【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

文字の大きさ
10 / 67
第二章「勇気ある者は……」

2、愛されない女

しおりを挟む
「止してくれ、エティー。以前は結婚相手として生涯連れ添わねばならないと諦め、良好な関係を築こうと極力気を使って努つとめていただけだ。
 アレイシアは思いこみの激しい、いかにも面倒くさく重たい性格の、最も俺の嫌いな種類の女で、過去も現在も悩みの種でしかない存在。
 バーン家との仲を考えなければ、いっそのこと死んでくれたほうがすっきりするほどだ」

 デリアンのその残酷過ぎる言葉は、かつてないほどの破壊力を持って、私の中にあった最後の希望を粉々に打ち砕くものだった。
 心臓が破裂するほどの痛手にあやうく叫びそうになったを口を、カエインの冷んやりした手に塞がれる。

「酷い言いようね」

「しかしそんな憂鬱な思いからもこれでようやく開放される――つくづくカエイン・ネイルには感謝しなければな」

 さらに致命傷をえぐるようなデリアンの発言に、私は激情のあまり、唇の間に食い込むカエインの指を強く噛み締める。
 すると悪魔にも血が流れているらしく、口中に鉄臭い味が広がった。

「おかしいほど私を好きなカエインは、その恋人であるあなたに感謝など求めてないと思うわ」

 愉しそうに言うエルメティア姫の顔を見つめながら、デリアンが冷笑を浮かべる。

「君に夢中で、前王すら裏切ったほどだものな」

「世界一の魔法使いが私の言いなりなんて、このうえなく便利でしょう?」

 当の本人達が会話を聞いていることを知らない二人は、恐ろしい存在の魔法使いさえも笑いの対象にした。

「だが俺と君の婚約を嫉妬して邪魔するのではないか?」

「その点については大丈夫よ。私の結婚相手が王家の血を引く者か、他国の王族でなければ認められないことはカエインも知っているはずだもの。
 この国に今まで女王が立ったことがない以上、私の伴侶となる者が王となる。
 あなたは我がバロア家と同じく前王朝の支流のソリス家の当主で、今や諸国にもその名を轟かす英雄にして広大なカスター公領を治める者。
 何より私はもう二度とセドリックみたいな、自分より弱い男と婚約させられるのはごめんだと、くどいほどお父様に言ってあるもの」

 前王の息子のセドリックは私の幼馴染で、元王太子にしてエルメティア姫の元婚約者でもあった。

「そうなると、残されたもう一人の従兄弟のイヴァンは大公とはいえ軟弱な男だし、唯一見所のあるシュトラスのレスターには簡単に反故にできない他国の王族の婚約者がいる。他の近隣諸国を見回しても私より腕の立つ王族の男はいないという現状。
 お父様含め、あなたしか私の結婚に相応しい相手がいないことは、周囲の誰もが理解して認めているはずよ。
 ――と言っても愚かなシアは、半年間も猶予期間を与えてあげたのに、はっきり言われるまで現実を見ようとはしなかったみたいだけど」

 エルメティア姫はそう言うが、私はただ現実から目を反らしていたわけではない。
 幼少時から剣術を極めることにしか興味がなかったデリアンが、何かのおりに「王位などわずらわしい。頼まれても王になるのだけは絶対にごめんだ」と漏らしたことがあるのを覚えていたからだ。 
 なのに現在のデリアンはエルメティア姫への愛ゆえに、そのわずらわしい立場さえ受け入れようとしている。

「君がいきなり婚約解消するのは可愛そうだというから半年間待ったが、俺には期間を置いたところで無駄なのは分かっていた。
 アレイシアは幼い頃からまるで何かの亡霊に取りつかれているようだったからな。
 この前も言ったが、いつも俺を透かして幻想を見ているような、夢見る瞳が、俺は疎ましくてたまらなかった」

 そんな風にずっと思っていたなら、なぜもっと早く言ってくれなかったの!!
 いつだって表面上は優しく私に合わせてくれていたのに、心の中では不快に思っていたなんて。

 悔しさと悲しみが溢れて涙となって両瞳から噴出し、今すぐ叫んで飛びだしてデリアンに詰め寄りたかった。
 しかし私の感情を読んだように、カエインの口を押さえる手と胴体に回る手に力がこもる。

 ――強烈な喪失感に目眩をおぼえながら自覚する――私はこうして直接デリアンの口から本心を聞く、今の今まで、心の底では信じていたのだ。

 現時点ではエルメティア姫に心を奪われているとはいえ、幼馴染として婚約者として、誰よりもデリアンの傍にいた私には、共に過ごしてきた多くの時間と思い出の積み重ねがある。
 彼の心の中には今も、私を大切に思う気持ちが存在しているはずだと。

 だからこそ自分が死ぬことが仕返しになると思っていた。
 あてつけに目の前で死のうしたのも、髪を切ったのも、根底にあったのは、私のより深い絶望と悲しみを伝えることで、その分デリアンが後悔や罪悪感をおぼえ、胸を痛ませてくれると信じていたからだ。

 ところが今やその、私にデリアンが「愛情」を持っているという、そもそもの前提が覆された。

 好かれていたどころか、私はずっとデリアンに疎ましく思われていた。
 死んでも悲しむどころか、むしろデリアンは清々するのだ。

 ジークフリードの心は完全に死に、最早、この男の中には私への「愛」など欠片もない!

 たとえ無残な死に様を見せたり、髪を切った憐れな首を何十年飾って晒したところで、デリアンの心は微塵も痛みはしないのだ。

 最後の希望――デリアンに「愛されている」という望みすら霧散し。
 深い絶望のどん底まで落ち込んだ私の視界が、心が、真っ暗闇に染まり――口づけし合うデリアンやエルメティア姫を見た時よりも、もっと酷い、比べ物にならないほどの激しい地獄の苦しみが私を襲う。

 ――と、私が嵐のような感情に飲み込まれている間に、デリアンとエルメティア姫は休憩を終えてその場を去ったらしい。
 ようやくカエインの手が剥がれ、口が開放されたとたん、私の喉から言葉にならない、獣の咆哮ほうこうのような音が漏れる。

「あっ……ああああっ……!?」

 常軌じょうきいつした声をあげ続ける私の身体を両腕で抱え、バサッと羽を広げたカエインは再び空へと飛び立った――

しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

【完結】時戻り令嬢は復讐する

やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。 しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。 自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。 夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか? 迷いながらもユートリーは動き出す。 サスペンス要素ありの作品です。 設定は緩いです。 6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...