稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ

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式の主役は3

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「此度の式最後の儀は、我が娘ベルが担う。さあ、ベル」

 にこやかな国王は、特に笑顔を深めて横に立つベルさんをそれは優しく促した。国王陛下が自身の子をとても愛しているのがよくわかる。
 ベルさんは小さく頷き、一歩歩み出た。

「国民の皆とこのような善き日を迎えられ、稀代の英雄を第一に讃えられることを、大変喜ばしく思います」

 ふわふわとした、淡いクリーム色のドレスを纏ったベルさんはとてもキレイだった。複雑に編み上げられた赤毛は春の陽に照らされてキラキラと金に輝き、ドレスは色味も相まってどことなく婚礼の衣装を想起させる。
 こんな美しいベルさんを見て、胸をもやつかせる俺はなんて矮小で醜いんだろう。

「王立騎士団遠征部一課所属主査セバスチャン・バルダッローダ。こちらへ」

 一拍間を開けて、セブさんは無言で騎士の待機姿勢を解き、ベルさんの前へ進み出た。慣れた所作でマントの裾を払い、その場で片膝をついて頭を垂れる。背中に流れる、緩く編まれたプラチナブロンドが煌めいている。毛先近くで、髪結い紐に付けられたルビーらしき赤い宝石が揺れる様すら、俺の中をざわめかせて仕方ない。

「貴公は他国の悪漢による企てを看破し、事が起こる前に迅速に暴徒を鎮圧した。その慧眼と剛勇はどんな賛辞でも称し切れません。拠って、貴公にユレミシカの地を領地とし、伯爵位を授ける」

「謹んで拝命致します」

 セブさんの耳に心地よい声が応えるとほぼ同時に、客席から一際大きな拍手と歓声が上がった。
 顔を上げた彼に、ベルさんが愛らしい笑みを浮かべて顔を寄せ、何か耳元に囁いた、ように見えた。とても親密な様子に、歓声に冷やかしめいた声が混じる。それをベネディクト国王陛下が片手でいなして静まらせた。

「セバスチャン卿。貴公には本来爵位より望むものがあるだろう。今一度、ここで聞かせてくれるか?」

 そう問われて、何かを考えているような間がまたあったが、セブさんはやおら立ち上がりこちらを振り向いた。

 そして、目が合った。

「陛下より、私が望めばどういった身分、境遇、人種、性別の相手とも、特例として婚姻が出来る許可を頂いた。それは国内のどんな人間も阻めない。それは例え、国王陛下であろうとだ」

 彼が、とてもとてもキレイな、宝石の笑みを浮かべた。

「“もう私のものだ”」

 それだけ言うと、陛下の許可を待たずにセブさんは壇上の部下たちの横に戻り、何事もなかったかのようにそこに並び立った。しばしの静寂の後、悲鳴に近い凄まじい声が一般席だけでなく、賓客席からも上がり会場内にこだました。その叫喚は国王陛下が両手を掲げてなだめ制しようとしても全く収まるものではなく、会場内はしばし騒然とした。

 俺は失恋した身だというのに、彼があまりにもキレイに笑うから迂闊にも見惚れてしまっていた。痛いくらいに脈打つ心臓をどうにかしたくて、フリルで出来た胸元の木香薔薇を左手で握り締め、白金色に輝く自分の靴先を見つめる。
 とても幸せそうな笑顔だった。あんな顔をされたら、祝福するしかないじゃないか。

「ハバト様、ご気分が優れませんか。冷たい飲み物をお持ちしましょうか」

 急に背を丸めた俺を気遣って、オリヴィアさんがすぐ横に膝をついて声を掛けてくれた。

「いえ。大丈夫です。少し驚いてしまっただけです」

 思っていたより動揺の混じった声が出てしまったけど、騒がしいこの場所ではそんな仔細までは聞こえていないだろう。

「困惑されますよね。まさか国中から逃げ場を奪うような真似までするなんて、私の方でも想定しておりませんでした。あえて国外の賓客の前で宣言したのも、きっと国王や高位貴族への抑止力を強めるためでしょう」

 跪いたまま、オリヴィアさんは悔しそうに歯噛みした。
 逃げ場、なんて必要ないだろう。ベルさんはセブさんの求婚を受けると言っていたから。でも、その話はベルさんと俺の間でだけされたものだし、下手なことを漏らして万が一にも人の口を経て二人への横槍のようになったらいけないから黙っておく。

「国王陛下や高位貴族がセブさんの婚姻を邪魔する可能性があるんですか?」

 邪魔をするくらいなら、国王陛下は最初から許可を出さなければいいのに。もしかして、陛下は読売なんて市井のものを読まないだろうから、セブさんの片想いの相手がベルさんだって知らないのかもしれない。

「愚王はじゃじゃ馬姫の我が儘に弱いですからね。姫が駄々を捏ねて、引っ掻き回されないように釘を差しておきたいのでしょう。高位貴族たちに対しては、貴方の価値が世間に知れてしまった時の保険ですよ。さすがにどんなに欲しくても、英雄が熱望した最愛の妻君には手を出せません」

「わたしの価値?」

 なんでセブさんの婚姻の話をしていたのに、急に俺の話が混じってきたんだろ。オリヴィアさんと俺の会話、噛み合ってない?

 お互いの話題のズレを正すために俺が口を開こうとしたところで、「どうか、どうか、皆さんお静かに」と魔法で拡声された儚げな姫君の鈴の声が聞こえてきて、風砂に水を撒くように、急速に会場内のざわめきを収めていった。
 ひと通り喧騒が落ち着くと、ベルさんは淑女の見本のような優雅な笑顔と振る舞いでセブさんの前に進み出た。

「大変情熱的な宣言でいらしたけど、プロポーズはしてくださらないのですか?」

 目の前に立つ未来の花嫁を一瞥したセブさんは、なぜか凛々しい無表情も、騎士の待機姿勢も、どちらとも一分も崩さなかった。

「これ以上見世物になる気はありません」

「そう、ですか。では後程、お聞かせくださいませ」

 とてもたおやかな微笑みを浮かべたベルさんは、「素敵なお言葉を聞けること、楽しみにしております」と告げると国王陛下の半歩後ろへ静かに下がった。
 見世物になる気はないというのは本心のようで、横に立つ副長の揶揄を含んだ肘につつかれても、セブさんは視線を真っ直ぐ向け黙し、壇上ではそれ以降一切を語らなかった。
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