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第四章「歓喜の瞬間」
9、冥府への旅
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「セドに共寝を断わってくれて良かった」
扉の近くで待っていたカエインに合流すると、歩き出しながら嬉しそうに話しかけてきた。
「そんなことよりいいのカエイン? 先刻レイヴンの発言を止めていたあたり、本心では自分のことを明かしたくないんじゃないの?」
嫌味っぽく尋ねる私に、カエインは美貌をほころばせて答える。
「いいや、単に自分の口から話したかっただけで、愛するシアには俺のすべてを知って貰いたいと思っている」
――例によってのカエインの軽口を無視して廊下を進んでいくと、すぐに来る時にも通ったホールへと出た――
「ここの壁に魔法使いの歴史が描かれている」
わたしはさっそくカエインが指し示した一方の壁に近寄り、左端からレリーフ画を一つ一つ観察していく。
壁に添って歩きながら、人物や、塔を中心に展開する城砦都市などの絵を眺めた私は、雷を受けて崩れる塔の絵の前で足を止めた。
「これは神話の中にある『愚者の塔』ね」
神に近づこうとした魔法使い達が、天界を目指して塔を築き上げ、神々の怒りに触れて天罰を受ける神話だ。
塔は落雷によって崩され、噴火したエルナー山脈の溶岩に周囲の都市ごと飲み込まれたという。
「ああ、そこには、初代塔主アストル一人を残し、他の魔法使いが全滅した、大変な悲劇が記されている。
俺の祖先であるアストルは若くして魔法使いの第一人者となった稀代の天才だったが、その才能をもってしても、魔法を極めるには恐ろしく時間がかかり、人の人生はあまりに短過ぎた。
ゆえに彼は不老不死を求め、永遠の生命の源であり知識の記録媒体である賢者の珠を造り出し、自ら飲み込んで一体化した。
ただし親から子に受け継がれる性質があるので、子を成した時点で普通の人間に戻ってしまうがな」
そこまで説明を聞いて、ようやくカエインが子供を欲しがる理由が分かった。
「たしか賢者の珠のことは神話には出てこないわよね?」
「製造方法がとある禁忌に触れるがゆえ、存在自体が隠されてきたからな」
「禁忌?」
「その説明とエティーとの因縁を語るには、ここより冥府へ移動したほうが分かりやすい。多少距離はあるが一緒に行ってみないか?」
セドリックの回復にまだ数日かかりそうだし、何事も話で聞くより直接目で早いとはいえる。
「いいわね。妖精郷へ行くよりはよほど楽しそう」
二つ返事で誘いに応じたものの、巨鳥になったカエインの背に乗って神殿のバルコニーから飛び立ったあと、一抹の不安が頭をよぎる。
「ねぇ、伝説だと、冥府の入り口を三頭犬と神鳥が守っていて、生きて人が通ることは叶わないんじゃなかった?」
「大丈夫。三頭犬は空を飛べず、神鳥はある理由があって俺を襲えない」
「ある理由?」
「見れば分かる」
そう言われてよけい気になった私は、さらに神鳥の話題を振る。
「神鳥の正体は、愛しあったがゆえに嫉妬に狂った冥府の王によって姿を変えられた、その息子と愛妾なのよね?」
前世の自分の恋と重なる個人的に忘れられない逸話だ。
私とジークもまた嫉妬深い王に知られれば、どんな恐ろしい罰を受けるか分からなかった。
だから関係を隠しきれなくなった時、迷わず二人で塔のてっぺんから飛び降りたのだ。
「らしいな。鳥になっても仲睦まじく片時も離れずに二羽で行動している。
俺もシアとそのような夫婦になりたいものだ」
カエインはしみじみとした口調で言った。
「……カエイン、あなた、私に裏切られて酷い目にあわされても、まだそんな寝言が言えるなんて、神経が図太いのを通りこして頭がおかしいんじゃない?」
我ながらなぜかカエインには、無用に辛辣な口をきいてしまう。
「大丈夫。俺の頭は極めて正常だし、裏切られるもなにも、毎日のシアの行動で、旅立ちの準備をしているとことは察せられたからな。
シアの言うように、口づけしながら薔薇色の未来を信じて死ねたら最高に幸せだったが――悲しいかな言っていることがすべて嘘だと分かっていた……」
つまり私は、すべてお見通しのカエインの手の平の上で転がされていたというわけか。
己の間抜けさ加減に、思わず口から「はっ」と皮肉な笑いが漏れる。
「そうとは知らず、あなたを出し抜いているつもりでいたマヌケな私はさぞや面白い見物だったでしょうね」
「まさか全然面白いわけがない。俺を信じてくれないことがどんなに悲しく、寂しかったことか!
最後まで共に行こうと誘ってくれることを期待して、一度、塔から飛び立ったあと未練がましく出戻ってしまったほどだ。
こうして残らず質問に答えるのも、ひとえに、シアに俺を信じ、頼って欲しいからだ」
その「信じて頼って欲しい」というカエインの訴えを耳にしたとたん――私は急に目が覚めるようだった――
今更ながら根本的で重要な疑問が閃く。
そもそも私はカエインの力に頼ってまで勝ちたいのだろうか? と――
それ以前に私の胸には今も幼少時に受けた「他人をあてにするな」という母の教えが深く刻まれている。
そこでようやく遅まきながらも、自分が死にかけて弱気になり、すっかりカエインの発言に感化されていたことに気がつく。
私は勝つために手段を選ばないようなエルメティアではない。
これまでもいつだって勝ち負けよりも、自分にとって大切なものを優先させてきたはずだ。
結果なんかよりも過程を重視してきた。
デリアンの反応を見たときに感じた喜びや、剣をぶつけあったときのあの充実感。
あれこそが私の求めるものではないか?
そうだ、私の一番の願いは勝つことではなく、自分が味わった絶望と苦しみをあの二人に、特にデリアンに、直接返すことなのだ――
「シア、もう少しで谷に着くぞ」
カエインの声に、はっ、と意識を浮上させる。
どうやら考えごとしている間に、長い首に抱きついたまま眠ってしまっていたらしい。
と、顔を上げ、ぼんやりと前方を眺めていると、巨大な大地の裂け目から二つの鳥影が勢い良く飛び出してくる。
「……!?」
近づいてくる二羽の姿を見て、私は眠気が一気に吹き飛ぶ。
漆黒の羽とそれぞれ金と青の瞳を持つ二羽の姿は、どう見ても変身後のカエインとうりふたつだったからだ。
扉の近くで待っていたカエインに合流すると、歩き出しながら嬉しそうに話しかけてきた。
「そんなことよりいいのカエイン? 先刻レイヴンの発言を止めていたあたり、本心では自分のことを明かしたくないんじゃないの?」
嫌味っぽく尋ねる私に、カエインは美貌をほころばせて答える。
「いいや、単に自分の口から話したかっただけで、愛するシアには俺のすべてを知って貰いたいと思っている」
――例によってのカエインの軽口を無視して廊下を進んでいくと、すぐに来る時にも通ったホールへと出た――
「ここの壁に魔法使いの歴史が描かれている」
わたしはさっそくカエインが指し示した一方の壁に近寄り、左端からレリーフ画を一つ一つ観察していく。
壁に添って歩きながら、人物や、塔を中心に展開する城砦都市などの絵を眺めた私は、雷を受けて崩れる塔の絵の前で足を止めた。
「これは神話の中にある『愚者の塔』ね」
神に近づこうとした魔法使い達が、天界を目指して塔を築き上げ、神々の怒りに触れて天罰を受ける神話だ。
塔は落雷によって崩され、噴火したエルナー山脈の溶岩に周囲の都市ごと飲み込まれたという。
「ああ、そこには、初代塔主アストル一人を残し、他の魔法使いが全滅した、大変な悲劇が記されている。
俺の祖先であるアストルは若くして魔法使いの第一人者となった稀代の天才だったが、その才能をもってしても、魔法を極めるには恐ろしく時間がかかり、人の人生はあまりに短過ぎた。
ゆえに彼は不老不死を求め、永遠の生命の源であり知識の記録媒体である賢者の珠を造り出し、自ら飲み込んで一体化した。
ただし親から子に受け継がれる性質があるので、子を成した時点で普通の人間に戻ってしまうがな」
そこまで説明を聞いて、ようやくカエインが子供を欲しがる理由が分かった。
「たしか賢者の珠のことは神話には出てこないわよね?」
「製造方法がとある禁忌に触れるがゆえ、存在自体が隠されてきたからな」
「禁忌?」
「その説明とエティーとの因縁を語るには、ここより冥府へ移動したほうが分かりやすい。多少距離はあるが一緒に行ってみないか?」
セドリックの回復にまだ数日かかりそうだし、何事も話で聞くより直接目で早いとはいえる。
「いいわね。妖精郷へ行くよりはよほど楽しそう」
二つ返事で誘いに応じたものの、巨鳥になったカエインの背に乗って神殿のバルコニーから飛び立ったあと、一抹の不安が頭をよぎる。
「ねぇ、伝説だと、冥府の入り口を三頭犬と神鳥が守っていて、生きて人が通ることは叶わないんじゃなかった?」
「大丈夫。三頭犬は空を飛べず、神鳥はある理由があって俺を襲えない」
「ある理由?」
「見れば分かる」
そう言われてよけい気になった私は、さらに神鳥の話題を振る。
「神鳥の正体は、愛しあったがゆえに嫉妬に狂った冥府の王によって姿を変えられた、その息子と愛妾なのよね?」
前世の自分の恋と重なる個人的に忘れられない逸話だ。
私とジークもまた嫉妬深い王に知られれば、どんな恐ろしい罰を受けるか分からなかった。
だから関係を隠しきれなくなった時、迷わず二人で塔のてっぺんから飛び降りたのだ。
「らしいな。鳥になっても仲睦まじく片時も離れずに二羽で行動している。
俺もシアとそのような夫婦になりたいものだ」
カエインはしみじみとした口調で言った。
「……カエイン、あなた、私に裏切られて酷い目にあわされても、まだそんな寝言が言えるなんて、神経が図太いのを通りこして頭がおかしいんじゃない?」
我ながらなぜかカエインには、無用に辛辣な口をきいてしまう。
「大丈夫。俺の頭は極めて正常だし、裏切られるもなにも、毎日のシアの行動で、旅立ちの準備をしているとことは察せられたからな。
シアの言うように、口づけしながら薔薇色の未来を信じて死ねたら最高に幸せだったが――悲しいかな言っていることがすべて嘘だと分かっていた……」
つまり私は、すべてお見通しのカエインの手の平の上で転がされていたというわけか。
己の間抜けさ加減に、思わず口から「はっ」と皮肉な笑いが漏れる。
「そうとは知らず、あなたを出し抜いているつもりでいたマヌケな私はさぞや面白い見物だったでしょうね」
「まさか全然面白いわけがない。俺を信じてくれないことがどんなに悲しく、寂しかったことか!
最後まで共に行こうと誘ってくれることを期待して、一度、塔から飛び立ったあと未練がましく出戻ってしまったほどだ。
こうして残らず質問に答えるのも、ひとえに、シアに俺を信じ、頼って欲しいからだ」
その「信じて頼って欲しい」というカエインの訴えを耳にしたとたん――私は急に目が覚めるようだった――
今更ながら根本的で重要な疑問が閃く。
そもそも私はカエインの力に頼ってまで勝ちたいのだろうか? と――
それ以前に私の胸には今も幼少時に受けた「他人をあてにするな」という母の教えが深く刻まれている。
そこでようやく遅まきながらも、自分が死にかけて弱気になり、すっかりカエインの発言に感化されていたことに気がつく。
私は勝つために手段を選ばないようなエルメティアではない。
これまでもいつだって勝ち負けよりも、自分にとって大切なものを優先させてきたはずだ。
結果なんかよりも過程を重視してきた。
デリアンの反応を見たときに感じた喜びや、剣をぶつけあったときのあの充実感。
あれこそが私の求めるものではないか?
そうだ、私の一番の願いは勝つことではなく、自分が味わった絶望と苦しみをあの二人に、特にデリアンに、直接返すことなのだ――
「シア、もう少しで谷に着くぞ」
カエインの声に、はっ、と意識を浮上させる。
どうやら考えごとしている間に、長い首に抱きついたまま眠ってしまっていたらしい。
と、顔を上げ、ぼんやりと前方を眺めていると、巨大な大地の裂け目から二つの鳥影が勢い良く飛び出してくる。
「……!?」
近づいてくる二羽の姿を見て、私は眠気が一気に吹き飛ぶ。
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