【完結】王太子は元婚約者から逃走する

みけの

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1ヶ月ぶりに~王太子視点~

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 私の名は、アレン・リオ・アズライド。
このアズライド王国の王太子である。今日は婚約者のセレナ・スタンに会いに、彼女の屋敷を訪れたところだ。1ヶ月ぶりの再会である。以前起きたちょっとした出来事で仲違いしていたところに、やっと面会して欲しいと申し出があった為だ。
 ――やっと素直に、私への愛を認める気になったのだなセレナ。
久しぶりに気分が良かった。


「殿下、ようこそおいで下さいました」
馬車を降りた私をスタン公爵が出迎える。セレナと婚約破棄してから、会うのは初めてだ。オールバックにした髪型も鼻の下の口ひげも変わっていない。
「娘はいささか、支度に時間がかかっているようです。申し訳ございませんがしばし、応接室でお待ちいただけますか」
「ああ、待たせてもらう」
「ではご案内を」
公爵に邸内へと促された。


 見慣れた邸内を進みながら、公爵が軽い口調で話しかけてきた。
「殿下は半年前の事を、覚えておられますか?」
「半年前……?」
オウム返しのように呟いて、しばらく考えた。
次にあっと、気まずい顔になる。それは苦い記憶だった。

 半年前とは他でもない。
学園の卒業パーティで、セレナに婚約破棄を宣言した事だろう。
私はあの時、ルル・ティアーズ男爵令嬢を片腕に抱きしめてセレナに言い放ったのだ。
“私は真実の愛を彼女に教えられた! 故に君との婚約を破棄する!”
 突然そのような事を申し渡され、セレナは一瞬動揺した。しかしすぐに淑女の顔に戻ると、
“殿下のお言葉、承知致しました。では今後はただの臣下の1人としてお仕えさせていただきます”
とカーテシーをし、立ち去った。
「あの日、娘は自室で、明け方まで泣き崩れていました。自分の力不足で、殿下のお心を逃してしまった、我々にも申し訳ないと」
「…………」
 平静さを装っていてもやはり、傷付いていたのだな。
胸が少し、チクリと痛む。
 しかしセレナ、我慢強いのは君の美徳だが、時には素直になっても良かったのではないか? 『悲しい』とか『寂しい』とか言ってくれたら良かったのに。そうすれば側妃にと考えてみたのに。
公爵は淡々と話し続ける。
「日々やつれていくあの子に、気晴らしに外に出てはと勧めたのですが……。
いざ外出すればどこで訊いたのかあの男爵令嬢……失礼、ルル・ティアーズ嬢が近付いてきて、大声で“まあ! 殿下に婚約破棄されたセレナ様じゃありませんか!!”と呼びかけられ、“私が殿下に愛されてしまったせいで、辛い思いをされてるんでしょう? ごめんなさいね”と続けて言ったそうです。好奇の目に晒される中、その場から泣き出して逃げ出さなかったのはひとえにあの子の公爵令嬢としての矜持です。傷付かなかった訳ではありません」
「…………」
ルルのヤツ、そんな事までしていたのか。
 ムカついてくる。本当にどうしようもない女だった。
確かにあの時、私はルルに“真実の愛”を感じていた。なのにあの女、妃教育の合間に護衛騎士と関係していたのだ。
 純粋な私はあの女の嘘に、コロッと騙されてしまった。
 あの女のせいで、セレナを手放してしまった。破棄の後も、あの女は“セレナ様が私を忌まわしそうに睨んでくるの”だの“私、殺されるかも知れない”だのと吹き込み続けた。
 当時ルルを信じ切っていた私は、セレナに心ない言葉を投げていた。弁明には耳も貸さずに。
 ――しかし、公爵も執念深い。もう済んだ事だろう? 
何と言っても私は、この国の王太子で、騙されていた被害者なのだから。
それが分かるから、セレナも会いたいと思っているのだろうに。
そう言いかけるも、言葉を引っ込めた。確かに鬱陶しいが今は気分が良い。こんな事で怒る程ではない。
 公爵の話は更に続く。
「セレナが、貴方様の“もう一度、やり直したい”というありがたいお言葉に、素直に頷くことが出来なかったのも、再び捨てられたらという恐れ故です。言うではありませんか。“一度やる者は二度やる”と」
「……おい、私を」
これにはカッと頭に血が昇る。王太子である私を、信用しないと言うのか! 
だが、
「それもこれも、殿下への愛に対する裏返しです」
「…………っ」
と続けられ、何も言えなくなった。

――そうだ。あの日私は、愛するセレナを傷付けてしまった。愛が裏目に出てしまった。
 でもこれからは違う。
私を愛してくれる彼女を大切にし、共にこの国を支えて行くのだ。

 応接室で向かい合い、ソファに座っている間も公爵の話は終わらない。
らしくない。私の知る彼はこんなに話好きだっただろうか?
「ですので……殿下からの愛が本物と認めた娘は、もし、また殿下が心変わりをされれば生きて行くことが出来なくなるでしょう。最悪、自死もありえます」
公爵の低い声が、静かな廊下に響く。自死? セレナが?
「そんな事は」
「ええ、分かっております。……ですので娘は貴方様を離しはしない、貴方様がではなく、娘の方が離さないのです。……そう、どんな事があろうと」
その言葉の裏にある熱い想いに、私は感動を覚えてしまう。
 何と情熱的な。
それだけ、セレナが私を愛している、と言いたいのだな。
 
 その時は、そう思っただけだった。
後に私はこの時の自分の脳天気さを悔やむのだが……。

 トントン、と控えめなノック音がした。
「公爵様、セレナお嬢様が」
「入りなさい」
短いやり取りの後、静かに扉が開かれる。侍女の後ろに人影が見える。きっとセレナだ。思わずソファから立ち上がった。
「セレナ!」


「殿下! そこにいらっしゃるのですね」
私が呼べば、鈴を転がすような声が返ってくる。
――が……?
扉は開かれるも、何故かセレナは入ってこない。……いや、入ってこられないらしい。
「……セレナ?」
再び呼ぶ。が、ゴツゴツ、と壁にぶつかるような音が何度かするだけだ。
「殿下、もう少しお待ち下さい。少し扉が狭くてつっかえてます……!」
「へ?」

 扉が狭い? つっかえている?
扉とは目の前にある扉の事だ。さっき私も公爵と普通に入った。
 ようやっと入ってきた人物……私は戸惑った目を向けた。
「ふう、体を横にして、やっと入れましたわ。……殿下、嬉しい……!来てくださいましたのね」
よっこらせ、とばかりに入ってきたその“女性”は、感極まったように涙ぐんで私を見つめた。
しかしそれを受ける私はただ、混乱していた。目の前にある状況を、信じられなくて。
 私の前で涙ぐむ女の、その顔は……セレナだ。見慣れたウェーブのかかった金髪と、珍しいピンク色の瞳は確かに、私も知るセレナだ。……が……1番に思ったのはこれだった。

…………太い。
 顔も丸く、体も丸い。でっぷりとドレスも相まって末広がりの体型をしている。よく見ればそのドレスもパッツパツで縫い目が今にも切れそうだ。異国にいる“リキシ”という戦士を想起してしまう。
私は震える指をそれに向けて……一縷の願いを込めて、公爵に訊いた。
「お、おい、公爵……あれは誰だ?」
何故か、公爵は驚いたように目を見開く。何分かり切った事を訊くんだ? という疑問がこもっていた。
その後、改めてにこやかに戻った公爵の答えに、私の願いは砕かれる。

「何を仰います。我が娘であり、貴方様の元婚約者……いや、今後は元ではなくなるのですね。セレナでございますよ」
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