美形令息の犬はご主人様を救いたい

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初等部

17.イヴァン様との関係

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「……イヴァンとシエノークはどういう関係なんだ?」

 そんな疑問を口にするルスラン様。
 アツェ寮でよく話すので、僕とイヴァン様が仲良しなことは有名です。
 僕がソバキン家に引き取られたこと、イヴァン様がソバキン家で休暇を過ごしたこと、そこで交流が生まれたことなども、知っている人は知っています。僕に気づかずに噂しているのを耳にしたことがありました。
 しかし、僕以外の貴族と交流がなく、寮も隔離されているルスラン様は、諸々の噂を知る機会がなかったのでしょう。

 イヴァン様は、「イヴァン様、な。ボロが出てるぜ坊ちゃん」と言ってから、僕たちの関係について説明しました。

「ま、友人みたいなもんだよ。……俺ァ長期休暇を息苦しい王都で過ごしたくなくてな。春季休暇中、平民のときに過ごしてたソバキン領に逃げて、ソバキン伯爵家の離れにお邪魔してたんだ。そこでソバキン家にいたシエノークに出会って、仲良くなった」
「そうなのか……?」

 ……ヴォルコの姓を持つ僕がソバキン家にいた理由を言わなかったのは、僕に気を使ってのことでしょう。イヴァン様はいつも、僕の事情は僕の口から説明されるまでなるべく明かさないように気を付けてくださっています。
 ルスラン様も、貴族なら他の家に遊びに行くことがあるのかとでも思ったのか、深くは聞きませんでしたが……、僕は、僕がソバキン家にいた理由を、ルスラン様に説明することにしました。
 ルスラン様には、僕のことを正確に知ってほしいと思ったから。ルスラン様に、なるべく隠し事をしたくなかったから。

「……僕がソバキン家にいたのは、お父様を亡くしたからです」

 ルスラン様が息を呑みました。
 ……少し、声が震えてしまいました。まだお父様の話をするのは辛いです。目に涙が溜まります。
 涙を堪えて、続けます。

「お母様は僕が一歳のときに失踪していて、祖父母も既に他界していましたから、お父様を亡くした僕には、面倒を見てくれる人がいませんでした。……でも、お隣の領の領主であり遠い親戚であるソバキン伯爵夫妻が、領主がいなくなったヴォルコ領と僕の面倒を見ると申し出てくださって、それで、ソバキン家で過ごすことになりました」

 これは僕もあとから知ったのですが、ソバキン伯爵と僕は、曾祖父が兄弟の親戚関係だったそうです。
 僕たちの曾祖父の更に親の代まではソバキン家とヴォルコ領は一つの領だったのですが、大戦における戦略の一環で、領を二つに分けて管理することになり、そこからソバキン領とヴォルコ領に分かれたようです。
 元々は一つの領地だったために、ヴォルコ領とソバキン領をまとめて管理することになっても、スムーズに対応できたと、イサク様がおっしゃっていました。

「そこにやってきたのがイヴァン様です。イヴァン様は僕を心配して、たくさん目をかけてくださいました。勉強を教えてくださったり、……僕が今日のように取り乱したとき、落ち着かせてくださったりもしました。今ではすっかりイヴァン様のことを信頼しています」
「お?嬉しいこと言ってくれんなァ」

 口の片端を上げて笑い、俺もシエノークのこと信頼してるぜ、と返してくださるイヴァン様に、思わず笑みがこぼれます。

 空気が冷えました。
 ?
 なんでしょう。

 冷気を感じる方を見ると、完全に表情が消えた状態でイヴァン様を凝視するルスラン様がいました。
 ……凪いでいるルスラン様はいつも無表情なので、全くおかしなことではないのですが……。
 何故か少し心がザワザワします。
 どうしてでしょうか?

 鋭いイヴァン様は何かに気づいたようで、「え?……あ、そういう……?」と呟いていらっしゃいます。

「いやお前それ俺じゃなきゃ死んでるぞ?」
「……………………」
「なんか言えって……」

 イヴァン様はなんの話をしているのでしょう?ザワザワと落ち着かない気持ちが大きくなってきて、不安で、思わずルスラン様の服の裾を握ります。

 ……すると、突然冷気が消えました。
 張り詰めていた糸が切れたような感覚です。わけもわからないまま、僕はほっとしました。
 一体今のはなんだったのでしょう?
 ルスラン様はわずかに表情を緩めて、僕に優しく声をかけてくださいます。

「どうした、シエノーク」
「……いえ、なんだか寒い感じがして……。……少し、不安になりました。でも、もう寒くなくなったので、大丈夫です」

 もう大丈夫ということを、表情でも示すため、ルスラン様に笑いかけます。
 ルスラン様はまた静かになりました。やはりルスラン様は寡黙なお方です。

 僕はルスラン様の服をにぎにぎしながら、噛み締めるようにして言います。

「僕、イヴァン様と、……レフ様が、お互いに避けなくてもいい状態になってくれて、嬉しいです。……あ、えっと、人の多いところで会うのは相変わらずまずいかもしれませんが……、人気のないところなら関われ……ますよね?」
「そうですねー」
「そうなります……っ」

 言っている途中で不安になって、ミャフ様とキィ様に尋ねるように視線を向けると、ミャフ様とキィ様はすぐに頷いてくださいました。やはり大丈夫なようです。

「よかった……です。……よければ、また三人でお話ししましょう……?好きな人と好きな人には、やっぱり、仲良くしてほしいから……」
「え゜っ?」

 ルスラン様の胸あたりに視線を落としてもじもじ話していると、ルスラン様から不思議な音が出た気がして、僕はきょとんとしてルスラン様を見上げました。

「す、好きって、どういう……?」
「どういう……?」

 質問され、僕は少し考えてみました。

 ……なるほど。ルスラン様はおそらく、好意の種類の話をしたいのでしょう。
 考えてみれば、万が一僕の好意に化け物の『痛めつけてほしい』みたいな感情が混ざっていたら、僕もルスラン様もイヴァン様も困ります。そういう感情があるなら、抑えなくてはいけません。
 ルスラン様は、好意の種類を分析して、僕が無意識に化け物に取り憑かれていないかを確認しようとしてくれたのでしょう。
 聡明なお方です。
 
 僕は自分の感情を分析して、答えました。

「イヴァン様のことは、信頼しています。イヴァン様は、僕の傷を癒そうとしてくれる人だと、心から信じています。そんなイヴァン様が近くにいると安心できます。だから、好きです。信頼と安心が含まれた『好き』。僕に兄がいたらこんな感じなんだろうなって思うような、そんな『好き』です」
「うんありがとうよくわかった一旦レフの方に行こう頼む本当に頼む」

 イヴァン様が早口で僕に懇願します。
 僕はイヴァン様の態度に首を傾げつつ、今度はルスラン様に対する『好き』の話をします。

「ル、……レフ様に対しては、かっこいいな、すごいなって気持ちが強いです。大きくて、鍛えてて……、体だけじゃなくて心も強くて、賢くて。才能に溢れているけれどそれに胡座をかかずに努力しようとする姿勢も素敵です。目標に向かって一直線に進む素直でまっすぐな心も綺麗だなって思います。……尊敬と憧れの『好き』、です」

 言いながら、ルスラン様に対する『好き』が溢れてきて、どんどん顔がだらしなく緩んでいきます。

 一方、ルスラン様は目をわずかに見開いて、硬直しています。

「うわーって感じですー」
「オーバーキル……っ!」
「やば……たらすってああやるんだな……真似しよ……」
「真似しないでくださいー」
「貴方が真似したら世界が壊れます……っ!」
「なんでだよ」

 ミャフ様、キィ様、イヴァン様がヒソヒソと雑談しています。この一瞬で随分と仲良くなったようです。

 ここで、ルスラン様の硬直が解け、ルスラン様が視線を忙しなく動かし始めました。ルスラン様の顔がどんどん赤くなっていきます。
 ルスラン様は、やがて震える声でこう尋ねました。

「……ぇ、あ、俺、かっこいい……?」
「はい!皆そう思ってます!」
「「「あっ」」」

 後ろにいた三人の声が重なりました。
 どうしたのだろうと思い、そちらを振り返ると、三人はなんとも言えない顔をしていました。

「どうかしましたか……?」
「いえー……なにもー……。……なにも、ありませんでしたねー……」
「皆の気持ちを代弁しただけに……なっちゃいましたね……っ」
「上げてからゼロにしたな……」

 本当に何の話でしょう?さっきから不思議なことばかり言う三人です。
 考えてもよく分からなさそうだったので気を取り直してルスラン様の方を見ると、ルスラン様は手で顔を覆っていました。

「ルっ、……レフ様!?どうしました!?」
「……いや……、……」

 ルスラン様は「帰る……」と言って、ふらふらと歩き出してしまいました。
 そういえば、もう暗くなり始めています。ルスラン様が言う通り、もう帰った方がいいでしょう。

「……あ、そ、そうですね。今日は助けてくれてありがとうございました。また明日」

 ルスラン様の背中にそう声をかけると、小さな声で「……ん」と返事をしていただけて、僕はそれだけで幸せな気持ちになりました。

「ミャフ様とキィ様も、ありがとうございました」
「いえいえー。我々は仕事をしたまでー」
「これからも見守ってますね……っ!」

 ミャフ様とキィ様はそう言うと、瞬きの間に姿を消しました。
 ……どうやったのでしょう?

 僕が驚いてパチパチ瞬きしている間に、ルスラン様は寮に帰っていきました。

「……お疲れ。俺たちも帰るか」

 イヴァン様に声をかけていただき、僕は頷きました。

「……ご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ありませんでした」
「気にすんな。俺もいつか迷惑かけるかもしんねーから、その時助けて返してくれりゃいいよ」

 自分が助けるだけではなくて、僕が恩返しする余地も示してくださるイヴァン様は、やはり僕のことをよく理解しています。

「……はい」

 ……ここでふと、イヴァン様が、自分が罪に問われるようなことをしようとしていたことを思い出しました。
 このことについては、今のうちに言っておかなければいけません。

「あの、……もう、罪に問われるようなことをしようとするの、やめてください。……悲しかった、です」

 僕の言葉に、イヴァン様はわずかに目を見開きます。

「バレなければいいとしても、僕、イヴァン様に、罰されるリスクを背負って欲しくなかった、です。あのとき、僕のケアができない道と、ル、……レフ様がバッシングを受ける可能性がある道と、貴方が罪に問われる可能性がある道を天秤にかけて、迷わず貴方が罪に問われる可能性がある道を選んだことが、……苦しい」

 イヴァン様は少し沈黙した後、こう言います。

「……元々、王家内での立場なんて、あってないようなもんだ。ずっと牢屋の中にいるみたいな生活。後々バレて牢屋に入れられたり謹慎を言い渡されたりしたところで、俺からしたら大して変わらねー。……それより、まだ不安定なお前がまた辛い思いをしたときに、レフがお前の隣にいるせいで助けられないって状況になる方が、ずっと嫌だった」

 ……イヴァン様は政治に関わることが許されていないと、キィ様が言っていました。
 イヴァン様は僕たちの前ではいつも軽く振る舞ってくださいますが、実際のところ、非常に苦しい状況にいるのでしょう。
 医者になる道を奪われて、住んでいた場所から追い出され、自然な口調を制限されて、護衛に監視されて、……それなのに、政治に関わる権利も与えられず、政府にただ飼い殺されているのが、第三王子のイヴァン様です。
 牢屋の中にいるみたいな生活、というイヴァン様の言葉は、誇張などではありません。
 そんなイヴァン様が、牢屋に入れられたところで大して変わらないからどうでもいい、それより目の前の子供を助けたいときに助けられない状況になる方が嫌だ、と考えるのは、自然なことなのでしょう。

 それでも。

「……それでも、嫌です……。イヴァン様が悪く言われるかもしれないの、嫌です……」

 僕は、こんなに優しいイヴァン様に、悪者になって欲しくないのです。
 悪者になる可能性を、リスクを、背負って欲しくないのです。

「……うん、そうだよな。ごめん」

 イヴァン様は素直に頷いて謝ると、しゃがんで僕に視線を合わせてくださいました。

「シエノークの気持ち、ちゃんと考えられてなかったな。自分のせいで他の誰かが悪者にされるかもしれないって考えたら、嫌だよな。……俺だってそうなのに、頭から抜けてた。……悪かった」

 いつもは遠いイヴァン様の顔が、すぐ近くにあります。
 普段は髪に隠れてよく見えない緑の目。例え見えても自分より身長が低い他の人を見るために伏せられているその目は、同じ目線で話してみると、僕が思っていたより大きくて、幼く見えました。

 鋭くて賢くて大きくて、ついつい成熟した大人と話しているように感じてしまいますが、そういえば、イヴァン様はまだ15歳の子供なのです。

 間違えたり、失敗したりする、子供なのです。

 イヴァン様は、どこか泣きそうな顔で笑いました。

「……俺のこと、大切にしてくれてありがとうな。本当に」

 ……イヴァン様を大切にする人は、王都にはいないのでしょうか。

 なんだか胸が苦しくなって、僕はイヴァン様にぎゅっと抱きついていました。イヴァン様が僕を安心させるときにそうするように。

 イヴァン様は、僕が思っていたよりずっと、不安定な人なのかもしれません。

 僕の背をぽんぽんしながら、「人前ではやるなよー」と軽く言うイヴァン様の声は、少し震えてました。
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