美形令息の犬はご主人様を救いたい

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初等部

考えなきゃいけないこと sideルスラン

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 一人で頑張ると言っても、何をしたらいいかまるでわからない。
 そもそもシエノークと出会ってからまだ二週間ほどしか経っていない。焦って距離を詰めようとしすぎると引かれてしまうかもしれない。そんなの嫌だ。引かれたくない。ゆっくり確実に距離を詰めたい。



 ……あれ?
 ここで俺は、とんでもないことに気がついた。



 俺、図書館で初めて会話したときと今日の騒動のとき以外で俺の方からシエノークに話しかけた場面が、ない……。

 そもそも会話をしたことが、ほとんどない……?



 絶句。
 そりゃシエノークだって俺のことをそういう目で見ることができないに決まっている。
 自分の感情ばかりが先走って好意の非対称性を辛く感じていたが、そもそも好きと言ってもらえたのが奇跡だ。顔見知りを愛せるシエノークは女神かなにかなのかもしれない。男だけど。



 やることが決まった。まずはもっと話しかけよう。
 たくさん話して、せめて顔見知りから友達に昇格したい。



 ******



 と、思ったのだが。

「おはようございます、ルスラン様」
「……おはよう」

 次の授業で顔を合わせて挨拶をしてから、俺は思った。
 
 挨拶以外の会話って……どうやって始めたらいいんだ……!?!?
 友達って……どうやってなるんだ……!?!?!?

 そもそも俺は今まで友人ができたことがない。教会の人間とはある程度親しく話しているとは思っているが、どうしても『聖なる血筋の人間』と『聖なる血筋を信仰する信者』ということで見えない壁があり、友人と呼べるほどの人間ができたことはない。
 友達の作り方がわからない。
 本当にどうしよう。

 焦っていると、隣から澄んだ声が聞こえてきた。

「ルスラン様、もしご興味があれば、僕と、お茶会しませんか。いつか、都合のつく日があれば」

 まさかと思って声の方を見ると、そこにはぽやんと笑うシエノークがいた。天使すぎる。発光している。眩しい。目が潰れそうになり、一旦別の方を見て目を休ませる。

 その後、言われた内容が遅れて頭に入ってきた。

『ルスラン様、もしご興味があれば、僕と、お茶会しませんか』

 ええええええええええ!?
 お、おおおおおお茶会!?
 お茶会に誘われている!?
 何故!?俺を嵌めようとしているのか!?
 シエノークになら嵌められてもいい。
 嵌めてくれ。
 嵌めてくれは違うか。

 何故俺がお茶会に誘われたのかはわからないが、シエノークの誘いを断る選択肢などない。めちゃくちゃ行きたい。

 ……ただ、一つだけ問題がある。



 俺は、お茶会の作法がわからない。

 貴族らしいことは避けていたから、お茶会のマナーの勉強なんてしたことがない。よって、お茶会に参加する上で必要な知識が全くない。
 そんな状態でお茶会をしてこいつお茶会のマナーも知らないのかよって思われたくない。ダサいやつだと思われたくない。
 でもお茶会は絶対したい。
 どうしよう。

 貴族の作法の勉強をサボっていたことを今更激しく後悔していると、……俺の反応が遅れてしまったせいで不安になったのか、シエノークはこう続けた。

「……あまり興味がなければ、無理にとは言」
「めちゃくちゃ興味ある」
「えっ、……よ、よかった」

 食い気味に答えてしまった。
 不安にさせてごめんシエノーク……お茶会にはめちゃくちゃ行きたいんだ……お茶会の話が消えたら今夜俺の枕が涙でベタベタになることが予想されるくらい行きたい……。

 答える時にシエノークに顔を向けたから、よくわかっていなさそうな様子でとろんとした目をぱちぱちさせるシエノークが見れた。可愛い。

 ……今から誰かに教えを乞い、マナーを勉強すれば、間に合うだろうか?
 いや、間に合うだろうか、じゃない。
 間に合わせる。
 絶対にお茶会までにマナーを完璧に身につけてみせる。

「一ヶ月、くれ。……来月のこの日より後で、頼む……。……行けるのは土曜。日曜は教会に行くから」

 これは、お茶会のマナーを覚えるための一ヶ月だ。それ以上は待たせない。待たせすぎてじゃあ他の人でいいですって言われたらショックすぎるからだ。
 一ヶ月でなんとかして最低限マナーを身につけてみせる。

 俺の言葉に、シエノークはわずかに目を見開いて瞳を輝かせ、「お茶会、してくださいますか……!?」と心底嬉しそうに言った。可愛すぎる。するに決まっている。シエノークの誘いを断る人間などこの世に存在しないのではないだろうか。

「……うん」
「嬉しいです!僕はいつでも空いています!それなら、来月の三回目の土曜、いかがでしょう?」
「……イケ、ル」

 本当にいけるか?不安になってきた。
 ……いや、言ったからにはやるんだ。漢に二言はない。

「場所は、ドゥフ寮にお邪魔するのがいいでしょうか?」
「……そうだな」

 少し安心する。もしかしたらイヴァンもいるんじゃないかと思っていたが、ドゥフ寮に集まることを提案されたということは、絶対にいないだろう。

「では、来月の三回目の土曜、お昼過ぎからドゥフ寮でお茶会しましょう。約束です!」
「……ん」

 白い頬を少しだけ赤く染め、「楽しみにしていますね!」と普段より元気な声で言うシエノークは、ほしいものをもらった幼い子供のようだった。
 今この瞬間のシエノークを額縁に入れて飾りたい。ドゥフ寮の壁一面シエノークの絵で埋めたい。朝起きて一番最初にシエノークの笑顔が見れたら幸せだからベッドの上の天井にもあると嬉しいな。

 ……おっといけない、妄想に浸っていたらまた返事が遅れてしまった。
 慌てて「俺も」と返すと、シエノークはふにゃりと微笑んでくれた。
 このシエノークの絵もほしいなと思った。



 ******



「ごめんなさい……っ、貴族のマナーはわからないです……っ」
「お役に立てず申し訳ないー」
「だよな……」

 ドゥフ寮に戻った後、ダメ元でミャフとキィに聞いてみたが、やはり知らないようだった。二人は平民出身なので、これは仕方がない。

「となると教師か……?」
「国立学園の教師は、ほとんどが他の仕事と兼任していて忙しいので……一ヶ月で坊ちゃんがマナーを完璧に身につけられるくらい坊ちゃんに時間を割いてくれるかは微妙なところです……!」
「マナーを知ってそうな高等部の人間に頼むのが一番確実ですー。初等部の生徒は教えられるほどマナーが完璧でない可能性があり、中等部の生徒は課題で忙しいですが、高等部の生徒ならマナーも知っていて時間があるのでー」
「いっそ第三王子に頼んでみては……っ?彼が貴族になってからまだ数年しか経ってませんが、マナーは叩き込まれてるはずです……っ!」
「ついでに恋愛相談もできますしねー」
「………………」

 ……嫌すぎる。嫌すぎるが、全く話したことがない高等部に頼むよりは、一度話したイヴァンの方が頼みやすくは……ある。嫌だが。めちゃくちゃ嫌だが。

「……でも、向こうは王家、人前で会えないだろ。どうやって頼むんだよ」
「アツェ寮の裏手に回って、窓から接触……ですね……っ!第三王子の部屋は男子寮一階の一番奥にあります……っ!」
「この学園、アツェ寮一階の部屋の窓を使った部屋の出入りは全て見逃されるんですー。誰が出入りしたかが暴露された場合、暴露した側が捕まりますー」
「……は?なんで?」
「昔から、政府の人間がアツェ寮に通う子供達を介して、極秘にやりとりをしているんです……!国に必要なことなので、窓からの出入りは絶対に見逃されるアウトです……!実質セーフ……!」
「学園の闇ですねー」

 なんだかとんでもないことを聞いた気がする。
 ……いや、お茶会のマナーを覚えられるならこの際なんでもいい。
 その方法を使ってイヴァンに接触して、マナーを身につけ、なんとしてでもお茶会を成功させてみせる。

「じゃあ、今から行きましょうか……っ!」
「……えっ」
「一ヶ月しかないんですから先延ばしにしてる余裕ないですよー」
「………………」



 ******



 本当に来てしまった。
 というかミャフとキィに無理やり連れてこられた。
 俺は今イヴァンの部屋の窓の前にいる。出入りしやすいようにか、窓はかなり大きく作られていた。

「ちょうど中にいるみたいですね……っ!他に人の気配もないのでチャンスです……っ!」
「ノックしましょうー」

 ここまで来てしまったらもう仕方ない。俺も腹を括ろう。

 そう思い、恐る恐るノックする。
 しばらくして、カーテンが揺れ、イヴァンが顔を出した。
 俺とミャフとキィを順番に見て目を細めると、窓を開けて部屋の中に消えた。

「お邪魔しまーす……っ!」
「行きましょう坊ちゃんー」

 ミャフとキィに背中を押され、三人で中に入る。中には椅子が数個とテーブルまで置いてあって、いつでも秘密の会合ができそうな雰囲気だった。
 イヴァンはキィが扉を閉めて鍵をかけたのを確認すると、奥にある部屋の扉に近づいて、「レイラ、人を入れないようにしてくれ」と言った。廊下の護衛に声をかけたのだろうか。

「用は?」

 短く尋ねられる。
 しかし、プライドが高い俺は、すぐにお茶会のマナーを教えてほしいと言うことができず、視線を彷徨わせてもごもごしてしまった。

 だって恥ずかしい。あまりにも屈辱だ。言いたくない。

 黙り込んだ俺を、鋭く見続けるイヴァン。
 しばらく沈黙が続いたのち……、ミャフが口を開いた。

「シエノーク様にお茶会のお誘いを受けたけどマナーがわからないので教えてほしいそうですー」
「勝手に言うな!!」

 反射で叫ぶ。なんでこの護衛はこんなに勝手なんだいつも。

 ミャフの言葉に、イヴァンは目をこれでもかと丸くして、「……は」と声を漏らした後……、デッカいため息をついた。

「はぁ~~~~~~~~~」

 両手で顔を抑え、ぼそぼそと呟く。

「……いやお前……マジか……そんな理由でお前……いやいいけど……いいけどさァ……、用件聞いても全然喋らねーし……シエノークになんかあったのかと思った……」
「……あ」

 俺がもだもだしていたせいで余計な心配をかけていたことに言われてから気づき、流石に少し申し訳なくなる。しかし素直に謝れる性格でもなく、視線を床に落とした。
 イヴァンは顔から手を外してもう一度ため息をつくと、「まァ座れよ」と椅子を示して、自分も椅子の一つに座った。大人しく従い、イヴァンの向かいに座る。

「で、なんだっけ。お茶会?よかったじゃん、好きな子に誘ってもらえて」
「うううううるさい!」

 殺気まで飛ばしたのだから当たり前といえば当たり前だが、イヴァンには完全にバレているようだ。恥ずかしくて顔が熱くなる。穴に埋まりたい。

「マナー教えんのは構わねーよ。でも放課後毎日来られんのは困るな。週一くらいで頼む。そんで、曜日と時間と……、あと窓のノックの回数も決めよう。今回はどうせお前だろうと思って入れたけど、普通回数示し合わせてから来るもんだから」
「……お茶会、来月の三回目の土曜なんだけど。週一で間に合う?」
「なんでそんな日程にしちゃったの?」

 思わずといった様子で尋ねられる。真っ当な疑問だ。しかし『先延ばしにしすぎて他を当たられるのが嫌だったからです』と素直に言うのも恥ずかしく、何も言えなかった。

「……あー、それなら土曜か、日曜……は教会か。土曜一日かけて特訓だな。中途半端に短い時間を何日も取るよりそっちの方がいい。土曜で覚えて次の土曜までにドゥフ寮で復習。それでいいか?」
「……俺はいい、けど……、お前はいいの」
「よくはねーよ。その間に他のやつが来たら追い返さなきゃいけない。……でも、わざわざ俺のところに来たってことは、他に頼れるやついないんだろ」

 図星を突かれ、ぎくりとする。
 ……こいつはやけに鋭い。なんでもお見通しなんじゃないだろうか。

「頼れる人間がいなくて途方に暮れてるガキを見捨てるほど薄情でもねーよ」



 一瞬、何を言われてるのかわからなかった。
 俺のことだと理解できなかった。

 少しして、言われたことを理解して、……顔が熱くなる。
 腹の中がくすぐったい。

 ……まずい。
 嬉しくなる。


 
 いつだって俺はテオスの選ばれた血筋の子で、信仰の対象で……、俺をただの子供として扱うやつなんて、それこそミャフとキィくらいだった。
 二人のことを信頼しているのは、確かな実力を備えていて、……心地いい態度を、とってくれるからだ。
 二人は、二人だけは、俺のことを『聖なる血筋の子』としてじゃなくて、『ルスラン坊ちゃん』として扱ってくれるから、だから俺は、二人を特別頼りにしている。



 どうしよう、困る。
 もし万が一こんな態度を取られ続けたら、ミャフとキィみたいに、イヴァンのことも信頼してしまう。

 貴族なんて大嫌いなのに!
 


「……一つ忠告な」

 それは、冷たい声だった。俺はハッとして、反射的にイヴァンの顔を見る。

「シエノークと仲良くするのは構わない。お茶会もしたいならすればいい。そのためのマナーも教える。……ただ、もしお前が、シエノークと友人以上の関係を望むなら」

 俺を見つめるイヴァンの視線は、鋭く射抜くようで、……それでいて、悲しそうだった。

「よく考えろ。シエノークと友達以上の関係になった未来で、シエノークがどう扱われるかを」



 テオスの家の男は、聖女を産みだすために存在している。

 ゾロテスティ家の一人息子である俺は、将来、絶対に子供を作らないといけない。
 生まれた時からそう決められている。

 5人に1人の割合でしか女性が産まれないこの世界では、魔法を使って男同士で子を成すことができる。この魔法は、医療として認められている。だから、例えば俺が男を娶るとしても、反対されることはない。
 ただ、男が魔法を使って子供を産む場合、女性が産む場合よりも死亡率が高い。俺を産んだ方の父だって、俺を産んだときに亡くなった。

 俺がもし、唯一の人間を作ったら、その人間は女であれ男であれ、ゾロテスティ家の人間になって、俺との子供を産むことを望まれる。相手が男の場合、それは命の危険に直結する。
 もちろん、子を成すための女性を別で用意することもできるが……、相手は、その女性は、それをどう思うだろうか。



「お前はただのガキだ。でも、お前の家はただの家じゃない」

 わずかに震える声を聞きながら、ぼんやりと思う。

 この人は、どうしてこんなに泣きそうな顔をしているんだろう。

「よく考えろ。考え続けろ。お前が、相手が、それでいいのか」



 そこまで言うと、イヴァンはふっと表情を和らげた。

「……脅すようなこと言ったが、お前らが納得して生きていけんならなんでもいいよ。頼られたからには協力もする。……あー、土曜朝9時、ノックは4回。それでいいか?」
「……あ、う、うん」
「じゃあ今日はもう帰れ。また土曜な」

 イヴァンにゆるく手を振られ、ミャフに「帰りましょうー」と促され、……まだぼんやりと考え込んだままではあったが、俺はなんとか立ち上がった。

「……また、土曜」

 それだけ絞り出して、俺はイヴァンの部屋を出た。



 ……俺はただのガキだから、初恋で浮かれてばかりいたけど、……イヴァンの言う通り、ちゃんと考えなくちゃいけない。

 家のこと、立場のこと、未来のこと、……シエノークの気持ち。
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