稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ

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遠征の前に2

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 例によって見た目によらず食材にあふれた濃石の森では、きのこも採れるし、足を延ばせば川魚も釣れる。畑を作れば、獣害もあるが実りは悪くない。

 川魚の甘露煮を味付け代わりに、干したきのこと細かく刻んだ根菜を米と一緒に炊く。別に魚醤をベースに鶏ムネと葉物を煮て汁物にした。口直しにりんごも買ってある。
 俺ひとりで食べるには贅沢な料理だが、お客さんに出すにはやや侘しい気もする。

「うまそうだ。ハバトが作るものは珍しいものばかりだな。祖母君から教わったのか?」

 前のように本でも読んで待ってていいと何度言っても聞かず、セブさんは俺の後ろで調理を見守りつつ、時折俺の手が空くと肩や頭に触れてくる。嬉しいけど落ち着かない。

「そうですね。わたしが持っているものは知識も技術も全部ばあばからもらったものです」

「祖母君に可愛がられていたのだな」

「二人きりの家族なので、面倒でもばあばは突き離せなかったんでしょうね。わたしは手のかかる子供でしたし、きっと最期まで気を揉ませてしまったかと思います。わたしはばあばが育ててくれなければ、もっと役立たずだったでしょうね」

 ばあばを看取ってから、ひとりでも大丈夫と何度も自分にいい聞かせて、気付いたら二年経っていた。年を取って体は不自由になっていたけど、頭がよくてずる賢い、よく笑うけど人をからかうのも大好きな少し意地悪な人だった。魔女であるばあばが男の俺を捨てずに、後継より優先して育ててくれたことに感謝していると同時に罪悪感も多分にある。
 しんみりした気持ちを振り払うように、「さて、ご飯お皿によそいますね」とセブさんを振り返ると、何故か少し怖い顔をした彼と目が合った。ゆっくり近づいてきた手が俺の肩を撫でた。

「…礼を欠いていると承知で込み入ったことを聞くが、祖母君とは血の繋がりがないのか?」

「いえ。血は繋がっているはずです…」

 セブさんが何を思って尋ねたのか、意図が読めずに困惑する。もしかしたら、魔女の直系の孫なのに魔女でないことに不信感を持っているのだろうか?

「血の繋がった子供を養育するのは人道的に当然のことだ。祖母君は当然のことをしただけなのに、何故君はそんなに申し訳無さそうにしている」

「え?」

 全く予期していなかった方向の話をされて、思考が置いてきぼりをくらった。

「人間の子供は虫蛇のように親無く育つものではない。子供が養育者から与えられたもので成長するのも当たり前なことだ。祖母君がハバトに与えたものはとても有意義で得難いものばかりだと見受ける。自身を誇れこそすれ、卑下することではない」

 表情は怖いが、口調と触れる手はいつも以上にとても柔らかい。美しく、優しい人は更に続けた。

「祖母君はハバトを愛しているから自身の最期も君をそばにおいたのだろうし、君の能力を認めていたからこそこの僻地の魔女の家に今も君を住まわせているのだろう」

 愛されてる。
 そんなこと考えたこともなかった。いつでも俺は誰かの嫌悪の対象で、足枷で、不要なものなのだと思っていた。

「そっか…愛してくれていたんですかね」

「君は祖母君を愛しているのだろう?」

 しっかりと頷くと、「ならば祖母君も君を愛しているだろう。家族愛とはそういうものだ」とセブさんが微笑んだので、俺もつられて頬が緩んだ。頭を撫でていた彼の手が俺の目元をかすめてから離れた。

「すごいですね。セブさんに言われると説得力があります」

「君より長く生きてるからね。でも私は君の作るような、うまい家庭料理のひとつもまともに作れない小さな男だ」

 楽しそうに少しおどけた彼は、「どの皿を出せばいい?」と戸棚を示したので、遠慮なく「右端手前の平皿とその隣の深皿を二枚ずつ取ってください」と手伝いをお願いした。

「ご自身では料理しないんですね。セブさんは王都で普段どんなご飯を食べてるんですか?」

 戸棚を閉めながらセブさんがハハっと珍しく声を上げて笑ったので、何事かと目を合わせる。

「君は手紙でも私の身の回りのことをあまり聞かないから、てっきり私に関心がないのかと思っていた」

「え!そんなことないです!でも、セブさん王立の騎士だっていうし、ご実家も貴族?だっていうし、あんまりあれこれ聞かれるのは気分が悪いかなって、思ってたんですけど…そうでもないですか?」

 出した皿のうち深皿だけ渡され、平皿を持ったままセブさんは炊き込み飯の入った釜から手際よくよそい始める。こんな気遣い深い人が小さな男だなんて表現されるわけがないな、と改めて思う。

「君に聞かれて気分を害するような事柄などひとつもない。聞きづらいのであれば、勝手に名乗りから始めようか?」

「ふふふ。セブさんの騎士の名乗りはさぞかっこいいでしょうね。見惚れてるうちに斬られてしまいそうです」

 手早く飯を盛った皿を我が家唯一のテーブルに運ぶと、すぐさま戻ってきて何も言わずとも俺が汁物をよそった皿もまた運んでくれる。「君を斬るくらいなら私は君に斬られた方がマシだ」と苦々しい顔をされた。結局そんな顔してもかっこいいからずるい。

 隙あらば何か仕事をしようとしてしまうセブさんを引きずるように木椅子に座らせ、その手にほんのり柑橘の香りをつけたお冷の入ったコップとカトラリーを渡すと、観念したようでやっと腰を落ち着けた。

「騎士団の寮内に食堂があるんだが、質より量を地で行く。大味な米、芋、肉ばかりだ。遠征中は野営が増えるからより酷いな」

 手早くりんごを洗って皮を剥き、はちみつ水にくぐらせてから小皿に分けて乗せて、こちらを持ってテーブルに並べた。

「騎士団は煌びやかな印象がありましたが、意外と質素な食生活なんですね」

 席に着いて「では、頂きます」と手を合わせると、セブさんは少し考えてから同じように手を合わせた。

 かすかに野外から虫の声が聴こえる。あとは暖炉の火が薪を弾く音くらいしかない。とても静かな夜だ。そんな夜長にセブさんと二人きりでまた食事が出来ることがとても嬉しい。

 ただスプーンを口に運んでいるだけなのに優雅な雰囲気あふれるセブさんは、本当にこのボロ家に不釣り合いでむずむずしてしまう。
 治癒後の指先の使いも特に不自然もなく、しっかりカトラリーを使えているようでそれも嬉しくて頬が緩んだ。
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