12 / 15
12.決断
しおりを挟む
国王陛下との面談の後、私はずっと悩んでいた。
母親の想い人が父親ではなく、父親は公爵位を得るために母親を騙して結婚した。その結果自分が生まれたと知れば、どれほどの衝撃を受けるのだろう。リクハルド様にこれ以上辛い思いはさせたくない。できればこのまま平穏に暮らしてもらいたい。
だけど、プルム様の無念を思うと、シーカヴィルタ公爵夫妻の罪をなかったことにはしたくない。自らの行った罪の報いは受けるべきだ。
答えはなかなか出せないでいた。
「ここ最近悩んでいるようだけど、何かあった?」
夕食後湯あみを済ませて夫婦の寝室で待っていた私に、ドアを開けると同時にリクハルド様がそう声をかけてきた。相変わらず無表情だけど、微妙に眉が寄っている。
そんな表情のままリクハルド様は私の向かいのソファに腰を下ろす。
「俺は君より三歳も年下で、頼りにならないと思われても仕方ないとは思う。だけど、少しでもエルナの力になりたいんだ。何か憂いがあるのなら、俺に相談してもらえないだろうか」
宝石のような美しい紫色の目が、まるで懇願するように私に向けられている。
「貴方のことを頼りないなどと、一度も思ったことはないわ。とても頼もしくて素敵な旦那様よ」
私は慌てて首を振る。すると、リクハルド様の耳がほんのりと赤くなった。彼が私のことを気にかけていてくれたことが嬉しくて、私の頬もきっと朱色に染まっているはず。
リクハルド様はとても強い人だと思う。産まれると同時に母親を亡くし、継母だけではなく本来ならば守ってくれるはずの実の父親からも冷遇されるという、かなり悲惨な境遇で育ったのに、恨むでもなく腐るでもなく、騎士として身を立てようと努力し続けた。先輩近衛騎士が嫉妬するほど強くなるくらいに。
彼なら大丈夫だ。残酷な真実を知ったとしてもきっと乗り越えられる。
私はやっと決断することができた。
「確かにここ最近悩んでおりました。そのことについてすべてお話します。少しお待ちいただけますか?」
深刻な話になるのを察知したのか、リクハルド様が覚悟したように頷いた。その姿を確認してから、自室の鍵付きチェストに保管しているプルム様の日記を取りに向かった。
「先日、国王陛下に召されまして、このプルム様の日記を託されました。リクハルド様に渡すがどうか、私が決めろと陛下は仰せになったのです。もちろん中身は読んでおりませんが、陛下より軽く説明していただきました。リクハルド様にとってかなり残酷な内容のようです。それで、悩んでおりました」
「母の日記……」
リクハルド様は私が差し出した豪華な装丁を施した日記に目を落とす。そして、微かに震える手で受け取った。
「私はリクハルド様とこうして夫婦になることができてとても幸せです。貴方がこの世界に誕生してくださって本当に良かった。プルム様と神様には感謝してもしきれません」
それは心からの言葉。格好良くて優しく、そしてとても強い人。そんな素敵な旦那様がいるなんで、誰よりも幸せに決まっている。
ふと見ると、リクハルド様の口角が少し上がっている。私の言葉を喜んでくれているみたい。その様子が何だか可愛い。私の素敵な旦那様は可愛さまで装備している。何という完璧さなのだろう。こんな時なのに私の表情も緩みそうになる。
「今夜は自室で休ませていただきまね」
ここ最近はずっと夫婦の寝室を使っていたので、ちょっと寂しいと思いながら、久しぶりに自室へと向かった。
翌朝、食事室に現れたリクハルド様の目は充血していた。夜通しプルム様の日記を読んでいたらしい。母親の想い人が叔父だったこと。父親と義母のあまりにも身勝手な策略。それらを知って傷つかないはずがない。そんな傷心のリクハルド様にどう言葉をかけようかと悩んでいると、彼が先に口を開いた。
「母は、俺を愛してくれていたんだ。この子が愛おしいと、誰よりも幸せになることを願っていると何度も何度も書いてあった」
プルム様がリクハルド様を愛していたとわかったことは本当に嬉しい。彼が喜んでいることは微かな表情の変化だけでも伺い知れた。だけど、幸せを願うという言葉は私の胸に突き刺さる。プルム様の考える幸せとは、伯爵家の平凡な娘を妻にして伯爵になることではない。誰よりも美しく聡明で気高い高貴な血を持つ女性を妻とし、シーカヴィルタ公爵位を継承する。プルム様はそう願っていたはず。
そして、国王陛下も同じように考えているに違いない。
私だってリクハルド様の幸せを願っている。不幸な幼少期を送ってきた彼は誰よりも幸せになる権利があるのだから。
大丈夫。リクハルド様の幸せが私と共に歩むことでないのであれば、笑って彼を送り出してみせる。たとえ、胸にぽっかりと穴が開いたような寂寥感に苛まれようと。短い間だったけれど、リクハルド様の妻として過ごした幸せな記憶があるから、これからも一人で生きていける。そう自分に言い聞かせた。
徹夜したにも拘らず衛兵隊へ出勤するというリクハルド様を見送ってから、プリム様の日記を彼に渡したことを手紙に認め、さっそく国王陛下に届けてもらった。間を置くと、せっかくの決意が揺らいでしまいそうだったから。
母親の想い人が父親ではなく、父親は公爵位を得るために母親を騙して結婚した。その結果自分が生まれたと知れば、どれほどの衝撃を受けるのだろう。リクハルド様にこれ以上辛い思いはさせたくない。できればこのまま平穏に暮らしてもらいたい。
だけど、プルム様の無念を思うと、シーカヴィルタ公爵夫妻の罪をなかったことにはしたくない。自らの行った罪の報いは受けるべきだ。
答えはなかなか出せないでいた。
「ここ最近悩んでいるようだけど、何かあった?」
夕食後湯あみを済ませて夫婦の寝室で待っていた私に、ドアを開けると同時にリクハルド様がそう声をかけてきた。相変わらず無表情だけど、微妙に眉が寄っている。
そんな表情のままリクハルド様は私の向かいのソファに腰を下ろす。
「俺は君より三歳も年下で、頼りにならないと思われても仕方ないとは思う。だけど、少しでもエルナの力になりたいんだ。何か憂いがあるのなら、俺に相談してもらえないだろうか」
宝石のような美しい紫色の目が、まるで懇願するように私に向けられている。
「貴方のことを頼りないなどと、一度も思ったことはないわ。とても頼もしくて素敵な旦那様よ」
私は慌てて首を振る。すると、リクハルド様の耳がほんのりと赤くなった。彼が私のことを気にかけていてくれたことが嬉しくて、私の頬もきっと朱色に染まっているはず。
リクハルド様はとても強い人だと思う。産まれると同時に母親を亡くし、継母だけではなく本来ならば守ってくれるはずの実の父親からも冷遇されるという、かなり悲惨な境遇で育ったのに、恨むでもなく腐るでもなく、騎士として身を立てようと努力し続けた。先輩近衛騎士が嫉妬するほど強くなるくらいに。
彼なら大丈夫だ。残酷な真実を知ったとしてもきっと乗り越えられる。
私はやっと決断することができた。
「確かにここ最近悩んでおりました。そのことについてすべてお話します。少しお待ちいただけますか?」
深刻な話になるのを察知したのか、リクハルド様が覚悟したように頷いた。その姿を確認してから、自室の鍵付きチェストに保管しているプルム様の日記を取りに向かった。
「先日、国王陛下に召されまして、このプルム様の日記を託されました。リクハルド様に渡すがどうか、私が決めろと陛下は仰せになったのです。もちろん中身は読んでおりませんが、陛下より軽く説明していただきました。リクハルド様にとってかなり残酷な内容のようです。それで、悩んでおりました」
「母の日記……」
リクハルド様は私が差し出した豪華な装丁を施した日記に目を落とす。そして、微かに震える手で受け取った。
「私はリクハルド様とこうして夫婦になることができてとても幸せです。貴方がこの世界に誕生してくださって本当に良かった。プルム様と神様には感謝してもしきれません」
それは心からの言葉。格好良くて優しく、そしてとても強い人。そんな素敵な旦那様がいるなんで、誰よりも幸せに決まっている。
ふと見ると、リクハルド様の口角が少し上がっている。私の言葉を喜んでくれているみたい。その様子が何だか可愛い。私の素敵な旦那様は可愛さまで装備している。何という完璧さなのだろう。こんな時なのに私の表情も緩みそうになる。
「今夜は自室で休ませていただきまね」
ここ最近はずっと夫婦の寝室を使っていたので、ちょっと寂しいと思いながら、久しぶりに自室へと向かった。
翌朝、食事室に現れたリクハルド様の目は充血していた。夜通しプルム様の日記を読んでいたらしい。母親の想い人が叔父だったこと。父親と義母のあまりにも身勝手な策略。それらを知って傷つかないはずがない。そんな傷心のリクハルド様にどう言葉をかけようかと悩んでいると、彼が先に口を開いた。
「母は、俺を愛してくれていたんだ。この子が愛おしいと、誰よりも幸せになることを願っていると何度も何度も書いてあった」
プルム様がリクハルド様を愛していたとわかったことは本当に嬉しい。彼が喜んでいることは微かな表情の変化だけでも伺い知れた。だけど、幸せを願うという言葉は私の胸に突き刺さる。プルム様の考える幸せとは、伯爵家の平凡な娘を妻にして伯爵になることではない。誰よりも美しく聡明で気高い高貴な血を持つ女性を妻とし、シーカヴィルタ公爵位を継承する。プルム様はそう願っていたはず。
そして、国王陛下も同じように考えているに違いない。
私だってリクハルド様の幸せを願っている。不幸な幼少期を送ってきた彼は誰よりも幸せになる権利があるのだから。
大丈夫。リクハルド様の幸せが私と共に歩むことでないのであれば、笑って彼を送り出してみせる。たとえ、胸にぽっかりと穴が開いたような寂寥感に苛まれようと。短い間だったけれど、リクハルド様の妻として過ごした幸せな記憶があるから、これからも一人で生きていける。そう自分に言い聞かせた。
徹夜したにも拘らず衛兵隊へ出勤するというリクハルド様を見送ってから、プリム様の日記を彼に渡したことを手紙に認め、さっそく国王陛下に届けてもらった。間を置くと、せっかくの決意が揺らいでしまいそうだったから。
84
あなたにおすすめの小説
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
不愛想な婚約者のメガネをこっそりかけたら
柳葉うら
恋愛
男爵令嬢のアダリーシアは、婚約者で伯爵家の令息のエディングと上手くいっていない。ある日、エディングに会いに行ったアダリーシアは、エディングが置いていったメガネを出来心でかけてみることに。そんなアダリーシアの姿を見たエディングは――。
「か・わ・い・い~っ!!」
これまでの態度から一変して、アダリーシアのギャップにメロメロになるのだった。
出来心でメガネをかけたヒロインのギャップに、本当は溺愛しているのに不器用であるがゆえにぶっきらぼうに接してしまったヒーローがノックアウトされるお話。
「君との婚約は時間の無駄だった」とエリート魔術師に捨てられた凡人令嬢ですが、彼が必死で探している『古代魔法の唯一の使い手』って、どうやら私
白桃
恋愛
魔力も才能もない「凡人令嬢」フィリア。婚約者の天才魔術師アルトは彼女を見下し、ついに「君は無駄だ」と婚約破棄。失意の中、フィリアは自分に古代魔法の力が宿っていることを知る。時を同じくして、アルトは国を救う鍵となる古代魔法の使い手が、自分が捨てたフィリアだったと気づき後悔に苛まれる。「彼女を見つけ出さねば…!」必死でフィリアを探す元婚約者。果たして彼は、彼女に許されるのか?
元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い
雲乃琳雨
恋愛
バートン侯爵家の跡取りだった父を持つニナリアは、潜伏先の家から祖父に連れ去られ、侯爵家でメイドとして働いていた。18歳になったニナリアは、祖父の命令で従姉の代わりに元平民の騎士、アレン・ラディー子爵に嫁ぐことになる。
ニナリアは母のもとに戻りたいので、アレンと離婚したくて仕方がなかったが、結婚は国王の命令でもあったので、アレンが離婚に応じるはずもなかった。アレンが初めから溺愛してきたので、ニナリアは戸惑う。ニナリアは、自分の目的を果たすことができるのか?
元平民の侯爵令嬢が、自分の人生を取り戻す、溺愛から始まる物語。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
【完結】契約結婚。醜いと婚約破棄された私と仕事中毒上司の幸せな結婚生活。
千紫万紅
恋愛
魔塔で働く平民のブランシェは、婚約者である男爵家嫡男のエクトルに。
「醜くボロボロになってしまった君を、私はもう愛せない。だからブランシェ、さよならだ」
そう告げられて婚約破棄された。
親が決めた相手だったけれど、ブランシェはエクトルが好きだった。
エクトルもブランシェを好きだと言っていた。
でもブランシェの父親が事業に失敗し、持参金の用意すら出来なくなって。
別れまいと必死になって働くブランシェと、婚約を破棄したエクトル。
そしてエクトルには新しい貴族令嬢の婚約者が出来て。
ブランシェにも父親が新しい結婚相手を見つけてきた。
だけどそれはブランシェにとって到底納得のいかないもの。
そんなブランシェに契約結婚しないかと、職場の上司アレクセイが持ちかけてきて……
笑わない妻を娶りました
mios
恋愛
伯爵家嫡男であるスタン・タイロンは、伯爵家を継ぐ際に妻を娶ることにした。
同じ伯爵位で、友人であるオリバー・クレンズの従姉妹で笑わないことから氷の女神とも呼ばれているミスティア・ドゥーラ嬢。
彼女は美しく、スタンは一目惚れをし、トントン拍子に婚約・結婚することになったのだが。
[完結]間違えた国王〜のお陰で幸せライフ送れます。
キャロル
恋愛
国の駒として隣国の王と婚姻する事にになったマリアンヌ王女、王族に生まれたからにはいつかはこんな日が来ると覚悟はしていたが、その相手は獣人……番至上主義の…あの獣人……待てよ、これは逆にラッキーかもしれない。
離宮でスローライフ送れるのでは?うまく行けば…離縁、
窮屈な身分から解放され自由な生活目指して突き進む、美貌と能力だけチートなトンデモ王女の物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる