40 / 67
第五章「苦しみを終わらせる者」
4、歓待の宴
しおりを挟む
その晩、歓待の宴に呼ばれて通された壮麗な天井画の間には、すでに王や王太女、ギモスと、知らない女性が一人待っていた。
私とカエインが席につくのを待ち、ガートルード王太女が説明する。
「残念ながら私の夫は遠征中で城を留守にしております。
セドリックはいまだに気分がすぐれないとのことで、あとはレスターだけですので、先に始めていましょう。
――こちらはレスターの婚約者のエリーゼ姫です」
「初めまして、マドラスの第三皇女、エリーゼと申します」
「……マドラス……」
懐かしい国名を聞き、思わず私は復唱する。
マドラス帝国は東の大陸一の海洋国家で、前世の私の母国であるモルド王国や、嫁いだラキュア王国を滅ぼした国だった。
両国が同じ22年前に滅亡した事実は、その前年にラキュア王妃と世継ぎの王子が心中した悲劇と合わせ、隣の大陸のアスティリアにまで伝わっていた。
「アレイシア様とカエイン様ですね。ちょうど今、お二人のことをガートルード様に伺っていたところです。伝説の魔法使いとレスター様と対になる神剣の持主にお会いできて、大変嬉しく思います」
そう言って花のように笑った、金髪碧眼の可憐で華奢な姫君の容姿は、遠い昔の自分を想起させた。
思えば女性は剣など持たずただ美しくあり、男性に添って生きればいいという前世の頃の価値観を、生まれ変わってもなお、私はずっと引きずったままだった――
扇より重い物を持ったこともなさそうな姫の細腕を眺め、改めて過去と現在の自分の境遇の隔たりを思っていると、
「まあ、レスター様。その頬の傷はどうされたのですか?」
ふいに驚いたような声が聞こえ、顔を上げると遅れて現れたレスター王子が立っていた。
「なに、エリーゼ姫、少しそよ風に頬を撫でられただけだ」
相変わらず口の減らないレスター王子が、わざわざ私の隣の席を選んでどっかと座る。
これで対面に王と王太女、ギモス、エリーゼ姫、両隣にカエインとレスター王子が並び、ようやく全員が席に揃った。
「二人とも、よくぞ、セドリックを助け、シュトラスまではるばるやって来てくれた。どうか今夜は寛いでくれ」
杯を掲げて挨拶したギディオン王の視線は、やはりカエインへと向けられていた。
「まっこと、こうして伝説の人物であるカエイン・ネイル殿と酒を酌み交わす日が来るとは夢のようだ。
なにせシュトラス王家には代々、天候をも操るアスティリアの宮廷魔法使いの脅威が伝えられておってな。
セドリックが人質になっていなくても、攻め込むのを躊躇しておった」
先日セドリックが言っていた、アスティリアに攻めいった国は山からでも海からでも、必ず嵐に見舞われて軍隊が壊滅するという話か。
「そこまで俺の存在を気にかけて貰えるとは嬉しいね」
台詞とは裏腹に、酒の杯を傾けるカエインは無表情そのものだった。
「もちろんそれだけではなく、ギモスもそうだが、これまでシュトラスに仕えてきた宮廷魔法使い達は、口を揃えて貴殿のいる国と争えば国が滅びると進言してきてな。
つまりこれまでの長きに渡る両国の友好関係も、そなたあってのことだった。まさかその歴史がわしの代で覆るとは思わなんだ」
愉快そうなギディオン王の口ぶりからすると、すでにアスティリアとの戦争は決定事項のようだ。
興味深く二人の会話に耳を傾けていると、横からレスター王子に話しかけられた。
「なあ、アレイシア、心から不思議なのだが……。お前が先ほど言っていたような、簒奪者から王位を取り戻すという正義の心で立ち上がったのだとしたら、なぜ守護剣がそのように闇堕ちしている?」
私はつくろうのも面倒なのでありのままに答える。
「それは、正義など関係なく、私がセドリックに王位を継がせたい理由が、そうしなければ元婚約者のデリアンが次期王になるから――
この剣が纏っているのも、私を捨ててエルメティアを選んだデリアンへの激しい恨みの炎だからです」
レスター王子が驚いたように身をのけぞらせる。
「では、お前は、大義や正義のためではなく、単に自分を捨てた男への個人的な恨みを晴らすためだけに、他国に組して自国や一族の者と戦うというのか?」
「生憎、私は幼少時より、正義や大義などという、立場で変わるあやふやなものを頼りにしてはいけないと、親から教えられて育ってきましたので」
「それで親兄弟とも戦うと?」
「必要とあれば」
「言っておくが親殺しは大罪だぞ?」
「元より、冥府の獄に永遠に繋がれるのが最終目標で御座いますゆえ」
本心からできればもう生まり変わりたくなかった。
私の返事に絶句しているレスター王子に、せっかくの機会なので尋ねてみる。
「ところで殿下、戦場で深手を負わせたということは、あなたがデリアンに勝ったということで間違いありませんか?」
レスター王子は当然と言わんばかりに冷笑した。
「愚問だな。軍神の剣の使い手であるこの俺が負けるわけがない」
「なぜ、負けるわけがないと?」
私とカエインが席につくのを待ち、ガートルード王太女が説明する。
「残念ながら私の夫は遠征中で城を留守にしております。
セドリックはいまだに気分がすぐれないとのことで、あとはレスターだけですので、先に始めていましょう。
――こちらはレスターの婚約者のエリーゼ姫です」
「初めまして、マドラスの第三皇女、エリーゼと申します」
「……マドラス……」
懐かしい国名を聞き、思わず私は復唱する。
マドラス帝国は東の大陸一の海洋国家で、前世の私の母国であるモルド王国や、嫁いだラキュア王国を滅ぼした国だった。
両国が同じ22年前に滅亡した事実は、その前年にラキュア王妃と世継ぎの王子が心中した悲劇と合わせ、隣の大陸のアスティリアにまで伝わっていた。
「アレイシア様とカエイン様ですね。ちょうど今、お二人のことをガートルード様に伺っていたところです。伝説の魔法使いとレスター様と対になる神剣の持主にお会いできて、大変嬉しく思います」
そう言って花のように笑った、金髪碧眼の可憐で華奢な姫君の容姿は、遠い昔の自分を想起させた。
思えば女性は剣など持たずただ美しくあり、男性に添って生きればいいという前世の頃の価値観を、生まれ変わってもなお、私はずっと引きずったままだった――
扇より重い物を持ったこともなさそうな姫の細腕を眺め、改めて過去と現在の自分の境遇の隔たりを思っていると、
「まあ、レスター様。その頬の傷はどうされたのですか?」
ふいに驚いたような声が聞こえ、顔を上げると遅れて現れたレスター王子が立っていた。
「なに、エリーゼ姫、少しそよ風に頬を撫でられただけだ」
相変わらず口の減らないレスター王子が、わざわざ私の隣の席を選んでどっかと座る。
これで対面に王と王太女、ギモス、エリーゼ姫、両隣にカエインとレスター王子が並び、ようやく全員が席に揃った。
「二人とも、よくぞ、セドリックを助け、シュトラスまではるばるやって来てくれた。どうか今夜は寛いでくれ」
杯を掲げて挨拶したギディオン王の視線は、やはりカエインへと向けられていた。
「まっこと、こうして伝説の人物であるカエイン・ネイル殿と酒を酌み交わす日が来るとは夢のようだ。
なにせシュトラス王家には代々、天候をも操るアスティリアの宮廷魔法使いの脅威が伝えられておってな。
セドリックが人質になっていなくても、攻め込むのを躊躇しておった」
先日セドリックが言っていた、アスティリアに攻めいった国は山からでも海からでも、必ず嵐に見舞われて軍隊が壊滅するという話か。
「そこまで俺の存在を気にかけて貰えるとは嬉しいね」
台詞とは裏腹に、酒の杯を傾けるカエインは無表情そのものだった。
「もちろんそれだけではなく、ギモスもそうだが、これまでシュトラスに仕えてきた宮廷魔法使い達は、口を揃えて貴殿のいる国と争えば国が滅びると進言してきてな。
つまりこれまでの長きに渡る両国の友好関係も、そなたあってのことだった。まさかその歴史がわしの代で覆るとは思わなんだ」
愉快そうなギディオン王の口ぶりからすると、すでにアスティリアとの戦争は決定事項のようだ。
興味深く二人の会話に耳を傾けていると、横からレスター王子に話しかけられた。
「なあ、アレイシア、心から不思議なのだが……。お前が先ほど言っていたような、簒奪者から王位を取り戻すという正義の心で立ち上がったのだとしたら、なぜ守護剣がそのように闇堕ちしている?」
私はつくろうのも面倒なのでありのままに答える。
「それは、正義など関係なく、私がセドリックに王位を継がせたい理由が、そうしなければ元婚約者のデリアンが次期王になるから――
この剣が纏っているのも、私を捨ててエルメティアを選んだデリアンへの激しい恨みの炎だからです」
レスター王子が驚いたように身をのけぞらせる。
「では、お前は、大義や正義のためではなく、単に自分を捨てた男への個人的な恨みを晴らすためだけに、他国に組して自国や一族の者と戦うというのか?」
「生憎、私は幼少時より、正義や大義などという、立場で変わるあやふやなものを頼りにしてはいけないと、親から教えられて育ってきましたので」
「それで親兄弟とも戦うと?」
「必要とあれば」
「言っておくが親殺しは大罪だぞ?」
「元より、冥府の獄に永遠に繋がれるのが最終目標で御座いますゆえ」
本心からできればもう生まり変わりたくなかった。
私の返事に絶句しているレスター王子に、せっかくの機会なので尋ねてみる。
「ところで殿下、戦場で深手を負わせたということは、あなたがデリアンに勝ったということで間違いありませんか?」
レスター王子は当然と言わんばかりに冷笑した。
「愚問だな。軍神の剣の使い手であるこの俺が負けるわけがない」
「なぜ、負けるわけがないと?」
3
あなたにおすすめの小説
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
【完結】時戻り令嬢は復讐する
やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。
しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。
自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。
夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか?
迷いながらもユートリーは動き出す。
サスペンス要素ありの作品です。
設定は緩いです。
6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!
つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。
冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。
全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。
巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる