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深夜の会話
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かくっ。
「…………っ」
テーブルに突っ伏す前に、目を覚ます。
……いけない、ついうたた寝を。眠いけどあと少しだけ、頑張ろう。
ゴシゴシ、と瞼をこすって、ランプの明かりを頼りに再び紙面に筆を走らせた。
この屋敷ではたまに全員参加の授業がある。内容はテーブルマナーや社会情勢、薬草の見分け方など多岐にわたる。
そんな中、私は語学の教師に抜擢されたのだ。以前マリーさんの前で外国の方の応対をしたかららしい。
マーサさんも語学は堪能だと思うけど、あれもこれもは出来ないとの事で、私が微力ながらお受けすることにした。
……この“世界”の言語が、私の教わったものと一緒で良かった。
これを“祖母”に仕込まれていた昔の事は、正直思い出したくもないけど。ここに来て……ジェシカ師匠や公爵家のみなさんと出会えたことは、本当に奇跡でしかない。
だから出来る事で返したい。
それが出来るのだから、あの人……“祖母”にも、少し感謝しよう。
……それ以外は、まだ難しいけど。
そして10個目の問題を書いていると、ペンを動かす手がピタ、と止まった。
深夜の廊下で、かすかな足音が近付いてくる。
まさかの侵入者!? って思ったけど音の間隔と加減で誰なのかが分かったから、作業の手を止め立ち上がる。
キイ、と静かにドアが開いた。
「……相変わらず気配に敏感だね」
「旦那様……」
やっぱり旦那様だった。焦げ茶色のガウンの下に、上と同色の柔らかな寝間着が覗いている。直立している私にスッと目を細め、微笑みかけてくださった。
つくづく綺麗な人だ。
艶やかな薄茶色の長髪も、整った細面の顔もどれだけでも見てられそう。きっとお義姉さんがたまに話す“イケメン”とはこんな感じなんだろう。
……もしかしたら旦那様は、“攻略対象”なんだろうか?
と思ったら……あれ? 何だかちょっと……。
「チヨ?」
不快感を持て余していたら、旦那様が不思議そうに私を見ていた。慌てて誤魔化すように
「いえ……。このような時間にどうされました?」
と言ってみる。
「喉が渇いたから水でももらおうと思って」
「ではただいま……」
「グラスだけでいいよ。自分で出せるからね」
さも当然、と言ってのける旦那様。こんな時、この方が規格外の魔法使いなのだと実感する。
――彼は自分の意思で、自在に綺麗な水が出せる。
その事実がまず、不思議なのだ。――多分、私が思うだけだけど。
この世界には魔力がある。
色んな事に使えると言う点では、前にいた世界にあった“デンリョク”に似ているけど、この世界にデンリョクは無く、替りに魔力がある感じ。
そしてデンリョクと違うのは、誰にでも使える訳では無いと言うことだ。
更に魔力にも属性がある。大まかに言えば木・火・土・金・水・雷・光・闇……といった感じに、自然の力に関係するようだ。そして魔力を使える人は普通、一つの属性しか持てないらしい。
以前私がいた国でいう“インヨウゴギョー”のようなモノか、と思ったけど少し違うようだ。……旦那様は首を傾げていらしたし。
――それはともかく、属性が一つなのが普通な中で旦那様は、全属性をお持ちだそうだ。それは世界的に言っても稀少で、それ故に旦那様は公爵位を国からもらえたらしい。
それほどに、目の前の主は偉大なのだ。
「お前こそ、こんな夜中に何を……」
していたのか、と続けられただろう言葉は、テーブルの上を見た途端に止まった。マーサさんから預かったテキストと数枚の紙。それに足して、私が揃えた資料。
「……無理してまで資料を作る事は無いのに」
「? もう少しで終わるので……」
「マーサだって、お前が無理することまで望んでいないよ。ほら、立って」
と言いながら少し強引に、旦那様の手が私の腕を引っ張った。と、思ったら……。
ビリッ!
かすかな音と共に、私の寝間着の袖が無くなった。
「…………え?」
それだけなら、袖が無くなっただけで済んだだろう。
でも……破けた拍子に肩の縫い目もほどけてしまい、布がだらりと胸の方向に落ちていく。つまり私の肩から胸までが露わになってしまい――!
「っ!」
むき出しになった部分を覆うようにしゃがみ込む。そして何とか隠すものを……と探していたら、
「取りあえず、それ着ておきなさい」
言葉と共に、フワッと何かが落ちてきた。
「!、こ、コレは……?」
私の体を覆ったのは、さっきまで旦那様が着ていたガウンだ。――暖かくて良い香りがする。
そして手触りのよさにうっとりとしていた私に、旦那様の言葉。
「……ずいぶんとお粗末な寝間着だな」
その感想は想定済みだ。だからすんなり言えた。
「ああ、これ、古着ですので」
冒険者仲間には、似たような境遇の子がたくさんいて。
私が“お義姉さんから頂いたお古が、サイズが合わなくて少し不便だ”と言ったら“丈詰めちゃえば?”と教えてくれた。
それからは自分で丈を詰めたり、ほころびが出来たら繕ったりして着ているから不自由は無い。
でもそう言うと、旦那様は頭痛を堪えるような顔で額を押さえている。
「……あいつら……! 道理でちっとも体に合っていないし似合わないわけだ! ……マーサに言って、明日新しいものを買ってきなさい」
「ええ!?」
旦那様、それは私には贅沢です!
「私などに新品は……」
わたわたしながらお断りしようとしたら、何故かギロ、と睨まれた。ってええ?
「良いから買いなさい。と言うか侍女にその程度の待遇も揃えていないと、私が恥をかくのだから」
「…………い、今だって、頂きすぎだとおもっております!」
言った私に旦那様は、剣呑だったお顔をふっと和らげて、
「……お前はもう少し、人を利用する事を覚えなさい」
と微笑まれた。
その翌朝。
リリアンさんに旦那様のガウンと、その下の破れた寝間着を見られて。
『あのロリコン!』
と分からない言葉を叫んで殴り込もうとする騒動が起きるのだけど。
それはまた、別の話。
「…………っ」
テーブルに突っ伏す前に、目を覚ます。
……いけない、ついうたた寝を。眠いけどあと少しだけ、頑張ろう。
ゴシゴシ、と瞼をこすって、ランプの明かりを頼りに再び紙面に筆を走らせた。
この屋敷ではたまに全員参加の授業がある。内容はテーブルマナーや社会情勢、薬草の見分け方など多岐にわたる。
そんな中、私は語学の教師に抜擢されたのだ。以前マリーさんの前で外国の方の応対をしたかららしい。
マーサさんも語学は堪能だと思うけど、あれもこれもは出来ないとの事で、私が微力ながらお受けすることにした。
……この“世界”の言語が、私の教わったものと一緒で良かった。
これを“祖母”に仕込まれていた昔の事は、正直思い出したくもないけど。ここに来て……ジェシカ師匠や公爵家のみなさんと出会えたことは、本当に奇跡でしかない。
だから出来る事で返したい。
それが出来るのだから、あの人……“祖母”にも、少し感謝しよう。
……それ以外は、まだ難しいけど。
そして10個目の問題を書いていると、ペンを動かす手がピタ、と止まった。
深夜の廊下で、かすかな足音が近付いてくる。
まさかの侵入者!? って思ったけど音の間隔と加減で誰なのかが分かったから、作業の手を止め立ち上がる。
キイ、と静かにドアが開いた。
「……相変わらず気配に敏感だね」
「旦那様……」
やっぱり旦那様だった。焦げ茶色のガウンの下に、上と同色の柔らかな寝間着が覗いている。直立している私にスッと目を細め、微笑みかけてくださった。
つくづく綺麗な人だ。
艶やかな薄茶色の長髪も、整った細面の顔もどれだけでも見てられそう。きっとお義姉さんがたまに話す“イケメン”とはこんな感じなんだろう。
……もしかしたら旦那様は、“攻略対象”なんだろうか?
と思ったら……あれ? 何だかちょっと……。
「チヨ?」
不快感を持て余していたら、旦那様が不思議そうに私を見ていた。慌てて誤魔化すように
「いえ……。このような時間にどうされました?」
と言ってみる。
「喉が渇いたから水でももらおうと思って」
「ではただいま……」
「グラスだけでいいよ。自分で出せるからね」
さも当然、と言ってのける旦那様。こんな時、この方が規格外の魔法使いなのだと実感する。
――彼は自分の意思で、自在に綺麗な水が出せる。
その事実がまず、不思議なのだ。――多分、私が思うだけだけど。
この世界には魔力がある。
色んな事に使えると言う点では、前にいた世界にあった“デンリョク”に似ているけど、この世界にデンリョクは無く、替りに魔力がある感じ。
そしてデンリョクと違うのは、誰にでも使える訳では無いと言うことだ。
更に魔力にも属性がある。大まかに言えば木・火・土・金・水・雷・光・闇……といった感じに、自然の力に関係するようだ。そして魔力を使える人は普通、一つの属性しか持てないらしい。
以前私がいた国でいう“インヨウゴギョー”のようなモノか、と思ったけど少し違うようだ。……旦那様は首を傾げていらしたし。
――それはともかく、属性が一つなのが普通な中で旦那様は、全属性をお持ちだそうだ。それは世界的に言っても稀少で、それ故に旦那様は公爵位を国からもらえたらしい。
それほどに、目の前の主は偉大なのだ。
「お前こそ、こんな夜中に何を……」
していたのか、と続けられただろう言葉は、テーブルの上を見た途端に止まった。マーサさんから預かったテキストと数枚の紙。それに足して、私が揃えた資料。
「……無理してまで資料を作る事は無いのに」
「? もう少しで終わるので……」
「マーサだって、お前が無理することまで望んでいないよ。ほら、立って」
と言いながら少し強引に、旦那様の手が私の腕を引っ張った。と、思ったら……。
ビリッ!
かすかな音と共に、私の寝間着の袖が無くなった。
「…………え?」
それだけなら、袖が無くなっただけで済んだだろう。
でも……破けた拍子に肩の縫い目もほどけてしまい、布がだらりと胸の方向に落ちていく。つまり私の肩から胸までが露わになってしまい――!
「っ!」
むき出しになった部分を覆うようにしゃがみ込む。そして何とか隠すものを……と探していたら、
「取りあえず、それ着ておきなさい」
言葉と共に、フワッと何かが落ちてきた。
「!、こ、コレは……?」
私の体を覆ったのは、さっきまで旦那様が着ていたガウンだ。――暖かくて良い香りがする。
そして手触りのよさにうっとりとしていた私に、旦那様の言葉。
「……ずいぶんとお粗末な寝間着だな」
その感想は想定済みだ。だからすんなり言えた。
「ああ、これ、古着ですので」
冒険者仲間には、似たような境遇の子がたくさんいて。
私が“お義姉さんから頂いたお古が、サイズが合わなくて少し不便だ”と言ったら“丈詰めちゃえば?”と教えてくれた。
それからは自分で丈を詰めたり、ほころびが出来たら繕ったりして着ているから不自由は無い。
でもそう言うと、旦那様は頭痛を堪えるような顔で額を押さえている。
「……あいつら……! 道理でちっとも体に合っていないし似合わないわけだ! ……マーサに言って、明日新しいものを買ってきなさい」
「ええ!?」
旦那様、それは私には贅沢です!
「私などに新品は……」
わたわたしながらお断りしようとしたら、何故かギロ、と睨まれた。ってええ?
「良いから買いなさい。と言うか侍女にその程度の待遇も揃えていないと、私が恥をかくのだから」
「…………い、今だって、頂きすぎだとおもっております!」
言った私に旦那様は、剣呑だったお顔をふっと和らげて、
「……お前はもう少し、人を利用する事を覚えなさい」
と微笑まれた。
その翌朝。
リリアンさんに旦那様のガウンと、その下の破れた寝間着を見られて。
『あのロリコン!』
と分からない言葉を叫んで殴り込もうとする騒動が起きるのだけど。
それはまた、別の話。
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