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【第一章】第三節:一人と一匹の鑑定依頼
第9話 鑑定してくれ
しおりを挟む冒険者ギルドの受付業務は、大体午後七時で終わる。
しかし、俺がギルド会館に到着したとき、時計はもう午後八時前を指していた。
もちろん窓から外に洩れてくる光もない。
完全に業務を終えている。
普通なら、諦めて帰るところだろう。
しかし俺は知っていた。
近隣に住む魔物関係で、ギルドは夜中に緊急時案が発生した時のための備えをしている。
すぐ対応できるようにと、会館内には当直の職員が持ち回りでいるのだ。
そしてそれ以外にもう一人。
とうとう会館内の一室を個人部屋にしてまで、毎日寝泊まりしている奴もいる事を。
小脇に女の子と羊を抱えて、俺は夜間窓口に息を切らせて駆け込んだ。
職員にギルド長への取次ぎを頼めば、意外にもすんなりと中に入れてもらえた。
その職員が俺の顔を知っていたのは、運がよかったと言っていい。
彼女はギルド長と俺の関係も知っていたから、突然の来訪でも友人に頼みごとをしに来たというのを、納得してもらいやすかったのもあるのだろう。
通されたのは、応接室。
抱えていた二人をソファーの上に下ろし、二人の間に俺も座った。
座れば、思わずため息が漏れる。
肩の位置が下がったのを自覚する。
まだ何一つ問題は解決していないが、もうすぐ相談相手が来るという事に、どうやら思いの外安堵したようだ。
両側には、暢気にもソファに座ると地面に届かない足をブラブラさせているエレンと、ソファーの上にチョコンと行儀よく座っているメェ君がいる。
深刻さを抱えた俺とは、まるで対照的な一人と一匹だ。
しかし俺も、一度座って落ち着いた。
いつも通りになった俺はもう――。
ガチャッ。
応接室の扉が開いた。
入ってきたのは、額に傷のある筋骨隆々の大男。
「こんな時間にお前が来るなんて、珍しい事もあるもんだ。何か用事が――」
「ドラド、助けてくれ! この子が羊の羊毛に食われたんだ!!」
「はぁ? お前、いくら夜だとはいっても、まだ寝ぼけるには流石に時間が早いぞ」
俺の既知。
王都からここに移住する事を俺に提案した、張本人。
その男が片眉を上げて、まるで変なものでも飲み込んだかのような表情で、立ち上がった俺を見た。
「色々とよく分からんが、一つだけ確かなのは、もしその嬢ちゃんが食われたんなら、今ここにはいない筈だっていう事だ」
「それは、その、引っ張り出したから!」
「まぁとりあえず座れ。その子たちも、もう一度ソファーに置いて」
言われてハッと我に返る。
冷静になったと思ったが、どうやら自分が思っていたより気が動転していたようだ。
……いや、もしかしたら未知への好奇心も混じっているのかもしれない。
どちらにしても、冷静ではない。
気が付けばまた両脇に抱えていた一人と一匹をソファーの上に戻し、自分自身も腰を据える。
少し呆れたようなため息を吐いたドラドは、俺たちの向かいのソファーに座って「それで?」と、改めて用件を尋ねてきた。
「つまり、仕事の帰りにその子たちを拾って連れて帰ったら妙な現象に見舞われたから、加害者(仮)の羊君と被害者(仮)のその子を鑑定してくれと」
「あぁ。お前にならできるだろ?」
「俺が持っているのは『鑑定』であって、『診断』ではないんだがな」
たしかに彼の言う通り、彼が持っているのは『鑑定』スキルだ。
それとは別に存在する『診断』スキルがその名の通り、人や動物、植物などの生体を対象にした、主に対象物の状態異常を検知する能力に特化したものであるのとは違い、『鑑定』スキルは基本的に、物質に対する解析スキルである。
対象物の品質を「よい」「まぁまぁ」などの簡単な判定が出るものから、細かい数値が見えるものまで。
能力の強さによって精度は異なるが。
「ドラドの『鑑定』は、鑑定スキルの中でもかなりの高位。物体ではなく生体も、しかも色々と詳しく見る事ができるもの。そこらの『診断』スキルより、よっぽど精度が高い。そうだろ?」
「そりゃあ俺には、他とは違うおかしな鑑定結果の理由を『単に見えすぎるせい』だと教えてくれたお前に、今更自分のスキルにできる事を隠す理由も意味もなければ、困っている恩人の助けにならない選択肢も最初からないわけだが」
彼はそこまで言うと、言葉を切ってチラリと一人と一匹を見た。
「本当にいいのか? 俺が見て」
自身が付けている腕輪に手をやりながら、彼は真面目な顔で言う。
そんな彼に、俺は目を伏せ微笑した。
ドラドのスキルに唯一欠点があるとすれば、それは「見えすぎる」という事だ。
「エレン。こいつはドラド。この冒険者ギルドのギルド長で、俺の友人だ」
「ゆうじん?」
「友達っていう意味だな」
そう言うと、エレンは何故かパーッと表情を華やがせてドラドの方を見る。
「エレンはエレン! メェ君はメェ君! エレンとメェ君もおともだちだよ!」
「めぇ!」
「そうか、仲良しなのはいい事だ」
強面のドラドは残念ながら、あまり子どもや小動物から好かれない。
下手をすれば顔を見ただけで泣かれる事さえあるのだが、エレンはむしろ嬉しそうにドラドに話しかけている。
流石は『友達一千万人』を、目標に上げるだけある。
ドラドも安堵半分嬉しさ半分といった感じで、紹介されたときには緊張交じりだった表情を和らげた。
「エレン。これからお前とメェ君の体調が悪くないか、この男・ドラドに鑑定してもらおうかと思っている。が、この男の鑑定スキルは少し特殊で、たとえば名前、性別、年齢はもちろん、スキルの詳細や両親の名前、エレンが今までしてきた事――いい事も悪い事も、見ようと思わなくても見える」
簡単に言えば、見る内容をドラドは制御する事ができない。
たとえばギルドに持ち込まれる魔物の素材を鑑定すれば、その素材をどのようにして持ち主が手に入れたのかまで分かる。
それにより、ドラドが鑑定するだけで、他者からの成果の横取りは悉く暴かれる。
お陰でその手の不正は、この土地の冒険者ギルドでは限りなく少ない。
能力が高いドラドのスキルはそうやって、冒険者ギルドの治安を守っている。
しかし同時に、危うくもある。
「もちろんこいつもなるべくは、見る必要のない項目は見ないようにするだろう。それでも視界には、少なからず入る。絶対に見られないという保証はできない」
知る必要のない事を、知る力がある。
それは、他者から反感や疑念を買いやすい。
だから彼は、自分がいつスキルを使っているか他者の目から見て分かるように、常にスキル発動を検知して光る腕輪を肌身離さない。
本人からの意思確認なしに、絶対にスキルは使わないし、自分の力についての説明も忘れない。
俺にその手の説明がないのは、俺がその辺の事情をちゃんと分かっているからだ。
だからエレンへの説明責任は、依頼した俺が引き受けた。
無垢な瞳でこちらを見上げて話を聞いている彼女にこの手の決断をさせるには、まだ幼すぎるのではないかとも思う。
しかし、彼女の保護者はもういない。
育ての親であるお祖母さんは亡くなり、家も失い、旅人になった。
そんな彼女にだから聞く。
彼女の意思を、何も隠す事なく。
「スレイは、嬢ちゃんたちが元気かどうかを心配しているんだ」
「エレンもメェ君もげんきだよ?」
「あぁそうだな。でも、ずっと一人と一匹でここまで長旅をしてきたんだろ? 念のために、一応調べさせてくれないか? 鑑定の内容は、今ここにいる人間以外には絶対に言わないと、俺の口からも改めて約束する」
エレンはほんの少しだけ、考えるそぶりを見せた。
しかしすぐにニパッと笑い頷く。
「かんてい、していいよ。エレン、かくし事ないし」
「めぇ」
「メェ君も『いいよ』って言ってる」
「ありがとう」
微笑みエレンの頭を撫でて、俺は改めてドラドに目をやる。
「頼む」
「分かった」
ドラドが目を閉じて、スッと両手を一人と一匹の方に片方ずつ翳した。
彼の腕輪が、やんわりと光を放ち始めた。
眩しく感じる程ではないが、明らかにその光は強くなる。
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