【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

文字の大きさ
22 / 67
第三章「忠実な魔法使い」

3、金獅子の咆哮

 少し前の私なら、デリアンは自分への愛情ゆえに必死に走ってきていると思っただろう。
 しかし冷たく切り捨てられて、厄介払いに記憶まで消されそうになった今となっては、祝いの席でこれ以上騒ぎを大きくしたくないがための行動だと察せられる。

 つまり英雄デリアンは慈悲深くも「死んだほうがすっきりする」私の命を、体面的な理由で二度までも助けてくれようとしているのだ。
 とても有り難くて反吐が出そうだが、あいにく距離的にデリアンの到着よりも、イヴァンの剣が私を斬りつけるほうが早い――

 とはいえ、幼少時から過酷な軍事訓練を受けてきたバーン家の娘の私には、軟弱なイヴァンごときの剣をかわすなど造作もなきこと。

 記憶喪失ではないと気づかれる可能性はあるが、復讐を遂げるまでは死ぬわけにはいかない。
 この場は致し方ないと間合いを読み、半歩下がって身をのけぞらせようとしていたとき。

 ――シュン――と鋭い風切り音が走り、イヴァンの手から一瞬で剣が上方へと弾け飛ぶ――
 
 次の刹那、漆黒の影が舞い降りてきて、私を庇うように目の前に立ち塞がった。

「おっ、お前は誰だ!」

「初めましてイヴァン殿下、私めはアスティリア王国の宮廷魔法使いカエイン・ネイルと申します。
 恋人のシアがあなた様に何かご無礼を働いたのなら、かわりに私より謝罪させて頂きましょう」

「カ、カエイン・ネイルだと!!」

 いつもより丁寧口調なカエインの口上のあと、裏返った声のイヴァンの叫びがあがる。
 私がカエインの陰から出て見てみると、ちょうど恐怖の表情を浮かべて後じさったイヴァンが、後ろで立ち止まった人物にぶつかるところだった。

「アレイシア!!」

 ――と、突然、空気を振動させる気迫のこもった大音声で名前を呼ばれ、凄まじい形相をしたデリアンの顔を目にした瞬間――
 私の身体の芯を電流のような衝撃が貫き、思わず手から生首を落としてしまう。

 波打つ黄金の髪と呼吸を乱したデリアンは、怒りなのか苛立ちなのか、空色の瞳を激情で燃やし、イヴァンの背後から私をまっすぐ見据えていた。
 その左手には走りながら呼び出したらしい、大剣『狂戦士の剣』が握られている――

 そこでカエインが身を竦ませて固まった私を、頭から覆い隠すようにマントで包み込む。

「申し訳ないがカスター公、この通りシアは血で汚れて気も動転している。
 今日はこのまま下がらせて頂くので――何か用事があれば後日改めて俺の元を訪ねて貰えないか?」

「……っ!」

 悔しそうにデリアンが息を飲む音がして、カエインがマントごしに私の肩を抱いて歩き出す。

    なぜだか私は全身が痺れて鼓動が高鳴って息があがり、大広間を出てマントが開かれるまで、すっかり意識が飛んだ状態だった。

「なかなか楽しい趣向だっただろう?」

 楽しそうな声で横から問われ、ハッ、としてから、深い溜め息をついた私は、不快さもあらわに感想を述べる。

「――あなたの仕業だったのね、カエイン……。
 はっきり言って、出だしと途中までは楽しかったけど、最後のあれには酷く興冷めしたわ」

 カエインは悪びれない調子で事実を認める。

「どうにも俺の可愛いシアが笑いものにされているのを見逃せなくてね。ほんの少しだけイヴァンに幻聴と幻覚を見せただけだ。
 と言っても、カスター公やエティーのような精神力の強い人間には通じぬ種類のものだがな」

 イヴァンは子供の頃から去勢を張る割に気が弱く、些細なことで驚いては飛び上がるので、面白がったエルメティアによくからかわれていた。
 セドリックはなぜ「イヴァンを結婚相手に選らばなかったのか」と不思議がっていたが、この判断ばかりはリューク王とエルメティアを支持せざるを得ない。

「そんなことよりもシア、久しぶりにエティーに誘惑されても断わった、一途な俺を誉めて欲しいな」

 人が三人も殺されたのに「そんなこと」だと軽く流すこの男は、やはりとんでもない悪魔だ。

「なぜ誉めるの? そこは誘いを受けてエティーを弄んでから捨ててこそ、完璧な復讐になるでしょうに」

「そうしようにも、誘われてもその気にならないものは仕方がない。
 以前は可愛く見えたエティーの奔放で甘え上手な性格も、厳しくも刺激的なシアの性格を知った今では、まるで味気なく感じられてしまうのだから……」

 刺激的と言われ、私はデリアンに大声で呼ばれて凄まれた時の、雷に打たれたような激しい感覚を思い出す。

 続いて動揺する二人の様子を見た時の楽しい気分や、デリアンに睨まれて嬉しかったことを思い返し、暗い喜びが胸にこみあげてくる。

 たしかに先日カエインが言っていたように「なんとも」思われずに、存在を無視されているよりは、今日のように邪魔者だと敵意を持たれるほうがずっといい。
 忘れさられるぐらいなら、いっそ激しくデリアンに「憎まれ」たい!!

 だからもっともっとえぐって、デリアンに私を深く「刻みつけ」なくては――激しい恋のように、一時も私のことが頭から離れずに、憎しみと怒りで胸を焦がすように――


 魔法使い達の居住区に戻ったカエインは、レイヴンに湯浴みの準備を頼んでから、期待をこめたような熱っぽい瞳で私を見下ろす。

「今夜こそは俺のベッドで一緒に休むだろう?」

 いつもなら無視か冷たい拒絶の言葉を吐くところだが、これからの計画を思い、私は態度を軟化することにした。

「まだその気にはならないけど、あなたの今後の行い次第では、そのうち、あの豪華なベッドで眠る気になるかもしれないわ」

 カエインの金色の瞳が輝き、美しい口もとがほころぶ。

「だったら一日も早くシアがその気になるように努力しないとな。
 差し当たっては、今から急いで一昨日シアに頼まれた用件を片付けて来よう」

 張り切ったように言ったそばからカエインは漆黒のマントと髪を靡かせ、速やかにその場を立ち去って行った――


感想 43

あなたにおすすめの小説

【完結】愛とは呼ばせない

野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。 二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。 しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。 サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。 二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、 まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。 サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。 しかし、そうはならなかった。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

【完結】時戻り令嬢は復讐する

やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。 しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。 自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。 夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか? 迷いながらもユートリーは動き出す。 サスペンス要素ありの作品です。 設定は緩いです。 6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。

【完結】試される愛の果て

野村にれ
恋愛
一つの爵位の差も大きいとされるデュラート王国。 スノー・レリリス伯爵令嬢は、恵まれた家庭環境とは言えず、 8歳の頃から家族と離れて、祖父母と暮らしていた。 8年後、学園に入学しなくてはならず、生家に戻ることになった。 その後、思いがけない相手から婚約を申し込まれることになるが、 それは喜ぶべき縁談ではなかった。 断ることなったはずが、相手と関わることによって、 知りたくもない思惑が明らかになっていく。

幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています