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第四章「歓喜の瞬間」
6、カエインの正体
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クティルス神殿は室内だけではなく、廊下の床や壁や天井も白く、建物全体が石造りのようだった。
私達がいた部屋は一番奥まった場所にあるらしく、大きな像が置かれた広いホールを通り抜けてからさらに距離を歩いた。
途中すれ違った人間がいちいち立ち止まって恭しく挨拶してくる。
カエインはとある部屋の前で足を止めると、いきなりノックもせずに扉を開いた。
「入るぞ」
「カエイン様」
振り返った椅子に座るレイヴンの前の、部屋の中央部に置かれたベッドには、銀色の長い髪をほどいて横たわるセドリックの姿が見えた。
「セドリック!」
「シア……?」
思わず叫んで駆け寄り、上半身を起こしたセドリックの飛びついて、身体の温もりを確かめるように両腕でしっかりと抱きしめる。
「あなたが死んでしまうかと思った!」
「ごめんね、シア、心配をかけてしまって。
……僕は本当に愚かだった……」
「ううん」
かぶりをふりながら少し身を離し、セドリックの顔を両手で挟んで様子を確認する。
若干やつれてはいたが、麗しい輪郭を描く頬には赤みがさし、唇も淡い薔薇色で、緑色の瞳も澄んでいた。
「病に倒れたのは、牢屋暮らしの長かったあなたに無理をさせた私のせいでもあるわ……」
セドリックは即座に私の発言を打ち消す。
「いいや、シアには何一つ非はない! 全面的に悪いのはこの僕だ!
歴史上、幾度も大陸中に蔓延して多くの国々を死体で溢れさせた、疫病の怖さは本で読んで充分知っていたつもりなのに……うかつなんていうものじゃなかった……!」
長い睫毛と唇を震わせるセドリックの言葉に続けるように、レイヴンが私の顔を睨みつけながら嫌みったらしく言う。
「アスティリア王国は建国以来、カエイン様の知識のおかげで疫病が流行したことがありませんからね」
「よけいなことは言うな、レイヴン……」
「いいえ、ここは重要なことなのでぜひとも言わせて頂きます!
アレイシア様! カエイン様は魔法使いの叡智の結晶である『賢者の珠』の継承者にして、『賢者の塔』の『塔主』であり、この世界でただ一人、自由に人間界と妖精界と冥界の三界を行き来できる、かけがえのない、神にも等しい存在なのです。
あなたごときが個人的な都合で殺していいような相手ではありません!」
「……塔主?」
「『賢者の塔』の代表者のことです。つまりカエイン様は世界中の魔法使いの中で一番偉い方なのです」
「いい加減にしろレイヴン、席を外せ!」
「……分かりました……」
言いたいことを言い終えたのか、カエインに叱責されたレイヴンは素直に頷き、私を一睨みしてから部屋を出て行った。
私がしたことを思えば当然かもしれないが、すっかり彼には嫌われてしまったようだ。
深く溜め息をつき、腕組みにしてからカエインに向き直る。
「今の話は本当なの?」
「……まあな……」
あっさりと認めるカエインの整いきった顔をしばし無言で凝視したあと、私は「はっ!」と吹き出し笑いする。
「何それ? 世界中の魔法使いで一番偉く、しかも三界を自由に行き来できる神にも等しい存在ですって?
ふざけないでよ! そんな人物に裏切られたんじゃ前王は負けて当然だったし、あなたが味方についた側が勝利確定じゃないの! カエイン、やっぱりあなたは悪魔だわ!」
我ながらこんな辛辣な言い方をする必要はないと分かっている。
けれど、遥かに想像をこえたカエインの正体を知り、改めてその強大な力と影響力が、私を始め、セドリックや多くの者、そして王国自体の「運命」を左右し「ねじ曲げて」きたことを思うと、どうしても腹立ちがおさえらなかった。
カエインは静かな表情と口調で否定する。
「そうとは言いきれない。魔法使いは協会の定めにより、要人の殺害や戦争に関わる戦闘行為は一切禁止だ。
あくまでも戦いにおいては助言や治療、効果魔法などの、補助的な役目しか担えない」
「だけどあなたは賢者の珠の力とやらで、致命傷の私を救ったでしょう?
あなたがついていれば負けても死なない以上、勝つか寿命が尽きるまで戦いは終わらないじゃない」
そう、カエインが私に執着してそばにいる限り、絶対に死なせては貰えないのだ。
「それは一理あるな……。話のついでなので明かしておくが、俺は先の内乱の時に一度、前王の援軍に駆けつけたシュトラスのレスター王子の快心の一撃をくらい、深手を負って瀕死になったデリアンの命を、エティーの頼みで救ったことがある」
レスター王子といえば、つねに戦場で漆黒の鎧と兜を身につけていることから黒王子と呼ばれている、シュトラスきっての武勇を誇る名将だ。
「デリアンが……瀕死?」
カエインの告げた事実に私は耳を疑う。
デリアンが死にかけたという話も初めて聞くが、『武神』のごとき強さの彼に深手を負わせるような人物がいること自体が信じられなかった。
「つけ加えると、俺は一度でも生気を分け与えて救った相手は『賢者の珠』の力により、どこにいるのか分かるようになる。
だからシアの居場所が分かったし、デリアンが洞窟に迫っていた時にも正確に距離をはかることができた」
「つまりあなたからは決して逃げられないし、負けても殺されても死ねないってわけ?
冗談じゃないわ――私はあなたに最初に命を助けられてから、これまでもう充分生き恥をかいてきた!
この上、みっともなく醜態を晒し続けるのだけは絶対にごめんよ!
カエイン、信じると言ったことは嘘じゃないけど、やっぱりそばにいられること自体が迷惑だわ――あなたとはここでお別れよ――!」
私達がいた部屋は一番奥まった場所にあるらしく、大きな像が置かれた広いホールを通り抜けてからさらに距離を歩いた。
途中すれ違った人間がいちいち立ち止まって恭しく挨拶してくる。
カエインはとある部屋の前で足を止めると、いきなりノックもせずに扉を開いた。
「入るぞ」
「カエイン様」
振り返った椅子に座るレイヴンの前の、部屋の中央部に置かれたベッドには、銀色の長い髪をほどいて横たわるセドリックの姿が見えた。
「セドリック!」
「シア……?」
思わず叫んで駆け寄り、上半身を起こしたセドリックの飛びついて、身体の温もりを確かめるように両腕でしっかりと抱きしめる。
「あなたが死んでしまうかと思った!」
「ごめんね、シア、心配をかけてしまって。
……僕は本当に愚かだった……」
「ううん」
かぶりをふりながら少し身を離し、セドリックの顔を両手で挟んで様子を確認する。
若干やつれてはいたが、麗しい輪郭を描く頬には赤みがさし、唇も淡い薔薇色で、緑色の瞳も澄んでいた。
「病に倒れたのは、牢屋暮らしの長かったあなたに無理をさせた私のせいでもあるわ……」
セドリックは即座に私の発言を打ち消す。
「いいや、シアには何一つ非はない! 全面的に悪いのはこの僕だ!
歴史上、幾度も大陸中に蔓延して多くの国々を死体で溢れさせた、疫病の怖さは本で読んで充分知っていたつもりなのに……うかつなんていうものじゃなかった……!」
長い睫毛と唇を震わせるセドリックの言葉に続けるように、レイヴンが私の顔を睨みつけながら嫌みったらしく言う。
「アスティリア王国は建国以来、カエイン様の知識のおかげで疫病が流行したことがありませんからね」
「よけいなことは言うな、レイヴン……」
「いいえ、ここは重要なことなのでぜひとも言わせて頂きます!
アレイシア様! カエイン様は魔法使いの叡智の結晶である『賢者の珠』の継承者にして、『賢者の塔』の『塔主』であり、この世界でただ一人、自由に人間界と妖精界と冥界の三界を行き来できる、かけがえのない、神にも等しい存在なのです。
あなたごときが個人的な都合で殺していいような相手ではありません!」
「……塔主?」
「『賢者の塔』の代表者のことです。つまりカエイン様は世界中の魔法使いの中で一番偉い方なのです」
「いい加減にしろレイヴン、席を外せ!」
「……分かりました……」
言いたいことを言い終えたのか、カエインに叱責されたレイヴンは素直に頷き、私を一睨みしてから部屋を出て行った。
私がしたことを思えば当然かもしれないが、すっかり彼には嫌われてしまったようだ。
深く溜め息をつき、腕組みにしてからカエインに向き直る。
「今の話は本当なの?」
「……まあな……」
あっさりと認めるカエインの整いきった顔をしばし無言で凝視したあと、私は「はっ!」と吹き出し笑いする。
「何それ? 世界中の魔法使いで一番偉く、しかも三界を自由に行き来できる神にも等しい存在ですって?
ふざけないでよ! そんな人物に裏切られたんじゃ前王は負けて当然だったし、あなたが味方についた側が勝利確定じゃないの! カエイン、やっぱりあなたは悪魔だわ!」
我ながらこんな辛辣な言い方をする必要はないと分かっている。
けれど、遥かに想像をこえたカエインの正体を知り、改めてその強大な力と影響力が、私を始め、セドリックや多くの者、そして王国自体の「運命」を左右し「ねじ曲げて」きたことを思うと、どうしても腹立ちがおさえらなかった。
カエインは静かな表情と口調で否定する。
「そうとは言いきれない。魔法使いは協会の定めにより、要人の殺害や戦争に関わる戦闘行為は一切禁止だ。
あくまでも戦いにおいては助言や治療、効果魔法などの、補助的な役目しか担えない」
「だけどあなたは賢者の珠の力とやらで、致命傷の私を救ったでしょう?
あなたがついていれば負けても死なない以上、勝つか寿命が尽きるまで戦いは終わらないじゃない」
そう、カエインが私に執着してそばにいる限り、絶対に死なせては貰えないのだ。
「それは一理あるな……。話のついでなので明かしておくが、俺は先の内乱の時に一度、前王の援軍に駆けつけたシュトラスのレスター王子の快心の一撃をくらい、深手を負って瀕死になったデリアンの命を、エティーの頼みで救ったことがある」
レスター王子といえば、つねに戦場で漆黒の鎧と兜を身につけていることから黒王子と呼ばれている、シュトラスきっての武勇を誇る名将だ。
「デリアンが……瀕死?」
カエインの告げた事実に私は耳を疑う。
デリアンが死にかけたという話も初めて聞くが、『武神』のごとき強さの彼に深手を負わせるような人物がいること自体が信じられなかった。
「つけ加えると、俺は一度でも生気を分け与えて救った相手は『賢者の珠』の力により、どこにいるのか分かるようになる。
だからシアの居場所が分かったし、デリアンが洞窟に迫っていた時にも正確に距離をはかることができた」
「つまりあなたからは決して逃げられないし、負けても殺されても死ねないってわけ?
冗談じゃないわ――私はあなたに最初に命を助けられてから、これまでもう充分生き恥をかいてきた!
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