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第2章「運命はいつだって『西』にある……空腹とともに」
第20話「しゃべって歩く仔グマのぬいぐるみ。ただし中身はオッサン」
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(UnsplashのAlex Blăjanが撮影)
空腹は人格を破壊する。特にリデルとロウ=レイの人格を。
そしてたぶん、クルティカの人格も。
金茶色のモフモフ仔グマが仕切るバクチ場はにぎやかに盛り、仔グマのオッサン声がはずんだ。
「さあさあさあ! 賭けたか、済んだか? サイコロをころがすぜえ!」
ロウとリデルの後ろについて歩くクルティカは、近づくにつれて、状況の異常さに目を丸くした。
野バクチ場は、使い古されてボッサボサのゴザの上に臨時に作られている。ゴザのど真ん中に、身長100タールほどの愛らしい仔グマが立っている。
短い前肢を軽快にふって声を上げ、客の懐から金を出させようと煽り立てる。
そのかたわらで白いサイコロふたつをもって座っているのは、少女だ。
10歳になったかならないか。肩まであるふさふさの金髪に、黒いシャツとスカート。幼いながらも目鼻立ちがととのい、いずれ絶世の美女に成長しそうな気配をただよわせている。……が、表情は、あまりない。
かわいらしさというより『不穏な感じ』がする不思議な少女だ。
少女がサイコロふたつを木の鉢に落とそうと顔を上げた瞬間――クルティカは思わず叫んだ。
「金と、銀色の――眼!?」
「すごい、きれいな目ね」
となりのロウ=レイもおなじことを言った。
少女はクルティカたちに気づかず、無表情でサイコロを落とし入れた。木鉢のなかサイコロはころころと転がり、止まると、むらがった人たちから歓声とうめき声が漏れた。
人々ののあいだを、小さな黒い仔グマが飛びまわり、掛け金を回収していく。
「ほーい、負け金は頂いていくぜっ! つきが回ってきたのは誰だ?
当たる当たらぬ、かけて見なきゃわからない。
さ、すぐ次の勝負だ。張った張った張った!」
金を握って次の勝負に臨むもの、持ち金が尽きてスゴスゴと離れるもの。
ひとしきり騒ぎが落ち着いたとき、ロウ=レイにお尻を蹴飛ばされたリデルが人の山をかきわけて行った。
リデルはできるだけ低い声を作り、
「あー、うほん。ここでは野バクチが禁止されておる! 今すぐやめなさい!」
リデルの声は音量がある。しかし丸っこい顔つきは童顔で、威圧感はない。
何人か、ちらりとリデルを見たが首をかしげ、ふたたびサイコロに集中しようとした。
そこへロウ=レイとクルティカが武器を片手に割って入る。どちらもこの間まで蒼天騎士だった人間だ。あたりを圧する威圧感があった。とくにクルティカの175タールの長身は威風堂々。
「我々は街道守備隊である、野バクチは禁止だ、散れ散れ!」
不服そうな人々が、それでも散っていく。
ロウ=レイは腰に下げたレイピアをわざとカチャカチャ言わせて、金茶色の仔グマに近づいた。
「街道沿いでの野バクチはケネス王陛下によって禁じられています。知らなかったですか?」
「あー。どうだったかな……」
身長約100タール。ころんとした体形に丸々としたお腹。短い手足はモフモフの毛。
全体的に言うと、しゃべって歩くぬいぐるみだ。ただし声はオッサンで、おそらく中身もかなりしぶといオッサンだ。その証拠にロウ=レイと話しながらも両前肢はいそがしく動いて、賭け金をまとめている。
まとめたかと思うと、仔グマはするりと、何枚かの銅貨をロウ=レイに掴ませた。
「すまないね、俺は仔グマなんで。難しいことはわかんないんですよ、守備隊さん。ま、今日はこれで」
ロウ=レイは何も言わない。すると仔グマは銀貨も握らせた。
「こっちにも事情があるんだよ。な、頼みますよ」
「……しょうがないわね」
ロウ=レイが恩着せがましく言った時、スっコーン! と木鉢が飛んできた。
しかし騎士の反射神経は野生動物にも劣らないと言われる。とっさに危険を察知してロウがしゃがみこんだので、鉢はそのままリデルを直撃した。
「いってええええ! なんなんだよう、これ!」
リデルが頭を抱える。その様子は、もちろん街道守備隊の一員には見えない。
ぽつり、と木の鉢をロウ=レイに向かってぶん投げた少女がつぶやいた。金と銀の眼がきらめいている。
「――にせもの」
ぞくっと、クルティカの背筋に戦慄が走る。とっさに手が背中の革筒にのびた。分解された槍が入っている革筒。クルティカがその気になれば、瞬きするあいだに鋭い金属穂を持つ槍になる。
少女はクルティカに視線をすえて、静かに言った。
「にせもの、で、本物。いまはまだ、にせもの」
「ほおおおお……そうかい、じゃあ、今はまだ何してもいいわけだな」
すちゃっ、と剣鍔が鳴る音がした。
みると金茶色の仔グマが短剣をかまえている。
『……なにものだ、いったい……構えにスキがない……。おれとしたことが、間合いを踏み込みきれない……!』
仔グマの耳がユラリとゆれた。
その瞬間、クルティカは反射的に革筒から槍の穂だけを抜き取り、投げつけていた。
鋭い金属穂が風切り音を立てて走ってゆく。
槍の穂は、ザクッと仔グマの耳を切り裂いた。
空腹は人格を破壊する。特にリデルとロウ=レイの人格を。
そしてたぶん、クルティカの人格も。
金茶色のモフモフ仔グマが仕切るバクチ場はにぎやかに盛り、仔グマのオッサン声がはずんだ。
「さあさあさあ! 賭けたか、済んだか? サイコロをころがすぜえ!」
ロウとリデルの後ろについて歩くクルティカは、近づくにつれて、状況の異常さに目を丸くした。
野バクチ場は、使い古されてボッサボサのゴザの上に臨時に作られている。ゴザのど真ん中に、身長100タールほどの愛らしい仔グマが立っている。
短い前肢を軽快にふって声を上げ、客の懐から金を出させようと煽り立てる。
そのかたわらで白いサイコロふたつをもって座っているのは、少女だ。
10歳になったかならないか。肩まであるふさふさの金髪に、黒いシャツとスカート。幼いながらも目鼻立ちがととのい、いずれ絶世の美女に成長しそうな気配をただよわせている。……が、表情は、あまりない。
かわいらしさというより『不穏な感じ』がする不思議な少女だ。
少女がサイコロふたつを木の鉢に落とそうと顔を上げた瞬間――クルティカは思わず叫んだ。
「金と、銀色の――眼!?」
「すごい、きれいな目ね」
となりのロウ=レイもおなじことを言った。
少女はクルティカたちに気づかず、無表情でサイコロを落とし入れた。木鉢のなかサイコロはころころと転がり、止まると、むらがった人たちから歓声とうめき声が漏れた。
人々ののあいだを、小さな黒い仔グマが飛びまわり、掛け金を回収していく。
「ほーい、負け金は頂いていくぜっ! つきが回ってきたのは誰だ?
当たる当たらぬ、かけて見なきゃわからない。
さ、すぐ次の勝負だ。張った張った張った!」
金を握って次の勝負に臨むもの、持ち金が尽きてスゴスゴと離れるもの。
ひとしきり騒ぎが落ち着いたとき、ロウ=レイにお尻を蹴飛ばされたリデルが人の山をかきわけて行った。
リデルはできるだけ低い声を作り、
「あー、うほん。ここでは野バクチが禁止されておる! 今すぐやめなさい!」
リデルの声は音量がある。しかし丸っこい顔つきは童顔で、威圧感はない。
何人か、ちらりとリデルを見たが首をかしげ、ふたたびサイコロに集中しようとした。
そこへロウ=レイとクルティカが武器を片手に割って入る。どちらもこの間まで蒼天騎士だった人間だ。あたりを圧する威圧感があった。とくにクルティカの175タールの長身は威風堂々。
「我々は街道守備隊である、野バクチは禁止だ、散れ散れ!」
不服そうな人々が、それでも散っていく。
ロウ=レイは腰に下げたレイピアをわざとカチャカチャ言わせて、金茶色の仔グマに近づいた。
「街道沿いでの野バクチはケネス王陛下によって禁じられています。知らなかったですか?」
「あー。どうだったかな……」
身長約100タール。ころんとした体形に丸々としたお腹。短い手足はモフモフの毛。
全体的に言うと、しゃべって歩くぬいぐるみだ。ただし声はオッサンで、おそらく中身もかなりしぶといオッサンだ。その証拠にロウ=レイと話しながらも両前肢はいそがしく動いて、賭け金をまとめている。
まとめたかと思うと、仔グマはするりと、何枚かの銅貨をロウ=レイに掴ませた。
「すまないね、俺は仔グマなんで。難しいことはわかんないんですよ、守備隊さん。ま、今日はこれで」
ロウ=レイは何も言わない。すると仔グマは銀貨も握らせた。
「こっちにも事情があるんだよ。な、頼みますよ」
「……しょうがないわね」
ロウ=レイが恩着せがましく言った時、スっコーン! と木鉢が飛んできた。
しかし騎士の反射神経は野生動物にも劣らないと言われる。とっさに危険を察知してロウがしゃがみこんだので、鉢はそのままリデルを直撃した。
「いってええええ! なんなんだよう、これ!」
リデルが頭を抱える。その様子は、もちろん街道守備隊の一員には見えない。
ぽつり、と木の鉢をロウ=レイに向かってぶん投げた少女がつぶやいた。金と銀の眼がきらめいている。
「――にせもの」
ぞくっと、クルティカの背筋に戦慄が走る。とっさに手が背中の革筒にのびた。分解された槍が入っている革筒。クルティカがその気になれば、瞬きするあいだに鋭い金属穂を持つ槍になる。
少女はクルティカに視線をすえて、静かに言った。
「にせもの、で、本物。いまはまだ、にせもの」
「ほおおおお……そうかい、じゃあ、今はまだ何してもいいわけだな」
すちゃっ、と剣鍔が鳴る音がした。
みると金茶色の仔グマが短剣をかまえている。
『……なにものだ、いったい……構えにスキがない……。おれとしたことが、間合いを踏み込みきれない……!』
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その瞬間、クルティカは反射的に革筒から槍の穂だけを抜き取り、投げつけていた。
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