【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

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第三章「忠実な魔法使い」

4、束の間の帰宅

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 カエインの仕事の早さは予想以上で、別れた足で一階にある浴室に向かった私が湯浴みを終えて出てきた時には、すでに用事を終えて続きの間で待ち構えている状態だった。

「シア、ほら、これは調べてきたデリアンとエティーの予定を書いた紙で、こっちは金貨と虫除け液が入った袋だ」
 
 私はカエインから紙と革袋を受け取りながら疑問の声をあげる。

「虫除け液?」

「魔力を帯びた昆虫を周囲に寄せつけなくする薬だ。この俺が調合した。
 出かける際は半日おきに香水のようにつけるといい」

 どうやらアロイスの監視を避けるための薬らしい。

「城の厩にもシア専用の最高の馬を三頭用意しておいたので、利用したい時はいつでも厩番に声をかけるといい。
 城内の衛兵にもいちいち呼び止めないように周知し、城中の魔法扉もシアを通すよう設定しておいた」

 肌にこびりついた血を洗い流すのに手間取って長めだったとはいえ、入浴時間内にすべて頼み事を片付けてくるとは思わなかった。

「ありがとう、カエイン」

 出会ってから初めてかもしれないお礼の言葉を言って、私は待ちきれずに受け取った紙に目を通す。

「他にも何かあれば気軽に申し付けてくれ」

 私は少し考えてから、薄っすらと笑みを浮かべるカエインの整った顔を見上げる。

「だったらお言葉に甘えてさっそく頼みたいんだけどいいかしら? 
 明日、侯爵家へ荷物を取りに帰りたいから、朝食前の早朝に牢屋まで迎えに来てくれる?」

「早朝か……、早起きは苦手だけど、シアのためなら頑張ろう」



 気色悪いほどけなげな態度のカエインに別れを告げ、私はいったん地下一階へと降りて隠し通路を通り、牢獄へと続く階段の入り口部分へ到達する。
 難攻不落のルーン城は攻め込まれたことを想定して、非常に内部が入り組んだ複雑な構造をしている。
 最短でここから外へ出る経路を知りたいが、さすがに城内図を要求すればカエインに怪しまれそうな気もする。

 ここは晴れて城内のどこでも自由に行き来できるようになったことだし、調べるついでに足で歩いて、本番に備えてしっかり道順を頭に叩きこんでおいたほうがいいかもしれない。

 考えながら長い階段を降りて牢屋内に戻った私は、誕生パーティーの話はそこそこにして、貰った紙を見せながらセドリックと話し合う。

「どうやら来週からデリアンとエルメティアは、仲良く数週間かけて辺境の見回りに出かけるみたいね」

「だったらその不在期間の数週間を狙って脱獄したほうがいいね」

「そうね、セドリック」

 脱獄に際しては、世界で一番硬いアダマンタイト製の剣ならば、岩でできたゴーレムをも破壊して突破できるはず。
 ついでに言うと鉄の剣を持った者が何人、目の前に立ち塞がろうと殺される気はしない。

 ただしこの強力な守護剣の能力を持ってしても、現在の私の腕前では、王国最強の剣士であるデリアンを倒すのは難しいだろう。
 それでも自分一人であるなら恨みを晴らすために挑みたい気持ちはあれど、今はセドリックを無事に逃がすことが先決だ。

 同じ理由で今はエルメティアや家族と戦っている場合ではないので、デリアンとエルメティアが城を留守にしていて、かつ家族が城に出仕していない時を狙って脱獄するべきだろう。


 その晩は寝るまでセドリックと具体的な脱獄の段取りを相談し、翌日の早朝、私は牢屋へ迎えに来たカエインと共に侯爵家の屋敷へと向かった。

 漆黒の羽を広げるカエインに抱かれて王都の上空を飛んで行き、近づいてきた侯爵家の庭を見下ろした私は、すぐにいつものように訓練場にて朝一稽古をするクリス兄様の姿を発見する。
 領地へ移動する前日なので今日は屋敷にいるはずだと踏んで帰って来たのだが、早朝訓練を行っていないということは両親は不在ということだ。

 バーン家の者は必ず早起きして己を鍛錬するのが日課であり、私も18年間ほぼ一日たりとも欠かさず、朝一から強制訓練をさせられてきた。

 おもに母にしごかれることが多かったが、クリス兄様とも数え切れないほど手合わせしてきた。
 懐かしく過去を思い起こす脳裏に、ふっと母に一度だけ言われた「お前の剣は実の兄を愚弄している」という苦言が蘇る。

 思えば私のやる気のなさが一番、母を失望させてきたのだ……。

 物思いに耽っている間にカエインが庭へと下降し始め、声をかける前にクリス兄様が気がつき、ぎょっとした顔で見上げて叫ぶ。

「シア……!?」

「ただいま、クリス兄様」

 クリス兄様は守護剣を腰から下げた鞘へと戻し、私達が地面に降り立つのを待ってから、緊張した面持ちで問いかける。

「すると、あなたはもしかしてカエイン・ネイル様ですか?」

「ああ、いかにも」

 カエインは短く答え、戸惑いの表情を浮かべたクリス兄様が、歩み寄ってきて私の手を取る。

「シア、魔法薬の副作用で、しばらく城で暮らさねばならないという知らせを受けたが、本当なのか?」 

 侯爵家に伝えた内容については、ここへの移動中に確認済みだった。

「ええ、そうなの……そのせいで……記憶が混濁して……家族以外のことがほとんど分からない状態で……。
 何か思い出そうとするたびに耐え難い頭痛に襲われ、頻繁にカエイン様に癒して貰う必要があるので、症状が無くなるまで城で暮らさないといけないの。
 今日はだから、荷物を取りに来たのよ」

「そうか、家族以外の記憶が……」

 重く頷くクリス兄様に、私は今日ここへ来た目的の質問をする。

「ところでお父様とお母様は?」

「どちらともお前と一緒に別れて以来会っていないが、今日の昼までには屋敷へ帰ってくるはずだ。
 俺も合わせて城から暇を貰ったので領地へ帰る予定だったが……シア、お前が王都へ留まるなら……」

「駄目よ、クリス兄様。私のことは気にせず領地へ帰って……!
 私のことはカエイン様がいらっしゃるから心配しなくても大丈夫よ」

 説得力を出すために隣にいるカエインの腰に抱きつくと、すぐさま応えるように両腕でしっかりと抱き返される。

「ああ、シアのことは俺に全面的に任せて頂きたい。
 侯爵令嬢としての名誉を傷つけないように、ご家族のお許しが頂けるなら、正式にシアを妻に迎えたいと思っている」

 クリス兄様が驚愕の表情を浮かべる。

「妻? 数日でそんな話にまでなっていたのか?」

 私も初耳だ。
 これ以上、勝手に家族と具体的な話を進められるのは迷惑なので、慌ててカエインに昼過ぎに迎えに来るように頼んで一度帰って貰い、自分は屋敷へ入って荷作りすることにした。


 そうして数日ぶりに戻った自室で、最低限度の着替えや金目の物を革袋に詰めこんでいたとき、侍女のエリスが両親の帰宅と、昼食の用意ができたという知らせを告げにやってきた――
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