幸せな人生を目指して

える

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第9章 愁いのロストフラグメント

16 届かぬ声

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「……うっ、何だ…何が起こった…っ!クソッ!力が……」

苦し気な声が漏れる。

蓄積した疲労が回復していった私達とは対照的に、明らかに動揺した表情で胸の辺りを抑えて蹲ってしまった少年。
その様子から私の力が上手く作用したのだと分かる。今度こそしっかりと効いたようだ。

一安心、と言いたいところだけど惚けている時間はない。

「今の内にレヴィ君を」

「貴方達は先に行っていてちょうだい。私は後から行くから」

蹲る少年から目を逸らさずにウルがそう言う。

「分かりました」

代わりにルカが短く返し、私達は目配せすると今度こそレヴィ君とルドルフさんの元へ駆け出した。



ウルside

やはり思っていた通り、エルちゃんの力は強力ね。流石だわ。

ただ残念な事に相手も同じだったようね。エルちゃんのあれを受けて、それでも尚意識を保っていられる。

警戒を緩める事無く魔族に視線をやる。
外見がただの少年だからと言って侮ってはいけない。
彼の気分次第で命運が別れると言っても良く、実際それだけの力を持っているのだから。
とは言え、普通そんな事は分からないし思いつきもしないだろう。だからこそ厄介なのだ。
まあ見た目に関しては、私が言えた義理ではないけれど。

とにかく今はエルちゃん達の邪魔をさせないように見張っていないと。

そう思い、いつ攻撃が飛んで来ても対処出来るよう身構えた――その時だった。

……?

魔族は顔を俯かせており口元しか見えない状態だったが……その口が今弧を描いたような――?

――っ!

見間違いではない。間違いない。笑っている。この状況で…。

神経を逆撫でするような、嫌な空気が流れる。

「―――」

そして更に魔族の口が小さく動くのが見えた。
囁くようなそれは、はっきりと聞き取れなかったものの、恐らく何か呪文を唱えたのだろうと推測出来る。

そう思ったその時。

「おいあの箱を壊せっ!さっさとしろっ!」

突如ガバッと少年が顔を上げ、そうかと思えば見開いた目を血走らせて叫び出した。
急に豹変した彼の視線の先には、レヴィとその兄、ルドルフがいる。

状況から考えてそれはレヴィに向けられたもの。先程の呪文もそうだろう。

どういった効果の呪文かまでは分からないけれど、これ以上相手の好きにはさせない。
これ以上エルちゃんの邪魔は――

「させないわっ!」

私は両手を前へ突き出し、魔族に向け攻撃を放つ。
呪文を必要としない精霊の力。浄化の力も秘めた光の筋が流星のように天から降り注ぐ。

これで足止めは出来たはず――だったが、

「残念。まだ俺は倒れていない」

「―――っ!」

そんな!あの攻撃をやり過ごしたっていうの……!

砂埃が舞う中、影がゆらりと立ち上がる。いくらか体をふらつかせるが、それでも自らの足でそこに立っていた。

何て頑丈な…。本当にしぶとい。ならもう一発――。
そう思い攻撃態勢に入った時。

「レヴィ君っ!!」

遠くからエルちゃんの悲痛な声が響いた。



ルドルフside

時間を遡る事数分前。


躊躇なく繰り出される鋭い斬撃に苦戦を強いられる中、剣で斬撃を受けつつも俺は弟の動きに注視していた。
俺の事を明確に殺そうとする、一切迷いのない剣捌きと連撃。一瞬でも気を抜いたらやられるのは間違いない。
そんな緊張感漂う中でも身を守るだけでは意味がなく、こちらもここぞという瞬間を狙い反撃の一手を繰り出す。
しかしまるでこちらの動きを見切っているような、いつもとは違う弟の動きに翻弄されるばかりで、未だ膠着状態が続いていた。

俺は弟を傷つけるつもりはない。ましてや手に掛けよう等とも思っていない。
だが今のレヴィは普通ではなく、ただ目の前の敵を倒そうとしてくる。
そんな相手に傷をつけず、それでいて勝つというのは至難の業だ。それが膠着状態が続いている理由でもある。


弟をこんな風にした元凶は今、エルシア嬢達が相手をしているはずで、運良くそいつから弟を引き離せたというのにこのままではまずい。
それにエルシア嬢にレヴィの事は俺が何とかすると約束しているのだ。


焦っては元も子もないが、何か手を考えなくては、と考えを巡らせていた時だ。

歌声……?

何処からか美しい音色が聴こえてきたのだ。心に沁み渡るような優しい歌声。

この声…エルシア嬢か…?

――?

思考していると視線の端で何かが光った。俺はそれを追うようにして視線を移し――。

俺の視界には、天に向かい歌うエルシア嬢と、その彼女を中心にして溢れ出た光が、周囲に広がっていくのが見えた。

更に先程まで響いていた、エルシア嬢やルーカス殿が、敵と戦っていただろう激しい轟音が止んでおり、辺りはとても静かになっている。

どういう事だ?あの歌が聴こえてきてから静かになった?

そう不思議に思いながら俺は視線を戻す。
そして視界に映ったレヴィを見て、ふと違和感を感じた。何か様子がおかしい。
あれだけ攻撃を仕掛けてきていたのに、今はその場で直立し動こうとしない。

「…レヴィ?」

心配になり控えめに名前を呼ぶが――やはり返事は返ってこない。
けれど先刻とは明らかに様子が違う。

この歌声のせいとでも言うのか?
しかしエルシア嬢は魔法の才に恵まれていると聞く。これが魔法なのかは分からないが、才女の彼女なら可能な事なのかもしれない。

「……うっ」

そう思った刹那、苦しそうな低い声が漏れた。
はっと見れば頭が痛むのか手で強く頭を抑え込み、無表情だった顔を苦悶に歪めたレヴィの姿があった。

剣がその場にカランと音をたてて落ちる。だが、それを気にした様子はなく、いや気にしている余裕がないのか、とうとう頭を抱えたままその場に膝を付いてしまう。

一体どういう事だ……!

…いや、今は考えている場合ではないな。

警戒を完全には緩めず、しかし剣はしっかりと鞘に納めて、俺は蹲るレヴィにゆっくりと近づいた。
頭を抑えたまま苦しんでいて、俺が近づいた事にすら気が付いていない。

「レヴィ」

目線を合わせるようにゆっくりと弟の前に膝を付いた俺は、意を決し名前を呼ぶ。そして弟にそっと手を伸ばした。

「……っ」

だがその瞬間、レヴィが急に顔を上げたかと思えば、バシッと音をたてて俺の手が弾かれる。

近づいた時はこんな拒絶はされなかったのだがな……。

警戒心を露に拒絶された事は、俺の中で大分大きな衝撃だった。

だが手を払われた時に見えた弟の瞳。そこには驚愕だけでなく、恐怖の色も見て取れた。それを見ては弟を責める事等到底できない。

恐怖と困惑。
数日前に喧嘩した時にも同じものを見た。
あの時のレヴィの顔が脳裏に蘇り、胸を締め付けられる。

しかしそうこうしている間も弟は悲壮な顔のまま。

一体どうしたら良いんだ…?

俺には治癒魔法は使えないし、エルシア嬢のような特殊な力もない。そんな何の力もなく役立たずな自分に腹が立つ。

腹は立つが、今はそんな事考えていても仕方がないのだ、と頭を振って思考を切り替える。


今なら俺の声が届くか?
エルシア嬢の歌がレヴィに何かしら作用しているのであれば、もしかしたら……。
試してみる価値は十分にある。

そう思い俺はもう一度手を伸ばした。

それを察したのかレヴィが暴れ出したが、今度は臆する事なくしっかりとその腕を掴む。
頭を左右に振り強い抵抗を見せるが、それでも俺はレヴィの腕を離さなかった。

「レヴィ、レヴィッ!俺だよ。お前の兄、ルドルフだっ!
お前を迎えに来たんだ。さあ一緒に家に帰ろう」

激しく暴れ、聞こえているのかも定かではないが、それでも俺は話しかけ続けた。

「すまなかった……。俺が全て悪かったんだ。お前の事見ているつもりだったのに、何にも見えていなかった。お前を苦しめていた…。
後悔している。今更かもしれないが謝りたい。謝らさせてくれ……。俺の声を聞いてくれ!レヴィッ…!目を覚ましてくれ……っ!」

言いながらなんてめちゃくちゃな言い分なんだと思う。だがそれ程に俺も必死だった。
途中からは感情が高ぶり叫んでしまう程で……それでもなりふりなど構っていられなかった。
これが最後の機会なんだ。そう思い必死に呼びかけていた時――。

「…兄…上……?」

耳を澄まさなければ聞き逃してしまうような、そんな小さな声。しかし俺にはしっかりと届いた。

「…レヴィ!」

必死な俺の声が届いたのだ。

見れば空虚だった瞳に僅かに光が戻ってきていた。
まだぼんやりとしているようだが、それでもその瞳には俺が映っている。

しかしこれは恐らく一時的だ。まだ完全に魔法が解けた訳ではない。

けれど、それでも声を聴けてほっとしている自分が確かにいた。

「レヴィ…」

俺は掴んでいた腕から手を離し、弱々しくこちらを見つめてくる小さな体をそっと抱きしめた。
今度は抵抗されず、そもそもそんな気力がないのかもしれないが、レヴィは大人しく俺の腕の中にその身を預けてくる。

そしてはっとする。こんなにも体が小さく細かったのかと。

「兄上……」

「もう大丈夫だ、レヴィ。一緒に帰ろう」

諭すようにそう言った。後悔に苛まれる中、それを隠すように平静を装って。


漸くこれで終われる。家に帰れる。
そう思った。

しかしその思いが大きな痛手となった。

「兄上…俺から、離れて……」

弟の口から途切れ途切れな言葉が零れ、

「レヴィ?」

腕の中の小さな体が震えだした。そして次の瞬間――。

「うっ…ぐあぁ……っ!」

先刻とは比べ物にならない程声を上げ頭を押さえ込んだ。

「レヴィ!レヴィッ!!しっかりしろ!!」

突然の事に俺は気が動転してしまう。

必死に声を掛けるがそれも空しく、半狂乱となったレヴィの声に俺の声は掻き消されてしまい、しかも何処からそんな力が、と思うくらい強い力で激しく抵抗をしてくる。

それだけでも厄介なのが、そこに更に追い打ちをかけるかのように、

――バチッ!!

そんな音と共に体が強い力で弾かれた。
視界が反転し、あっと思った時には地面に体を叩きつけられていた。
突然の事に受け身を取れず、打ち付けた瞬間声にならない声が口から漏れる。

――な、何だっ!?

頭が真っ白になる。

一体何が起こったというんだっ…!

痛みに顔を歪めるが体に鞭を打ち、顔を上げる。

見えた視線の先には、先程の出来事が嘘のように、何事もなかったかのように立っているレヴィの姿が。

その様子にただならぬものを感じ、俺は咄嗟に口を開こうとし、だがそれと同時にレヴィにも動きがあった。
突然俺に背を向け、そのままふらりとした足取りで歩き出す。まるで何かに導かれるようにして。

まずいっ!このままでは――。

「レヴィ君っ!!」

もう一度呼びかけようと口を開いたその時、悲痛な声が響き渡った。
はっと振り返ると、こちらに駆け寄ろうとするルーカス殿と、今にも泣き出しそうな顔をしたエルシア嬢の姿が目に入った。
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