【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚

貴宮 あすか

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第14話 アルファの巣に連れ込まれたベータ(5)

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 二人でコーヒーと紅茶を飲む時間は、ゆったりと流れていった。直樹とは友人ですらないのに、沈黙が気詰まりじゃないのが不思議だった。ずっと昔からこうして一緒に過ごしている気がする。
 先にダージリンティーを飲み終えた新を横目で見て、コーヒーを飲み干した直樹が口を開く。
「もしお前がよければ邸内を案内するが、どうする?」
 邸宅の中も見てみたかったけれど、新は美しく整えられた庭園を散策したかった。その逡巡を誤解して、直樹は提案を引っ込めようとした。
「いや、無理強いするつもりじゃなかった。体がつらいんだろう、寝室でゆっくり休むといい。もう邪魔はしない」

 邪魔はしないって、一人で寝ていろということだろうか。初めて直樹の家に連れてきてもらったのに放置されるなんて、そんなの耐えられない。

 新は居ても立ってもいられなくなった。
 彼と交わったのは昨夜と今朝の2回なのに、一週間ぶりだからか新婚旅行の何度も交わった後のように体が疼いている。それでも、無理をしてでも彼と一緒に過ごしたかった。
「あの、さっき立てなくなったのは、あなたとしたのが久しぶりだからだと思うんです。もう大丈夫です」
 必死に言い訳する新に、直樹は何か言おうとしたが、口を閉じた。視線をそらして早口で言う。
「いや。お前に無理をさせた俺が全部悪い。本当に……すまない」

 駄目だ、どうしてこう二人だと上手くいかないんだろう。本当に言いたいことは、一緒に過ごしたいってことなのに。

 新は意を決して立ち上がると、直樹の前に立ってきゅっと彼の手を握った。
「本当にもう大丈夫です。邸内も見たいけれど、せっかくならお庭を案内してもらえませんか」
 頼みながら、どんどん不安になっていく。嫌だと言われたらどうしよう。俺が搾取子じゃないかと心配してくれたのは、嫌いな人間に対しても向けられる直樹の優しさだ。いくらなんでも甘えすぎたかもしれない。恥ずかしさが極まって手を離そうとすると、反対にガッと強く掴まれて新の頬に血が上った。こんなふうに手を握られたら、息ができなくなる。
「逃げるな」
 低く囁かれて体が震える。
 逃げたい。俺はオメガじゃない、けれどこの人にこんな眼差しを向けられたら誤解しそうだ。
「怖がらなくていい、庭を案内するだけだから……そんな顔をしないでくれ」
 自分は今、どんな顔をしているんだろう。知りたい。でも知るのが怖い。きっと直樹が欲しくてたまらないと書いているだろうから。
 新は自分の気持ちを押し隠して、こくりと頷いた。



 美しい庭だった。
 中野家のような、大勢の来賓を招いて園遊会を開くことができるほど広い庭園ではないけれど、手入れが細やかに行き届いている。二人はゆったりと園路を歩いた。
「オメガとベータとで、出す料理が違うんだな。……知らなかった」
 直樹の無知を悔いる言葉に、新は言わずにいられなかった。
「ベータ家庭に生まれ育ったなら、ご存知ないのも当然です。おせち料理に意味があるように、伝統的な発情期明けの料理には意味があるんです。子孫繁栄とか、夫婦円満とか」
 精力回復とか。
 そこまでは口にできなくて、言葉を飲み込む。そう言えばこの人は美味しそうに食べていたなと思いながら、チラッと直樹に視線を向けた。
 発情期明けの料理は消化が良くて栄養価が高いのは言うまでもないけれど、それだけじゃなく料理に込められた意味がある。アルファの主人の配偶者がベータだなんて知らなかった料理人は、料理を出したあとに配偶者がベータであること、それもオメガが当主となることで有名な中野家の出身だと知って、内心真っ青になったんじゃないだろうか。
 新はもちろん料理に込められた意味を知っていた。毎回、発情期明けに父が母の世話を甲斐甲斐しく焼いて、食べさせるのを見てきたから。直樹が発情期明けの食事を自分に食べさせようとするたび、兄の身代わりなのだと思い知らされた。
「すまない、あの料理人はクビにする」
 新は思わずその場に立ち止まった。
「駄目です! あの人には落ち度はありません。腕のいい方なのは一口食べればわかります。あなたも美味しそうに食べておられたじゃないですか。それに俺がベータだと知って用意してくれたアフタヌーンティーはとても美味しかった」
 直樹はしばらく無言で新を見つめた。
「……嫌じゃないのか」
 その一言で、兄のために雇った料理人をそのまま雇い続けていいのかという意味だとわかった。
「もちろんです」
 自分と別れた後、直樹は素晴らしいオメガ女性と結ばれるだろう。あの料理人ならきっと、直樹と新婦に美味しい発情期明けの料理を作れるはずだ。

 新の透き通るような微笑に、直樹は何か言おうとして唇を引き結んだ。

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