幸せな人生を目指して

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第9章 愁いのロストフラグメント

17 箱の中身

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どうして――!?

ルドルフさんと一緒にいたレヴィ君の様子が突然おかしくなり、嫌な感じがして私は必死に彼を呼んだ。
けれどその声に彼は反応しない。全く聞こえていないのか、私達に背を向けて、ふらりとした足取りで歩いて行ってしまう。

「…レヴィ君っ!待ってっ!!」

更に呼ぶが何度やっても同じだった。

どうして?
歌の効果は確かにあったはず。魔族にも一時的かもしれないけれど効いていたし、遠目ながらもレヴィ君にも変化があったのは見えた。
魔族の少年がレヴィ君を操っているのなら、少年をどうにかすれば何とかなると思っていたけど。

まさか――。

そこで私ははっと背後を振り返った。
そこには身動きが取れなくなった少年とそれを見張ってくれているウルがいるはず、だったが。

…えっ!

少年が立っている。
あれだけ苦しんでいたのに。もう回復してしまったとでもいうのか。しかしそんな彼をウルが放っておくわけもなく、お互い一歩も引かない応戦をしているようだった。

何なの一体……、何度攻撃をしても倒れない。その姿に何とも言えない恐怖と、強い執念のようなものを感じ肌が粟立った。

余裕の表情で私達を翻弄していたかと思えば、急に形相を変え、口調も当初のものとは全く違う激しく変わる。
何が目的なのかが今一見えない。掴みどころのない人物だ。
同じ人物のはずなのに、シュレーデル王国で会った時とは別人のようだ。


それに見るからに触れてはいけないと分かる黒いオーラを纏っている。きっとあれは瘴気。人が触れれば命を落とすこともある猛毒だ。それを放っている彼はまさしく危険。

しかもその瘴気漂う中、一瞬見えた口元が弧を描いていたような――。

……っ!

その時少年が視線を上げ、私と目が合う。殺伐とした赤い瞳が今にも私を射抜こうとしているようだった。
しかし視線は直ぐに逸れ、奥へと向けられる。

――レヴィ君。

少年はレヴィ君の動きを監視するように見ていた。


当のレヴィ君はその覚束ない足取りである場所へと向かっているようだった。

当初この場所へ入った際に見かけた、この空間では場違いのような小さいテーブルとその上に置かれた怪しい黒い箱。

レヴィ君に何かをさせていたのも見たし、やっぱりあの箱には何かがあるんだ。
何かを閉じ込めているとかだろうか。


考えたい事はたくさんあれど、今はともかくレヴィ君をあの箱に近づけないようにするのが先決。

「レヴィ君!止まって下さい」

そう声を上げるものの、焦りは募る。それもどういう訳か走っても走ってもレヴィ君に追いつけないのだ。
何かが邪魔しているというわけでもなく、それでも追いつけないというのは一体どういう事なのか。

魔族の少年もウルが見張っている為その場から動いている様子はないし。
一体何なの?


もうこうなったらっ…!

「リストレイントッ」

すみません、レヴィ君。

極力使いたくなかった手だが致し方ない。そう思い心の中で先に謝ってから私はある魔法を発動させた。
といっても攻撃的な魔法ではなく相手の動きを封じる拘束魔法だけど。

レヴィ君は操られているだけだからあまり強く拘束しないように……。

相手が害をなす者ならまだしも、彼は私の大切な友人。傷つけたくはない。

でもこれで人安心……。とそう思ったのだが。


――えっ!なっ、何っ……!?

拘束魔法をレヴィ君に向け発動させたその瞬間、バチっと音がして、更に目には見えない障壁のようなものに魔法が阻まれてしまった。

何、今の……?

起こった事に理解が追い付かず唖然とする。

しかしそうこうしている間にもレヴィ君はテーブルの前まで移動しており、その黒い箱へと手を伸ばしていた。そしてついにその手で箱を掴む。

「もう壊れるだろう。早く箱を壊せ!」

後方から響いてくる声。少年はウルを相手にしながら、彼に指示を送る。それも勝ち誇ったような顔で。

「エルちゃんっ!あの箱は壊しては駄目なの!お願い止めて!」

それとは対照的に、ウルは悲痛な面持ちでそう言った。彼女の必死さが痛い程伝わる。そしてその様子からしてもやはり、あの箱は開けてはならない物なのだと再確認した。

けれどその箱は既にレヴィ君はの手の中。しかも少年に言われた通り、今にも箱を壊そうと、己の魔力を流し込んでいる。

あの箱は魔力で開錠出来るようになっているようだが、更に言えばここへ足を踏み入れた時、既に彼は箱に魔力を注ぎ込んでいた。
だとするともうそう時間は残っていないかもしれない。

「レヴィ君っ!やめて下さい!」

歯を食いしばり、私はもう一度拘束魔法を試みる。が、結果は先程と同じく、倍の威力を込めたのにも関わらず、弾き返されてしまった。

「無駄さ。もう手遅れだ!」

無情にも歓喜の声が響き渡り、そして――。

――箱が開く。

開いた瞬間、箱が粉々壊れ中にあったものが宙に浮かび上がる。

…あれは!

それは黒い色をした拳程の大きさの丸い水晶だった。
一見何の変哲もないように見える。けれどここにいる全員が感じただろう。水晶から放たれる強い魔力を。
肌にひしひしと伝わってきて、あんなにも必死になってウルが止めようとしていたのも頷けた。

「ははははっ!開いたぞっ!やっと、やっとだっ!」

その声と共にいつの間に移動したのか、レヴィ君の隣には少年がいて、宙に浮いたままの水晶を我が物顔で手に取った。

すると、パキンッという音と共にその水晶までもがあっという間に割れ、そこから黒い靄が溢れ出した。あれは間違いなく瘴気。
その渦巻く瘴気が少年の身体へ吸い込まれるようにして入っていき――。



人に害をなす瘴気。そして瘴気を己の力の糧とする魔族。
魔族にとって瘴気は力の根源。しかも触れれば触れる程力を増していき、今まさに瘴気を吸い込んでいる少年の力が格段と強まった。まるで本来の力を取り戻したとでも言うように。


頬を一筋汗が伝う。

その間、私は何も出来ずにいた。
水晶の瘴気も数分もしない内に、全てが少年の身体の中へと吸い込まれてしまい……。

「ごめんなさいエルちゃん。止められなかったわ…」

耳元で声がして顔を上げるとウルが戻ってきていた。彼女の表情は暗く、今にも泣き出しそうにその顔を伏せる。

「いいえ。私の方こそ力になれなくて…すみません」

ウルに非はない。寧ろ私の方が近くにいたのに止められなかった。それどころか魔法まで防がれ手の打ちようもなかった。


とは言え私まで気持ちを静めている場合ではない。私は静かにウルに問う。

「ウル、あの水晶は瘴気を、魔族の力を封印していたのですか?」

「ええ、そうよ。強大すぎる魔族の魔力をあの水晶に封じていたの」

その問いにウルは顔を上げると、まだ悔しさの滲み出る顔で、しかししっかりと頷き肯定した。

という事は力の一部を封じられていて尚、あれだけの圧倒的な強さを誇り、私達と戦っていたという事になる。
しかも今、その封じられていた力が魔族に戻ってしまったわけで……そう考えると目の前が暗くなる。

そして同時にある疑問が残る。

思い返して考えた時、あの黒い箱に少年は一切手を触れていなかったことを。

一部力を失っていたとはいえ、それでも彼の魔力は強かった。それに様子を見るに、一刻も早く力を取り戻したがっていたように見える。それなのにどうして自ら手は出さず、態々レヴィ君に精神系の魔法を使ってまでして開錠させたのか?

もしかして……。

「水晶を封じ込めていた黒い箱に触れる事が出来なかった?」

徐に呟いてみる。独り言のように零しただけだったが、それをひろったウルは深く頷くのだった。

「その通りよ、エルちゃん。
正確に言えば‘‘魔族‘‘は箱に触れられないって事ね。
何故ならあの箱を作ったのは人間であり、そして水晶に力を封じたのも人間だから。
だから箱を開けられるのも壊せるのも作り出した人間だけになるのよ。
それにもう分かっていると思うけれど、あの箱は魔力で開錠されるようになっているわ。
だからといって誰でも開けられるわけでないわ。魔力の強い、極限られた者にしか開錠は難しいの」

「なるほど。つまり自分の力ではどうやっても開錠出来なくて、開錠出来る人間、それも魔力の強い者を連れてくるしかなかったって事ですね。それに偶然選ばれてしまったのがレヴィ君だったと」

「そういう事になるわね。ただレヴィを狙ったのは偶然ではないと思うわ。恐らくシュレーデル王国での一件の時から目をつけていたと思うわ」

偶然ではなく最初からレヴィ君に、自分の代わりにあの箱を開けさせようと目をつけていたとウルは言う。


最初から最後まで魔族の思惑通り、だったわけだ。
こうなる事が分かっていたから彼は余裕を見せていた。

何て事だ……。

何でもっと早く気づかなかったのかと、自責の念に駆られる。
しかしそれを吹き飛ばす鋭い声が隣から聞こえてくる。

「エル様。そんな顔しないで下さい。まだ全て終わっていませんよ」

「ルカ…」

こちらを見つめるルカは少し怒っているように見えて、一瞬怯みそうになった。


「いいや。もうお前達は終わりだよ」

だが、そんな気持ちを掻き消すような声が聞こえてきて、私は思考するのを止め顔を上げた。

声の主、少年の身体からは夥しい量の瘴気が漏れ出ており、先程よりも色濃くなっているように感じられた。

「ここで死ね」

そして彼が呟いたと同時、その漏れ出た瘴気が一斉に四方八方に散った。
瘴気はどんどんその勢いを増し、まるで生き物のように動き回る。周囲の壁や天井にもお構いましに衝突していき、建物ごと崩壊させようとしていた。

「まずいわ。直ぐにここを出ないと!」

「でもレヴィ君が…っ」

「エル様、危険です。無闇に動かないで下さい」

瘴気の影響で音をたてて建物が崩れ始める。

そんな中、私は必死にレヴィ君へと自身の手を伸ばすが、それはルカに制されてしまった。

しかしその時、

「大丈夫だ、エルシア嬢。レヴィの事は俺に任せてくれ。
後から追いつく。先に行っていてくれ」

「ルドルフさん!」

突然そう言ったかと思いきや、ルドルフさんは落ちてくる瓦礫を躱しながら、レヴィ君の下へと走っていった。
その際咄嗟に彼の名前を呼ぶが、その背中は直ぐに遠くなる。

「エル様、彼ならきっと大丈夫です。ここは任せましょう。
さあ早く、僕達もここを脱出しましょう」

「私が援護するわ」

「二人共、ありがとうございます。行きましょう」

立ち止まっている時間はなく、今は二人の言う通り逃げるしかない。

二人の声に押され私も足を動かす。
崩れてくる瓦礫をウルに防御してもらいながら、とにかく外へと向かい私達は走った。


「はははっ。これも定め、か。まあここで生き埋めだろうがな。
――だがもしもここを生きて出られたのなら……また遊んでやるよ」

崩れいく建物内で姿を捉える事は出来なかったが、少年の声が背後から響いてくる。
振り返る余裕などなく、けれど振り返ったところで彼の姿はもうないだろうと悟る。


でも、定めって……何だか引っかかるな。

そこまで考えて一度思考を中断する。
とにかく余計な事は今は良い。生きてここを脱出するんだ。
それだけを思い一心不乱に道を駆け抜けていった。
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