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第2章「運命はいつだって『西』にある……空腹とともに」
第21話「なにやっていやがるんですか、このくそマスターは」
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(UnsplashのSergey Vinogradovが撮影)
しかし、金茶色の仔グマは耳の端をわずかに切らせただけで、ひらっと槍の穂をよけた。
一般人が投げた武器ではない。元・蒼天騎士、史上最年少で騎士になったクルティカの投げ槍を軽くかわしたのだ。
ぬいぐるみのような仔グマが。
さらに愛らしい外見の仔グマは、ふてぶてしいオッサン声で言った。
「『ほんもの』。お前が言うなら、そうなんだろうな、シシド」
シシド、と呼ばれた金髪の美少女は静かにうなずいた。仔グマはポリポリと鼻のわきを掻きながら、
「だけどよ、これ以上騒ぎを大きくしたくねえのよ。わかるな、シシド? コッチにゃ、面倒なやつがいるだろ」
「面倒?」
思わずクルティカが聞き返すと仔グマはにやりとした。白い犬歯が見え、凶暴さがました。
身長100タールのモフモフなのに。
騎士歴4年のクルティカが、思わず腰を落として槍をかまえ直すほどの殺気があった。
しかし仔グマは金茶色のモフモフ腹をゆすって笑いだした。
「おいおい、物騒なものはしまえよ。こっちはただのクマだ」
「ただの、クマ? そんなはずがないだろう」
クルティカが言い返すが、仔グマは前肢の爪をながめただけだった。
「ただのクマだよ。ま、今日のところはこれで終わりにしようや、兄ちゃん。シシド、ぶん投げた鉢を取ってこい。なくすとニキがうるせえ」
少女が立ち上がり、鉢を拾った。
立ち上がりざま金と銀の眼で、じっとクルティカを見た。
「――匂いがする、古い龍の匂い」
「えっ」
金と銀の眼がきらめき、さらにクルティカの右手を見た。
「なおせない。匂いが強すぎる」
「なぜ……『古龍の呪詛』がわかったんだ?」
少女は答えず、鉢を抱えたまま仔グマのもとへ走っていった。仔グマはまとめてあった賭け金を鉢に放り込む。
「よっしゃ、アイツが戻る前に金持ってずらかるぞ、シシド!」
「……バイ・ベア。間に合わなかった」
「――なんだと?」
仔グマはぎくりとして動きを止めた。その後ろから、空気を切り裂くようなひくい低い声が聞こえた。
「マスター・バイ・ベア。ちょっと目を離したすきに、なにやっていやがるんですか、このくそマスターは?」
ちっ、と仔グマは舌打ちした。それからクルティカをにらんだ。
「てめえが邪魔するから、逃げそこねたじゃねえか」
「にげる? 何から? そしてそれ、おれのせいですか!?」
クルティカが茫然としていると、仔グマのモフモフした身体がひょいと空中に浮かんだ。
「くそう! 放せ、ニキ!」
長身の男が、仔グマをつまみ上げている。後肢をバタバタさせても微動もしない。
『ニキ』と呼ばれた男は、身長180タールに近いと思われる大男だ。クルティカより頭半分ほど背が高い。
細身なので威圧感はすくないが、ちょっとした身動きから驚異的な跳躍力が感じられた。
なめし革のような皮膚の下に筋肉の束で作ったバネが無数に隠されているようだ。
男の意識はつまみあげた金茶色のモフモフに集中されている。視線は鋭く、クルティカでさえもこいつは敵に回したくない、と思うほどだ。
「ほんのちょっとキノコの仕入れにいったすきに、何をしていやがりやがるんですか……」
「か……観光だよ、ニキ! シシドがあちこち見て回りたいっていうから」
「ここの、どこを観光するんです?」
「このすばらしいホツェル街道を見ろよ――いててて! 耳は引っ張るな、ニキ!」
「頼みますよ、おとなしくしていてください、大事な時期なんですから――と、こちらの方々は、いったい誰ですか?」
じろり、と琥珀色の目がクルティカたちを見ていた。
すさまじいまでの美貌だ。
すっと切れあがった目に真っすぐな鼻筋、唇は薄く顎の線ががっちりしていた。
そして輝くような銀色の髪。顔が自慢のザロ辺境伯も裸足で逃げ出すような美しさだ。
だが六月の微風のような美貌から、太陽も凍りつきそうなほど冷たい視線がクルティカを射抜いた。
その気になったら男の一人や二人、平気で斃せる眼つきだ。
『この殺気……人間じゃない……!』
クルティカの身体が反応した。柄だけになった槍を握りしめる。
いざとなったら柄を投げて、ロウとリデルを連れて逃げよう……。
だが男はすぐに目元をゆるめ、温和な表情に戻った。
「どうもすみません。うちのマスターがご面倒をかけたんじゃないですか? 話を聞いておりましたら、街道守備隊の方とか?」
「あー、その。だいたい、そんな感じです」
クルティカは少し声を落として答えた。
本物の街道守備隊に見つかりたくないし、目の前にいる美貌の男には片言隻句も偽りを言いたくなかった。
なぜかは分らないが……。
「とにかく、ここでの野バクチをやめていただければいいので。では、失礼します――」
くるりと後ろを向いて逃げ出そうとしたとき、クルティカの鼻先に手入れの悪い短剣が突き付けられた。
また別のだみ声が聞こえる。
「ほおおおおお? 街道守備隊だと? おととい俺たちの寝込みを襲った時は、『騎士見習いの追いはぎ退治団』だと言っていなかったか?」
よく見れば、ひげ面の男はたしかに一昨日、街道沿いの村に頼まれて追い払ったはず盗賊のひとりだった。
汚い短剣が皮膚にふれないよう、そっと後ろに下がってクルティカは答えた。
「『騎士見習いで、街道守護隊兼任の追いはぎ退治団』だ」
「そんな奴がいるかよ。騎士見習いは、どの騎士団だって寮に住まわせる。あいつらは準貴族だ、特別なんだよ! 街道守備隊になるはずがない」
……正解。
さて、ここからどうやって逃げよう?
短剣を突き付けてくる小汚い盗賊団、その後ろには俊敏さのカタマリのような長身の男に得体のしれない金茶のモフモフ。さらにクルティカの呪詛を見抜いた謎の美少女。
二重三重の囲みから、ロウ=レイとリデルを連れて逃げる道は、いったい、どこに……?
しかし、金茶色の仔グマは耳の端をわずかに切らせただけで、ひらっと槍の穂をよけた。
一般人が投げた武器ではない。元・蒼天騎士、史上最年少で騎士になったクルティカの投げ槍を軽くかわしたのだ。
ぬいぐるみのような仔グマが。
さらに愛らしい外見の仔グマは、ふてぶてしいオッサン声で言った。
「『ほんもの』。お前が言うなら、そうなんだろうな、シシド」
シシド、と呼ばれた金髪の美少女は静かにうなずいた。仔グマはポリポリと鼻のわきを掻きながら、
「だけどよ、これ以上騒ぎを大きくしたくねえのよ。わかるな、シシド? コッチにゃ、面倒なやつがいるだろ」
「面倒?」
思わずクルティカが聞き返すと仔グマはにやりとした。白い犬歯が見え、凶暴さがました。
身長100タールのモフモフなのに。
騎士歴4年のクルティカが、思わず腰を落として槍をかまえ直すほどの殺気があった。
しかし仔グマは金茶色のモフモフ腹をゆすって笑いだした。
「おいおい、物騒なものはしまえよ。こっちはただのクマだ」
「ただの、クマ? そんなはずがないだろう」
クルティカが言い返すが、仔グマは前肢の爪をながめただけだった。
「ただのクマだよ。ま、今日のところはこれで終わりにしようや、兄ちゃん。シシド、ぶん投げた鉢を取ってこい。なくすとニキがうるせえ」
少女が立ち上がり、鉢を拾った。
立ち上がりざま金と銀の眼で、じっとクルティカを見た。
「――匂いがする、古い龍の匂い」
「えっ」
金と銀の眼がきらめき、さらにクルティカの右手を見た。
「なおせない。匂いが強すぎる」
「なぜ……『古龍の呪詛』がわかったんだ?」
少女は答えず、鉢を抱えたまま仔グマのもとへ走っていった。仔グマはまとめてあった賭け金を鉢に放り込む。
「よっしゃ、アイツが戻る前に金持ってずらかるぞ、シシド!」
「……バイ・ベア。間に合わなかった」
「――なんだと?」
仔グマはぎくりとして動きを止めた。その後ろから、空気を切り裂くようなひくい低い声が聞こえた。
「マスター・バイ・ベア。ちょっと目を離したすきに、なにやっていやがるんですか、このくそマスターは?」
ちっ、と仔グマは舌打ちした。それからクルティカをにらんだ。
「てめえが邪魔するから、逃げそこねたじゃねえか」
「にげる? 何から? そしてそれ、おれのせいですか!?」
クルティカが茫然としていると、仔グマのモフモフした身体がひょいと空中に浮かんだ。
「くそう! 放せ、ニキ!」
長身の男が、仔グマをつまみ上げている。後肢をバタバタさせても微動もしない。
『ニキ』と呼ばれた男は、身長180タールに近いと思われる大男だ。クルティカより頭半分ほど背が高い。
細身なので威圧感はすくないが、ちょっとした身動きから驚異的な跳躍力が感じられた。
なめし革のような皮膚の下に筋肉の束で作ったバネが無数に隠されているようだ。
男の意識はつまみあげた金茶色のモフモフに集中されている。視線は鋭く、クルティカでさえもこいつは敵に回したくない、と思うほどだ。
「ほんのちょっとキノコの仕入れにいったすきに、何をしていやがりやがるんですか……」
「か……観光だよ、ニキ! シシドがあちこち見て回りたいっていうから」
「ここの、どこを観光するんです?」
「このすばらしいホツェル街道を見ろよ――いててて! 耳は引っ張るな、ニキ!」
「頼みますよ、おとなしくしていてください、大事な時期なんですから――と、こちらの方々は、いったい誰ですか?」
じろり、と琥珀色の目がクルティカたちを見ていた。
すさまじいまでの美貌だ。
すっと切れあがった目に真っすぐな鼻筋、唇は薄く顎の線ががっちりしていた。
そして輝くような銀色の髪。顔が自慢のザロ辺境伯も裸足で逃げ出すような美しさだ。
だが六月の微風のような美貌から、太陽も凍りつきそうなほど冷たい視線がクルティカを射抜いた。
その気になったら男の一人や二人、平気で斃せる眼つきだ。
『この殺気……人間じゃない……!』
クルティカの身体が反応した。柄だけになった槍を握りしめる。
いざとなったら柄を投げて、ロウとリデルを連れて逃げよう……。
だが男はすぐに目元をゆるめ、温和な表情に戻った。
「どうもすみません。うちのマスターがご面倒をかけたんじゃないですか? 話を聞いておりましたら、街道守備隊の方とか?」
「あー、その。だいたい、そんな感じです」
クルティカは少し声を落として答えた。
本物の街道守備隊に見つかりたくないし、目の前にいる美貌の男には片言隻句も偽りを言いたくなかった。
なぜかは分らないが……。
「とにかく、ここでの野バクチをやめていただければいいので。では、失礼します――」
くるりと後ろを向いて逃げ出そうとしたとき、クルティカの鼻先に手入れの悪い短剣が突き付けられた。
また別のだみ声が聞こえる。
「ほおおおおお? 街道守備隊だと? おととい俺たちの寝込みを襲った時は、『騎士見習いの追いはぎ退治団』だと言っていなかったか?」
よく見れば、ひげ面の男はたしかに一昨日、街道沿いの村に頼まれて追い払ったはず盗賊のひとりだった。
汚い短剣が皮膚にふれないよう、そっと後ろに下がってクルティカは答えた。
「『騎士見習いで、街道守護隊兼任の追いはぎ退治団』だ」
「そんな奴がいるかよ。騎士見習いは、どの騎士団だって寮に住まわせる。あいつらは準貴族だ、特別なんだよ! 街道守備隊になるはずがない」
……正解。
さて、ここからどうやって逃げよう?
短剣を突き付けてくる小汚い盗賊団、その後ろには俊敏さのカタマリのような長身の男に得体のしれない金茶のモフモフ。さらにクルティカの呪詛を見抜いた謎の美少女。
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