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第二章「勇気ある者は……」
1、残酷な恋人達
「いい加減にしてよ! いったい何の権利があっていちいち私が死ぬのを邪魔するの!?」
興奮して暴れる私を飛びながら横抱きにかかえ直し、カエインは美しい口元にニヤリ笑いを浮かべた。
「そう死に急ぐな。ちょうどいい時間帯なので……お前にいいものを見せてやろう」
「……いいもの……ですって?」
私は息がかかるほど近いカエインの顔を睨み上げる。
「ああ、そうだ」
カエインは頷くと羽ばたきの勢いを緩めて、下降する途中で漆黒の翼をマントに戻し、茂みの中へと降り立った。
それから私を地面に立たせると、前方へ向けて顎をしゃくってみせる。
「ほら、あそこだ」
「……えっ……?」
言われて顔を向けた木々の枝葉の間から、昨日デリアンとエルメティア姫が休憩していた今は無人のベンチが見えた。
瞳にしたとたん、デリアンに捨てられた辛い現実を思い出し、痛み出す胸を押さえた私を、カエインがバサッと両脇からマントで覆いこむ。
「……なっ……!?」
慌てて中から出ようとする胴体にカエインの腕が回り、低い声で制止される。
「いいからこのまま、二人が来るまで大人しくしていろ」
二人という言葉を耳にした瞬間、私の鼓動が、ドクッ、と大きく跳ね上がる。
「いいか、シア? デリアンもエティーも他人の気配にかなり鋭い。気づかれないようにくれぐれもこのマント内からは出ないように」
注意しながらカエインはマントの合わせ目を少し開き、内側にいる私からもベンチが見えるようにしてくれた。
そうして二人で身体を密着させた状態でしばらく待っていると――やがて笑いまじりの高い声とそれに応える低い声が聞こえてきて、歩いてくるデリアンとエルメティア姫の姿が見える。
昨日あんな出来事があったばかりなのに、二人は平気で同じベンチまでやってきて並んで腰を下ろす。
訓練で身体を動かしてきたのだろう、デリアンは汗ばみ乱れる金髪を左手で掻き上げると、自然な動作でエルメティアの腰に右手を回した。
相変わらず近い二人の距離感に、見ている私の胸が苦しくなる。
この場所に来て思い出したのか、エルメティア姫はデリアンの肩にもたれつつ、大きな嘆息をついた。
「しかし、昨日のシアの行動には驚いたわよね――思わずらしくもない、大声を上げてしまったわ。
まさか自分の守護剣さえ呼べない情けないあのシアに、自ら舌を噛み切る根性があるとはね!」
エルメティア姫が口にした「守護剣」とは、持ち主の魂と繋がっていて他者には扱えない「魔法剣」のこと。
材料であるアダマンタイトは稀少な鉱物で、製作技術を持つ魔法使いもごく少ないので、新規に造られることはほぼ無く、通常は一族などに受け継がれている既存の魔法剣を、誕生したばかりの子供の魂に紐づけて「守護剣」とする。
武勇を誇る名門の一族である我がバーン家にも代々伝わる幾つかの「魔法剣」があり、前当主の一人娘だったお母様とその従兄弟であるお父様、クリス兄様と私の家族四人全員が「守護剣持ち」である。
しかし誕生時に使い手の魂と紐づけられているとはいえ、使いこなすにはそれなりの鍛錬が必要になり、一人前の使い手となって初めて剣を自由に手元に呼び出せるようになるのだ。
当然のようにそれぞれ「守護剣持ち」であるデリアンは9歳で、エルメティア姫は11歳で自分の剣を呼べるようになっていた。
ところが私はエルメティア姫の言うように、この年になってもいまだに己の守護剣を呼び出すことができず、これまでずっと両親を、特に母を、失望させ続けてきた。
デリアンが精悍な顔を歪めて不愉快そうに吐き捨てる。
「感心するようなことではない。迷惑行為もいいところだ」
エルメティア姫はふふと笑い。
「まあ、いずれにしても、シアの入城の知らせを受けてから、もうだいぶ時間が経過したし、今頃、あなたや私のことをすっかり忘れている頃よ」
デリアンがやや疑わしそうな口調で問う。
「その『忘却の水』というのは本当に効くのか?」
「ええ、カエインに聞いた話によると効き過ぎるぐらいだそうよ。
飲んだ者は記憶がまっさらとなって赤子同然になってしまうから、最低限度の知識をシアに仕込むようにきちんとカエインに頼んで置いたわ。
それでも、傍目から見たら廃人同然の状態になるでしょうけどね――私なら、そんな惨めな姿を晒して生き延びるぐらいなら死んだほうがマシだわ」
エルメティア姫はさも愉快そうに喉を鳴らす。
「そうは言っても知識は時が経てば徐々に身につくだろう。
だがシアが死んでしまえば、俺達の婚約にケチがつき、バーン家との関係修復もほぼ不可能になる」
私はデリアンの口から出た具体的な「婚約」という二文字に衝撃を受けたあと、続いた言葉に耳を疑う。
つまりデリアンは個人的な感情ではなく、あくまでも自分の保身のためだけに私を生かそうとしているのだ。
「本当に、シアに死んで欲しくないと思う理由はそれだけ?
二年半前まではあなた達はとても仲が良かったのに」
今度はエルメティア姫が疑わしそうに問う番だった。
興奮して暴れる私を飛びながら横抱きにかかえ直し、カエインは美しい口元にニヤリ笑いを浮かべた。
「そう死に急ぐな。ちょうどいい時間帯なので……お前にいいものを見せてやろう」
「……いいもの……ですって?」
私は息がかかるほど近いカエインの顔を睨み上げる。
「ああ、そうだ」
カエインは頷くと羽ばたきの勢いを緩めて、下降する途中で漆黒の翼をマントに戻し、茂みの中へと降り立った。
それから私を地面に立たせると、前方へ向けて顎をしゃくってみせる。
「ほら、あそこだ」
「……えっ……?」
言われて顔を向けた木々の枝葉の間から、昨日デリアンとエルメティア姫が休憩していた今は無人のベンチが見えた。
瞳にしたとたん、デリアンに捨てられた辛い現実を思い出し、痛み出す胸を押さえた私を、カエインがバサッと両脇からマントで覆いこむ。
「……なっ……!?」
慌てて中から出ようとする胴体にカエインの腕が回り、低い声で制止される。
「いいからこのまま、二人が来るまで大人しくしていろ」
二人という言葉を耳にした瞬間、私の鼓動が、ドクッ、と大きく跳ね上がる。
「いいか、シア? デリアンもエティーも他人の気配にかなり鋭い。気づかれないようにくれぐれもこのマント内からは出ないように」
注意しながらカエインはマントの合わせ目を少し開き、内側にいる私からもベンチが見えるようにしてくれた。
そうして二人で身体を密着させた状態でしばらく待っていると――やがて笑いまじりの高い声とそれに応える低い声が聞こえてきて、歩いてくるデリアンとエルメティア姫の姿が見える。
昨日あんな出来事があったばかりなのに、二人は平気で同じベンチまでやってきて並んで腰を下ろす。
訓練で身体を動かしてきたのだろう、デリアンは汗ばみ乱れる金髪を左手で掻き上げると、自然な動作でエルメティアの腰に右手を回した。
相変わらず近い二人の距離感に、見ている私の胸が苦しくなる。
この場所に来て思い出したのか、エルメティア姫はデリアンの肩にもたれつつ、大きな嘆息をついた。
「しかし、昨日のシアの行動には驚いたわよね――思わずらしくもない、大声を上げてしまったわ。
まさか自分の守護剣さえ呼べない情けないあのシアに、自ら舌を噛み切る根性があるとはね!」
エルメティア姫が口にした「守護剣」とは、持ち主の魂と繋がっていて他者には扱えない「魔法剣」のこと。
材料であるアダマンタイトは稀少な鉱物で、製作技術を持つ魔法使いもごく少ないので、新規に造られることはほぼ無く、通常は一族などに受け継がれている既存の魔法剣を、誕生したばかりの子供の魂に紐づけて「守護剣」とする。
武勇を誇る名門の一族である我がバーン家にも代々伝わる幾つかの「魔法剣」があり、前当主の一人娘だったお母様とその従兄弟であるお父様、クリス兄様と私の家族四人全員が「守護剣持ち」である。
しかし誕生時に使い手の魂と紐づけられているとはいえ、使いこなすにはそれなりの鍛錬が必要になり、一人前の使い手となって初めて剣を自由に手元に呼び出せるようになるのだ。
当然のようにそれぞれ「守護剣持ち」であるデリアンは9歳で、エルメティア姫は11歳で自分の剣を呼べるようになっていた。
ところが私はエルメティア姫の言うように、この年になってもいまだに己の守護剣を呼び出すことができず、これまでずっと両親を、特に母を、失望させ続けてきた。
デリアンが精悍な顔を歪めて不愉快そうに吐き捨てる。
「感心するようなことではない。迷惑行為もいいところだ」
エルメティア姫はふふと笑い。
「まあ、いずれにしても、シアの入城の知らせを受けてから、もうだいぶ時間が経過したし、今頃、あなたや私のことをすっかり忘れている頃よ」
デリアンがやや疑わしそうな口調で問う。
「その『忘却の水』というのは本当に効くのか?」
「ええ、カエインに聞いた話によると効き過ぎるぐらいだそうよ。
飲んだ者は記憶がまっさらとなって赤子同然になってしまうから、最低限度の知識をシアに仕込むようにきちんとカエインに頼んで置いたわ。
それでも、傍目から見たら廃人同然の状態になるでしょうけどね――私なら、そんな惨めな姿を晒して生き延びるぐらいなら死んだほうがマシだわ」
エルメティア姫はさも愉快そうに喉を鳴らす。
「そうは言っても知識は時が経てば徐々に身につくだろう。
だがシアが死んでしまえば、俺達の婚約にケチがつき、バーン家との関係修復もほぼ不可能になる」
私はデリアンの口から出た具体的な「婚約」という二文字に衝撃を受けたあと、続いた言葉に耳を疑う。
つまりデリアンは個人的な感情ではなく、あくまでも自分の保身のためだけに私を生かそうとしているのだ。
「本当に、シアに死んで欲しくないと思う理由はそれだけ?
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今度はエルメティア姫が疑わしそうに問う番だった。
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