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第三章「忠実な魔法使い」
3、金獅子の咆哮
少し前の私なら、デリアンは自分への愛情ゆえに必死に走ってきていると思っただろう。
しかし冷たく切り捨てられて、厄介払いに記憶まで消されそうになった今となっては、祝いの席でこれ以上騒ぎを大きくしたくないがための行動だと察せられる。
つまり英雄デリアンは慈悲深くも「死んだほうがすっきりする」私の命を、体面的な理由で二度までも助けてくれようとしているのだ。
とても有り難くて反吐が出そうだが、あいにく距離的にデリアンの到着よりも、イヴァンの剣が私を斬りつけるほうが早い――
とはいえ、幼少時から過酷な軍事訓練を受けてきたバーン家の娘の私には、軟弱なイヴァンごときの剣をかわすなど造作もなきこと。
記憶喪失ではないと気づかれる可能性はあるが、復讐を遂げるまでは死ぬわけにはいかない。
この場は致し方ないと間合いを読み、半歩下がって身をのけぞらせようとしていたとき。
――シュン――と鋭い風切り音が走り、イヴァンの手から一瞬で剣が上方へと弾け飛ぶ――
次の刹那、漆黒の影が舞い降りてきて、私を庇うように目の前に立ち塞がった。
「おっ、お前は誰だ!」
「初めましてイヴァン殿下、私めはアスティリア王国の宮廷魔法使いカエイン・ネイルと申します。
恋人のシアがあなた様に何かご無礼を働いたのなら、かわりに私より謝罪させて頂きましょう」
「カ、カエイン・ネイルだと!!」
いつもより丁寧口調なカエインの口上のあと、裏返った声のイヴァンの叫びがあがる。
私がカエインの陰から出て見てみると、ちょうど恐怖の表情を浮かべて後じさったイヴァンが、後ろで立ち止まった人物にぶつかるところだった。
「アレイシア!!」
――と、突然、空気を振動させる気迫のこもった大音声で名前を呼ばれ、凄まじい形相をしたデリアンの顔を目にした瞬間――
私の身体の芯を電流のような衝撃が貫き、思わず手から生首を落としてしまう。
波打つ黄金の髪と呼吸を乱したデリアンは、怒りなのか苛立ちなのか、空色の瞳を激情で燃やし、イヴァンの背後から私をまっすぐ見据えていた。
その左手には走りながら呼び出したらしい、大剣『狂戦士の剣』が握られている――
そこでカエインが身を竦ませて固まった私を、頭から覆い隠すようにマントで包み込む。
「申し訳ないがカスター公、この通りシアは血で汚れて気も動転している。
今日はこのまま下がらせて頂くので――何か用事があれば後日改めて俺の元を訪ねて貰えないか?」
「……っ!」
悔しそうにデリアンが息を飲む音がして、カエインがマントごしに私の肩を抱いて歩き出す。
なぜだか私は全身が痺れて鼓動が高鳴って息があがり、大広間を出てマントが開かれるまで、すっかり意識が飛んだ状態だった。
「なかなか楽しい趣向だっただろう?」
楽しそうな声で横から問われ、ハッ、としてから、深い溜め息をついた私は、不快さもあらわに感想を述べる。
「――あなたの仕業だったのね、カエイン……。
はっきり言って、出だしと途中までは楽しかったけど、最後のあれには酷く興冷めしたわ」
カエインは悪びれない調子で事実を認める。
「どうにも俺の可愛いシアが笑いものにされているのを見逃せなくてね。ほんの少しだけイヴァンに幻聴と幻覚を見せただけだ。
と言っても、カスター公やエティーのような精神力の強い人間には通じぬ種類のものだがな」
イヴァンは子供の頃から去勢を張る割に気が弱く、些細なことで驚いては飛び上がるので、面白がったエルメティアによくからかわれていた。
セドリックはなぜ「イヴァンを結婚相手に選らばなかったのか」と不思議がっていたが、この判断ばかりはリューク王とエルメティアを支持せざるを得ない。
「そんなことよりもシア、久しぶりにエティーに誘惑されても断わった、一途な俺を誉めて欲しいな」
人が三人も殺されたのに「そんなこと」だと軽く流すこの男は、やはりとんでもない悪魔だ。
「なぜ誉めるの? そこは誘いを受けてエティーを弄んでから捨ててこそ、完璧な復讐になるでしょうに」
「そうしようにも、誘われてもその気にならないものは仕方がない。
以前は可愛く見えたエティーの奔放で甘え上手な性格も、厳しくも刺激的なシアの性格を知った今では、まるで味気なく感じられてしまうのだから……」
刺激的と言われ、私はデリアンに大声で呼ばれて凄まれた時の、雷に打たれたような激しい感覚を思い出す。
続いて動揺する二人の様子を見た時の楽しい気分や、デリアンに睨まれて嬉しかったことを思い返し、暗い喜びが胸にこみあげてくる。
たしかに先日カエインが言っていたように「なんとも」思われずに、存在を無視されているよりは、今日のように邪魔者だと敵意を持たれるほうがずっといい。
忘れさられるぐらいなら、いっそ激しくデリアンに「憎まれ」たい!!
だからもっともっとえぐって、デリアンに私を深く「刻みつけ」なくては――激しい恋のように、一時も私のことが頭から離れずに、憎しみと怒りで胸を焦がすように――
魔法使い達の居住区に戻ったカエインは、レイヴンに湯浴みの準備を頼んでから、期待をこめたような熱っぽい瞳で私を見下ろす。
「今夜こそは俺のベッドで一緒に休むだろう?」
いつもなら無視か冷たい拒絶の言葉を吐くところだが、これからの計画を思い、私は態度を軟化することにした。
「まだその気にはならないけど、あなたの今後の行い次第では、そのうち、あの豪華なベッドで眠る気になるかもしれないわ」
カエインの金色の瞳が輝き、美しい口もとがほころぶ。
「だったら一日も早くシアがその気になるように努力しないとな。
差し当たっては、今から急いで一昨日シアに頼まれた用件を片付けて来よう」
張り切ったように言ったそばからカエインは漆黒のマントと髪を靡かせ、速やかにその場を立ち去って行った――
しかし冷たく切り捨てられて、厄介払いに記憶まで消されそうになった今となっては、祝いの席でこれ以上騒ぎを大きくしたくないがための行動だと察せられる。
つまり英雄デリアンは慈悲深くも「死んだほうがすっきりする」私の命を、体面的な理由で二度までも助けてくれようとしているのだ。
とても有り難くて反吐が出そうだが、あいにく距離的にデリアンの到着よりも、イヴァンの剣が私を斬りつけるほうが早い――
とはいえ、幼少時から過酷な軍事訓練を受けてきたバーン家の娘の私には、軟弱なイヴァンごときの剣をかわすなど造作もなきこと。
記憶喪失ではないと気づかれる可能性はあるが、復讐を遂げるまでは死ぬわけにはいかない。
この場は致し方ないと間合いを読み、半歩下がって身をのけぞらせようとしていたとき。
――シュン――と鋭い風切り音が走り、イヴァンの手から一瞬で剣が上方へと弾け飛ぶ――
次の刹那、漆黒の影が舞い降りてきて、私を庇うように目の前に立ち塞がった。
「おっ、お前は誰だ!」
「初めましてイヴァン殿下、私めはアスティリア王国の宮廷魔法使いカエイン・ネイルと申します。
恋人のシアがあなた様に何かご無礼を働いたのなら、かわりに私より謝罪させて頂きましょう」
「カ、カエイン・ネイルだと!!」
いつもより丁寧口調なカエインの口上のあと、裏返った声のイヴァンの叫びがあがる。
私がカエインの陰から出て見てみると、ちょうど恐怖の表情を浮かべて後じさったイヴァンが、後ろで立ち止まった人物にぶつかるところだった。
「アレイシア!!」
――と、突然、空気を振動させる気迫のこもった大音声で名前を呼ばれ、凄まじい形相をしたデリアンの顔を目にした瞬間――
私の身体の芯を電流のような衝撃が貫き、思わず手から生首を落としてしまう。
波打つ黄金の髪と呼吸を乱したデリアンは、怒りなのか苛立ちなのか、空色の瞳を激情で燃やし、イヴァンの背後から私をまっすぐ見据えていた。
その左手には走りながら呼び出したらしい、大剣『狂戦士の剣』が握られている――
そこでカエインが身を竦ませて固まった私を、頭から覆い隠すようにマントで包み込む。
「申し訳ないがカスター公、この通りシアは血で汚れて気も動転している。
今日はこのまま下がらせて頂くので――何か用事があれば後日改めて俺の元を訪ねて貰えないか?」
「……っ!」
悔しそうにデリアンが息を飲む音がして、カエインがマントごしに私の肩を抱いて歩き出す。
なぜだか私は全身が痺れて鼓動が高鳴って息があがり、大広間を出てマントが開かれるまで、すっかり意識が飛んだ状態だった。
「なかなか楽しい趣向だっただろう?」
楽しそうな声で横から問われ、ハッ、としてから、深い溜め息をついた私は、不快さもあらわに感想を述べる。
「――あなたの仕業だったのね、カエイン……。
はっきり言って、出だしと途中までは楽しかったけど、最後のあれには酷く興冷めしたわ」
カエインは悪びれない調子で事実を認める。
「どうにも俺の可愛いシアが笑いものにされているのを見逃せなくてね。ほんの少しだけイヴァンに幻聴と幻覚を見せただけだ。
と言っても、カスター公やエティーのような精神力の強い人間には通じぬ種類のものだがな」
イヴァンは子供の頃から去勢を張る割に気が弱く、些細なことで驚いては飛び上がるので、面白がったエルメティアによくからかわれていた。
セドリックはなぜ「イヴァンを結婚相手に選らばなかったのか」と不思議がっていたが、この判断ばかりはリューク王とエルメティアを支持せざるを得ない。
「そんなことよりもシア、久しぶりにエティーに誘惑されても断わった、一途な俺を誉めて欲しいな」
人が三人も殺されたのに「そんなこと」だと軽く流すこの男は、やはりとんでもない悪魔だ。
「なぜ誉めるの? そこは誘いを受けてエティーを弄んでから捨ててこそ、完璧な復讐になるでしょうに」
「そうしようにも、誘われてもその気にならないものは仕方がない。
以前は可愛く見えたエティーの奔放で甘え上手な性格も、厳しくも刺激的なシアの性格を知った今では、まるで味気なく感じられてしまうのだから……」
刺激的と言われ、私はデリアンに大声で呼ばれて凄まれた時の、雷に打たれたような激しい感覚を思い出す。
続いて動揺する二人の様子を見た時の楽しい気分や、デリアンに睨まれて嬉しかったことを思い返し、暗い喜びが胸にこみあげてくる。
たしかに先日カエインが言っていたように「なんとも」思われずに、存在を無視されているよりは、今日のように邪魔者だと敵意を持たれるほうがずっといい。
忘れさられるぐらいなら、いっそ激しくデリアンに「憎まれ」たい!!
だからもっともっとえぐって、デリアンに私を深く「刻みつけ」なくては――激しい恋のように、一時も私のことが頭から離れずに、憎しみと怒りで胸を焦がすように――
魔法使い達の居住区に戻ったカエインは、レイヴンに湯浴みの準備を頼んでから、期待をこめたような熱っぽい瞳で私を見下ろす。
「今夜こそは俺のベッドで一緒に休むだろう?」
いつもなら無視か冷たい拒絶の言葉を吐くところだが、これからの計画を思い、私は態度を軟化することにした。
「まだその気にはならないけど、あなたの今後の行い次第では、そのうち、あの豪華なベッドで眠る気になるかもしれないわ」
カエインの金色の瞳が輝き、美しい口もとがほころぶ。
「だったら一日も早くシアがその気になるように努力しないとな。
差し当たっては、今から急いで一昨日シアに頼まれた用件を片付けて来よう」
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