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第三章「忠実な魔法使い」
1、栄光と祝福の陰
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カエインが妖精郷に出向いてまで誂えたドレスは、着てみると気持ち悪いほど私の身にぴったりで、光沢のある白地に微細な七色の光の粒が浮かぶ不思議な布で織られていた。
しかしいくらドレスが綺麗でも、髪がこんな短くては台無しだと思っていたところ、カエインが器用な手付きで私の髪をピンで留め、アップ状態にしてから、大ぶりの花を模した髪飾りで留めてくれた。
そこにさらに宝石が散りばめられた見事な細工のネックレスに、お揃いのイヤリングと腕輪で飾り付けられる。
「さあ、これで完成だ。今日のシアは間違いなく世界で一番美しい。
白く透き通った肌に神秘的な菫色の瞳と可憐で清楚な顔立ち。シアは何もつけなくても充分美しいが、これ以上とない豪華な装いをさせることで、俺のシアへの熱愛ぶりが周囲にも伝わるだろう。
なにしろドレスだけではなく髪飾りもアクセサリーも、すべて妖精の職人が作った稀少なもので、お金を積んでも買えるようなものではないからな。
今夜のお前を見たらデリアンは男として大いに後悔し、エティーは女として激しく嫉妬するだろう」
「……」
「なんだシア、その疑いの眼は? いいか、よく聞け。
エティーはとにかく負けず嫌いで、自分の女性的魅力に絶対の自信を持っている。
加えて、何よりもお前が幸せそうにしているのを見ると腹が立つらしいのだ。
だから悔しがらせるには、女性としての魅力で差を見せつけた上で、俺の愛に包まれた幸福な女を演じるのが最も効果的だ」
セドリックにも「なぜか幼い頃から目の敵」にしていると言われたが、いったいエルメティアに不幸を願われるほどの私が何をしたというのだろう?
子供の頃からいつも刺激しないように大人しくしていただけなのに、実に不可解にして不条理で腹が立つ。
だいたいカエインの主張が正しいとしても、美しさや新恋人との仲を見せつけるなんていうお返しは、悪魔と呼ばれる男にしてはあまりにも地味過ぎる。
しかしよくよく冷静に思い返してみれば、知り合ってからのこの数日間、カエインは侮辱しても、首を絞めても、舌を噛んでも、全く怒らないどころか表面上は優しく親切でさえある。
言うことをきかない弟子も罰を与えず100年放置しているようだし、実のところ噂が先行しているだけの「甘い男」なのではないかという疑念すらおぼえる。
もしかしたらエルメティアへの仕返しにしても、今、口にしたような茶番としか思えない、生温いものしか考えていないのかもしれない。
だとしたらそもそも手を組む以前の問題だ。
なぜなら私が見たいのはデリアンとエルメティアが破滅して絶望する姿なのだから――
私は苛々した気分で時計を見上げたあと、いつものマント姿のカエインを睨みつける。
「ちょっと、カエイン。何のんびりベッドに寝そべっているの? あなたも早く着替えてちょうだい!
私の身支度に手間暇かけ過ぎて、とっくに誕生パーティーの開始時刻を過ぎてしまっているのよ?」
「まあ、そう焦るな、シア。主役は遅れて登場するものと相場が決まっている。
それに俺が纏っているマントは冥府製の貴重なもので、中に着ている衣装は『賢者の塔』の魔法使いの最上級の礼服だ」
「賢者の塔?」
「魔法使いの協会のことだ。とにかく着替える必要性は微塵も感じないし、黒づくめの俺と並んだほうがお前の白いドレスが映える。
大丈夫だ。今から行っても充分、二人の婚約発表には間に合うだろう」
やはりカエインも、エルメティアとデリアンが今日、婚約を発表することを知っていたのだ。
――塔を下りて会場へ向かう途中、カエインが思い出したように注意する。
「一応先に言っておくが、大広間では王族の血を受けたもの以外は守護剣は呼べないからな。
頼むからあの二人を襲おうだなんて妙な気は起こすなよ?」
カエインが私をどういう人間だと思っているのかがよく分かる発言だ。
しかしセドリックは居館部分で守護剣は呼べないとしか言わなかったが――
「ということは大広間でも王族の血縁者は守護剣が呼べるってこと?」
「ああ、そうだ。エルメティアはもちろん、前王朝の流れをくむお前の元婚約者も愛剣を呼び出せる」
つまり帯剣不可の場所であっても、いつでもあの二人は守護剣を呼び出して、私を真っ双つに斬り落とせるということか……。
「それとシア、今日のお前は記憶喪失のフリをするだけで、年齢相応にしゃべってもいいからな」
「……分かったわ、カエイン」
正直、演技力には自信がないので、廃人のフリをしなくていいのは有りがたい。
ようやく大広間前へと到着した私達は、大扉をくぐり、大勢の人がひしめき合う会場へと足を踏み入れる。
中に入ると、すでに招待客の視線は最奥にある一段高い場所に立つ三人――リューク王やエルメティアとデリアンに集中していた。
婚約発表にはギリギリ間に合ったらしく、奥へと進む途中で「このたび娘のエルメティアとカスター公デリアンが婚約する運びとなった」と告げるリューク王の力強い声が響き――とたん会場内から大きな歓声があがる――
今から大勢の人を掻き分けて目立つ前側へ行くのは難しそうだと、少し私ががっかりしていたところ。
夢のように美しい妖精製のドレスにアクセサリーと、滅多に人前に現れない魔性の美貌の魔法使いの登場効果は絶大だったらしい。
歩くごとに周囲のどよめきが高まっていき、とうとう遠目から壇上の三人の注意を引きつけるまでになった。
こちらを見た瞬間――エルメティアはハッとしたように口を押さえ、デリアンは彫像のようにその場で硬直する――
唯一リューク王だけが平然としたようすで、先の内乱での二人での活躍ぶりを称えたあと、この婚姻が王国の栄光の歴史を築く礎になると言い切る。
たちまち大きな拍手が巻き起こり、リューク王に名を呼ばれた二人が我に返ったように前に進み出る。
私はといえば、二人を動揺させられたことが異様に嬉しくて、愉快な気分で壇上を眺めることができた。
簒奪王リュークは、内乱後に一気に老け込んだ印象で、見るたびに白髪が増えて、目が落ち窪み、頬がこけていくようだった。
比べて今が最盛期であるデリアンは、黄金の鬣のような髪をまばゆく煌かせ、飾りの多い紺色の軍服に真紅のマントを羽織り、王より頭一個分ほど高い長身から堂々と会場を見下ろしている。
その横で肩を抱かれるエルメティアも、今夜のために誂えたのか金と宝石を散りばめたような豪華な真紅のドレスを着て、炎のような赤い巻髪を揺らして招待客へと手を振っている。
――二人とも、せいぜい今は仮初めの栄光と幸福の美酒に酔いしれるがいい。
いつか必ずやその高みから引きずり落として、惨めに地面に這いつくばらせた状態で上から踏みつけにしてやる!
改めて復讐を誓う私の瞳に、その時、エルメティアがドレスの裾をたくしあげ、ブーツで壇上を蹴って飛び降りる姿が映った。
しかしいくらドレスが綺麗でも、髪がこんな短くては台無しだと思っていたところ、カエインが器用な手付きで私の髪をピンで留め、アップ状態にしてから、大ぶりの花を模した髪飾りで留めてくれた。
そこにさらに宝石が散りばめられた見事な細工のネックレスに、お揃いのイヤリングと腕輪で飾り付けられる。
「さあ、これで完成だ。今日のシアは間違いなく世界で一番美しい。
白く透き通った肌に神秘的な菫色の瞳と可憐で清楚な顔立ち。シアは何もつけなくても充分美しいが、これ以上とない豪華な装いをさせることで、俺のシアへの熱愛ぶりが周囲にも伝わるだろう。
なにしろドレスだけではなく髪飾りもアクセサリーも、すべて妖精の職人が作った稀少なもので、お金を積んでも買えるようなものではないからな。
今夜のお前を見たらデリアンは男として大いに後悔し、エティーは女として激しく嫉妬するだろう」
「……」
「なんだシア、その疑いの眼は? いいか、よく聞け。
エティーはとにかく負けず嫌いで、自分の女性的魅力に絶対の自信を持っている。
加えて、何よりもお前が幸せそうにしているのを見ると腹が立つらしいのだ。
だから悔しがらせるには、女性としての魅力で差を見せつけた上で、俺の愛に包まれた幸福な女を演じるのが最も効果的だ」
セドリックにも「なぜか幼い頃から目の敵」にしていると言われたが、いったいエルメティアに不幸を願われるほどの私が何をしたというのだろう?
子供の頃からいつも刺激しないように大人しくしていただけなのに、実に不可解にして不条理で腹が立つ。
だいたいカエインの主張が正しいとしても、美しさや新恋人との仲を見せつけるなんていうお返しは、悪魔と呼ばれる男にしてはあまりにも地味過ぎる。
しかしよくよく冷静に思い返してみれば、知り合ってからのこの数日間、カエインは侮辱しても、首を絞めても、舌を噛んでも、全く怒らないどころか表面上は優しく親切でさえある。
言うことをきかない弟子も罰を与えず100年放置しているようだし、実のところ噂が先行しているだけの「甘い男」なのではないかという疑念すらおぼえる。
もしかしたらエルメティアへの仕返しにしても、今、口にしたような茶番としか思えない、生温いものしか考えていないのかもしれない。
だとしたらそもそも手を組む以前の問題だ。
なぜなら私が見たいのはデリアンとエルメティアが破滅して絶望する姿なのだから――
私は苛々した気分で時計を見上げたあと、いつものマント姿のカエインを睨みつける。
「ちょっと、カエイン。何のんびりベッドに寝そべっているの? あなたも早く着替えてちょうだい!
私の身支度に手間暇かけ過ぎて、とっくに誕生パーティーの開始時刻を過ぎてしまっているのよ?」
「まあ、そう焦るな、シア。主役は遅れて登場するものと相場が決まっている。
それに俺が纏っているマントは冥府製の貴重なもので、中に着ている衣装は『賢者の塔』の魔法使いの最上級の礼服だ」
「賢者の塔?」
「魔法使いの協会のことだ。とにかく着替える必要性は微塵も感じないし、黒づくめの俺と並んだほうがお前の白いドレスが映える。
大丈夫だ。今から行っても充分、二人の婚約発表には間に合うだろう」
やはりカエインも、エルメティアとデリアンが今日、婚約を発表することを知っていたのだ。
――塔を下りて会場へ向かう途中、カエインが思い出したように注意する。
「一応先に言っておくが、大広間では王族の血を受けたもの以外は守護剣は呼べないからな。
頼むからあの二人を襲おうだなんて妙な気は起こすなよ?」
カエインが私をどういう人間だと思っているのかがよく分かる発言だ。
しかしセドリックは居館部分で守護剣は呼べないとしか言わなかったが――
「ということは大広間でも王族の血縁者は守護剣が呼べるってこと?」
「ああ、そうだ。エルメティアはもちろん、前王朝の流れをくむお前の元婚約者も愛剣を呼び出せる」
つまり帯剣不可の場所であっても、いつでもあの二人は守護剣を呼び出して、私を真っ双つに斬り落とせるということか……。
「それとシア、今日のお前は記憶喪失のフリをするだけで、年齢相応にしゃべってもいいからな」
「……分かったわ、カエイン」
正直、演技力には自信がないので、廃人のフリをしなくていいのは有りがたい。
ようやく大広間前へと到着した私達は、大扉をくぐり、大勢の人がひしめき合う会場へと足を踏み入れる。
中に入ると、すでに招待客の視線は最奥にある一段高い場所に立つ三人――リューク王やエルメティアとデリアンに集中していた。
婚約発表にはギリギリ間に合ったらしく、奥へと進む途中で「このたび娘のエルメティアとカスター公デリアンが婚約する運びとなった」と告げるリューク王の力強い声が響き――とたん会場内から大きな歓声があがる――
今から大勢の人を掻き分けて目立つ前側へ行くのは難しそうだと、少し私ががっかりしていたところ。
夢のように美しい妖精製のドレスにアクセサリーと、滅多に人前に現れない魔性の美貌の魔法使いの登場効果は絶大だったらしい。
歩くごとに周囲のどよめきが高まっていき、とうとう遠目から壇上の三人の注意を引きつけるまでになった。
こちらを見た瞬間――エルメティアはハッとしたように口を押さえ、デリアンは彫像のようにその場で硬直する――
唯一リューク王だけが平然としたようすで、先の内乱での二人での活躍ぶりを称えたあと、この婚姻が王国の栄光の歴史を築く礎になると言い切る。
たちまち大きな拍手が巻き起こり、リューク王に名を呼ばれた二人が我に返ったように前に進み出る。
私はといえば、二人を動揺させられたことが異様に嬉しくて、愉快な気分で壇上を眺めることができた。
簒奪王リュークは、内乱後に一気に老け込んだ印象で、見るたびに白髪が増えて、目が落ち窪み、頬がこけていくようだった。
比べて今が最盛期であるデリアンは、黄金の鬣のような髪をまばゆく煌かせ、飾りの多い紺色の軍服に真紅のマントを羽織り、王より頭一個分ほど高い長身から堂々と会場を見下ろしている。
その横で肩を抱かれるエルメティアも、今夜のために誂えたのか金と宝石を散りばめたような豪華な真紅のドレスを着て、炎のような赤い巻髪を揺らして招待客へと手を振っている。
――二人とも、せいぜい今は仮初めの栄光と幸福の美酒に酔いしれるがいい。
いつか必ずやその高みから引きずり落として、惨めに地面に這いつくばらせた状態で上から踏みつけにしてやる!
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