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愛ってなんだろう?
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「王妃殿下!大変です!」
「あら、どうしたの?」
「国王陛下が側妃を迎えるそうです」
「あらそう」
私がそう言うと、メイド達は硬直した。
「…あの、王妃殿下?国王陛下が側妃を迎えるのですよ?」
「ええ。知ってるわ。そもそも昨晩、国王陛下が自らおっしゃっていたもの」
「え…」
「ベッドの上で別の女の話をするなんて、薄情な人…」
私の言葉に目を伏せるメイド達の悲しそうな顔を見て、慌てて微笑む。
「大丈夫。王妃は私一人だけ。この立場は揺るがないわ」
「で、でも、王妃殿下はいつもあんなに国王陛下を思っていらしたのに…」
「それ、やめたの」
「え?」
昨日、国王陛下と側妃を迎えることについてお話していて気付いた。
国王陛下は、やっぱりかっこいい。
常に国民達のためになにができるか考える。他国の姫を側妃として娶るのもその一環。
…私との結婚も、その一環。
そう、最初から一方通行の愛だった。
「はやく子供が欲しいわ。後継候補の王子と政略結婚に使う姫を何人か作れば、国王陛下は愛人を作るのも許してくださるわよね」
「え、王妃殿下…?」
「はやく私も、恋をしてみたいなぁ」
ずっと大切にしてきた愛が報われないなら、新しい恋に目を向けましょう。大丈夫、私はまだ、幸せになれる。義務さえ果たせば、国王陛下は文句は言わない方だ。もちろん、そこまで開けっぴろげには出来ないだろうけど…公然の秘密、なんてどこにでもあるものだ。
メイド達は、そうして新たな希望を見出した私を何故か悲痛な表情で見つめていた。
「お、王妃殿下、あの…」
小国のお姫様は、側妃になってまだ日が浅い。私はそんな側妃殿下をティータイムに誘った。
「そんなに怖がらないで。大丈夫、私は貴女の味方です」
「え…」
「貴女を人質同然だと言う者もいるようですが、大丈夫。国王陛下はなによりも国民達の利益を優先する方。だからこそ、貴女を無下には出来ない。私も、そんな国王陛下のお考えを支持しています。ですから、側妃殿下は安心して側妃として自分がすべきことをしてくだされば良いのです」
「側妃として、すべきこと…」
まだ年若い側妃殿下の頭を撫でる。
「え…」
「遠くの国から単身、嫁いできて。不安なことも多いでしょう?大丈夫。私が守って差し上げます」
「王妃殿下…っ!」
泣き出す彼女を優しく抱きしめる。可愛い可愛い小国のお姫様は、同盟の証に差し出された。可哀想なお姫様を大切にしてあげる優しい王妃に見えれば、それで得られるものもある。
「モニク」
「国王陛下。…今日も側妃殿下についていてあげた方がよろしいのでは?」
「側妃の面倒を積極的に君が見ていてくれるから、側妃も安心して生活出来ていると言っていた。だからこそ側妃は、俺と夜を共にしたくないようだ」
「あら。でも、子供を産むのは義務でしょうに」
「そうだな。でも、モニクが子を産んでからじゃないと嫌だと。随分と懐かれたな」
なるほど。余計な争いにならないよう、私に先に後継者を産めと。あの子なりの誠意なのか、計算なのか。
「では、側妃殿下が遠慮せずに済むようはやく子を産む必要がありますね」
「俺としてはまだ二人の時間も大切にしたいんだがな」
「子を産むのは義務でしょう」
「だが、子供にモニクを取られるのは面白くない」
「…?」
このクソ真面目な人が冗談を言うなんて、珍しい。
「…よっぽど、側妃殿下を娶ったのが嬉しいとか?」
「ん?聞こえなかった」
「いえ、今日の陛下はテンションが高いなと」
「そうか?」
「はい」
まあ、そんなことはどうでもいい。
「それより、夜は短いですから…ね?」
「なんだ?今日は積極的だな」
「貴方との子が欲しいんです」
愛人を作るのを許可してもらうために。
「…急に甘えて。可愛いな」
「いいからはやく」
「なんで今日はそんなに可愛いんだ」
いや、愛嬌のかけらもないと思うんですが。子供が欲しいから誘ってるだけだし。…まあいいか。
「王妃殿下!ご懐妊おめでとうございます!」
「ありがとう、側妃殿下」
そしてこの度、見事に妊娠した。しかも、この国では幸福の象徴とされる男の子の三つ子。…まあ、実は妊娠しやすくなる魔術で孕んだんだけど。
その魔術は副作用で双子や三つ子が生まれやすい。その代わり術者…母体でもある私に、負担がすごく掛かる。でも、まあ。子供を産んで、義務を果たすためだから。たとえ寿命が短くなろうが、知ったことじゃない。
「これで側妃殿下も、安心して国王陛下と夜を過ごせますわね」
「うう…でも、国王陛下と王妃殿下を引き裂くようで…」
「あら、引き裂かれるほどの絆があるわけでもないのに」
「…え?」
側妃殿下はきょとんとする。
「国王陛下と王妃殿下は、相思相愛なのでは?」
「あら、誰に吹き込まれたの?大丈夫、国王陛下は国民達の利益を最優先にする方。私との結婚も、政略結婚でしかないわ」
「え、でも…」
「大丈夫。国王陛下と側妃殿下の御子は、きっと素晴らしく可愛いわ」
私の言葉に、しかし納得していない様子の側妃殿下。どうしたのかしら。
その後私は、男の子の三つ子を無事出産。喜ぶ国王陛下に、この人こんなテンションが高い人だっけとちょっとびっくりした。真面目一辺倒な人だと思っていたのだけど。
「ありがとう、モニク。お前との子は、可愛いな」
「この国では幸福の象徴とされる三つ子ですものね」
「そうじゃない。お前との子だから可愛いんだ」
…どうしたんだろう。熱でもあるのかな。まあ、私には関係ないか。
「しばらくゆっくり休んでくれ。本当にありがとう。無理はするなよ?」
「わかっていますわ」
次は女の子を産まないといけないのでね。
「王妃殿下!また双子をご懐妊されたとか!おめでとうございます!」
「ええ、今度は女の子なの。でも…側妃殿下の御子もはやく見たいわ」
「で、でも」
「側妃殿下はこんなにも愛らしく魅力的なのに。本当に、据え膳食わぬは男の恥だわ」
「その、王妃殿下は嫌じゃないんですか?」
なんのことだろう。
「…?」
「国王陛下が、ほかの女性と夜を過ごすってことですよ?」
「そうね?でも、別に政略結婚なのだし」
「…国王陛下の片思いってこと?でも、みんなお二人は相思相愛だと言ってるし…」
「側妃殿下?どうしたの?」
側妃殿下がなにやらぶつぶつ言うけれど、意味がわからない。
「…なんでもありません!ともかく、本当におめでとうございます!」
「ふふ、ありがとう。側妃殿下もなるべく早く、ね?」
「は、はい…」
私は双子の女の子を無事出産。特に問題もなさそう。問題があるとしたら、私の寿命が短くなったことだと思うけど…まあ、長生きしたいわけじゃないし。
「モニク、よく頑張ったな」
「国王陛下、ありがとうございます」
「今回も本当によくやってくれた。なにか欲しいものはないか?なんでもは無理だが、出来る限りは与えよう」
「なら、愛人を持つ許可をいただきたいです」
「…は?」
国王陛下が固まる。別に、そんな難しいことは言ってないと思うのだけど。
「もちろん、愛人の存在はなるべく隠します。国民達の前では良き王妃を演じます。ただ、プライベートで少しの潤いは欲しいのです」
「な、なら俺と仲良くすればいい。愛人はいらないだろう?」
「いや、要りますけど。私、一度恋をしてみたいんです」
私がそう言うと、何故か傷ついた様子の国王陛下。どうしたんだろう。なにか失言したかな。
「…恋をしたいなら、俺とすればいい」
「え、嫌です」
「何故だ?どうしたらいい?どうしたら愛人なんか諦めてくれる?」
「…愛人を持つなということですか」
「出来ればやめてほしい」
懇願するような表情。…仕方ない。
「わかりました」
「モニク…!よかった、わかってくれて、よかった!」
「では、私は出産で疲れたので寝ます」
「そ、そうか…おやすみ、モニク」
「おやすみなさい」
寝たふりをする。そのまま妊娠しやすくする魔術ですり減り僅かに残った私の余命を燃やして、国民達への加護を与える。愛人との素敵な恋人ごっこという夢さえ無くなったので、生きている意味はなかった。
「モニク。…モニク?」
ぐっすり眠る妻。王妃という重責にも耐え、俺を真っ直ぐに愛してくれる素晴らしい女性。だけど最近、その瞳に俺へ向けてくれる熱が冷めているような気がしていて。
愛人と言われて焦った。けれど、わかってくれたと思ったのに。
妻は、ベッドの上でいつのまにか、冷たくなっていた。
「も、モニク!だ、誰か、医者を呼べ…いや、魔術師を呼べ!」
宮廷魔術師を呼び出して、俺の寿命を半分にして、残りの半分を無理矢理妻に与える。
妻は目がさめると、何故か絶望したような表情で。
「…愛人を持つなというのなら、何故死なせてくれないのですか」
…俺は、どこで間違えた?
結局のところ、私は生かされた。王妃がいなくなると面倒だと国王陛下が判断なさったのだろう。
…特になんの楽しみもない日々。王家の一族は寿命が特別に長い。その国王陛下の残り半分の寿命を分け与えられた私は王妃としての仕事を全部側妃殿下に丸投げして、療養のためと偽り引きこもって長く続くことになってしまった人生を呪う。
あー、やだやだ。どうせ死のうとしても寿命投げつけられるしなぁ。
「王妃殿下!」
「あ、側妃殿下。お疲れ様です」
側妃殿下とは、守ろう可愛がろうと慈しんでいるフリをしていたのも全部投げ捨てて、交流を絶っていたのだけど。急にどうしたんだろう。
「王妃殿下、どうか国王陛下と仲直りしていただけませんか?」
「仲違いした覚えはないですけど…」
「思いっきりしてるじゃないですか!王妃殿下が引きこもりになって以降、国王陛下の様子がおかしいんです!仕事も結局私が尻拭いしなきゃいけないし!」
「はぁ。大変ですね」
「国王陛下も王妃殿下も、どうしちゃったんですか!?」
どうしちゃったんですかと言われても。
「…側妃殿下もあの人の妻なんですし、メンタルケアして差し上げたらいいのでは?」
「だから!そのために仲直りしてあげてくださいってば!」
「…えー」
やだぁ。先に私を捨てたのはあの人だもん。側妃殿下を娶るのを嫌がった私に、国のためだと聞く耳を持たずわがままを言うなと言ったのはあの人だもん。やだ!
「…やだ!」
「え」
「私はもう後継者も産んだし、やることやったもん!やだ!」
「お、王妃殿下?」
「生きてるだけで辛いのに意地悪言わないでよ!仲直りするくらいだったら死んでやる!」
懐にいつも忍ばせている短刀を取り出して首にあてる。側妃殿下は慌てて言った。
「ごめんなさい!もう言いませんから!」
短刀を仕舞う。
「でも、国王陛下どうしちゃったんですかね」
「やばいことしといてさらっと話題を変えないでください」
「あの真面目一辺倒な人が仕事出来なくなるなんて。変なの」
「…王妃殿下、なんか幼児返りしました?」
「うん。楽しいことも何もないし、療養してて取り繕う必要もないし、頑張る意味ないもん」
側妃殿下は、悲しそうな顔をする。
「…私が嫁いできたせいですか」
「え?」
「そうでなければ、お二人は相思相愛のままだったんですか」
「…そうだよ?」
私が言えば、側妃殿下は目を丸くする。
「元々私の一方通行の愛だったけど、それが壊れたのは貴女が嫁ぐことになったから。だから、責任とって王妃の仕事、代わりに頑張ってね」
「…あ、王妃殿下、あの…私は…」
「国王陛下の尻拭いくらい、できるでしょう?もう私に色々求めて来ないでほしいな」
「お、王妃殿下…!」
「具合悪いから寝る!おやすみ!」
寝る。ふて寝だ。もう頑張らないって決めたんだもん。全部やだ!
「モニク」
「…国王陛下?」
「すまなかった」
俺はモニクを傷つけた。側妃を娶るのを嫌がったモニクの気持ちを考えなかった。モニクに甘えていた。…側妃を娶るのは、悪いことじゃない。むしろ国にとって必要なことだったと断言できる。でも、愛してくれる妻を蔑ろにしたのには間違いなかった。
「何がですか?」
「側妃を娶ると決めたあの晩、一方的に事実を告げて突き放すんじゃなくて、モニクが納得できるまで話し合うべきだった」
「そうですか」
「仲直りしてくれないか」
俺が全部悪い。それは謝る。だからもう一度、あの愛を俺にくれないか。
「やです」
「え」
「もうほっといてください」
…結果、玉砕した。
でも、それ以降も俺は何度もモニクの元を訪れた。玉砕し続けたけど、モニクと話をするだけで少し気分が上向く。何をやっても失敗続きで、側妃に迷惑をかけていたのが嘘のように仕事ができるようになった。
けど、やっぱりモニクは俺と仲直りしてくれない。
「ごめん、モニク。でも俺はお前だけを愛してるんだ」
「ただ単に手元から離れると寂しくなっただけですよ」
「モニク、愛してる」
「そうですか」
「モニク、子供達もそろそろ物心がつく頃だ。もう少し多目に会うようにしないか。俺が連れてくるから」
何を言っても、モニクはやだやだと首を振るばかり。でも、子供のこととなると拒否はしない。
「…じゃあ、また今度。次は子供達も連れてくるから」
「子供達だけで構いませんけど」
「俺がお前に会いたいんだ」
氷を溶かすように、少しずつ、少しずつ。俺が壊して凍らせたモニクの心を、そっと溶かして修復する。そしていつか、もう一度愛してもらえるように。
妻に真摯に向き合えなかったツケが回ってきただけだ。大丈夫、時間はあるから。
だから、もう一度優しい声で、笑顔で、俺の方を向いてほしい。
「あら、どうしたの?」
「国王陛下が側妃を迎えるそうです」
「あらそう」
私がそう言うと、メイド達は硬直した。
「…あの、王妃殿下?国王陛下が側妃を迎えるのですよ?」
「ええ。知ってるわ。そもそも昨晩、国王陛下が自らおっしゃっていたもの」
「え…」
「ベッドの上で別の女の話をするなんて、薄情な人…」
私の言葉に目を伏せるメイド達の悲しそうな顔を見て、慌てて微笑む。
「大丈夫。王妃は私一人だけ。この立場は揺るがないわ」
「で、でも、王妃殿下はいつもあんなに国王陛下を思っていらしたのに…」
「それ、やめたの」
「え?」
昨日、国王陛下と側妃を迎えることについてお話していて気付いた。
国王陛下は、やっぱりかっこいい。
常に国民達のためになにができるか考える。他国の姫を側妃として娶るのもその一環。
…私との結婚も、その一環。
そう、最初から一方通行の愛だった。
「はやく子供が欲しいわ。後継候補の王子と政略結婚に使う姫を何人か作れば、国王陛下は愛人を作るのも許してくださるわよね」
「え、王妃殿下…?」
「はやく私も、恋をしてみたいなぁ」
ずっと大切にしてきた愛が報われないなら、新しい恋に目を向けましょう。大丈夫、私はまだ、幸せになれる。義務さえ果たせば、国王陛下は文句は言わない方だ。もちろん、そこまで開けっぴろげには出来ないだろうけど…公然の秘密、なんてどこにでもあるものだ。
メイド達は、そうして新たな希望を見出した私を何故か悲痛な表情で見つめていた。
「お、王妃殿下、あの…」
小国のお姫様は、側妃になってまだ日が浅い。私はそんな側妃殿下をティータイムに誘った。
「そんなに怖がらないで。大丈夫、私は貴女の味方です」
「え…」
「貴女を人質同然だと言う者もいるようですが、大丈夫。国王陛下はなによりも国民達の利益を優先する方。だからこそ、貴女を無下には出来ない。私も、そんな国王陛下のお考えを支持しています。ですから、側妃殿下は安心して側妃として自分がすべきことをしてくだされば良いのです」
「側妃として、すべきこと…」
まだ年若い側妃殿下の頭を撫でる。
「え…」
「遠くの国から単身、嫁いできて。不安なことも多いでしょう?大丈夫。私が守って差し上げます」
「王妃殿下…っ!」
泣き出す彼女を優しく抱きしめる。可愛い可愛い小国のお姫様は、同盟の証に差し出された。可哀想なお姫様を大切にしてあげる優しい王妃に見えれば、それで得られるものもある。
「モニク」
「国王陛下。…今日も側妃殿下についていてあげた方がよろしいのでは?」
「側妃の面倒を積極的に君が見ていてくれるから、側妃も安心して生活出来ていると言っていた。だからこそ側妃は、俺と夜を共にしたくないようだ」
「あら。でも、子供を産むのは義務でしょうに」
「そうだな。でも、モニクが子を産んでからじゃないと嫌だと。随分と懐かれたな」
なるほど。余計な争いにならないよう、私に先に後継者を産めと。あの子なりの誠意なのか、計算なのか。
「では、側妃殿下が遠慮せずに済むようはやく子を産む必要がありますね」
「俺としてはまだ二人の時間も大切にしたいんだがな」
「子を産むのは義務でしょう」
「だが、子供にモニクを取られるのは面白くない」
「…?」
このクソ真面目な人が冗談を言うなんて、珍しい。
「…よっぽど、側妃殿下を娶ったのが嬉しいとか?」
「ん?聞こえなかった」
「いえ、今日の陛下はテンションが高いなと」
「そうか?」
「はい」
まあ、そんなことはどうでもいい。
「それより、夜は短いですから…ね?」
「なんだ?今日は積極的だな」
「貴方との子が欲しいんです」
愛人を作るのを許可してもらうために。
「…急に甘えて。可愛いな」
「いいからはやく」
「なんで今日はそんなに可愛いんだ」
いや、愛嬌のかけらもないと思うんですが。子供が欲しいから誘ってるだけだし。…まあいいか。
「王妃殿下!ご懐妊おめでとうございます!」
「ありがとう、側妃殿下」
そしてこの度、見事に妊娠した。しかも、この国では幸福の象徴とされる男の子の三つ子。…まあ、実は妊娠しやすくなる魔術で孕んだんだけど。
その魔術は副作用で双子や三つ子が生まれやすい。その代わり術者…母体でもある私に、負担がすごく掛かる。でも、まあ。子供を産んで、義務を果たすためだから。たとえ寿命が短くなろうが、知ったことじゃない。
「これで側妃殿下も、安心して国王陛下と夜を過ごせますわね」
「うう…でも、国王陛下と王妃殿下を引き裂くようで…」
「あら、引き裂かれるほどの絆があるわけでもないのに」
「…え?」
側妃殿下はきょとんとする。
「国王陛下と王妃殿下は、相思相愛なのでは?」
「あら、誰に吹き込まれたの?大丈夫、国王陛下は国民達の利益を最優先にする方。私との結婚も、政略結婚でしかないわ」
「え、でも…」
「大丈夫。国王陛下と側妃殿下の御子は、きっと素晴らしく可愛いわ」
私の言葉に、しかし納得していない様子の側妃殿下。どうしたのかしら。
その後私は、男の子の三つ子を無事出産。喜ぶ国王陛下に、この人こんなテンションが高い人だっけとちょっとびっくりした。真面目一辺倒な人だと思っていたのだけど。
「ありがとう、モニク。お前との子は、可愛いな」
「この国では幸福の象徴とされる三つ子ですものね」
「そうじゃない。お前との子だから可愛いんだ」
…どうしたんだろう。熱でもあるのかな。まあ、私には関係ないか。
「しばらくゆっくり休んでくれ。本当にありがとう。無理はするなよ?」
「わかっていますわ」
次は女の子を産まないといけないのでね。
「王妃殿下!また双子をご懐妊されたとか!おめでとうございます!」
「ええ、今度は女の子なの。でも…側妃殿下の御子もはやく見たいわ」
「で、でも」
「側妃殿下はこんなにも愛らしく魅力的なのに。本当に、据え膳食わぬは男の恥だわ」
「その、王妃殿下は嫌じゃないんですか?」
なんのことだろう。
「…?」
「国王陛下が、ほかの女性と夜を過ごすってことですよ?」
「そうね?でも、別に政略結婚なのだし」
「…国王陛下の片思いってこと?でも、みんなお二人は相思相愛だと言ってるし…」
「側妃殿下?どうしたの?」
側妃殿下がなにやらぶつぶつ言うけれど、意味がわからない。
「…なんでもありません!ともかく、本当におめでとうございます!」
「ふふ、ありがとう。側妃殿下もなるべく早く、ね?」
「は、はい…」
私は双子の女の子を無事出産。特に問題もなさそう。問題があるとしたら、私の寿命が短くなったことだと思うけど…まあ、長生きしたいわけじゃないし。
「モニク、よく頑張ったな」
「国王陛下、ありがとうございます」
「今回も本当によくやってくれた。なにか欲しいものはないか?なんでもは無理だが、出来る限りは与えよう」
「なら、愛人を持つ許可をいただきたいです」
「…は?」
国王陛下が固まる。別に、そんな難しいことは言ってないと思うのだけど。
「もちろん、愛人の存在はなるべく隠します。国民達の前では良き王妃を演じます。ただ、プライベートで少しの潤いは欲しいのです」
「な、なら俺と仲良くすればいい。愛人はいらないだろう?」
「いや、要りますけど。私、一度恋をしてみたいんです」
私がそう言うと、何故か傷ついた様子の国王陛下。どうしたんだろう。なにか失言したかな。
「…恋をしたいなら、俺とすればいい」
「え、嫌です」
「何故だ?どうしたらいい?どうしたら愛人なんか諦めてくれる?」
「…愛人を持つなということですか」
「出来ればやめてほしい」
懇願するような表情。…仕方ない。
「わかりました」
「モニク…!よかった、わかってくれて、よかった!」
「では、私は出産で疲れたので寝ます」
「そ、そうか…おやすみ、モニク」
「おやすみなさい」
寝たふりをする。そのまま妊娠しやすくする魔術ですり減り僅かに残った私の余命を燃やして、国民達への加護を与える。愛人との素敵な恋人ごっこという夢さえ無くなったので、生きている意味はなかった。
「モニク。…モニク?」
ぐっすり眠る妻。王妃という重責にも耐え、俺を真っ直ぐに愛してくれる素晴らしい女性。だけど最近、その瞳に俺へ向けてくれる熱が冷めているような気がしていて。
愛人と言われて焦った。けれど、わかってくれたと思ったのに。
妻は、ベッドの上でいつのまにか、冷たくなっていた。
「も、モニク!だ、誰か、医者を呼べ…いや、魔術師を呼べ!」
宮廷魔術師を呼び出して、俺の寿命を半分にして、残りの半分を無理矢理妻に与える。
妻は目がさめると、何故か絶望したような表情で。
「…愛人を持つなというのなら、何故死なせてくれないのですか」
…俺は、どこで間違えた?
結局のところ、私は生かされた。王妃がいなくなると面倒だと国王陛下が判断なさったのだろう。
…特になんの楽しみもない日々。王家の一族は寿命が特別に長い。その国王陛下の残り半分の寿命を分け与えられた私は王妃としての仕事を全部側妃殿下に丸投げして、療養のためと偽り引きこもって長く続くことになってしまった人生を呪う。
あー、やだやだ。どうせ死のうとしても寿命投げつけられるしなぁ。
「王妃殿下!」
「あ、側妃殿下。お疲れ様です」
側妃殿下とは、守ろう可愛がろうと慈しんでいるフリをしていたのも全部投げ捨てて、交流を絶っていたのだけど。急にどうしたんだろう。
「王妃殿下、どうか国王陛下と仲直りしていただけませんか?」
「仲違いした覚えはないですけど…」
「思いっきりしてるじゃないですか!王妃殿下が引きこもりになって以降、国王陛下の様子がおかしいんです!仕事も結局私が尻拭いしなきゃいけないし!」
「はぁ。大変ですね」
「国王陛下も王妃殿下も、どうしちゃったんですか!?」
どうしちゃったんですかと言われても。
「…側妃殿下もあの人の妻なんですし、メンタルケアして差し上げたらいいのでは?」
「だから!そのために仲直りしてあげてくださいってば!」
「…えー」
やだぁ。先に私を捨てたのはあの人だもん。側妃殿下を娶るのを嫌がった私に、国のためだと聞く耳を持たずわがままを言うなと言ったのはあの人だもん。やだ!
「…やだ!」
「え」
「私はもう後継者も産んだし、やることやったもん!やだ!」
「お、王妃殿下?」
「生きてるだけで辛いのに意地悪言わないでよ!仲直りするくらいだったら死んでやる!」
懐にいつも忍ばせている短刀を取り出して首にあてる。側妃殿下は慌てて言った。
「ごめんなさい!もう言いませんから!」
短刀を仕舞う。
「でも、国王陛下どうしちゃったんですかね」
「やばいことしといてさらっと話題を変えないでください」
「あの真面目一辺倒な人が仕事出来なくなるなんて。変なの」
「…王妃殿下、なんか幼児返りしました?」
「うん。楽しいことも何もないし、療養してて取り繕う必要もないし、頑張る意味ないもん」
側妃殿下は、悲しそうな顔をする。
「…私が嫁いできたせいですか」
「え?」
「そうでなければ、お二人は相思相愛のままだったんですか」
「…そうだよ?」
私が言えば、側妃殿下は目を丸くする。
「元々私の一方通行の愛だったけど、それが壊れたのは貴女が嫁ぐことになったから。だから、責任とって王妃の仕事、代わりに頑張ってね」
「…あ、王妃殿下、あの…私は…」
「国王陛下の尻拭いくらい、できるでしょう?もう私に色々求めて来ないでほしいな」
「お、王妃殿下…!」
「具合悪いから寝る!おやすみ!」
寝る。ふて寝だ。もう頑張らないって決めたんだもん。全部やだ!
「モニク」
「…国王陛下?」
「すまなかった」
俺はモニクを傷つけた。側妃を娶るのを嫌がったモニクの気持ちを考えなかった。モニクに甘えていた。…側妃を娶るのは、悪いことじゃない。むしろ国にとって必要なことだったと断言できる。でも、愛してくれる妻を蔑ろにしたのには間違いなかった。
「何がですか?」
「側妃を娶ると決めたあの晩、一方的に事実を告げて突き放すんじゃなくて、モニクが納得できるまで話し合うべきだった」
「そうですか」
「仲直りしてくれないか」
俺が全部悪い。それは謝る。だからもう一度、あの愛を俺にくれないか。
「やです」
「え」
「もうほっといてください」
…結果、玉砕した。
でも、それ以降も俺は何度もモニクの元を訪れた。玉砕し続けたけど、モニクと話をするだけで少し気分が上向く。何をやっても失敗続きで、側妃に迷惑をかけていたのが嘘のように仕事ができるようになった。
けど、やっぱりモニクは俺と仲直りしてくれない。
「ごめん、モニク。でも俺はお前だけを愛してるんだ」
「ただ単に手元から離れると寂しくなっただけですよ」
「モニク、愛してる」
「そうですか」
「モニク、子供達もそろそろ物心がつく頃だ。もう少し多目に会うようにしないか。俺が連れてくるから」
何を言っても、モニクはやだやだと首を振るばかり。でも、子供のこととなると拒否はしない。
「…じゃあ、また今度。次は子供達も連れてくるから」
「子供達だけで構いませんけど」
「俺がお前に会いたいんだ」
氷を溶かすように、少しずつ、少しずつ。俺が壊して凍らせたモニクの心を、そっと溶かして修復する。そしていつか、もう一度愛してもらえるように。
妻に真摯に向き合えなかったツケが回ってきただけだ。大丈夫、時間はあるから。
だから、もう一度優しい声で、笑顔で、俺の方を向いてほしい。
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感想ありがとうございます。無理ですよねー。身勝手過ぎですもんね…。
ム~~~リ~~~か~~~な~~~⁉️
と
思いますね♪😁
ありがとうございました。
面白かったです✨
感想ありがとうございます。無理ですよねぇ…やらかしましたね、国王陛下。
結局 側妃とは閨したのしてないの?
側妃は他国の人で 国同士の何らかのものなのだから致し方なかったのではないのかな?国王。
それならば 王妃がここまでグレた?のはちょっと国王が不憫。
感想ありがとうございます。結局してませんね。
不憫ですが、最初に突き放さず納得できるまで話し合っていたら良かったですね。