく、公爵を怒鳴りづける。
「リクハルドはプルムと同じ黒髪に紫の瞳をしている。リクハルドを見ると、まるでプルムに責められているようで怖かった。だから、徹底的に避けていた。しかし、プルムを取られるような気がして、弟のところにもやりたくなかった。この女がリクハルドをあれほど虐待しているとは思っていなかった。この女の目的は公爵位のみ。私を愛しているわけではない。ならば、息子に公爵位を継がせてやれば気が済むと思っていたのに」
「違うわ。私は貴方を愛している。だから、あのようなことまでしたのよ」
「嘘だな。本当に私を愛していたのなら、子爵になってもいいから結婚すると言ってくれるはずだ。弟を誘惑したり、私にプルムと結婚しろと言ったりしたのは、爵位目的以外何がある? なぜ息子に爵位を与えてもらうことで満足しない。王家の血を引くリクハルドを害して、無事に済むと思っていたのか?」
「だって、悔しかったのよ。結婚しても貴方は私に無関心だったから。プルム様に似たリクハルドが憎かった」
リクハルド様が目を見開いて公爵夫妻の会話を聞いている。リクハルド様は自分がのけ者にされているだけで、公爵夫婦と弟は幸せな家庭を築いていると思っていたようだ。
「確かに、リクハルドへの虐待。王女であるプルムを罠に嵌めたこと。婚約者がいる男性を誘惑しようとしたこと。どれをとっても重い罪だ。処刑しても許されるだろう。リクハルド、どのような罰を望む?」
陛下がリクハルド様に向かってそう聞いた。
「リクハルド殿は別の者が迎えに参ります。エルナ婦人は用意した馬車にお乗りください」
どうせ護衛の同行は断られると思い、侍女を一人連れて馬車に乗る。
半時間もすると無事王宮へと着いた。案内されたのは以前陛下とお会いした時とは違う部屋だった。そこは会議に使われる部屋のようで、中央に長方形の大きなテーブルあり、周りに椅子が二十脚ほど置かれている。
驚くことに、領地へ帰っていたはずの父が座っていた。
「エルナ、元気そうで何よりだ。少し会わないうちに奇麗になったな。リクハルド君のお陰かな?」
父は片手を上げて笑顔を見せている。
「お父様、なぜここに?」
「私も先ほど王宮に着いたばかりで、詳しいことは聞いていないんだ。ただ、リクハルド君に関することだろうな」
父はそう言うと、対面に座っている男女の方を見る。その二人はシーカヴィルタ公爵夫妻だった。父がいることに驚いてしまって今まで気が付かなかった。
リクハルド様を虐待していたとはいえ義父母に違いない。何とか笑顔になって膝折礼をした。
「リクハルド・コイヴィストの妻エルナでございます。シーカヴィルタ公爵ご夫妻にお会いできて光栄です」
不承不承ながら立ち上がった公爵夫妻は、無言で簡略な礼を返してすぐに座る。かなり失礼な態度だけれど、今更馴れ馴れしくされても困るのでこれで良かったとも思う。
すると、父の隣に座っていた男性が立ち上がった。
「私はリクハルドの叔父、カレルヴォ・サロライネンです。どうぞお見知りおきを」
サロライネン子爵? プルム様の恋人だった方?
「リクハルドの妻エルナでございます。どうぞよろしくお願いいたします」
なぜここにいるのか疑問に思いながらも、膝折礼をする。
「こちらにお掛けください」
ここまで案内してくれたタルヴィティエ卿が椅子を引いてくれたのでそこに腰掛ける。父の隣にサロライネン子爵。一つ空けて私の席だった。おそらく隣の空いた席にはリクハルド様が座るのだろう。向かいには公爵夫妻のみ。何となく均衡がとれていない気がする。なぜ、サロライネン子爵はこちら側なのだろうか?
それにしても、シーカヴィルタ公爵とサロライネン子爵は兄弟のはずなのに目も合わせない。もちろん会話などない。場は気まずい雰囲気に包まれていた。
しばらく待っていると、リクハルド様がやってきた。私と目が合うと嬉しそうに笑う。結婚当初はあれほど無表情だったと思うと感慨深い。
公爵が気まずそうに顔を上げる。リクハルド様はそんな侯爵と目が合った途端に無表情になってしまった。侯爵夫人はずっと俯いたままだ。
タルヴィティエ卿に促されて、リクハルド様は私の隣に座った。公爵と目を合わせたくないのか、リクハルド様はずっと目を伏せている。そんな彼の手をそっと握った。小さくこちらを向くリクハルド様の目に光が戻ったような気がした。そして、耳が赤く染まっている。
話好きの父でさえ無言の中しばらく待っていると、不機嫌そうな国王陛下が現れた。皆一斉に席を立ち、礼をする。
「皆、楽にしてくれ」
国王はそう言いながら、テーブルの短辺の側に一つだけ置かれた椅子に座った。
これで全員らしい。国王陛下の後ろにはタルヴィティエ卿ともう一人の近衛騎士。そして、侯爵の後ろにも騎士が立っている。私たちの側には誰もいない。
「ブルムの日記が見つかった。私の甥であり、王位継承権を持つリクハルドをシーカヴィルタ公爵夫妻が虐待していたこと。婚約者の弟に裸をさらして誘惑しながら一顧だにされなかった下劣な女のこと。そして、それは公爵の策略であったことを公表する。これは決定事項だ」
「違います! 私は夫のために。それに裸にはなっておりませんでした」
公爵夫人が慌てて否定する。しかし、発言の許可も得ず国王に反論するとは、とても公爵女性とは思えない。
「お前は黙っていろ」
公爵もそう思ったのか、夫人を睨みつけている。
「陛下。よろしいでしょうか」
そう願い出たのはサロライネン子爵だった。
「ああ、自由に発言してくれ」
「その女性は確かに全裸ではありませんでした。ただ、私の住む離れに押しかけてきて、半裸の状態で私に抱き着いてきたのです。そこをプルム様に見られてしまいました。私は何度もプルム様に関係ないと言いましたが、信じてもらうことができませんでした。その女性の行動は普通の貴族女性ではありえないことでしょうから、私から誘ったと思われたのです」
兄の妻なのに、子爵は公爵夫人の名前すら呼ばない。まるで無関係の人物のように話している。
さすがに当事者の告白には反論できならしく、侯爵夫人は唇を噛みながら黙っている。
「プルム様が兄上と結婚すると聞いて、もう、公爵家と関わりたくないと思い、子爵位を受け継いでずっと領地に籠っていました。まさかリクハルドが兄上たちに虐待されているなんて、思ってもみなかったのです。プルム様が亡くなってすぐに兄上が再婚したとき、君のことをもっと気にかけるべきだった。本当に済まない」
サロライネン子爵は隣に座っているリクハルド様に謝罪をした。リクハルド様は、返す言葉が見つからなかったのか、小さく頷いただけだった。
「公爵、それに夫人。なぜ私の甥を虐待した?」
国王に声が響く。ほとんど怒声に近い。
「プルムは思った以上に優しい女性だった。ずっと婚約者に裏切られたと思われていた私を慰めてくれていた。婚約当初は弟のことを想って涙を流すこともあったが、結婚後は裏切られたもの同士、幸せになりましょうと言ってくれた。プルムが妊娠したときは本当に嬉しかった。しかし、そんな幸せは私に許されなかった。この女が私を脅しに来て、すべてをプルムに知られてしまった。結局プルムは公爵邸を出て離宮で出産し、そのまま亡くなってしまった」
公爵の目には涙が浮かんでいる。この告白は本当のことなのだろうか? それとも罪を逃れるための方便?
「嘘をつくな! プルムの妊娠を望んでいたというのならば、なぜ、リクハルドを虐待したんだ」
国王は方便だと思ったらしく、公爵を怒鳴りづける。
「リクハルドはプルムと同じ黒髪に紫の瞳をしている。リクハルドを見ると、まるでプルムに責められているようで怖かった。だから、徹底的に避けていた。しかし、プルムを取られるような気がして、弟のところにもやりたくなかった。この女がリクハルドをあれほど虐待しているとは思っていなかった。この女の目的は公爵位のみ。私を愛しているわけではない。ならば、息子に公爵位を継がせてやれば気が済むと思っていたのに」
「違うわ。私は貴方を愛している。だから、あのようなことまでしたのよ」
「嘘だな。本当に私を愛していたのなら、子爵になってもいいから結婚すると言ってくれるはずだ。弟を誘惑したり、私にプルムと結婚しろと言ったりしたのは、爵位目的以外何がある? なぜ息子に爵位を与えてもらうことで満足しない。王家の血を引くリクハルドを害して、無事に済むと思っていたのか?」
「だって、悔しかったのよ。結婚しても貴方は私に無関心だったから。プルム様に似たリクハルドが憎かった」
リクハルド様が目を見開いて公爵夫妻の会話を聞いている。リクハルド様は自分がのけ者にされているだけで、公爵夫婦と弟は幸せな家庭を築いていると思っていたようだ。
「確かに、リクハルドへの虐待。王女であるプルムを罠に嵌めたこと。婚約者がいる男性を誘惑しようとしたこと。どれをとっても重い罪だ。処刑しても許されるだろう。リクハルド、どのような罰を望む?」
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