3 / 15
我が愛しの婚約者(改)
しおりを挟む
「セ、セレナ……なのか?」
こ、このデブがセレナ? 改めてその女を見る。
セレナはこんなに、丸い顔をしていない。もっと卵形だ。
更にこんなに肥満体ではない。もっとたおやかだ。
――ど、どうして……?
そう動揺している間に、セレナ? は私に近付くと、その太い腕を伸ばして
「お待ちしておりました、殿下!」
力いっぱい、抱きしめてきた。
メリメリメリ……!
「ぐぇぇ……」
体に回された太い両腕が、容赦なく私を締め付けてくる。
骨が体が圧迫を受け、きしむ音がする。パクパクと口を開閉させるも、酸素は取り込めそうにない。
死ぬ、これは普通に考えて死ぬ!
「ほ、骨が、息が……!」
だが、私が死への恐怖に抗っているにも関わらず、
「ああ……セレナ、良かったな父も嬉しいぞ」
公爵はにこやかな笑顔を浮かべ見ているだけ。その隣に、いつの間にか来ていた夫人も、
「セレナ……何て幸せそうに……」
と、目尻に浮かぶ涙を、ハンカチで拭っている。口元に笑みを浮かべて。
いやお前ら、自分らの世界に浸るなよ。
死が見える程の締め付けにもがく頭で、私は訴える。
お前達の目の前で王子である私が、苦しんでいるんだぞ!
娘がどうとか言う前に、そこを気にする処じゃないか!?
いや……どうか気付いてくれ! 頼むから!
「だ……だ、ず、げ……!!」
何とか絞り出した声が聞こえたのか、体の拘束がふっと緩んだ。
解放された事に対する安堵に心が緩む。
だが言いたい事は言おう。何度か深呼吸を繰返した後、ブンブンッと首を振り、目の前のデブに人差し指を突きつける。
「ち、違う! お前はセレナじゃない!! セレナはこんなのではない」
「何を仰られます殿下」
そう叫ぶが、公爵は笑顔を崩す様子もなくキッパリと言い切った。
「この子は紛れもなく我が愛娘であり、貴方様の愛を受けているセレナです。……ちょっと変りましたが」
夫人も横から言う。
「ええ、この子は私がお腹を痛めて産んだ娘のセレナですわ。……ちょっと変りましたが」
「ちょっとどころじゃない!!」
変わりすぎだろ!!
確か前にセレナに会ったのは1ヶ月程前だ。彼女こそが自分の幸いであると思いついてすぐ、馬車に乗って公爵邸に向かわせた。
突然来訪した私に、セレナはあくまで臣下としての態度で応対した。
その時は、クレイル――婚約破棄後、セレナに求婚していた公爵令息だ――の邪魔が入り、話は中断されてしまった。
それ以来、会いに行っても(王子の私を!)門前払い。仕方なく手紙を毎日送るしか出来ない日々。故に、直接彼女には会えていなかったのだが……。
この間に、ここまで変貌したというのか!?
変わるにも程がある!!
「全ては殿下への愛、故ですよ」
驚愕に叫びそうになる私に、公爵が隣で言った。
その笑顔の裏に圧を感じ、口は自然に閉じてしまう。
「悲しみから心を閉ざした娘は、その空になった心を埋めるように、ひたすら過食を繰返しました。結果今のように……」
「寂しかったのですわ、殿下……!」
再びぬいぐるみか何かのようにぎゅ~、と抱きしめてきた。死ぬ、普通に死ぬ!
脳裏に花畑が見えかけたところで、締め付けが解かれた。ぜい、ぜい……と本日2度目の生命の危機だった。
そんな私に、公爵夫人は
「真実の愛などとロマンチストな殿下は勿論、娘が変わった程度で心変わりなどされませんわね? さ、あなた♪後は若い2人だけで」
「お……っそうだな。殿下、気が効かず申し訳ありません。ではごゆっくり」
夫妻は同時に立ち上がり、そそくさと部屋を出て行く。
「待て――!!」
私の悲痛な叫びは、扉の閉まる音に遮断された。
「ふっふっふっふ……殿下、やっと2人きりになれましたわね……」
隣に座ったセレナがベッタリすり寄ってくる。興奮しているのか鼻息が荒い。そんな彼女に再び湧き上がる思い。
違う、セレナはおしとやかだ。こんな事はしてこない。
そう思ったのが伝わったかのように彼女は鼻息を治めると、今度はその太い指を私の指に絡ませてくる。蛇に絡みつかれたら、こんな感じだろうか?
「殿下……わたくしはずーっと、辛かった……!」
とフッと俯いた。その横顔は確かにかつてのセレナだ。
――こうなったのは、私に婚約破棄されたのが原因で……なのか。
セレナは更に言葉を続ける。
「殿下に婚約破棄をされただけで打ちのめされたのに、偶然町中でお会いしたルルさんには“婚約破棄された中古品と婚約する人なんていないでしょう?”などと言われて……」
「何!」
カッと頭に血が昇った。あの女、そんな事までしてたのか!!
因みに今、ルル・ティアーズは精神病棟にいる。
ルルの不義が判明した後、父親である男爵も立ち会いのもとに手切れ金と引き換えに婚約破棄に同意させた。
男爵は最初、金額に文句を言ってきたが
「こんなものを頂く訳には参りませんと断るならともかく、要求するのなら王家に対し詐欺を働いた容疑で訴えるぞ。そうなると王都に住むことも難しくなるだろうな」
と半ば脅すように承諾させたのだ。
その事に腹がたったのか、ルルは謹慎を言い渡されているにも関わらず、街に出かけた。
そこで羽振りの良さそうな男がいたので、声をかけたのだが……事が終わった後で、とんでもない事実を知ることとなる。
男は女ヤクザのヒモだったのだ。よくも人の男に、と凄む女ヤクザに対し、
「私は男爵家の令嬢で、王子殿下の婚約者よ!」
などと言ったのだがビビるどころか、
「そんなお嬢様がこんなところで、ヤクザの男としけ込むもんか。貴族を騙るアバズレだろう」
とスルーされ、そのままリンチされる羽目になった。
後で売春宿に売るつもりだったと、見た目こそ傷はなかったが女の暴力は男と違う陰湿なものだ。どんな内容だったのかと好奇心から訊くも警備の騎士は
「知らない方がよろしいかと」
その一点張りだった。
それがもとでルルは精神をやられ、病院にいる。
外に出たら報復されると、怯えながら過ごしているらしい。
こ、このデブがセレナ? 改めてその女を見る。
セレナはこんなに、丸い顔をしていない。もっと卵形だ。
更にこんなに肥満体ではない。もっとたおやかだ。
――ど、どうして……?
そう動揺している間に、セレナ? は私に近付くと、その太い腕を伸ばして
「お待ちしておりました、殿下!」
力いっぱい、抱きしめてきた。
メリメリメリ……!
「ぐぇぇ……」
体に回された太い両腕が、容赦なく私を締め付けてくる。
骨が体が圧迫を受け、きしむ音がする。パクパクと口を開閉させるも、酸素は取り込めそうにない。
死ぬ、これは普通に考えて死ぬ!
「ほ、骨が、息が……!」
だが、私が死への恐怖に抗っているにも関わらず、
「ああ……セレナ、良かったな父も嬉しいぞ」
公爵はにこやかな笑顔を浮かべ見ているだけ。その隣に、いつの間にか来ていた夫人も、
「セレナ……何て幸せそうに……」
と、目尻に浮かぶ涙を、ハンカチで拭っている。口元に笑みを浮かべて。
いやお前ら、自分らの世界に浸るなよ。
死が見える程の締め付けにもがく頭で、私は訴える。
お前達の目の前で王子である私が、苦しんでいるんだぞ!
娘がどうとか言う前に、そこを気にする処じゃないか!?
いや……どうか気付いてくれ! 頼むから!
「だ……だ、ず、げ……!!」
何とか絞り出した声が聞こえたのか、体の拘束がふっと緩んだ。
解放された事に対する安堵に心が緩む。
だが言いたい事は言おう。何度か深呼吸を繰返した後、ブンブンッと首を振り、目の前のデブに人差し指を突きつける。
「ち、違う! お前はセレナじゃない!! セレナはこんなのではない」
「何を仰られます殿下」
そう叫ぶが、公爵は笑顔を崩す様子もなくキッパリと言い切った。
「この子は紛れもなく我が愛娘であり、貴方様の愛を受けているセレナです。……ちょっと変りましたが」
夫人も横から言う。
「ええ、この子は私がお腹を痛めて産んだ娘のセレナですわ。……ちょっと変りましたが」
「ちょっとどころじゃない!!」
変わりすぎだろ!!
確か前にセレナに会ったのは1ヶ月程前だ。彼女こそが自分の幸いであると思いついてすぐ、馬車に乗って公爵邸に向かわせた。
突然来訪した私に、セレナはあくまで臣下としての態度で応対した。
その時は、クレイル――婚約破棄後、セレナに求婚していた公爵令息だ――の邪魔が入り、話は中断されてしまった。
それ以来、会いに行っても(王子の私を!)門前払い。仕方なく手紙を毎日送るしか出来ない日々。故に、直接彼女には会えていなかったのだが……。
この間に、ここまで変貌したというのか!?
変わるにも程がある!!
「全ては殿下への愛、故ですよ」
驚愕に叫びそうになる私に、公爵が隣で言った。
その笑顔の裏に圧を感じ、口は自然に閉じてしまう。
「悲しみから心を閉ざした娘は、その空になった心を埋めるように、ひたすら過食を繰返しました。結果今のように……」
「寂しかったのですわ、殿下……!」
再びぬいぐるみか何かのようにぎゅ~、と抱きしめてきた。死ぬ、普通に死ぬ!
脳裏に花畑が見えかけたところで、締め付けが解かれた。ぜい、ぜい……と本日2度目の生命の危機だった。
そんな私に、公爵夫人は
「真実の愛などとロマンチストな殿下は勿論、娘が変わった程度で心変わりなどされませんわね? さ、あなた♪後は若い2人だけで」
「お……っそうだな。殿下、気が効かず申し訳ありません。ではごゆっくり」
夫妻は同時に立ち上がり、そそくさと部屋を出て行く。
「待て――!!」
私の悲痛な叫びは、扉の閉まる音に遮断された。
「ふっふっふっふ……殿下、やっと2人きりになれましたわね……」
隣に座ったセレナがベッタリすり寄ってくる。興奮しているのか鼻息が荒い。そんな彼女に再び湧き上がる思い。
違う、セレナはおしとやかだ。こんな事はしてこない。
そう思ったのが伝わったかのように彼女は鼻息を治めると、今度はその太い指を私の指に絡ませてくる。蛇に絡みつかれたら、こんな感じだろうか?
「殿下……わたくしはずーっと、辛かった……!」
とフッと俯いた。その横顔は確かにかつてのセレナだ。
――こうなったのは、私に婚約破棄されたのが原因で……なのか。
セレナは更に言葉を続ける。
「殿下に婚約破棄をされただけで打ちのめされたのに、偶然町中でお会いしたルルさんには“婚約破棄された中古品と婚約する人なんていないでしょう?”などと言われて……」
「何!」
カッと頭に血が昇った。あの女、そんな事までしてたのか!!
因みに今、ルル・ティアーズは精神病棟にいる。
ルルの不義が判明した後、父親である男爵も立ち会いのもとに手切れ金と引き換えに婚約破棄に同意させた。
男爵は最初、金額に文句を言ってきたが
「こんなものを頂く訳には参りませんと断るならともかく、要求するのなら王家に対し詐欺を働いた容疑で訴えるぞ。そうなると王都に住むことも難しくなるだろうな」
と半ば脅すように承諾させたのだ。
その事に腹がたったのか、ルルは謹慎を言い渡されているにも関わらず、街に出かけた。
そこで羽振りの良さそうな男がいたので、声をかけたのだが……事が終わった後で、とんでもない事実を知ることとなる。
男は女ヤクザのヒモだったのだ。よくも人の男に、と凄む女ヤクザに対し、
「私は男爵家の令嬢で、王子殿下の婚約者よ!」
などと言ったのだがビビるどころか、
「そんなお嬢様がこんなところで、ヤクザの男としけ込むもんか。貴族を騙るアバズレだろう」
とスルーされ、そのままリンチされる羽目になった。
後で売春宿に売るつもりだったと、見た目こそ傷はなかったが女の暴力は男と違う陰湿なものだ。どんな内容だったのかと好奇心から訊くも警備の騎士は
「知らない方がよろしいかと」
その一点張りだった。
それがもとでルルは精神をやられ、病院にいる。
外に出たら報復されると、怯えながら過ごしているらしい。
3
あなたにおすすめの小説
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
氷の薔薇は砕け散る
柊
ファンタジー
『氷の薔薇』と呼ばれる公爵令嬢シルビア・メイソン。
彼女の人生は順風満帆といえた。
しかしルキシュ王立学園最終年最終学期に王宮に呼び出され……。
※小説になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。
不器量令嬢は、婚約破棄の断罪が面倒くさい
あんど もあ
ファンタジー
不器量なマルグリットは、婚約者の美しい第一王子からずっと容姿を貶められる日々。とうとう王立学園の卒業パーティーで王子に婚約破棄を宣言され、「王子から解放される! それいいかも!」となったが、続く断罪が面倒くさくて他の人に丸投げする事にする。
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」
歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。
「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは
泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析
能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り
続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。
婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」
《完結》悪役聖女
ヴァンドール
ファンタジー
聖女になり、王妃となるため十年間も教育を受けて来たのに蓋を開ければ妹が聖女の力を持っていて私はには聖女の力が無かった。そのため祖国を追放されて隣国へと旅立ったがそこで……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる