美形令息の犬はご主人様を救いたい

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初等部

16.王家とテオスの家

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 ルスラン様の腕の中で泣きじゃくり、少ししてまともに話せるくらいに落ち着いてくると、……だんだんと、ルスラン様の腕の中にいる事実を実感してきました。

 え!?
 嘘!?
 今ルスラン様の腕の中にいますか!?
 僕が!?

 ルスラン様は相変わらずなんだかいい香りで、僕を包んでしまえるくらい体が大きくて、触れ合うと更に少しついた筋肉を感じる気がして、呼吸に合わせて少し膨らむ胸も愛おしくて、

 ……ここで、そんなルスラン様の肩を涙で濡らしてしまっていることに気づきました。

「……ぁ、ごっ、ごめんなさい……!お洋服を汚して……」

 涙で濡らしたところをよく見ようとして離れると、ルスラン様はすぐに腕を解いてくださいます。

「……ぁ、……いいよ別に、これくらい」

 ふい、と視線を逸らして言うルスラン様。お顔が少し斜めになって、顔の凹凸も表情も見やすい完璧な角度になりました。
 芸術品?
 いえ、絵画でもこの美しさは表現しきれないでしょう。
 どんな宝よりも尊い存在であるところのルスラン様に見惚れていると、ちらりとこちらを見た後また少し視線を逸らして、こう尋ねてくださいました。
 
「落ち着いた?」

 はっとして、「……あ、は、はい……っ」と慌ててこくこく頷くと、ルスラン様は「……そう」と一言だけ返しました。口数が少なめでクールなルスラン様も素敵です。

 ルスラン様は感情が昂ると口数が増えるのですが、凪いでいるときはどちらかというと寡黙な方です。
 嘘をつくのも嫌いですから、本当に僕が服を汚したことは気にしていないのでしょう。

 ルスラン様が優しくてよかった……と思うと同時に、『前』のルスラン様の怒りが少し恋しくなって……、……慌てて理性の檻を意識し、化け物を封じました。
 怒っているルスラン様を求めるなんて最低です。僕の化け物はしぶといです。

 ルスラン様は、少し落ち込んでる僕の、……背後に視線をやると、スッと目を細めて眉間に少しだけ皺を寄せ、片眉を上げました。
 あ、かっこいい……。
 ルスラン様はどんな表情をしても美しくて見ていて飽きません……。

「……誰?」

 その言葉に我に返り、振り返ります。……そこにいたのは、イヴァン様でした。

 そうです、僕はイヴァン様にも助けられたのです。

「……あっ、この方は、えっと……」
「待て。紹介するなよシエノーク」

 イヴァン様が鋭く言い、僕は口を閉じます。イヴァン様は続けて、こんなことを言いました。

「体調を崩した生徒が心配で駆け寄ったときに遭遇したが、名乗るタイミングがなかったからお互い誰かわからなかった、ってことにしよう。一度自己紹介すると次から避けなきゃいけなくなる。……またシエノークに似たようなことが起きる可能性があるのを考えると、避けてる場合じゃない」

 イヴァン様の言葉に、何の話だろう、と思って少し首を傾げてから、すぐにお二人の家のことを思い出しました。

 イヴァン様は王家の第三王子。ルスラン様はテオスの家の子。
 ……政治面で代表となる家の子と宗教面で代表となる子が、同じ場所に揃ってしまっています。

 政治と宗教は、分けなければいけないのに。

 ……そもそも、『政治と宗教を分けましょう』という決まりができたのは、魔術が禁じられる原因となった世界大戦の時、教会が政治を牛耳っていたのが原因です。
 戦争が終わり、国内で大反省会をした時、『行き過ぎた信仰が事態を悪化させた部分もあるよね』ということになり……、そこから、教会関係者と政治を関わる王家が必要以上に関わらないようにするため、この決まりが生まれました。

 それなのに学園内で必要以上に会話して他の誰かに友人関係だと思われてしまうと、テオスの家の子が王家の子に進言して間接的に政治を牛耳るのではないか、また教会が政治の面で力を持つのではないか、と思われてしまうかもしれません。

 だから、本当は自己紹介した上でお互いに避けなければいけないのですが……、……イヴァン様は、僕がまたパニックを起こして二人がかりで対応することになったときのことを考えて、こう提案してくださっているのでしょう。
 お互いにお互いのことを知らない体で話しておいて、万が一関わっていたのがバレたら『お互い知らずに関わってしまいましたね、今度から気をつけましょう、あはは』でゴリ押すつもりなのかもしれません。

 しかし、それでも反感を買うでしょう。バレたときのリスクがあるなら、僕のことは気にせずきちんと自己紹介していただかないと。
 そう思って、口を開きます。

「……僕、大丈夫……です。から、……」
「あの~……っ、お口、挟みま~す……」

 突然ルスラン様の方から声がして、振り返ります。
 そこには、背が高く、赤みがかった白髪を持った女性と、緑色の髪を持った……性別がわからない人がいました。
 僕は驚きすぎて腰が抜けそうになりました。全く気配がしませんでした。いつからそこにいたのでしょう?というか、誰でしょう?

「は……っ!?お前らなんで出てきて……っ!?」
「いやー。のっぴきならない事情がありましてー」
「坊ちゃんの護衛、やらせてもらってます……!ミャフ&キィです……っ!こっちがミャフで、私がキィ……」

 ……本当に誰でしょう?

 ルスラン様の護衛が基本的に隠れているのは知っています。
 テオスの家の護衛は『ズナーク』と呼ばれる、教会の暗部の人間です。『ズナーク』は隠れ忍んで活動することを得意としており、また、ほとんど全員が平民出身で、表で護衛して万が一貴族に話しかけられても対応できないため、基本的に姿を現しません。

 ルスラン様の護衛とは『前』も、中等部に入ってから話したことがあります。
 しかし、この人達ではありませんでした。あの時の人たちは、ルスラン様に心酔していて、気楽な雑談など畏れ多くてできないと言うような人たちでした。
 この後配属が変わって別の人になるのでしょうか?

「坊ちゃんが自己紹介しないのにはボクもキィも賛成してますー」

 ミャフと名乗った緑髪の人の言葉に、目を丸くします。まさか、『ズナーク』から許可が降りると思っていなかったのです。ルスラン様も驚いているようで、「そうなのか……?」と美声を響かせていらっしゃいました。

「はい……っ!坊ちゃんの貴重な貴重な……、……うーん……、……学園内で会話できる子……?であるその子のことは我々も大切にしたいのです……っ!」
「えっ?こいつ他に会話できるやついないの?」

 思わずといった様子でそんなことを言うイヴァン様に、「こいつとか言うな失礼だろ」と即座に返すルスラン様。滑舌が良くてさすがです。

 否定しないということは、ルスラン様は相変わらず貴族嫌いで貴族を避けているのでしょう。
 ……それなのに、僕にだけは返事してくださる……。
 図書館で話したのがよかったのでしょうか。あいさつの甲斐があったのでしょうか。なんにせよ、僕にだけは心を許してもらえているような感じがして、くすぐったくなります。僕はだらしない顔を晒しますが、ルスラン様がイヴァン様に気を取られていたので、見られずに済みました。
 そんな僕たちをよそに、ミャフ様とキィ様は言葉を続けます。

「その子の心のケアができるのは今の所そこの人と坊ちゃんくらいみたいですから、グレーゾーンを攻めてでもそこの人と坊ちゃんがお互いに避けなくていい状態でいたほうがいいかなって、我々も思います……っ!」
「そもそも仲のいい二人がお互いを避けてて絶対に同時に二人と話せない状況自体がストレスですよねー」

 キィ様の言葉に、うんうんと頷くミャフ様。

「それで、ここからが本題なんですけど……っ!教会と政府だと、いまだに教会の方が立場が上なのって……みなさんご存知ですよね……?」

 僕は、何を話すのだろう?と思いながら、キィ様の言葉に頷きます。

 教会が能動的に政策に関する提案をすることはできないのですが、政府が考えた政策を通すときは、教会の許可を得ないと動けない、という仕組みなのがこの国です。
 教会から許可が降りないことはほとんどないのですが、一応、最終的に政策を行うか行わないかの判断を下すのは教会ということで、教会の方が立場が上という扱いになっています。

「教会の方が立場が上なのでー。例えば王家の人間がテオスの家の子を騙して名乗らずに接触したりしてー、そのことがバレるとー、不敬罪やらなんやらで結構な罪に問われる可能性がありますー」
「まァそうだな」
「……は?」
「え」

 サラッと答えるイヴァン様に、思わず声を上げるルスラン様と僕。
 ……イヴァン様は、罪に問われる可能性があるとわかっていて、あんな提案を……?

「でも、テオスの家は違うだろ?」
「その通りですー。テオスの家はそもそも、大昔から出自を偽ることを法律で許可されていますー。聖女様が出自を隠して教会に紛れ込んでいた名残ですねー。その法律は、大戦があってからも改定されていませんー」
「はい……っ!ですから、テオスの家の子は、出自を隠して王家に近づいても、罪に問われないんです……っ」
「うん。……だけど、テオスの家の子だけが出自を偽って王家に近づいた場合、民衆にバレたときにあまりにも外聞が悪い。テオスの家の子が王家に取り入ったと大バッシングされて、かなり立場が悪くなる」

 難しい話ですが、なんとか咀嚼して、以下の構図であることはなんとなく理解しました。

 1.イヴァン様とルスラン様が二人とも出自を隠して近づいた場合、ルスラン様は罪に問われず、イヴァン様だけが罪に問われる。イヴァン様だけが出自を隠した場合も同様。
 2.イヴァン様が名乗り、ルスラン様だけが出自を隠した場合、ルスラン様は罪にこそ問われないがバッシングを受けて立場が悪くなる
 3.互いに名乗って互いを避けた場合、緊急時に僕のケアがしづらく、僕にストレスがかかる可能性がある。

 ……どう考えても、一番どうでもいいのは僕です。
 緊急時なんてもう来ないかもしれないし、仲良い人がお互いにお互いを避けていることでかかるストレスだってたかが知れています。

 それなのに、イヴァン様は、自分が罪に問われる可能性がある道と、ルスラン様の立場が悪くなる可能性がある道と、僕が満足にケアを受けられなくなる道を天秤にかけて、即座に自分が罪に問われる可能性がある道を選んだようです。

 僕のことなんてどうでもいいから、二人が胸を張っていられる道を選んでほしいのに。
 でも、そんなことを言ってしまうと、イヴァン様の覚悟を台無しにしてしまうような気もして、……バレなければいい、と思う自分もいて、僕は途方に暮れました。

「いえー、大丈夫ですー。立場、悪くなりませんー」
「バッシングも、されません……っ!」

 ……前提を覆す二人の発言に、三人で息を呑みました。

「第一に、政府と教会が隠そうとしますー。法律違反したわけでもないのに無闇に公表すると混乱を生むからですー。テオスの家の子の立場が悪くなることもなく、今まで通りの扱いをされるでしょうー。隠蔽するのでー」
「第二に、……えっと、……もう言っちゃいますけど!……貴方はそもそも元平民の第三王子で、政治に関わることが許されていない立場です……っ!バレても『政治に関わろうとしたわけじゃない、もしそうなら第一王女か第二王子に近づいている』と言い訳ができます……っ!」
「第三に、信仰が根強く、現政府に不信感を抱く我が国の民衆は、テオスの家の子の味方をしますー。バッシングするはずもありませんー」

 ルスラン様の立場が悪くならず、バッシングもされない理由を並べ立てる二人。
 僕はまたしても頭をフル回転させて考えました。

 ……二人の言うことが本当なら、つまり、
 ルスラン様だけが出自を隠した場合のデメリットが、全て消失するということで。

「……ツェントル王国第三王子、イヴァン・アポ・ツェントルです。よろしくお願いします」
「……レフ・ゴールド、……です。シエノークの同級生の」

 イヴァン様は正直に、ルスラン様は偽名を使って名乗り、握手をしたのが答えでした。



 ……彼らは、これからも関わって、協力して僕を助けようというのです。



 イヴァン様は、自分が罪を犯してまで僕の心のケアを優先しようとしてくれました。
 ルスラン様は嘘をつくのも貴族も嫌いなのに、それなのに、嘘をついて貴族と握手してまで、やっぱり僕を優先しようとしてくれたのです。



 二人の覚悟がくすぐったくて、恥ずかしくて、顔が熱くなりました。



 ……それにしても、聞いているだけで疲れました。

 甘いものが食べたいです。
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