【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

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第四章「歓喜の瞬間」

10、叶わぬ夢でも

 ギィー、ギィーという鋭い鳴き声を発していることからして、あきらかに仲間を歓迎しに出てきたわけではなさそうだ。

 思わず身構える私にカエインが告げる。

「攻撃して来ないから安心していい。
 たとえ大切な卵を盗んだ憎き人間の子孫であっても、自分の子供と同じ姿をした者は傷つけられないらしい」

「卵って……もしかして賢者の珠は……!?」

「そうだ。神鳥の卵を材料にしている」

 カエインの言葉通り、巨鳥は私達の周囲を数回旋回したあと、悲しげな鳴き声をあたりにとどろかせ、あっさり私達を谷へと通してくれた。

「不老不死を求めて旅をしていたアストルがこの谷を訪れたとき、ちょうど神鳥の巣に卵が生まれていたのだ。
 神は不老不死で鳥になった二神の子も同じ。
 そう考えたアストルは魔法を駆使して卵を盗みだし、その卵胞を結晶化させたものを賢者の珠の材料にした。
 ――以来、卵は生まれていないらしく、神鳥はずっと二羽のまま。いつ見ても巣は空だ」

「酷い話ね」

 カエインの話を聞きながら真っ暗な谷の入口をくぐり、ひたすら闇の中を下降していくと、やがて大きく開けた空間へと出た。



「ここが冥府の上空だ」

 説明するカエインの声にかぶさり、下から激しい吼え声がして、見ると闇底に光る六つの赤い瞳があった。
 暗くてよく見えないが数からして、たぶん冥府側の入り口を守る三頭犬だろう。
 我ながらカエインと出会ってから滅多なことでは驚かなくなったと感心しつつぐるりと景色を見回す。

「ずいぶんと暗くて視界が悪いわね」

 地下世界は、全体が夜のような闇に支配されていて、明るく見えるのは遠くに連なる山々の噴火の火と、漆黒の大地の上にうごめく白い靄のみ。

「そう、冥府は暗く陰気な魂の休憩場だ。
 地上から降りてきた魂は転生する日までここで休息する」

「……死んだ者は必ず生まれ変わるの?」

「そうなるな。大抵の魂は冥府へ来て数年もすれば再び地上へ戻ってゆく」

 数年か……。ジークは亡くなってから二年、私は四年で転生したが、特別早いわけではないらしい。

「きりのない話ね」

「ただし、現世の暮らしによって魂が満ち足りた者は、冥界の最果てにある楽園に、また生前に大罪を犯した者も、噴火口の近くにある監獄送りになり、ともに転生の輪から外れる」

 いわゆる天国と地獄と呼ばれる場所か……。

「するとほとんどの人間は、死んでも数年で地上へと復帰できるのね」

「とはいえ、地上へ戻る際に泳いで渡る忘却の川の水は、飲まずとも浸るだけで記憶を忘れさる。シアのように前世を覚えていられる人間は滅多にいない。
 かくいう俺にも、来世こそ一緒になろうと誓い合った女がいたが、生まれ変わるとすっかり約束を忘れさっていた」

「もしかしてそれが、エルメティアなの?」

「さすがシアは察しがいい」

 単に他に候補がいなかったのと、わざわざ冥府でエルメティアとの因縁を話す理由が思いつかなかっただけだ。

「俺の初恋相手であるサティアが七回転生したのがエルメティアだ――」

 そこで私はカエインの台詞を遮る。

「それだけ分かればいいわ」

 エルメティアに拘る理由だけ分かれば充分――二人の恋物語の詳細を聞いても意味はない。

 それよりも問題なのは、感情というものが絶えず変化するということ。
 かつてエルメティアへ捧げられていたカエインの愛情が憎悪になり、現在では失望に変わっているように。
 私にたいする彼の愛情が真実でも偽りでも、応える気も維持する気もないなら同じこと。基本的に依存するべきではない。

「まあ、たしかに、過去よりも現在と未来が大事だな」

 勝手に私の言葉の意味を解釈したらしいカエインが深く頷く。

 ――と、その時、風に乗ってヒィー、ヒィーという不気味な叫びが耳に響いてきた――

「この声はなに?」

 返事をする前にカエインは下降してゆき、地面に着地すると、逆に聞き返す。

「シアには周りにいる人の魂が見えるか?」

「この白いもやのこと?」

「シアの瞳には靄にしか見えなくても、冥王譲りの俺の瞳には魂の形が映っている――あそこで叫んでいる女の姿もな――
 生前、心が引き裂かれた者は死後もそのまま。転生できる状態まで魂が回復するにはしばらく時間がかかる」

 ――心が引き裂かれた者――

 どこか聞き覚えのある女性の奇声が、私の心にもある深い裂け目へと染み通る。

「同じように時間がかかるかもしれないが、シアの心の傷も必ず癒える。
 そうしたらまた俺との新しい夢を見ればいい」

 私は即座にカエインの発言を否定する。

「悪いけど、私はもう誰も愛さないし、いかなる夢も二度と見るつもりはないわ。
 あなたも私との夢なんて見るだけ無駄よ……」

 幸福な夢ほど目覚めた時に死にたくなると、身をもって知っている。

 前世からの私の夢は、叶う寸前この指先をすりぬけていった。

 そうして夢を失った今の私の胸を最も苛さいなむのは、デリアンに捨てられた絶望ではない。
 前世から焦がれ続けた美しい夢と、ジークとのたまらなく幸福な愛の記憶の幻影――解けない愛と夢の呪いなのだ――

「俺もかつてサティアに愛を裏切られたときはシアと同じ気持ちだった。だけどその後、夢も希望もない虚しくも長い時間を重ね、自然にその考えは変化した。
 たとえ叶わぬ夢であっても、見られるだけでも充分幸福なのだとな……」

 たとえそうだとしても、叶いそうで叶わぬ夢のほうがより残酷だと知っているから――
 カエイン、あなたには絶対に甘い期待なんてさせてあげない。

「カエイン、改めてはっきり言うわ。私はあなたの夢など微塵も叶える気はないし、一粒たりとも愛を返すつもりもない。
 それでもどうしても私の傍にいたいというなら、誓ってちょうだい。
 今後は勝手に命を救うことはもちろんのこと、決して私の望まないことはせず、よけいな手出しは一切しないと!
 もしも誓えないというなら、負けようが不利になろうが構わない。臍を突き刺してでもあなたとお別れするつもりよ」

 私の決意の宣言を黙って聞いていたカエインは、「シアなら本当にそうするだろうな」と、溜め息混じりに呟き、おもむろに誓いの言葉を口にする。

「分かった、シア。俺の愛に賭けて誓おう、すべてはお前の望みのままに――」



 ――かくして、クセルティス神殿に滞在すること三日目の朝――私達は三人でシュトラスへ向けて出発した――

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