9 / 67
第二章「勇気ある者は……」
1、残酷な恋人達
しおりを挟む
「いい加減にしてよ! いったい何の権利があっていちいち私が死ぬのを邪魔するの!?」
興奮して暴れる私を飛びながら横抱きにかかえ直し、カエインは美しい口元にニヤリ笑いを浮かべた。
「そう死に急ぐな。ちょうどいい時間帯なので……お前にいいものを見せてやろう」
「……いいもの……ですって?」
私は息がかかるほど近いカエインの顔を睨み上げる。
「ああ、そうだ」
カエインは頷くと羽ばたきの勢いを緩めて、下降する途中で漆黒の翼をマントに戻し、茂みの中へと降り立った。
それから私を地面に立たせると、前方へ向けて顎をしゃくってみせる。
「ほら、あそこだ」
「……えっ……?」
言われて顔を向けた木々の枝葉の間から、昨日デリアンとエルメティア姫が休憩していた今は無人のベンチが見えた。
瞳にしたとたん、デリアンに捨てられた辛い現実を思い出し、痛み出す胸を押さえた私を、カエインがバサッと両脇からマントで覆いこむ。
「……なっ……!?」
慌てて中から出ようとする胴体にカエインの腕が回り、低い声で制止される。
「いいからこのまま、二人が来るまで大人しくしていろ」
二人という言葉を耳にした瞬間、私の鼓動が、ドクッ、と大きく跳ね上がる。
「いいか、シア? デリアンもエティーも他人の気配にかなり鋭い。気づかれないようにくれぐれもこのマント内からは出ないように」
注意しながらカエインはマントの合わせ目を少し開き、内側にいる私からもベンチが見えるようにしてくれた。
そうして二人で身体を密着させた状態でしばらく待っていると――やがて笑いまじりの高い声とそれに応える低い声が聞こえてきて、歩いてくるデリアンとエルメティア姫の姿が見える。
昨日あんな出来事があったばかりなのに、二人は平気で同じベンチまでやってきて並んで腰を下ろす。
訓練で身体を動かしてきたのだろう、デリアンは汗ばみ乱れる金髪を左手で掻き上げると、自然な動作でエルメティアの腰に右手を回した。
相変わらず近い二人の距離感に、見ている私の胸が苦しくなる。
この場所に来て思い出したのか、エルメティア姫はデリアンの肩にもたれつつ、大きな嘆息をついた。
「しかし、昨日のシアの行動には驚いたわよね――思わずらしくもない、大声を上げてしまったわ。
まさか自分の守護剣さえ呼べない情けないあのシアに、自ら舌を噛み切る根性があるとはね!」
エルメティア姫が口にした「守護剣」とは、持ち主の魂と繋がっていて他者には扱えない「魔法剣」のこと。
材料であるアダマンタイトは稀少な鉱物で、製作技術を持つ魔法使いもごく少ないので、新規に造られることはほぼ無く、通常は一族などに受け継がれている既存の魔法剣を、誕生したばかりの子供の魂に紐づけて「守護剣」とする。
武勇を誇る名門の一族である我がバーン家にも代々伝わる幾つかの「魔法剣」があり、前当主の一人娘だったお母様とその従兄弟であるお父様、クリス兄様と私の家族四人全員が「守護剣持ち」である。
しかし誕生時に使い手の魂と紐づけられているとはいえ、使いこなすにはそれなりの鍛錬が必要になり、一人前の使い手となって初めて剣を自由に手元に呼び出せるようになるのだ。
当然のようにそれぞれ「守護剣持ち」であるデリアンは9歳で、エルメティア姫は11歳で自分の剣を呼べるようになっていた。
ところが私はエルメティア姫の言うように、この年になってもいまだに己の守護剣を呼び出すことができず、これまでずっと両親を、特に母を、失望させ続けてきた。
デリアンが精悍な顔を歪めて不愉快そうに吐き捨てる。
「感心するようなことではない。迷惑行為もいいところだ」
エルメティア姫はふふと笑い。
「まあ、いずれにしても、シアの入城の知らせを受けてから、もうだいぶ時間が経過したし、今頃、あなたや私のことをすっかり忘れている頃よ」
デリアンがやや疑わしそうな口調で問う。
「その『忘却の水』というのは本当に効くのか?」
「ええ、カエインに聞いた話によると効き過ぎるぐらいだそうよ。
飲んだ者は記憶がまっさらとなって赤子同然になってしまうから、最低限度の知識をシアに仕込むようにきちんとカエインに頼んで置いたわ。
それでも、傍目から見たら廃人同然の状態になるでしょうけどね――私なら、そんな惨めな姿を晒して生き延びるぐらいなら死んだほうがマシだわ」
エルメティア姫はさも愉快そうに喉を鳴らす。
「そうは言っても知識は時が経てば徐々に身につくだろう。
だがシアが死んでしまえば、俺達の婚約にケチがつき、バーン家との関係修復もほぼ不可能になる」
私はデリアンの口から出た具体的な「婚約」という二文字に衝撃を受けたあと、続いた言葉に耳を疑う。
つまりデリアンは個人的な感情ではなく、あくまでも自分の保身のためだけに私を生かそうとしているのだ。
「本当に、シアに死んで欲しくないと思う理由はそれだけ?
二年半前まではあなた達はとても仲が良かったのに」
今度はエルメティア姫が疑わしそうに問う番だった。
興奮して暴れる私を飛びながら横抱きにかかえ直し、カエインは美しい口元にニヤリ笑いを浮かべた。
「そう死に急ぐな。ちょうどいい時間帯なので……お前にいいものを見せてやろう」
「……いいもの……ですって?」
私は息がかかるほど近いカエインの顔を睨み上げる。
「ああ、そうだ」
カエインは頷くと羽ばたきの勢いを緩めて、下降する途中で漆黒の翼をマントに戻し、茂みの中へと降り立った。
それから私を地面に立たせると、前方へ向けて顎をしゃくってみせる。
「ほら、あそこだ」
「……えっ……?」
言われて顔を向けた木々の枝葉の間から、昨日デリアンとエルメティア姫が休憩していた今は無人のベンチが見えた。
瞳にしたとたん、デリアンに捨てられた辛い現実を思い出し、痛み出す胸を押さえた私を、カエインがバサッと両脇からマントで覆いこむ。
「……なっ……!?」
慌てて中から出ようとする胴体にカエインの腕が回り、低い声で制止される。
「いいからこのまま、二人が来るまで大人しくしていろ」
二人という言葉を耳にした瞬間、私の鼓動が、ドクッ、と大きく跳ね上がる。
「いいか、シア? デリアンもエティーも他人の気配にかなり鋭い。気づかれないようにくれぐれもこのマント内からは出ないように」
注意しながらカエインはマントの合わせ目を少し開き、内側にいる私からもベンチが見えるようにしてくれた。
そうして二人で身体を密着させた状態でしばらく待っていると――やがて笑いまじりの高い声とそれに応える低い声が聞こえてきて、歩いてくるデリアンとエルメティア姫の姿が見える。
昨日あんな出来事があったばかりなのに、二人は平気で同じベンチまでやってきて並んで腰を下ろす。
訓練で身体を動かしてきたのだろう、デリアンは汗ばみ乱れる金髪を左手で掻き上げると、自然な動作でエルメティアの腰に右手を回した。
相変わらず近い二人の距離感に、見ている私の胸が苦しくなる。
この場所に来て思い出したのか、エルメティア姫はデリアンの肩にもたれつつ、大きな嘆息をついた。
「しかし、昨日のシアの行動には驚いたわよね――思わずらしくもない、大声を上げてしまったわ。
まさか自分の守護剣さえ呼べない情けないあのシアに、自ら舌を噛み切る根性があるとはね!」
エルメティア姫が口にした「守護剣」とは、持ち主の魂と繋がっていて他者には扱えない「魔法剣」のこと。
材料であるアダマンタイトは稀少な鉱物で、製作技術を持つ魔法使いもごく少ないので、新規に造られることはほぼ無く、通常は一族などに受け継がれている既存の魔法剣を、誕生したばかりの子供の魂に紐づけて「守護剣」とする。
武勇を誇る名門の一族である我がバーン家にも代々伝わる幾つかの「魔法剣」があり、前当主の一人娘だったお母様とその従兄弟であるお父様、クリス兄様と私の家族四人全員が「守護剣持ち」である。
しかし誕生時に使い手の魂と紐づけられているとはいえ、使いこなすにはそれなりの鍛錬が必要になり、一人前の使い手となって初めて剣を自由に手元に呼び出せるようになるのだ。
当然のようにそれぞれ「守護剣持ち」であるデリアンは9歳で、エルメティア姫は11歳で自分の剣を呼べるようになっていた。
ところが私はエルメティア姫の言うように、この年になってもいまだに己の守護剣を呼び出すことができず、これまでずっと両親を、特に母を、失望させ続けてきた。
デリアンが精悍な顔を歪めて不愉快そうに吐き捨てる。
「感心するようなことではない。迷惑行為もいいところだ」
エルメティア姫はふふと笑い。
「まあ、いずれにしても、シアの入城の知らせを受けてから、もうだいぶ時間が経過したし、今頃、あなたや私のことをすっかり忘れている頃よ」
デリアンがやや疑わしそうな口調で問う。
「その『忘却の水』というのは本当に効くのか?」
「ええ、カエインに聞いた話によると効き過ぎるぐらいだそうよ。
飲んだ者は記憶がまっさらとなって赤子同然になってしまうから、最低限度の知識をシアに仕込むようにきちんとカエインに頼んで置いたわ。
それでも、傍目から見たら廃人同然の状態になるでしょうけどね――私なら、そんな惨めな姿を晒して生き延びるぐらいなら死んだほうがマシだわ」
エルメティア姫はさも愉快そうに喉を鳴らす。
「そうは言っても知識は時が経てば徐々に身につくだろう。
だがシアが死んでしまえば、俺達の婚約にケチがつき、バーン家との関係修復もほぼ不可能になる」
私はデリアンの口から出た具体的な「婚約」という二文字に衝撃を受けたあと、続いた言葉に耳を疑う。
つまりデリアンは個人的な感情ではなく、あくまでも自分の保身のためだけに私を生かそうとしているのだ。
「本当に、シアに死んで欲しくないと思う理由はそれだけ?
二年半前まではあなた達はとても仲が良かったのに」
今度はエルメティア姫が疑わしそうに問う番だった。
14
あなたにおすすめの小説
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
【完結】時戻り令嬢は復讐する
やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。
しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。
自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。
夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか?
迷いながらもユートリーは動き出す。
サスペンス要素ありの作品です。
設定は緩いです。
6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる