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7 商才Sの少女
しおりを挟む俺が彼女と出会ったのは領地の商業区だった。
市場を視察していたところ、
「なあなあ、もうちょっと……値段を負けてもらえへんかなぁ?」
「冗談じゃねえ。これ以上は商売にならねぇよ」
「うーん、そこをなんとか」
「お前も粘るなぁ……」
そんなやりとりが聞こえてきたのだ。
ふと見ると、中年の店主と交渉している一人の少女が目に留まる。
栗色の髪を赤いリボンでポニーテールにした活発そうな美少女だ。
どうやら少女の方が値引き交渉中らしいが……。
「うーん……」
「ほらほら、迷ってる。うちが手を引いたら、ここの食材は丸々売れ残るで? ゼロよりはいくらかでも実入りがあった方がええやろ?」
「お前に言われると、どうも気持ちがぐらつくんだよなぁ……」
最初は頑としてはねつけていた店主が、だんだんと態度を軟化させていく。
俺は【鑑定】を発動した。
名前はミリィ・アレスタ。
商才:Sと出た。
「Sランクか……!」
ニヤリとした俺の前で、二人のやりとりは終局に近づいていく。
「なあ、おっちゃん。近々この食材は市場でだぶつくと思うで。ぐずぐすしてたら売れ残ってまう。今の間にうちに売ってしまった方がええと思うなぁ。多少買いたたいた感じになってまうかもしれんけど、そのぶん、今度の買い付けで他の店よりここを優先させてもらうから」
「むむむ……」
早口でまくしたてるミリィに、店主の気持ちがさらに傾いたようだ。
交渉のロジックが特別優れているわけじゃない。
ただ、彼女の作り出す独特の空気感が、店主の気持ちを『拒否』から『合意』へと導いているように思えた。
これこそが彼女の商才なのか。
あるいは俺の【人心掌握】に近いスキルなのかもしれないな。
「そうやな、他にこういうのはどう?」
ミリィは畳みかけるように、さらに代案を提示しつつ、店主に要求を重ねていく。
やがて彼は半ば渋々ながらも決断した。
「分かった。今そっちが言った値で売ろう」
「毎度おおきに!」
ミリィはニカッと笑い、小さくガッツポーズをした。
「見ていたよ。君の交渉は見事なものだ」
店から去るミリィに俺は思い切って声をかけた。
「えっ、誰や?」
「ディオン・ローゼルバイト。この地の領主ローゼルバイト伯爵の息子だ」
「あー! あんたがあの! いい男やなぁ」
ミリィが俺を見て、デレた顔になった。
「ミリィ、君は食材の仕入れの仕事をしているのか?」
「ん? うちの名前知ってるん?」
「領地のことは色々と知っているさ」
俺は【鑑定】のことは明かさず、微笑んだ。
自分のスキルについては基本的に誰にも話していない。
【鑑定】にしろ【人心掌握】にしろ、俺にとって切り札のようなスキルだ。
今後、領地運営をしていくにあたって、様々なピンチに出くわすかもしれない。
そんな時、自分の手の内を相手に知られていると、色々とやりにくくなる。
だから誰にも明かすつもりはなかった。
「うちの家、小さい青果店やねん。この間の流行り病で両親とも死んでしもたから、うちが一人で切り盛りしてる」
言って、彼女は小さくため息をつく。
「店の規模が小さいし、周りには競合店もいくつかあって、正直なところ限界を感じてるんやけどな、はは」
「それでも続けたい、ということか」
「いや、畳めるなら、さっさと畳みたいで。今の店」
ミリィはあっけらかんとしている。
「ただ、そうなったところで一から新しい商売を始めるには元手がないからな……」
「新しい商売を始めたいというなら、俺と組まないか?」
俺は彼女に切り出した。
よし、これは俺が望んでいた流れだ――。
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