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夜鳥すぱり

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 キスを知った今は、もう、いままでの悩みなど些細なことに思えた。僕はこんな素敵な人とキスをしたんだぞと、胸を張って生きられると思うと、幸せでたまらない。

 このキスの感触は僕の脳裏に永遠に刻み込まれて、マツユキ君と出会えた記憶をこの先は、反芻して生きていくのだ、なんて甘美なんだろう。僕は両の手を合わせて胸の前で握り、祈りの乙女のようにマツユキ君に感謝をのべた。

「ありがとう、マツユキ君」
「……ありがとうって、まだ何にもしてないのに、なるみさん本当に面白いね、じゃ、やろっか」

「え"っ?」

な、何にもしてないって……どゆこと? 僕はあまりに驚いて座っていたベットから転げ落ちそうな勢いで立ち上がった。今、一生の思い出のキスをしたんだけど、あれ? キスしたよね? 僕の妄想だったかな? あれ? あれれ? 

おろおろキョドる僕のジャンパーのチャックを、マツユキ君はためらいなくジーーッと下ろした。

「んんっ?」
「ほら、脱いで」
「な、なぜ……」

もしかして、何か気に障ることを僕がしてしまって、マツユキ君は怒って僕を裸にして、立たせて写真とって、ネットに拡散とかする気でしょうか? 連日放送されてたニュースが頭の中を流れる。あぁ、確かにされても文句を言えないレベルの迷惑をかけたし、でも、そんなことされたら僕、もう生きていかれません。せっかくマツユキ君との初キスを胸に抱いて静かに余生を送って生きていく決心をしたのに。

ぷるぷると震えていると、マツユキ君はまた、ちゅっと軽いキスをした。

「どうした? 怖い?」
「写真は許して欲しいです」
「え?」
「ご迷惑をかけたこと、本当に申し訳ないと思います、でもどうかネットに拡散とか止めてください」
「え? なにそれ、なにそれ」

「僕が迷惑をかけたから怒っておられるのでは?」
「怒ってキスはしないよ」

「歯を磨いてないから怒って」
「そんなことで怒らねーし、なんなら、俺も昼に焼そば食ったけど歯は磨いてない、なるみさん怒る?」

「そ、そんな、滅相もない、マツユキ君を怒るなんて、マツユキ君は歯を一生涯磨かなくても綺麗ですし」

「いや、流石に毎日磨いて寝るけどさ……んじゃ、そんなに気になるなら歯を磨こ、ほらおいで」

手をぐいっと引かれて洗面所へ連れていかれた。すごい、マツユキ君慣れてる、奥にスケスケの風呂が有るのが見えてギョッとする。え? 仕切りとかないの? どうして全部みえるの? そんなの、見えたら恥ずかしくない? 不思議な空間だなぁ。あ、もしかして一人で泊まるホテルだからか。開放的になるためとか、贅沢な趣ですね。お金持ちの道楽趣味ってやつだ。

「ついでに風呂はいれば?」
「え"っ? 風呂っ! えっと、は、入っても良いんですか」
「良いよ、じゃ湯を張るね」

お風呂に入って良いなんて、ちょっとテンション上がるけど、でも、このスケスケのお風呂では、マツユキ君に僕の情けない身体が見えちゃうんじゃ。うーん、でもこんなところへもう二度と来ないだろうし、なんせ僕は走って汗をかいたし、このままこの汚い身体であと二時間弱をマツユキ君と過ごすのは申し訳ないと思った。清められるなら、そうしてからお話をした方がいいよね。

ゲイの人と話すのは初めてだし色々聞きたいこと有るんだ。せっかくの機会だし、これから定期的に会ってもらうためにもマツユキ君のアウトセーフラインとか、色々確かめないと。

凄い勢いで、蛇口からお湯が出てきた。なにこれ、普通の蛇口じゃないよ、滝みたいな勢いでお湯がでてくるんですけど。僕が驚いて蛇口をみていると、マツユキ君は、歯ブラシに歯磨き粉をつけて、僕に渡してくれた。

「はい、なるみさん」
「ありがとうございます」

お湯を溜めてる間、並んで歯磨きをした。男の人と歯磨きを一緒にするなんて、修学旅行の時以来だ。あのときは、順番待ちの人がいっぱいいて、よく磨けないし、口をゆすぐ水を組むのも大変だった。学生には譲合いの精神がまだ芽生えてなくて。早い者勝ちで、そういう時、僕は必ず一番最後。

全面鏡張りの洗面所で、マツユキ君と目があいそうになって、あわてて、反らす。いったい、どこを見れば……気まずい。

マツユキ君、いつ口ゆすぐのかなって、恐る恐るチラリとみたら、マツユキ君が泡泡の口をちょっと開いた。

「ひゃき、ゆすげ」

先にゆすげと、言っている! 僕は慌てて、泡を吐き出し蛇口から水をだして、口をゆすいだ。

「あふぁ、つひてる」
「え?」
「あふぁ、ここ」

マツユキ君が、僕の口許に手を伸ばす、鏡を見ると、僕の口周りに泡がまだついてた。慌てて、泡を落とすと、マツユキ君が真っ白でふわふわのタオルを渡してくれた。
なんて出来た人なんだ。年齢もそんなに変わらないというのに、僕とは丸で気遣いのレベルが違う。本当にすごい人だ。僕の一生で一度出会えるかわからないくらい、素晴らしい人だ。あぁ、神様ありがとう。僕にこんな素敵なアルファと出会わせてくれて。

僕が感動に震えながら、渡されたタオルで口元をぬぐっていると、口をゆすいだマツユキ君が、僕が口をふいてるタオルをおもむろに掴み、反対側で口元をふいた。
「!?」
か、間接キスタオルでは……え、ちょっともう、流れる作業みたいにキスがあちこちに有るってすごくない?
さすが、マツユキ君だよ、大人の世界の酸いも甘いも何もかも知ってそう、僕は益々尊敬の眼差しでマツユキ君をぼぅっと見つめた。















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