稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ

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遠征の前に3

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「セブさんはご兄弟いますか?」

 気分が高揚した俺が思い切って質問すると、彼は食事の手を止めてにこりと笑った。年代物の魔力灯の、なんてことない橙色も、彼にかかると雰囲気良い間接照明のようだ。精巧な目鼻立ちが作る陰影も、なんだか芸術的に見える。

「兄が一人、姉が二人、弟が一人いる。姉たちはとうに嫁に出ているし、全員が顔を合わせる機会もほとんどないが、子供の頃は仲が良かったな」

「五人兄弟!すごい!羨ましいです。わたし、大家族憧れてました。小さい頃は兄弟が欲しいってばあばに言って笑われたこともあります。母もいないのにどうしようもないと」

 兄弟のいる村の子供たちが羨ましかった。彼らはどんなに喧嘩をしても、最後は仲良く家に帰って行くんだ。

「……ご両親とは、死別だろうか」

 幾分かの間の後、感情の削がれた静かな声がそう尋ねた。テーブルの上に置かれたセブさんのこぶしがゆっくり握り込まれた。聞くべきことでないと思っているのかもしれない。
 そんな、心を殺した顔をしないで欲しい。俺は、あなたになら聞いてもらいたいと思っているのだから。

「母は、俺を命がけで産んで死にました。父親は貴婦人に人気の男娼だったそうです。母も魔女だったので、父と婚姻する気はなかったと思います。父は俺の存在すら知らないかもしれませんね」

 父と母が恋仲で望まれて身籠ったのか、母が男娼の父を謀って子をなしたのかまではわからない。どちらにしろ、もし仮に父親の所在がわかったとしても、成人した俺が今更家族面して現れたって、父を困らせるだけだろうことはよくわかる。俺の両親はもういないのだ。

「君が妙に娼館への忌避感が無い理由も凡そ理解した」

 酷く低い声でぼそりとちょっと恥ずかしいことを言われたが、やぶ蛇になりそうなので聞こえなかったふりをしてムネ肉を頬張る。

「魔女は婚姻しないものなのか?」

「そうですね。そういうものだと聞いています。魔女の家族は本来魔女だけなんだとか。秘匿性が高いからですかね?わたしは魔女の世界だと異端なんです。魔女ではないので掟のようなものもよく教わってないんですよね。あやふやですみません」

「いや。君が魔女でなくてよかった」

 彼は何故か心底嬉しそうに端正な相好を崩した。

「わたしが魔女だったら、セブさんは今みたいに会いに来てくれないですか?」

「来る。為すべきことの程度が増えるだけで、君と私の関係は何も変わらない」

「為すべきこと?」

「仮定の話だ。騎士職はより危険を冒して武勲を上げれば、それ相応の報酬や権利が手に入る。無骨な分、単純だ。胆力と腕力が、権力と財力にも成り得る。仮に掟だ何だと横槍を入れてくる者がいれば、より強い力で捻じ伏せればいい。それだけだ」

 俺の頭が悪過ぎて、セブさんが何の話をしているのかよくわからない。頭の中をぐるぐるさせまくってようやく、掟に縛られた魔女を専属治療士にするには権力を行使して他の魔女を黙らせる必要があるって話なのだろうと合点がいった。
 でも、治療士を得るためとはいえ、セブさんが先んじて危険な目に合うのはどうにも割に合わない気がしてしまう。

「…騎士はやっぱり危険な仕事が多いんですね。セブさんは騎士団に入られて長いんですか?」

「まあ、そうだな。16になる年に入団したから、11年程か。もはや実家より慣れた暮らしだ」

 ということは、今27歳?俺より九つ年上らしい。イアンと同年代なのか。

「そんな早くから騎士として働いているなんてすごいですね。だからセブさんは特に大人っぽいのかな?」

「君も私と同じ年頃から働いてきたのだろう?団という枠組みがあった私より、君の方が多く苦労をしてきただろう」

「ふふ。過大評価です。わたしの仕事は危険もないですし、ばあばの手伝いで子供の頃からしてきた慣れたものです。わたしもセブさんみたいにかっこいい仕事出来たらよかったんですけど、気の小さいわたしにそんな気概はありません」

 俺自身ですら胸を張るのを躊躇う地味な仕事を、侮ったりしないで労ってくれるなんて、やっぱりセブさんは優しくて思慮深いなと思う。

 気付けばセブさんの平皿が空になっている。忙しい仕事柄のせいか、彼は食べ方に品があるのに食べる速度はなかなか速い。「おかわりいかがですか?」と立ちあがって平皿に手を伸ばすと、「ありがとう。頂こう」と首肯した。

「ハバトの作るものは何でもうまくて驚いてしまうな。君の作る飯が毎日食えたならさぞ幸せだろう」

「殘念ながら普段はわたしひとりだし、もっと簡素なものばかりですよ」

 へらりと笑って、新たに炊き込み飯を盛った皿をセブさんの前に置く。引こうとしたその手首をやんわりと掴まれ、そのままするりと滑って指先を絡め取られた。妙に熱のこもった瞳に見つめられて、俺の間抜けなへらへら笑いは一瞬で引っ込む。

「何でも構わない。ハバトが作ってくれるならそれが幸せだ」

 指先の神経が酷く鋭敏になって、甘く痛むような気すらする。

「…毎日、セブさんの顔が見られて、セブさんのためにご飯を作れたら、それはわたしにとってもとても幸せです」

 そんなことを願える立場ではないけど。
 そう付け足そうとしたが、セブさんに指先を強く握り込まれてそちらに気を取られる。

「君は私を焚き付けるのがうまいな。今回の任務をさっさと片付けて君を奪いに来よう。覚悟しておいてくれ」

 焚き付けるというのが何を指すのかピンとこなかったけど、ニヤリと笑ったセブさんが怖いくらいにかっこよくてそんなこと気にならなくなってしまった。俺がかっこよさに内心あわあわしているうちに、彼は俺の指先に口付けてそっと手を離した。たまらなくかっこいい。ドキドキする。

「セブさんが帰ってきたらご馳走作りますね。ご実家がお金持ちなセブさんの思ってるご馳走とは違うかもしれませんけど、楽しみにしててください」

「ああ。私が欲しいのは手料理だけではないが、楽しみにしてるよ」

 ひとりあれこれメニューに悩む俺をにこにこと眺めつつ、セブさんは全ての料理を平らげてくれた。
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