39 / 83
式の主役は2
しおりを挟む
叙爵式は、現国王のベネディクト陛下の祝辞から始まった。どうやら陛下は気長なおっとりした人物のようで、魔法で拡声された伸びやかな声で高らかに祝いの言葉を述べられた後、そこから何故かバルダス国の歴史の話を滔々と語り出し、現代までの産業発展の話までゆっくりなぞってから、また、騎士たちの偉勲についての話に戻った。そして、その長い長い話を経てうつらうつらし始める人が増えた頃、やっと此度の主役である騎士たちが壇上に上げられた。ご多分に漏れず思いっきり船を漕いでいた俺は、騎士たちを迎える観客たちの歓声に驚き、慌てて姿勢を正した。眠気の残る目を何度も瞬かせて、セブさんの勇姿に見入る。
壇上のセブさんは誰よりも大きな歓声を受けているにも関わらず、客席に愛想を振りまくことはなくただ真っ直ぐ前を見据えている。普段の優しげな笑みが全くないことに不安になる。
「もしかして、セブさんまだわたしのこと怒ってるんですかね」
横に立つオリヴィアさんを仰ぎ見ると、こちらに視線をくれずに、正しい騎士らしい姿勢のまま後ろ手を組み直した。
「怒ってるというより、貴方を失うことに怯えておいでなのでしょうね。あれ程危うげな主は私も初めて見ます」
「怯えて?」
視線をセブさんに戻す。凛々しく精悍な彼に、怯えるという表現がピンとこない。猛々しい騎士たちの中にあっても、彼は一分も見劣りしない強さを兼ね備えているように見える。
「私も出来るならハバト様の意思を尊重して差し上げたいのですが、ひとまず今後の主の話を聞いてから身の振り方を決めてくださいませ」
「…はい」
やっぱり、どうしてもセブさんの話とやらを聞かなければいけないらしい。結婚報告をされたら、お祝いの言葉だけは笑顔で言おう。オリヴィアさんの言い回し的に、セブさんから専属治療士になるように言われる可能性も高いと思う。もしそれを言われたら身の振り方をとても迷う。
俺がうんうんと頭を悩ませていると、壇上の騎士たちの名が、ベネディクト陛下の朗ずるような声で次々と呼ばれた。
四名に男爵位を、一名に子爵位を叙すと陛下が声高に宣言すると、一般席を中心に歓声と拍手が湧き上がった。大勢の人々が一様に歓喜するさまは、とても平和で尊いものに見えて胸が震える。これがセブさんの為したことの一端なのだと思うと、彼の正しい強さに感嘆の溜め息がもれた。
俺が身を乗り出す勢いで壇上を見つめていると、子爵位を授かったのはセブさんが率いた小隊の副長だと、オリヴィアさんが説明を付け足してくれた。今回彼ら五名が授かったものは、正確には名誉爵位というものらしく、領地を持たない一代限りの爵位なんだそうだ。ただ、国からの扱いは変わる。免税や、国政に参加する権利、貴族との婚姻も許可され、他にも細々とした権利を得られるという。彼らの努力と功績が国中から認められたという最大級の証明だ。
側仕えから宝剣を受け取った陛下は、それを膝を折った五名の名誉貴族に授けていく。国王陛下が笑顔を絶やさない人当たり柔らかな方なおかげで、騎士たちにも時折自然な笑顔が見られる。一国の王様だからと、勝手にもっと怖い人を想像していた。
「国王陛下はとても優しそうな方ですね」
思わず安直な感想が口から出た。横からテノールの高さの、噛み殺したような短い笑い声が聞こえた。
「優しさの使い所もわからずにあんなじゃじゃ馬を生んでちゃあ、愚王と揶揄されるようになるのも時間の問題でしょう」
明るいオリヴィアさんにしては珍しく、皮肉が強く語気も荒い。国王の話は彼女にとってはあまり気分のいい話ではないようだ。
「あの、なんでセブさんだけ他の方と一緒に叙爵されないんですか?何か違うんですか?」
話題を変えると、そこでやっとオリヴィアさんの視線が俺に向けられた。ほんの少し険が残る目付きだが、にこりと笑ってくれた。
「主が頂く爵位は、名誉爵位ではないのだと思われます」
「爵位にそんなに種類があるんですか?」
「フフ。あるにはありますが、今回主が受けるものは、領地を伴う世襲可能な爵位だろうという単純な話です。元々高位貴族の御子息であるセバスチャン様に名誉爵位を授けたところで、形ばかりの賞揚にしかならず周辺国が納得しないでしょう」
確かにそうだと、俺はふむふむ頷いていたが、よく考えたら、それってセブさんが領主様になるってことだ。それは一大事だ。俺は勢いよく顔を上げた。
「騎士で領主だなんて、セブさん忙しくて倒れませんか?栄養薬とか差し入れたら駄目ですか?」
慌ててオリヴィアさんに意見を求めると、顔を背けて失笑されてしまった。領民でもない田舎平民が領主様に差し入れなんて、常識がなさ過ぎただろうか。恥ずかしくて顔に熱が集まる。
「ああ、笑ってしまって申し訳ございません。主がさぞお喜びになるだろうと思ったらつい」
「そうなんですか…?」
喜んでくれるなら何よりだけど、多忙の根本的な解決にもならないし、俺には領主としてのセブさんの力になるのは難しそうだ。
「でもそうですね。騎士職と領地経営は両立出来ないと断言していいでしょう。セバスチャン様が騎士職を退くことは考えにくいですから、領地は弟君に経営を託すのが無難なところですね」
「なるほど」
セブさんにとっては叙爵も領地も、それ自体は望んでいるものではないだろう。彼が本当に欲しいものが別にあることを、きっと誰もが知っている。そんなどうしようもないことを思ってまたしょげているうちに、五名の騎士の叙爵の儀は滞り無く完了した。新たに生まれた名誉貴族たちは、壇上の端に戻り後手を組んで待機姿勢を取った。
後はセブさんの叙爵の儀を残すのみだが、客席にはまだ期待感が満ちている。どうやら、セブさんを目当てにここにいる俺のような人間が、思っているよりずっと多いようだ。
国王がセブさんの名を口にするのを今か今かと皆が待ちわびる中、陛下はそれを躱すように壇下に視線を向けて大きく頷いた。
そして、壇下から美しい赤毛のあえかな姫君が姿を現すと、会場は大いに湧いた。
壇上のセブさんは誰よりも大きな歓声を受けているにも関わらず、客席に愛想を振りまくことはなくただ真っ直ぐ前を見据えている。普段の優しげな笑みが全くないことに不安になる。
「もしかして、セブさんまだわたしのこと怒ってるんですかね」
横に立つオリヴィアさんを仰ぎ見ると、こちらに視線をくれずに、正しい騎士らしい姿勢のまま後ろ手を組み直した。
「怒ってるというより、貴方を失うことに怯えておいでなのでしょうね。あれ程危うげな主は私も初めて見ます」
「怯えて?」
視線をセブさんに戻す。凛々しく精悍な彼に、怯えるという表現がピンとこない。猛々しい騎士たちの中にあっても、彼は一分も見劣りしない強さを兼ね備えているように見える。
「私も出来るならハバト様の意思を尊重して差し上げたいのですが、ひとまず今後の主の話を聞いてから身の振り方を決めてくださいませ」
「…はい」
やっぱり、どうしてもセブさんの話とやらを聞かなければいけないらしい。結婚報告をされたら、お祝いの言葉だけは笑顔で言おう。オリヴィアさんの言い回し的に、セブさんから専属治療士になるように言われる可能性も高いと思う。もしそれを言われたら身の振り方をとても迷う。
俺がうんうんと頭を悩ませていると、壇上の騎士たちの名が、ベネディクト陛下の朗ずるような声で次々と呼ばれた。
四名に男爵位を、一名に子爵位を叙すと陛下が声高に宣言すると、一般席を中心に歓声と拍手が湧き上がった。大勢の人々が一様に歓喜するさまは、とても平和で尊いものに見えて胸が震える。これがセブさんの為したことの一端なのだと思うと、彼の正しい強さに感嘆の溜め息がもれた。
俺が身を乗り出す勢いで壇上を見つめていると、子爵位を授かったのはセブさんが率いた小隊の副長だと、オリヴィアさんが説明を付け足してくれた。今回彼ら五名が授かったものは、正確には名誉爵位というものらしく、領地を持たない一代限りの爵位なんだそうだ。ただ、国からの扱いは変わる。免税や、国政に参加する権利、貴族との婚姻も許可され、他にも細々とした権利を得られるという。彼らの努力と功績が国中から認められたという最大級の証明だ。
側仕えから宝剣を受け取った陛下は、それを膝を折った五名の名誉貴族に授けていく。国王陛下が笑顔を絶やさない人当たり柔らかな方なおかげで、騎士たちにも時折自然な笑顔が見られる。一国の王様だからと、勝手にもっと怖い人を想像していた。
「国王陛下はとても優しそうな方ですね」
思わず安直な感想が口から出た。横からテノールの高さの、噛み殺したような短い笑い声が聞こえた。
「優しさの使い所もわからずにあんなじゃじゃ馬を生んでちゃあ、愚王と揶揄されるようになるのも時間の問題でしょう」
明るいオリヴィアさんにしては珍しく、皮肉が強く語気も荒い。国王の話は彼女にとってはあまり気分のいい話ではないようだ。
「あの、なんでセブさんだけ他の方と一緒に叙爵されないんですか?何か違うんですか?」
話題を変えると、そこでやっとオリヴィアさんの視線が俺に向けられた。ほんの少し険が残る目付きだが、にこりと笑ってくれた。
「主が頂く爵位は、名誉爵位ではないのだと思われます」
「爵位にそんなに種類があるんですか?」
「フフ。あるにはありますが、今回主が受けるものは、領地を伴う世襲可能な爵位だろうという単純な話です。元々高位貴族の御子息であるセバスチャン様に名誉爵位を授けたところで、形ばかりの賞揚にしかならず周辺国が納得しないでしょう」
確かにそうだと、俺はふむふむ頷いていたが、よく考えたら、それってセブさんが領主様になるってことだ。それは一大事だ。俺は勢いよく顔を上げた。
「騎士で領主だなんて、セブさん忙しくて倒れませんか?栄養薬とか差し入れたら駄目ですか?」
慌ててオリヴィアさんに意見を求めると、顔を背けて失笑されてしまった。領民でもない田舎平民が領主様に差し入れなんて、常識がなさ過ぎただろうか。恥ずかしくて顔に熱が集まる。
「ああ、笑ってしまって申し訳ございません。主がさぞお喜びになるだろうと思ったらつい」
「そうなんですか…?」
喜んでくれるなら何よりだけど、多忙の根本的な解決にもならないし、俺には領主としてのセブさんの力になるのは難しそうだ。
「でもそうですね。騎士職と領地経営は両立出来ないと断言していいでしょう。セバスチャン様が騎士職を退くことは考えにくいですから、領地は弟君に経営を託すのが無難なところですね」
「なるほど」
セブさんにとっては叙爵も領地も、それ自体は望んでいるものではないだろう。彼が本当に欲しいものが別にあることを、きっと誰もが知っている。そんなどうしようもないことを思ってまたしょげているうちに、五名の騎士の叙爵の儀は滞り無く完了した。新たに生まれた名誉貴族たちは、壇上の端に戻り後手を組んで待機姿勢を取った。
後はセブさんの叙爵の儀を残すのみだが、客席にはまだ期待感が満ちている。どうやら、セブさんを目当てにここにいる俺のような人間が、思っているよりずっと多いようだ。
国王がセブさんの名を口にするのを今か今かと皆が待ちわびる中、陛下はそれを躱すように壇下に視線を向けて大きく頷いた。
そして、壇下から美しい赤毛のあえかな姫君が姿を現すと、会場は大いに湧いた。
210
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。
そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。
そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。
そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?
【完結】スパダリを目指していたらスパダリに食われた話
紫蘇
BL
給湯室で女の子が話していた。
理想の彼氏はスパダリよ!
スパダリ、というやつになったらモテるらしいと分かった俺、安田陽向(ヒナタ)は、スパダリになるべく会社でも有名なスパダリ…長船政景(マサカゲ)課長に弟子入りするのであった。
受:安田陽向
天性の人たらしで、誰からも好かれる人間。
社会人になってからは友人と遊ぶことも減り、独り身の寂しさを噛み締めている。
社内システム開発課という変人どもの集まりの中で唯一まともに一般人と会話できる貴重な存在。
ただ、孤独を脱したいからスパダリになろうという思考はやはり変人のそれである。
攻:長船政景
35歳、大人の雰囲気を漂わせる男前。
いわゆるスパダリ、中身は拗らせ変態。
妹の美咲がモデルをしており、交友関係にキラキラしたものが垣間見える。
サブキャラ
長船美咲:27歳、長船政景の年の離れた妹。
抜群のスタイルを生かし、ランウェイで長らく活躍しているモデル。
兄の恋を応援するつもりがまさかこんなことになるとは。
高田寿也:28歳、美咲の彼氏。
そろそろ美咲と結婚したいなと思っているが、義理の兄がコレになるのかと思うと悩ましい。
義理の兄の恋愛事情に巻き込まれ、事件にだけはならないでくれと祈る日々が始まる…。
中年冒険者、年下美青年騎士に番認定されたことで全てを告白するはめになったこと
mayo
BL
王宮騎士(24)×Cランク冒険者(36)
低ランク冒険者であるカイは18年前この世界にやって来た異邦人だ。
諸々あって、現在は雑用専門冒険者として貧乏ながら穏やかな生活を送っている。
冒険者ランクがDからCにあがり、隣国の公女様が街にやってきた日、突然現れた美青年騎士に声をかけられて、攫われた。
その後、カイを〝番〟だと主張する美青年騎士のせいで今まで何をしていたのかを文官の前で語ることを強要される。
語らなければ罪に問われると言われ、カイは渋々語ることにしたのだった、生まれてから36年間の出来事を。
辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで
月ノ江リオ
BL
◆ウィリアム邸でのひだまり家族な子育て編 始動。不器用な父と、懐いた子どもと愛される十五歳の青年と……な第二部追加◆断章は残酷描写があるので、ご注意ください◆
辺境の酒場で育った十三歳の少年ノアは、八歳年上の若き伯爵ユリウスに見初められ肌を重ねる。
けれど、それは一時の戯れに過ぎなかった。
孤独を抱えた伯爵は女性関係において奔放でありながら、幼い息子を育てる父でもあった。
年齢差、身分差、そして心の距離。
不安定だった二人の関係は年月を経て、やがて蜜月へと移り変わり、交差していく想いは複雑な運命の糸をも巻き込んでいく。
大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ
喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺はただ、
いちご狩りに誘われただけだが。
なのに──
誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に
なぜか俺が捕まって食われる展開に?
ちょっと待てい。
意味がわからないんだが!
いちご狩りから始まる
ケンカップルいちゃらぶBL
※大人描写のある話はタイトルに『※』あり
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる