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5、エミール様に花束を
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「はぁ、頭の痛いこと。
息子にも政務ができない分、せめてレイモンをきちんとしつけるように言ってあるのに……
ジェレミーの話によると、相変わらず貴女に迷惑をかけているようね、アデル。
でも、次期国王のレイモンがそんなだからこそ、貴女には将来、この国を中心になって支えて貰わないといけないわ」
アデルは小さい頃から同じことを祖母に言われ続けてきた。
その責任感において今まで人一倍努力を重ねてきたのだ。
「はい、お祖母様、わかっております」
王太后はふと、怒って去っていく娘の背中を眺めつつ。
「しかし、ローラはまた肥ったわね。夫に似てきたわ」
「先王はふくよかな方でしたからね」
バルト公爵が思い出すように頷く。
「おほほ。亡くなる前はそうだったけど結婚した時はあれでも痩身の美形だったのよ。
それが私が王の仕事を全て引き受け、毎日好き放題遊び暮らさせてあげたら、豚みたいにぶくぶく肥って30前に心臓発作で亡くなってしまったわ」
以来、王太后は女ながらにまだ幼かった現王の摂政を勤めてきた。
アデルはぞっとしない話を聞きながら思った。
(先王だけではなく、折り合いの悪かった王妃も早死にしたし、周りには他にも不審死が多い……。
お祖母様は本当は怖い人なのかもしれない)
どちらにしても一番敵に回したくない存在だった。
しかしアデルは、レイモンやロイドがやっかむほどに、特別祖母に目をかけられている自覚がある。
「ところでアデル、卒業前の景気づけにと、明日の晩、ボックス席を予約しておいたわ。観劇に行くでしょう?」
「はい、お祖母様、勿論です!」
王太后は孫娘にプレッシャーをかけるだけではなく、頻繁に気晴らしにも連れて行ってくれるのだ。
アデルはいつもベールで顔を隠し、お忍びで劇場へ通っていた。
カイル・ジェーファーソン劇場。
そこは王太后がひいきの舞台俳優の名を冠して巨費をつぎ込んで作った大劇場だった。
初めてここでエミールの舞台を観たのも祖母に連れて来られてのこと。
アデルは今夜も思い切り自分を解放し、
「エミール様ーーーーーー!」
黄色い声援をあげてストレスを発散しまくった。
思えばアデルの学園での五年間は、面倒くさい構ってちゃんの婚約者と浅慮で幼稚な兄の嫌がらせのせいで相当に我慢のならないものだった。
それでもキレずに済んでいたのは、全てエミールという心の拠り所があったからだ。
ぜひともそのお礼を言わなくては――そう思ったアデルは舞台終了後、花束を持っていった。
いつだってエミールはどのファンよりもアデルを特別扱いしてくれた。
プレゼントや花束を渡すとお礼の言葉や物に、必ずアデルの美貌に対する賞賛を添え、女性としての自信を与えてくれた。
今夜も顔を出せば歓迎してくれるはず。
うきうきと楽屋に向かったアデルは、しかし、開いていた扉から楽屋の中を覗いたとたん、激しい衝撃を受ける。
「――!?」
そこに今夜の共演女優と抱き合っている愛しのエミールの姿が見えたからだ……。
おかげで帰りの馬車はお通夜ムードだった。
「大丈夫? アデル、何だったらあの女始末する?」
「いいえ、いいえ、お祖母様、それだけは止めて下さい」
息子にも政務ができない分、せめてレイモンをきちんとしつけるように言ってあるのに……
ジェレミーの話によると、相変わらず貴女に迷惑をかけているようね、アデル。
でも、次期国王のレイモンがそんなだからこそ、貴女には将来、この国を中心になって支えて貰わないといけないわ」
アデルは小さい頃から同じことを祖母に言われ続けてきた。
その責任感において今まで人一倍努力を重ねてきたのだ。
「はい、お祖母様、わかっております」
王太后はふと、怒って去っていく娘の背中を眺めつつ。
「しかし、ローラはまた肥ったわね。夫に似てきたわ」
「先王はふくよかな方でしたからね」
バルト公爵が思い出すように頷く。
「おほほ。亡くなる前はそうだったけど結婚した時はあれでも痩身の美形だったのよ。
それが私が王の仕事を全て引き受け、毎日好き放題遊び暮らさせてあげたら、豚みたいにぶくぶく肥って30前に心臓発作で亡くなってしまったわ」
以来、王太后は女ながらにまだ幼かった現王の摂政を勤めてきた。
アデルはぞっとしない話を聞きながら思った。
(先王だけではなく、折り合いの悪かった王妃も早死にしたし、周りには他にも不審死が多い……。
お祖母様は本当は怖い人なのかもしれない)
どちらにしても一番敵に回したくない存在だった。
しかしアデルは、レイモンやロイドがやっかむほどに、特別祖母に目をかけられている自覚がある。
「ところでアデル、卒業前の景気づけにと、明日の晩、ボックス席を予約しておいたわ。観劇に行くでしょう?」
「はい、お祖母様、勿論です!」
王太后は孫娘にプレッシャーをかけるだけではなく、頻繁に気晴らしにも連れて行ってくれるのだ。
アデルはいつもベールで顔を隠し、お忍びで劇場へ通っていた。
カイル・ジェーファーソン劇場。
そこは王太后がひいきの舞台俳優の名を冠して巨費をつぎ込んで作った大劇場だった。
初めてここでエミールの舞台を観たのも祖母に連れて来られてのこと。
アデルは今夜も思い切り自分を解放し、
「エミール様ーーーーーー!」
黄色い声援をあげてストレスを発散しまくった。
思えばアデルの学園での五年間は、面倒くさい構ってちゃんの婚約者と浅慮で幼稚な兄の嫌がらせのせいで相当に我慢のならないものだった。
それでもキレずに済んでいたのは、全てエミールという心の拠り所があったからだ。
ぜひともそのお礼を言わなくては――そう思ったアデルは舞台終了後、花束を持っていった。
いつだってエミールはどのファンよりもアデルを特別扱いしてくれた。
プレゼントや花束を渡すとお礼の言葉や物に、必ずアデルの美貌に対する賞賛を添え、女性としての自信を与えてくれた。
今夜も顔を出せば歓迎してくれるはず。
うきうきと楽屋に向かったアデルは、しかし、開いていた扉から楽屋の中を覗いたとたん、激しい衝撃を受ける。
「――!?」
そこに今夜の共演女優と抱き合っている愛しのエミールの姿が見えたからだ……。
おかげで帰りの馬車はお通夜ムードだった。
「大丈夫? アデル、何だったらあの女始末する?」
「いいえ、いいえ、お祖母様、それだけは止めて下さい」
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