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【第一章】第三節:一人と一匹の鑑定依頼
第10話 エレンとメェ君の鑑定結果
しおりを挟む「……スレイ。お前が知りたいのは、嬢ちゃんの体調と羊君が起こした異変に関する事でいいんだな?」
「あぁ」
おそらく鑑定が成功したのだろう。
彼の言葉に俺は頷く。
「まず、嬢ちゃんの体調は問題ない。隣の領地から森を通ってきたというが、栄養失調の気や怪我どころか疲労さえ皆無。状況から見れば、異常なまでの健康体だ」
「そうか」
とりあえずエレンは大丈夫。
その結果にまずは、安堵した。
「で、羊君についてだが……」
言いながらゆっくりと開かれたドラドの茶色の目には、よく見ると僅かながらに青に発光が見て取れる。
解析系のスキルを行使する人特有の変化と目の動きが、メェ君のステータスを隅から隅まで見ている事を暗に示していた。
あの異常事態の原因は、一体何なのか。
メェ君は一体何者なのか。
その答えに、ドラドが言及する。
「特質すべき内容特にはない。ただの羊だ。敢えて言うなら、『嬢ちゃんに召喚された、ただの非戦闘動物』だ」
「え?」
思わず疑問が口をついて出た。
普通の羊?
そんな筈はない。
だって。
「俺の目の前で、羊毛でエレンを呑み込もうとしてたっていうのに?!」
「見間違えじゃないか? でなけりゃあ、やっぱり寝ぼけてたとか」
「まさかあの一瞬だけ寝てたって? 無自覚に?」
そんな馬鹿な。
あの時、眠気はまったくなかった。
もし実際にそうなっていたとしたら、それこそ俺は体調不良に違いない。
俺の言葉に、少しでも納得の余地があったのだろうか。
ドラドはまたステータスに目をやったようで、数秒の沈黙を挟んだ。
そして「……ん?」と首を傾げる。
「何だこれ」
「なんか見つけたのか?」
「あぁ。ステータスに、変な項目が増えている」
「項目が?」
スキルは使い慣れる事で、少ない労力で、より早く使えるようになる。
たとえばドラドなら、練習すれば、必要な項目を見ないようになれる可能性がある。
しかしそれは、元々の地力が増えるという事ではない。
新しい項目が新たに見えるようになんて、なりはしないというのが、現代のスキル研究の成果だ。
もしそれができるようになったというのなら、それこそスキル研究分野における初事例であり、新発見である。
その上、だ。
「ちなみに、増えている項目は?」
「『特性』」
「聞いた事ないな……」
そもそもドラドは、過去の文献も漁った上で、ステータスの全項目が見える解析系スキルの使い手だった。
王城に保管してある『持ち出し禁止書物』に記載されている、すべての項目だ。
そこに『特性』なんていう項目はなかった。
つまり、ドラドのスキルが成長した可能性があるというよりは、むしろ。
「すべての項目が見えるドラドが、特殊な項目をステータスに持つメェ君を鑑定した……と仮定する方が、現実的だ」
特殊なのは、ドラドではない。
ただのエレンの召喚動物。
戦闘能力さえない非力な羊である筈の、メェ君の方なのではないだろうか。
「因みに、内容は『沼』だ」
「特性:沼……」
沼。
そういえば先程、エレンがメェ君の羊毛に沈み込む前に「沼のように沈み込むモフモフ」と形容していたような気がする。
思えばエレンがゆっくりと沈み込んでいくあの時の様子は、沼に足を取られた人間が沈んでいく様にどこか似ていたように、思えなくもな――。
腕に何かがコテンと当たった。
温かみを帯びた小さな重さに視線を右に向けると、エレンが半分眠りかけている。
「もう九時だ。子どもには眠い時間だろ」
ドラドに言われて「たしかに」と気が付く。
エレンには無理をさせただろうか。
十五の時に王城お抱えになってからずっと研究に明け暮れていた俺は、子どもとは無縁の生活を送ってきた。
その弊害が、少なからず今出ているような気がしている。
「とりあえず、『特性:沼』っていうよく分からんものは付いてるが、それ以外は特に不審な点はない。嬢ちゃんにも異常は見られなかったし、門番の前を通過できたっていう事は、羊君に悪意や害意はないっていうのは折り紙付きだろ? 少なくとも現状は『経過観察』が妥当なんじゃないか?」
「……そうだな」
暫定にでも、現状に結論を出してくれた友人に、俺は乗かって頷いた。
「嬢ちゃんと羊君は、お前のところに置くんだろ?」
「最初はギルドに頼って里親なり、教会に連れて行くなりしようと思っていたんだがな」
「いや。お前が見たっていうその羊の妙な動きがもしなかったとしても、最初から嬢ちゃんを教会に預ける選択肢はなかったと思うぞ」
「え、何で」
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